605表 極大光と雷鳴
――いくつか、分かったことがある。
パラディンに対してマグネティックウェイブを放ってみたが、到達する直前に体表を覆うバリアのような術を展開されて防がれた。
魔法への対抗策を備えているようではあるが――つまるところ半端な術は無駄撃ちに終わるということだ。叩き込むのなら、有無を言わせない一撃必殺の術でなければならない。
また、転移やミラージュボディも通用しない。探知系がどういうことになっているのかは分からないが、こちらの位置を正確に掴んで来る。月の民の系譜である以上、転移魔法も当然のものとして対策を取っているということだろう。
身体の周囲に環境魔力の輝きが舞う。バロールに乗って、足場を魔力で固めて疾走する。すぐ背後をパラディンのばら撒く魔力光弾が通り過ぎていった。低速の誘導弾ではなく、直進する高速弾だ。
しかも一定の範囲に近付くと爆発する性質をもっているらしい。爆圧を至近に感じながらもシールドを展開して突破する。出し惜しみしている場合、ではない。射撃戦に活路はないし、このままの速度ではいずれ奴に対応されるだろう。大体の位置を偏差射撃するだけでも回避の難しい攻撃なのだから。
「行くぞッ!」
環境魔力を変質させて取り込み、出力を爆発的に高める。魔力循環の応用版。
膨らむ爆圧さえも後方に置き去りにして、天地を入れ替えて景色が馬鹿げた速度で流れていく。
飛行形態を取ったパラディンと並走、マジックシールドとレビテーションで身体を支え、風魔法で空気抵抗を無くす。魔弾の力にネメアとカペラの蹴り足の威力も重ね、最高速度を保ったままで、先を読ませないように幾度も鋭角に折れ曲がる。
「おぉおおッ!」
パラディンは生物ではないことを強みにしているらしく、無茶な機動と馬鹿げた速度を併せ持っている。これぐらいはやらねばあっという間に置き去りにされるだろう。
一瞬の弾幕の間を縫って間合いを詰めて、ウロボロスの打撃を見舞う。直撃するというその寸前でパラディンは上半身の変形を解き、ブレードで受け止めていた。
激突の火花をその場に散らしてパラディンを置き去りにしていた。感覚の違和感はない。制御は上手くいっている。
俺の問題ではない。今の攻防――奴の反応が明らかに遅かった。どうやら飛行形態では近接戦闘はできないらしいな。
そして置き去りにしてしまったのは、半飛行形態になった分だけ、奴が最高速度から遠ざかったということだ。
だからと言って距離を取っての撃ち合いでは分が悪い。相手の速度や形態がどうであろうが、とことん近接戦闘を仕掛けていく――!
転身。鋭角に光の尾を引いて、パラディンの真正面から突撃する。奴はそれに対して――完全に変形を解いてウロボロスをブレードで受け止めていた。
火の出るような至近距離だ。兜の向こうに輝く緑色の二つの光を見据えたまま、鍔迫り合いの形を取る。互いの得物の間に火花を散らしながら、勢いに任せて押し込む。
パラディンはこちらの動きを止めるつもりなのか、背面から魔力光を噴出しながら押し返してくる。
奴が頭突きを見舞うかのように、頭を後ろに退いた。どうあっても間合いを離させるつもりか? なら、こちらも退かない。シールドを展開しながら頭をぶつけ合う。
「喰らえっ!」
そこから魔力衝撃波を叩き込めば、予想外のダメージにパラディンが身体を仰け反らせる。
しかし追撃は叶わなかった。下方から跳ね上がった膝蹴りが天を突くように繰り出されたからだ。足裏から魔力光を噴出して威力を増強している。当たれば顎を砕くだけでは済むまい。首から先が吹っ飛ぶような威力を秘めた金属塊を、後ろに飛ぶことで回避する。
パラディンは膝蹴りの勢いに乗るように後方に一回転する。
間合いは開いたのに――変形して離脱もしなければ突っ込んでもこない。外装が外れて、脱落していった。
……グレイスとの戦いでセントールナイトもやっていたが。
魔力衝撃波に対して装甲が意味を成さないから捨てる、ということだろう。
こちらが魔力循環で増強しているから、余計なものに回しているリソースをカットし、速度とパワーでの均衡を増幅前と同じレベルにまで押し戻そうという算段。
それは、正解だ。ウロボロスの打撃1つ1つに魔力衝撃波を乗せることも可能なのだから。
今の魔力なら――ガルディニスがやったように、ブレードの接合部や腕部の機構の破壊を狙うことも可能だろうが、それも先程までの話。装甲より機構の構造強化や修復に魔力のリソースを回せば、耐え切ることは難しくないだろう。
そして――パラディンは人間形態のままで剣を構えた。
先程のような高速戦闘に持ち込むよりも近接戦闘を継続することを選択したらしい。
俺が射撃戦より近接戦闘を望んでいると理解したからか。それとも、飛行形態で射撃戦を行うと、接近された時に後手に回る瞬間が出てくるからか。或いは――そういう性格なのか。パラディンは騎士がそうするようにブレードを構えて一礼する。
「――来いッ!」
その言葉に応じるように。ここを退く気はないとばかりに斬り込んで来た。
魔力衝撃波ではなく、魔力を乗せた打撃で応じる。装甲がないなら衝撃波を叩き込むより、打撃で関節部などを粉砕した方が良いからだ。
その一方で、俺も奴も、互いの魔力が内側で最大限に高まっているのを理解している。いつでも必殺の一撃を繰り出せるということだ。崩されれば一瞬で勝敗は決する。
袈裟懸けに振り下ろされる斬撃を転身して避けながら、こちらも打撃を繰り出す。打ち合う。
互いの武器を縦横に振るい、斬り、払い、受け、突き、薙いでは弾かれ、弾かれては即座に跳ね返って叩きつける。
跳ね上がる蹴り足に乗るように大きく飛ぶ。魔力衝撃波の置き土産を残しながら反転して、打ち掛かる。
側頭部目掛けての打撃を放てばパラディンは身体を側転させるように回避。横に回転しながら、およそ人間では有り得ない高速の多段突きを見舞ってきた。シールドを斜めに展開し切っ先を逸らし、逆さになった顔面目掛けてウロボロスを叩き付ける。
命中する、というその寸前、どん、と側面から魔力光を瞬間的に噴出して、パラディンの身体が真横にずれた。
更に魔力光の噴出のみで身体に錐揉み回転を加えながら、攻撃の出所を身体の陰に隠し、胴薙ぎの一撃を繰り出してくる。
――避け切れない。受け流している余裕もない。シールドを展開し、ウロボロスに魔力を集中させて受け止める。
重い衝撃を受け止め、力尽くで停止させる。ブレードをマジックシールドで覆って固定。反撃とばかりにウロボロスを叩き込む。右肩の接合部を粉砕したその瞬間――光芒と爆発が起こった。
まともに撃っては回避されると踏んだのか。奴は左腕の砲口を自身に向けて、光弾を炸裂させたのだ。耐久力の違いを逆手に取った自爆攻撃――!
軋むような爆圧に吹き飛ばされて間合いが開く。目が眩むような一撃であったが、問題は無い。ギリギリでシールドの防御が間に合った。見える。四肢もある。動けるのなら戦える! 何1つ問題は無い!
奴は胴体と右肩に損傷を負いながらも、こちらに左腕を突き出していた。そこから――眩いばかりの光弾が四方八方に飛び散る。拡散弾――違う。放射状に広がった無数の光弾が軌道を変えて、俺の周囲を旋回している。さながら光の檻だ。
そして次の攻撃が恐らく本命なのだろう。両腕を大きく開いたパラディンの胸部――2次装甲と言えば良いのか――が左右に開いて、青く輝く球体が顔を覗かせる。全身に青白いスパーク光が走り、膨大な魔力が球体に集中しているのが分かった。
最大威力の攻撃が来る。転移は先を読まれるだろう。現れた場所ごと薙ぎ払われるのが落ちだ。ならば、真っ向から迎え撃つ!
パラディンが一瞬身を屈め、そして胸を張るように突き出した次の瞬間――無尽の光が視界を埋め尽くした。
こちらの術式も僅かに遅れて完成する。第9階級光魔法スターライトノヴァ――!
周囲を舞っていた光の檻をも呑み込んで――極大の光と光が真正面からぶつかり合う。
その瞬間、軋むような反動と振動がこちらの手に伝わってきた。唸り声を上げるウロボロスを握りながら、ありったけの魔力を放出していく。
最大速度に達した奴の技と、出掛かりで受け止めたこちらの術と。押し合いで分が悪くなるのは百も承知だ。
「おおぉおぉぉッ!」
咆哮と反動。周囲が光に包まれて何も見えなくなる中で、魔力をかき集め、練り上げて術式に送り込んでいく。
ウロボロスの先端から爆発的に噴出した閃光が、奴の放った技を呑み込む。パラディンの後方――大部屋の方角に向かって、スターライトノヴァが後続の魔物達ごと纏めて薙ぎ払っていく。凄まじい爆裂が通路を薙いでいった。
だが、パラディンはまだ動いていた。押し切られて、寸前で離脱したのか。腰から下を消し飛ばされても尚、ブレードを構えて突っ込んできた。
その斬撃を、ウロボロスで受け止める。俺の身体から、余剰魔力がスパーク光となって散った。その光景にパラディンの兜のバイザーの向こう――緑色の輝きが一瞬驚きに見開かれるように大きくなった、ような気がした。勘定が、合わないということだろう。
「――悪い、な。こっちにはまだ、続きがあるんだ」
広範囲を薙ぎ払うような極大光弾の撃ち合いだからこそ、環境魔力として転用できる。巨大なマジックサークルを展開すると、危険を察知したかのようにパラディンが離脱する構えを見せた。
「遅いッ!」
――第9階級、雷、土複合魔法マグネティックボルテクス。
巨大な磁界の渦がパラディンごと呑み込む。パラディンはバリアを身に纏い、構造強化のマジックサークルを展開しながら防御の体勢を取る、が――無駄だ。
マグネティックウェイブの系列ではあるが、磁力で身動きをできなくするだとか、そういうちゃちな術ではない。
術式に従い、無数の金属塊が磁力嵐の渦の内部に生成された。高速回転する磁力の渦に従って、一切合財を巻き込んで微塵に粉砕するミキサーと化す。鈍く煌めく金属塊と雷の嵐に巻き込まれ、パラディンの身体が木切れのように吹き飛ばされていく。
金属塊同士がぶつかってひしゃげる音。内部を幾条もの稲光が駆け、無数の雷鳴が轟く。残っていたティアーズの群れすらも渦に呑み込み、壁面を削るように叩き付ける。
そのまま、残っていたありったけの魔力と共に磁力嵐を放出し切る。
パラディンは――まだ原型を留めていた。壁に寄りかかって、元が何だったか分からない金属片に半ば埋もれたままではあったが、戦意は衰えていないということなのか。
パラディンはこちらに向けて左腕を翳す。だが、そこまでだった。
ぼんやりとした光が左手の砲口に瞬いたが、バイザーの奥の目の光と共に、左手の輝きも薄れていく。魔力反応が萎んでいき、やがて完全に沈黙した。




