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58 子飼いの騎士

「今ッ!」


 両手のダガーを縦横に振るいアングリーマッシュを思うさま切り刻んだところでシーラが大きく飛び退りながら声を上げる。退避を見届けたタイミングで、アシュレイの魔法が発動した。


「ウォーターカッター!」


 シーラを追いかけようと動いたアングリーマッシュに、アシュレイの放った水の刃がカウンター気味に直撃する。斬り飛ばすには至らないが、胴体に深い手傷を負わせた。

 続けざま、イルムヒルトからの追撃があった。雑多な魔物に矢を射掛けて牽制していたはずが、いつの間にかシーラと役割を交代している。

 尾による強烈な一撃がアングリーマッシュの横合いから足元を薙ぎ払う。堪らず転げたところを、アシュレイの影から伸びたカドケウスが容赦なく串刺しにしていた。


「これは、私も負けてはいられませんね」


 グレイスは巨木と戦っていた。イービルウィロウ。幹に空いた洞や瘤が人面を形作る柳の木の化物だ。近付くと鞭のようにしなる枝を振り回して攻撃してくる。ならば距離を取れば良いのかと言えば、刃のような切れ味を持つ葉を手裏剣のように飛ばしてくるから無視するというわけにもいかない。

 上ばかりに気を取られていると足元から根を絡ませて動きを封じたり足払いを仕掛けてきたりするので、中々厄介な手合いである――が。


 攻撃を仕掛けようと振り回した枝は、グレイスに触れるより前に寸断される。

 グレイスの斧捌きは最近ますます凄みを増しているように思う。両手に持った重量のある斧を、まるで玩具か何かのように振り回して、触れた傍から砕き散らしていくのだ。

 ウィロウも枝葉を振り回して抵抗はしていたが、悠々と歩みを進める彼女の前進を止める事は叶わず、とうとう肉薄されると顔面の高さに闘気を纏った斧を叩き込まれ、ただの一撃で切り倒されてしまった。


「ふぅ」


 と、小さく息を吐くグレイスの表情はまだまだ余裕があるようだ。


 俺は俺で20頭余りのグレイウルフの群れを引き付けて対処している。

 知性の高い狼達である。危険性は群れの規模とアルファウルフ――群れのボスの性格や力量に依存するのだが、迷宮の狼はあまり群れの損耗に意識を向けないので、痛めつけても撤退しない点に注意が必要だろう。


 水球の上に水上歩行で陣取り、足場となっている水球そのものを動かしてやる事で、迎撃の構えと体勢を維持したまま自在な間合いの調整が可能だ。四方からタイミングをずらして躍り掛かってくる狼達を、竜杖の回転に巻き込んで打ち上げ、払い、吹き飛ばす。


「さて――」


 粗方狼共を蹴散し、最後に残ったのは一回り体の大きなボス狼だ。こちらを睨んで唸り声を上げていたが、的を散らすように左右に跳躍しつつこちらに迫ってくる。

 間合いに入ったところで足元の水球を竜杖で掬い上げるようにして群れのボス目掛けて放つ。途中で細かく枝分かれし、四方から狼を迎え撃つ。アクアウィップ。第5階級水魔法だ。


 ボス狼は跳んで逃げようとするがそれは叶わない。こちらの手元で水の鞭のコントロールを握っているからだ。正確に追尾して絡め取ったかと思った瞬間には、俺の手元から鞭が凍結していき、やがてそれは狼の身体に触れている部分にまで到達する。氷河が大地を侵食するように、狼の身体へと容赦なく食い込んで穴を穿った。


「なかなか良い感じだ。連携も穴が無くなってきた」

 

 以前より互いの動きについて理解が深まっているからだろう。色々な状況に臨機応変に対処できるようになってきている。

 だがまだまだ。もっと魔物相手に着実な実戦経験を積み、力を蓄えなければ。




「お前達、何を弱音を吐いている!」


 いつものように剥ぎ取りと採集を終えて戻ってくると迷宮入口の広場で、部下を叱責しているチェスターを見かけた。


「いえ、その。チェスター卿。どうして下水道順路なんですか? 他の連中はもっと別の区画に向かってますよ? その……下水道の先ってアレでしょう?」


 部下が上目遣いになって、恐る恐るという感じでチェスターに具申する。

 下水道の先のアレ。つまり、大腐廃湖だ。

 大腐廃湖を敬遠する部下の気持ちは分からなくもない。俺だって行きたくない場所だ。

 まさかとは思うが……チェスターはあそこに行く気なのか……?


「大腐廃湖が何だと言うのだ。我らは栄光ある王国に仕える身。他者がやらぬのなら我らこそが、とは思わんのか!」


 そういう事らしい。人の嫌がる事を進んで行う、と。

 騎士道は良いが、突入前に対策はしっかりとして行った方が良いだろう。根性や騎士道精神で済ませるには色々厳しい場所だ。ましてや、あの区画の調査となると。

 知ってあの場所を望むのなら事前の情報収集ぐらいはしてると思うが……。


「どうしたんです、チェスター卿。また随分荒れてますね」


 また別の騎士がチェスター達に近付いてそんな風に声を掛けた。


「フェルナンド……君か。いや、彼らの心がけがなっていないものだから、つい、な」


 どうやらチェスターの知り合いらしい。フェルナンドと呼ばれた青年は笑みを浮かべる。


「慣れない迷宮探索に難航している班も多いと聞きます。焦らずに進まれるがよろしいかと」

「……そう、だな」


 チェスターは小さく眉根を寄せる。


「それよりもチェスター卿。グレッグ卿やローズマリー殿下が心配なさっておいででしたよ? 今からでも王城に戻られてはいかがでしょうか?」

「あの方達がこの身を心配なさってくださるのは有り難いが、僕は自分の力がまだまだ至らないと知ってしまった。飛竜隊に戻る気はない」


 チェスターが言い切ると、フェルナンドは肩を竦めた。


「どうにも……決心は固いようですな」

「騎士に二言はない。君こそ、迷宮探索に志願したのだろう?」

「俺は迷宮に潜っても王城にもちょくちょく顔を見せに行っていますからねえ。飛竜隊に戻るまでいかなくても、ほら、ローズマリー殿下の所に顔をお見せするとかあるんじゃないですか?」

「……駄目だ。決心が鈍る」

「左様ですか」


 あまり積極的に説得するというような意志は、フェルナンドには感じられなかった。


「では我等はまた迷宮探索に向かう」

「ええ、御武運を」

「君こそ」


 チェスターは微妙にテンションの低い部下達を連れて石碑から迷宮内に消えていった。

 残されたフェルナンドの、その口元に小さな笑みが浮かぶが……彼はそのまま神殿の外へと向かって消えた。


 ……フェルナンド、か。グレッグやローズマリーの名前を出したし、あいつが例のグレッグの子飼いかも知れないな。

 言われてみれば、グレッグがチェスターの後釜に据えようと言うだけあって、雰囲気や容姿もそれっぽい所があるというか。


「……さっきの方、何だか随分嬉しそうでしたね」


 と、アシュレイが怪訝そうに首を傾げて眉根を寄せた。うーん。ちゃんと見るべき所を見ているな。

 チェスター自身には凋落したという意識は無いんだろうが、フェルナンドにしてみればライバルが転落してチャンスが舞い込んできたという感じなのだろう。


「おっ、テオドール君発見」


 そんな風に、俺達にも声を掛けてくる者達があった。フォレストバード達である。


「こんにちは」

「はい、こんにちはぁ」


 ルシアンとイルムヒルトが笑顔でお辞儀し合っている。そういえば似たような雰囲気というか、相性の良さそうな2人ではあるか。

 彼らは会った当初から纏っている雰囲気が変わらない。良い感じに緩いので俺としても気が楽だ。


「探索は順調?」

「そうだなぁ。ロックタートルに最初手間取ってたけど、今はもうそんなに、だな。こいつでぶっ叩くと、良い感じに目を回してくれるんだよ、これが」


 フィッツが肩に抱えた、ごつい戦槌を軽く持ち上げてにやりと笑う。

 ロックタートルというのは旧坑道に出てくる岩の甲羅を持った亀の魔物だ。動きはそんなに素早くないが、擬態したりする事があるので奇襲を受けないよう注意をしなければいけない。

 フィッツも前までロビンと同様に剣を使っていたのだが、坑道の魔物に合わせて武器を新調してきたようで。よく見ると装備も新しい物になっていたりと、稼ぎの方も順調そうな事が見て取れた。


「私達、これからお昼なんですけど。一緒にどうですかぁ?」

「あれ。迷宮探索は?」


 フォレストバードはいつも昼過ぎから迷宮探索だったような。


「鉱物集めの依頼の期限が結構ヤバかったんだよ。ここ数日すごい真面目に働いてたんだぜ、俺ら」


 冒険者ギルドに貼り出されている依頼だな。


「じゃあ、この前一緒に遊びに行けなかったし、埋め合わせにどこかに食べに行こうか」

「そうこなくっちゃな。良い店知ってるんだ」


 という事で、フォレストバードと連れ立って神殿の上の方へ螺旋状の通路を登っていると、途中でまた見知った顔とすれ違った。


 ええっと。あれは騎士団と揉めてた連中だな。

 うーん。彼らに限らず、迷宮入口や冒険者ギルドのロビーに、見知った顔が増えてきた。

 それだけタームウィルズの生活にも慣れてきたという事でもあるんだろう。それはそれで良いのだが――例の、ジャスパーの姿が彼らの中に見当たらないのが、やや気になった。

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