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600 魔術師と魔法生物

 外での実験を一先ず終えて部屋の中で紙に術式を書いていく。

 しばらくその作業をしていると、マルレーンとラスノーテがティーセットを持って来て、カップにお茶を注いで作業の邪魔にならないところに置いてくれた。


「ありがとう、マルレーン、ラスノーテ」


 そう声をかけると、2人はにこっと笑って頷く。

 こうしてポーションを作っている時や魔道具用の術式を書いている時は……まあ、ああやって部屋の隅の邪魔にならないような場所に座って作業を見ているのがマルレーンのお気に入りらしい。今日はラスノーテも誘って、といったところだろうか。


 ラスノーテは、マルレーンと気が合うようで一緒にいることが多いようにも思う。ラスノーテが文章を朗読するのをマルレーンが聞いて、分からないところをマルレーンに聞いて首を縦に振っていたりというのを、家では時々目撃していたりするのだ。


 今日は2人とも何やら楽しそうに俺の作業を見ていたが、少しするとグレイスとアシュレイ、クラウディアも焼き菓子を持って現れる。


「こちらに置いておきますね」

「皆様のところにも差し入れてきました」

「ん。ありがとう」


 そう答えると、グレイス達はマルレーン達の座っている場所の近くに行って刺繍を始めたりとのんびりと過ごすことにしたらしい。

 シーラ達は外で訓練中だ。中庭でイルムヒルトやシオン達と連係の精度を高める練習をしているようで、マジックシールドをあちこちに閃かせながら飛び回っている。

 暖炉で薪の爆ぜる音だけが響く――静かな時間であった。

 俺も術式を書くだけの作業なので、このまま雰囲気に合わせてゆったりと進めさせてもらおう。時々焼き菓子をかじったりお茶を飲んだりしながらでも大丈夫だしな。


 そうして暫く作業を続けていると、あたりが暗くなり始めた頃に扉をノックする音が響いた。


「準備できたわ」


 顔を出したのはローズマリーだ。準備――魔法生物の核が最低限の学習を終えた、ということらしい。


「ああ。分かった。今行くよ」


 とりあえず区切りの良いところまで術式を書き終えてから立ち上がる。

 魔法生物、か。まあ何というか……改めて身の周りを見てみれば魔法生物が多いな。

 カドケウスとウロボロス、キマイラコートのネメアとカペラ、バロールもそうだし、マルレーンのエクレールやローズマリーのアンブラムもそうだ。


「カドケウスやウロボロス達の仲間か。良い友達になれると良いな」


 そう言うと、一緒に部屋からついてきたカドケウスが猫の姿で小さく頷き、ウロボロスが喉を鳴らす。ネメアとカペラも軽くコートから顔を出して頷いた。バロールも目蓋を瞬かせる。


 それぞれの返事を受けてから、ローズマリーの案内してくれた隣の部屋に行くと――部屋いっぱいに魔法陣が描かれて、部屋の中をどこか幻想的な光で照らしていた。

 その中心に丸い球体となったドラゴニアンの魔石――魔法生物の核が安置されている。


「来たわね……」


 と、ベアトリスが気怠げに言う。


「このまま作業に入りますか?」

「そうですね。不都合がないなら」

「では……手順を説明します。魔法生物の核が置かれている場所の手前に、小さな円が描かれています。基本的には、この場所に座って魔法生物にとって必要となる知識や作り手の目的などを学習させ、吸収させていく、というわけです。これがその術式となります」


 と、フォルセトが紙に書き付けた詠唱を見せてくれる。

 なるほど。この術を用いながらということになるのか。これで効率的に文字を覚えてもらったりするわけだ。言うなれば魔法生物に知識をインストールする……という感じだろうか。


「けれど、高度な思考能力を持たせるには知識だけでは足りないのよね。魔法生物の自我を強くするためには、性格付けをしてあげなければいけないのだけれど……そこが少し難易度の高いところでね。特に、戦闘を目的としたものは」


 と、ローズマリーが少し思案しながら言った。


「知識ではなく経験を思い浮かべて学習させることで、それが可能となるわぁ。まあ、高度な魔法生物は狙った性格に誘導することはできても、完全に思い通りにはいかないというのが大体のところねぇ」

「魔法生物の種類やその目的で必要とされるもの、求められるものは変わります。いずれにせよ武具の魔法生物ということなら、テオドール様が適任ではあると思います」


 そうしてベアトリスとフォルセトから説明や諸々の注意点を受ける。

 良くも悪くも高度な自我を与えようとすると術者の性格なども反映されてしまうそうだ。

 例えば血を求める魔剣のような呪われた武器だとかができてしまうのは、こういうところでの調整失敗ということになるらしい。

 まあ、製作者がそれを最初から求めているのなら失敗ではないのだろうけれど。

 いずれにせよ、武器に意識を与えるなら気を付けなければいけない点だな。


「――分かりました。では、早速始めてみようと思います」


 一通りの話を聞いてからそう答える。

 キマイラコートは脱いで近くに置いて、ウロボロスも壁に立てかけておく。カドケウスとバロールもその場にて待機だ。

 指定された場所に座禅でもするかのように座って、魔法生物の核と1対1で向かい合う。ローズマリー達がマジックサークルを展開すると床の魔法陣の光量が増していく。


 その中で目を閉じて――核に手を翳して先程教えてもらった詠唱を始める。

 反応は――すぐにあった。声をかけられた、と感じる。挨拶をされたのかも知れない。こちらも挨拶を返す。


 カドケウスと五感リンクした時とも似ている。相手の存在を感覚で感じるというか。こうやって結びつくから効率的な学習ができるということなのだろう。

 オリハルコンと対話した時とは少し違うな。オリハルコンからは既に完成された重厚さのような物や、こちらを正確に分析しているような感覚があったが……この核は生まれたばかりで随分小さく感じる。こちらをじっと見上げて言葉を待っている、といった印象だ。


 さて――。何の話からしたものか。意識を目の前の存在に向けて、外のことを忘れて集中していく。


 斧。そう、斧の魔法生物だ。魔法生物ではあるけれど、仲間として迎えたいと思っている。

 最初に目的があって作ろうと決めたものではあるのだが、自我を与えるのなら、永く人間の傍にあって、隣人として親しまれるような魔法生物になってもらいたいと、そう思う。


 そんなふうに考えると、目の前の存在から反応があった。

 ――自分は、武器として作られたのでは? 友人とは?

 そんなふうに質問された気がした。


 知識でそれに答えるのは簡単だろうけれど、言葉だけで納得できるものでも理解できるものでもないだろう。だから――術者の経験から答えるわけだ。ローズマリー達の説明を理解できた気がする。


「そうだな。俺自身のことから話したほうが良いのかも知れない」


 と、目の前の存在が見守る中で口にしながら思考する。

 ――何を思って、何があったから力を求めているのか。武器に求められることと、より多くの力を求めることは似ているのかも知れない。


 小さな頃の暮らし。その頃の温かな記憶。母さんと死睡の王の戦いを目にしながら、何もできなかった悔しさ。失われてしまった大切な人と、遠くに行ってしまったあの、温かな時間と。

 だから力を求めたんだ。もっと多くの力を、と。

 そうして――力を得てから、俺はどう変わったのだろうか。昔からの記憶を呼び起こし、その時々の記憶を、感情を思い起こしていく。


 俺の記憶をじっと眺めていた魔法生物の核と、そのまま対話する。

 俺のことを話したから次はそっちの番だと言うと、核が答えた。


(我――は、武器の目的は知識として知っている。そのために作られたのだから、そこに疑問は抱かなかった。だから、主殿が戦いに対して様々な感情を持っていることに、驚いた)


 そう言った。いや、脳裏の中に、今までよりはっきりと声が響いたように思う。こうしている間にも学習して成長している、ということなのだろう。

 魔法生物か。確かにウロボロスやバロールも、使い手がいることそのものを喜んでいたように思うが。


「人との大きな違いは、そこかも知れないな」


 人は目的が決まっているわけではないから色々迷ったりもするし、色々な感情を抱くのだろう。迷いが無い存在なら、そこに何かを思ったり、感じたりもしないのかも知れない。けれど、そこが理解できないと人と共にいるのは難しいと思う。

 

(……こうして、色々な知識や経験、人のことを教えてもらうのは、楽しい、のかも知れない)

「なら良いけど。うん。楽しいこと、か」


 日々のみんなとの暮らしの光景が脳裏に浮かぶ。それを興味深そうに魔法生物は見て、俺のその時々の感情を学んでいるのが分かった。


(共に――笑い合えるのが友人や仲間、なのだろうか?)

「知識の上ではそう、かな。友人だとか仲間は自分で見つけ出すしかないけど……お前と仲良くなりたいと思っている者ならいるよ」


 新しい仲間が来るのを待っている者達。

 そう答えると、初めて彼の意識は俺以外に向いたようだ。壁に立てかけられているウロボロスや、キマイラコート。その近くに座っているカドケウスと、カドケウスの頭の上にいるバロール。


 彼らについての記憶も呼び起こす。共に戦った日々だけでなく日常の記憶も混じる。本を読んでいる傍らで立てかけられ、日向で眠っているウロボロス。


(……主殿は、不思議だな。友人であるとか日々の安らぎであるとか。武器に求めるものではないと……知識の上から考えれば思うのだが)

「意思を持っているからだよ。俺が力を求めるのは日々の暮らしを壊させないためだし、武器や魔道具を作るのだってそうだ。作ったもので誰かを守って欲しいし、仲間として迎えるなら、お前のことだって守りたいしな」

(そうか。主殿にとって我も仲間、か)

「そう考えてる」


 そう言うと、何やら魔法生物側の感情らしきものがこちらに流れ込んできた。ああ。これは、嬉しいと思っているのか。五感リンクに近いから、向こうの感情も共有できるわけだ。俺の記憶と、そこにあった感情を共有したということなのだろう。


(これが我自身の、感情か)


 魔法生物は……何やらそれを噛み締めているらしかった。


(――主殿が我に求めるものは、分かった、気がする。我に……戦い方を教えてくれないだろうか? 仲間として恥じぬよう、主殿の期待に応える働きをしたい)


 やがて、魔法生物の核はそう言った。


「ああ、分かった」


 頷いて、今度は長柄の斧を握って振るうイメージを思い浮かべていく。戦いのネタなら色々あるからな。各種武技だとか今まで戦った魔人達の使っていた技、今まで出会った魔物の動き、マグネティックウェイブを用いての挙動であるとか……そのあたりも含めて、伝えられるだけのことを伝えてやるとしよう。

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