593 深層都市の魔物
――明けて一日。
今日からはクラウディアの居城にて訓練をしたり、中枢に向かう道の様子見をしようということで、朝から神殿前の広場で待ち合わせることになった。
アルフレッドから受け取ったゴーレム用のメダルを使ってハイダーも増産完了である。ヘルヴォルテ専属ということで、早速クラウディアの居城に配置しようというわけだ。
パーティーメンバーとシオン達を連れて広場に到着し……程無くして冬の澄んだ空気の中を、王城からコルリスが飛んでくる。背中にはステファニア姫とアドリアーナ姫、フラミアが乗っている。
こうやって王城からコルリスが人を背中に乗せて飛んでくる風景というのも……タームウィルズでは見慣れたものになってきたのか、通行人達も馴染んできている印象である。
ヘルヴォルテも背中に鳥の翼があったりして目立つは目立つのだが……ホークマンのように有翼人種の冒険者もタームウィルズにはいたりするので、そこまで注目を集める存在というわけではなさそうだ。
「おはようございます」
「ええ、おはよう」
と、やって来たステファニア姫達に挨拶をする。
「それにしても、クラウディア様の居城に向かうことになるなんて、思ってもみなかったわ」
「深層も深層よね。私達では足手纏いにならないかしら?」
ステファニア姫の言葉にアドリアーナ姫が首を傾げ、シオンも頷いた。
「僕達も……大丈夫なのか、少し心配です」
「あくまで訓練ですので。城内なら魔物達も統制されていますから、クラウディアと一緒にいるか、ヘルヴォルテ卿がその個人を認識している限りは問題無いそうです」
これから向かう先の説明を軽くしておく。それにシオン達の戦闘能力を考えれば、そこまで不安がることもあるまい。シオンは真面目だから色々気を回してしまうのだとは思うのだが。
「寧ろ城よりも、エンデウィルズの城下町を出歩く際の方が危険度が高いと思われます。風景は外では見慣れないものなので珍しいかとも思いますが、お気をつけ下さい」
「エンデウィルズの街は、統制されていない魔物が出現することもあるの。街中を巡回している鎧兵達は私達の統制化にあるけれど、統制外の魔物でも迷宮の魔物同士、敵とは見做さないようなの。だから、鎧兵達も私かヘルヴォルテが命令しなければ、戦力として当てにできないわ」
ヘルヴォルテとクラウディアがそんなふうに補足してくれた。
昨日足を運んだ時は統制外の魔物は出なかったが、そうするとクラウディアとヘルヴォルテが味方である俺達にとっては、城より街中のほうが危険ということになるわけだ。
「それは……当時は大変だったのではないですか?」
と、グレイスが眉根を寄せた。
確かに。エンデウィルズに統制外の魔物が出るようになったのは、やはりラストガーディアンの暴走以後なのだろうが、そうなると当時エンデウィルズに住んでいた者達はかなり苦労したのではないかと思う。
いや、苦労したのは被害が出ないように奔走したであろう、クラウディアとヘルヴォルテの方か。
「そうね。城の中に避難をさせたけれど……そうなった経緯が経緯だったから監視を置かなければならなかったりと、状況が落ち着くまでは色々大変だったわ」
グレイスの言葉に、クラウディアは目を閉じてしみじみとした雰囲気で答える。
心配そうな表情を向けるマルレーンに微笑みを返して髪を撫でたりと、クラウディア自身はそのことについてはあまり気にしていない様子だ。
エンデウィルズの住人の避難については上手くいったことが窺える反応だな。マルレーンもそのことを察したのか、にこっと笑みを浮かべると、クラウディアも頷いた。
「当時のヴェルドガル家の令嬢が、事態の収拾に一役買ってくれたのよ。王家は……私との契約――約束を守り、治世を続けようと努力を重ねてきてくれている。ヴェルドガル王家には感謝をしているのよ」
ヴェルドガル家……つまり王家になるより前の話だな。その言葉にステファニア姫は神妙な面持ちで頷き、ローズマリーは羽扇で表情を隠すのであった。
そんな会話を交わしながら月神殿に入り、みんなと共に迷宮入口へと降りていく。下の広場に到着すると、まだそこそこに朝早い時間帯ではあったが、迷宮に降りるためにやってきた冒険者グループが複数いたりと、そこそこに賑わっている様子であった。
「――今日は新しい階層だからな。気合を入れていくぞ」
「ああ。装備も出てくる魔物に合わせて新調したし、その分だけ稼がねえとな」
「降りる前に作戦をもう一回確認しとくか」
といった調子で、今日降りる階層の対策であるとか、昨晩の酒が美味かっただとか、色々な会話が聞こえてくる。
そんな彼らに、ヘルヴォルテは静かに視線を送っていた。
エンデウィルズに人が住んでいた頃とは色々違ってしまったが、それでも迷宮は人々と共にあって、その暮らしを支えている。ヘルヴォルテにとっては、こういったタームウィルズの姿はどう映っているのだろうか。
暫く冒険者達を見ていたが、やがて目を閉じて一度頷くと、迷宮入口の石碑のほうへ向き直った。ふむ。どうやら悪い印象というわけではなさそうだな。
「ハイダーも配置しなければいけないし、エンデウィルズを見てから城の中に行きましょうか。後から景色を見に行く必要もなくなるでしょうし」
「一度は見ておくということなら、みんな一緒の方が安全かも知れませんね」
アシュレイが笑みを浮かべる。そうだな。初めて足を運ぶ面々も多いし。
「空も街角も、結構不思議な景色で好き」
「本当。少し寂しい雰囲気だけど、綺麗な街よね」
シーラが言うとイルムヒルトも頷く。
「それは、中々楽しみね」
と、ステファニア姫。
クラウディアはエンデウィルズの景観がみんなに好評なので、割合嬉しそうに笑みを浮かべた。そうして迷宮入口の石碑から、俺達はエンデウィルズへと飛んだのであった。
光が収まったところで目を開けば――そこはエンデウィルズの入口であった。
「これは――」
「わあ……」
ステファニア姫達とシオン達がその景色に声を漏らす。月に行かなければ見ることのできない空。色とりどりのフェアリーライトと、輝く石柱に照らされた神秘的な街角の風景。
初めてここに来た俺達と似たような反応で、彼女達は目の前の景色に目を奪われている様子だ。
早速というか、ハイダーをエンデウィルズの入口に配置する。
「これでハイダーが侵入者を見つけると、私の通信機に連絡をくれる、というわけですね」
ヘルヴォルテは大きな槍を肩で支えると、両手で通信機を手にして、まじまじと文字が表示される面を覗き込んでいた。
「通信機も何回か使って慣れておかないといけませんね。後で何回か文字を送っても構いませんか?」
「はい。練習が必要ならどうぞ」
ヘルヴォルテの言葉に頷く。何となくモバイル機器を初めて手に入れた時のようなやり取りというか。
「ん――」
と、そこでシーラが小さく声を上げた。コルリスやベリウス、ラヴィーネ達もぴくりと反応して一斉に同じ方向を見やった。
「……統制外の魔物、かな?」
尋ねるとシーラが頷く。
「多分。複数いる、と思う。まだ少し距離があるかも」
「私にはまだ遠いみたい。温度は感じないわ」
ふむ。イルムヒルトの探知能力からは範囲外か。温度探知が利かない相手という可能性もあるが、シーラの言動からするとまだ遠いという方が正解だろう。
「昨日来た時は、訪問者自体が久しぶりだったものね。その時に統制外の魔物が湧いたのかも知れないわ」
クラウディアが言う。なるほど。前に来た時に目を覚ましたというわけだ。
「近付いてきてる。多分向こうも気付いた」
耳をぴくぴくと動かしながら、シーラが眉根を寄せた。確かに……足音と振動が近付いてくる。俺でも感じるのだから、結構大型の魔物が向かってきているようだ。
「私達は、もしもの時のために赤転界石の準備をしてきているわ」
「判断はテオドールに任せるわ。クラウディア様に無駄な魔力は使わせたくないもの」
ステファニア姫とアドリアーナ姫が言う。
クラウディアが視線を向けると――門番であった鉄の巨人と、巡回していた鎧兵達が隊列を組んで俺達の周囲に付いた。
鎧兵達を統制しての護衛か。門を背に防御陣地を組めば……これなら敵の数が多くても戦えるかな。顔触れを見れば、戦力的にも十分だ。
「では……一度、様子見で交戦してみますか。形勢が不利なら一時撤退も考えるということで」
魔石などの物資も手に入れたいところだしな。中枢に降りる前に星球庭園の先にいる魔物の程度も見ておきたい。
みんなが頷くのと、大通りに一匹目の魔物が姿を現すのがほとんど同時だった。
ぬう、と、大きな家々の間から、巨大な生き物の影が姿を現す。
「あれは竜――とは少し違う、ような」
グレイスが言った。
ああ、竜に似ているが、確かにあれは違う。
……というか、知っているシルエットだった。
T-レックスに酷似しているのだが、額から水晶のような角が一本生えている。
そして奴はこちらの姿を認めると巨大な口を開いて咆哮を響かせるのであった。
いやはや。恐竜型の魔物が相手とは。ガーディアンではなく、通常の魔物のようだが、さて。どの程度のものか。




