595 白光解放
「行きます!」
グレイスはそう言うと正面から飛び込んでいって、ドラゴニアンと激突した。
激突――そう、激突だ。互いに全身から闘気を漲らせて突っ込んでいったかと思えば、手にしている斧を叩きつけ合う。
鈍い音が響いたその場所を中心に、足元の石材に亀裂が走った。
そのまま、互いが互いを正面からねじ伏せるとばかりに斧を振るう。グレイスの双斧と、ドラゴニアンの戦斧が猛烈な速度で交差し、闘気と闘気のぶつかり合う火花を散らして、重い金属音がエンデウィルズの街にいくつも響き渡った。
地上戦だ。腕の先が見えなくなるほどのグレイスの斧捌き。ドラゴニアンも長柄の戦斧を木切れか何かのように軽々と振り回してグレイスと打ち合う。
双斧で絶え間なく斬撃を繰り出すグレイス。戦斧で切り結んだかと思えば下方から石突きが跳ね上がり、グレイスの顎先の空間を薙いでいく。大振りの一撃を見せたかと思えば闘気を込めた尾による一撃が隙を埋めて、グレイスに対して手数でも後れを取らない。グレイスの武器が切り裂ける間合いまでは踏み込ませず、戦斧だけが届く間合いを堅持しながら立ち回る。
見た目はパワーファイターそのもので、実際闘気を主体に戦うタイプのようだが、技術も持ち合わせているらしい。
グレイスの言った通り、噛み合う相手だ。切り結びながら右に左に飛んで、戦域を広げながら、両者は斧を縦横に振り回す。
周囲の状況お構いなしだ。蟻の兵士も、近くにあった民家の壁も、一切合財が無いもののように3つの斧が軌道上にあるものを薙ぎ倒し、切り裂き、吹き飛ばして弾き散らす。
すると蟻の兵士はグレイス達の戦いに巻き込まれないよう距離を取って、後衛側へと向かった。後衛との戦いにしても蟻兵士達は押され気味ではあったが、グレイス達の戦いの最中に踏み込めば竜巻に呑まれる木っ端のようにバラバラになるだけと、幾度かの接触の後に気付いたのだろう。
勿論、グレイスとしてもそれを狙って敢えて戦域を拡げている。それを蟻の兵士達が見て取って割り込むことそのものを諦めたというわけだ。
だからと言って、それでグレイス自身の戦いが不利になるわけでもない。地面を蹴り砕いて激突し、弾かれては突っ込んで。家々の壁を紙細工のように砕き散らしながら互いの武器を振り回す。
ドラゴニアンがグレイスの接近を阻むように、全身の膂力を用いて斧を振り抜き、そのままの勢いで転身する。
闘気を込めた尾で壁ごとの薙ぎ払いを見舞えば、瓦礫が散弾のようにグレイスを襲った。グレイスは、一切躊躇しなかった。左腕にマジックシールドを展開して目だけは守り、全身に闘気を漲らせて瓦礫の雨の中に真っ向から飛び込んでいく。闘気での守りがあるから、それで十分だとばかりに。
「はああっ!」
己の身体1つで瓦礫を弾き飛ばし、無傷で最短距離を突破。裂帛の気合と共に漲らせた闘気を右腕の斧に集中させて打ち込む。
ドラゴニアンも闘気を集中させ、長柄の部分で受け止めたが――勢いを乗せたグレイスの一撃は受け流せなかった。振り抜く。そのまま振り抜く。身体ごと吹き飛ばされて民家の壁をぶち抜き、ドラゴニアンの巨体が空中を舞った。
だが、戦闘に支障が出るような手傷は負っていない。ぐるぐると回転しながらドラゴニアンが翼を広げる。そうして地上で跳躍するために身を屈めたグレイスを見据えると、大きく息を吸い込んだ。
民家の床を蹴り砕き、全身の膂力を用いてグレイスが飛んだ。
ドラゴニアンが咆哮する。口から放たれた音響は指向性を持った衝撃波と化し、迫ってくるグレイスを迎え撃つ。
だが――迎撃はグレイスも承知の上だ。既に両手に握った斧へ闘気を集中させている。
衝撃波に向かって交差させるように振り抜く。闘気の煌めきが巨大な斬撃と化して、放たれた衝撃波とぶつかり合った。
互いの技の激突。押し勝ったのはグレイスの斬撃波だった。ドラゴニアンは咄嗟に全身に闘気を纏い、腕を交差させてそれを防御した。まともに受ければただでは済まないのだろうが、ドラゴニアンは強固な鱗を備えている。巨大な斬撃波に呑まれて尚、ドラゴニアンにとって致命傷までは届かない。
迫ってくるグレイス。すぐさま翼をはためかせてグレイスの間合いから離れようとするドラゴニアン。しかし、それは叶わなかった。
翼に鎖が絡みついていたからだ。斬撃波を受け止めた時には、グレイスの鎖が大きく弧を描いて、その翼を絡め取っていたのだ。
口元に牙を見せて笑うグレイス。引き寄せられる。
今度の攻防はリーチ差による優位な間合いを取ることができない。タイミングを合わせるように大上段からグレイス目掛けて闘気を纏った戦斧を叩き込もうとするが――マジックシールドを蹴ったグレイスの足元で、闘気が爆発的に噴出して加速していた。ドラゴニアンの想像を遥かに上回る速度で、戦斧の間合いの内側へと踏み込む。
目を見開くドラゴニアンと、赤いグレイスの瞳が交錯する。
紫色の闘気による残光をエンデウィルズの空に残しながら、グレイスはすれ違いざまに右手の斧を振り抜き、ドラゴニアンの胴体を薙いでいった。
一瞬の交差。地面に降り立つグレイスの背後でドラゴニアンの巨体が落下して、石畳に亀裂を刻む。そして――それ以上立ち上がっては来なかった。
T-レックスは咆哮を上げながら俺に向かってくる。有り余る力と巨体、それからタフネスとで民家を砕きながらも俺を捉えようと、雷撃を放ち、大顎で噛み砕こうと狙う。それらの攻撃を右に左に跳び回って避けながら、魔力の制御に集中する。
――エーリック=ウィルクラウドが研究の中で言及した、魔力循環の強化。
それは環境魔力を体内に取り込むことで魔力の総量を底上げし、更なる増幅や身体強化を狙えないか、というもの。
エーリック自身は――ヘルヴォルテのように、決められた空間に結界を張ることで環境魔力を制御する、という実験を行い、一応の成功を見ている。
しかし実用化までは至らなかった。2つの大きな問題点があったからだ。
1つ目の問題としては、時間をかけた結界を張らなければ環境魔力を集めて来ることができなかった点。
これは――母さんの研究していた術式が解決した。周囲から魔力を集めてくるというものだ。
もう1つの問題は――環境魔力を体内に取り込んだ際の悪影響だ。
これも母さんがその一例で、雑多な性質を持った環境魔力を取り込んでしまうと、場合によっては体調に悪影響を齎してしまう。エーリックもその点からこの研究を断念したようだ。
それを解決する手段が今まで無かったから、俺の場合は環境魔力を集めても、体外に放出した魔力と混ぜ合わせて制御し、そこから魔法を放つなどといった……例えて言うなら追加の燃料として扱っていた。
だが、環境魔力を制御し、術者の肉体に合わせて変質させることが可能な手段があれば――利用方法だって自ずと変わってくる。
そう。問題解決のために必要な物は、俺の手元に揃っている。魔力を俺の意思に応じて変質させて制御する、オリハルコンが。
身体の周囲を衛星のように回る無数の光の粒――十二分に集まった環境魔力を一旦オリハルコンへ取り込み、その性質を俺の魔力に近しい物へと変質させ、ウロボロスを通じて体内へと取り込んでいく。
「これは――」
始めた途端、今までに感じたことのない程に魔力が漲ってくるのが分かった。
その時だ。T-レックスの闘気を纏った尾が横合いから迫って来ていた。
それを俺は――無造作に左腕を上げて、展開したマジックシールドで受け止めていた。
想像していたような衝撃は無かった。シールドで悠々と受け止められる程度、と感じてしまう程に。
T-レックスが何かを感じ取ったのか、目を見開いて転身、一旦間合いを開く。
全身から高く立ち昇る程の余剰魔力の放射。周囲に飛び散る青白い火花。魔力循環によって練り上げて、更に増幅させていく。
「行、くぞ――ッ!」
俺の声に応えるようにウロボロスが唸り声を上げる。シールドを蹴って、真っ向から突っ込んだ。馬鹿げた加速度。尾を引く魔力の輝き。
T-レックスは飛び込んでくる俺を大顎で迎撃しようとしたが、その速度は奴の予想を上回るものだったのか、背後に咢の閉じる音だけを残して、俺は奴の懐深くまで飛び込んでいた。
防御のために展開したT-レックスのマジックシールドを――真正面からウロボロスでぶち破って、俺の突撃が深々とその胴体に突き刺さっていた。技術ではない。文字通りの力技だ。
たたらを踏むT-レックス。溢れ出る程の魔力を掌底に乗せて。そのまま押し出すように増幅させた魔力を叩き込む。
「はああああっ!」
眩いばかりの白光の球体が掌の先に膨れ上がり、T-レックスの腹部にめり込んだ。咆哮と共に、突き出した掌から無数の魔力衝撃波を解き放つ。
闘気の防御もマジックシールドも、意味を成さない。波と波の激突からなる炸裂。そして――膨れ上がった白光は最後に指向性を伴う爆風となってT-レックスを吹き飛ばしていく。
T-レックスの巨体がもんどりうって転げ、民家をなぎ倒しながら蟻の兵士を巻き込んで瓦礫の中へと突っ込んでいった。
「はあぁ……」
大きく息を吐く。
T-レックスは――横たわったままだ。舌をだらりと垂らして立ち上がってこない。放った方の俺としても、腕がびりびりと痺れているのを感じる。
……短時間ではあったが予想以上の成果。しかし中々に制御が難しいように思う。
どの程度の魔力を取り込めば、どの程度増幅されるのかが、まだ掴めていない。パワーもスピードも、何もかもが違ってくるから、その感覚に慣れなければいけない。身体能力のギャップに意識が付いてこないというのは、攻防においてマイナスに働いてしまうこともあるだろう。
そして恐らく、通常の魔力循環とはバランスが違うから、あまり大量の魔力を取り込んで長時間発動していると、相応に反動があることも予想される。
取り込む魔力の量を調整して上手く制御しないと、色々な意味で諸刃の剣、といったところだ。
要練習だな。課題もある。しかし、得た物は大きい。
近接戦においてヴァルロスに身体能力で拮抗できるなら、勝機はより多くなるだろう。白煙を上げている掌を見てから握り拳を作り、俺は手応えを噛み締めた。




