591 迷宮村と共に
そういったわけで――ヘルヴォルテが気兼ねなくクラウディアの居城から出て来れるようにと、早速準備を進めることになった。
居城を監視するハイダーの増産が必要となるわけだが、ついでに迷宮各所に既に配置されているハイダー達も改造する必要があるので、それらの回収をしつつアルフレッドに通信機で連絡を取ったのであった。
迷宮村とエンデウィルズを繋ぐ通路、クラウディアの居城の重要になるポイントに配置してやればいいので、それほど増産にも時間はかからないだろう。
ヘルヴォルテ自身はと言えば……クラウディアの強い勧めもあって、遠慮がちながらではあるが迷宮から出てきてくれることを承諾してくれた。
中枢は未だにラストガーディアンが防御に回っているし、クラウディアの居城に守るべき人物はいない。迷宮村の住人達も、元々通路が封鎖されている上に俺の家に出てきているので、現時点でヘルヴォルテが守らなければならないのはクラウディア本人ということになる。
「おお、ヘルヴォルテ様!」
早速俺の家に帰ると、連絡を入れておいた迷宮村の住人達が玄関ホールで待っていて、ヘルヴォルテの姿を認めて表情を明るくした。
「久しいですね。私も目を覚ましたので、姫様に同行させていただくことになりました」
ヘルヴォルテは迷宮村の住人達に淡々と挨拶をする。
「そうでしたか。またお会いできて嬉しく存じます」
「ささ。こちらへどうぞ。歓迎の用意は整っております」
と、迷宮村の住人達がヘルヴォルテを中庭へと通す。俺達がハイダーを回収したりしている内に通信機で連絡して、ヘルヴォルテを歓迎する準備を整えておいてもらったというわけだ。
クラウディアが眠っている際の迷宮村の防御もしているということで、住人達には慕われているというのが解るな。
中庭に通されるとあっという間に人が集まって来て、みんなでヘルヴォルテに挨拶をするという形になっていた。
カーバンクル達もヘルヴォルテに慣れているらしく、肩に登ったりと割と遠慮がない。ヘルヴォルテも何時ものことといった調子で、カーバンクル達の好きなようにさせている様子だ。
「仲が良いのですね」
「ヘルヴォルテ様には色々助けてもらっておりますから」
と、迷宮村の住人達が笑みを浮かべた。
「うむ。ミュガル達の新居を建てる時にお世話になりました」
「私のお祖父ちゃんが、子供の頃に助けられたって聞いています」
何でも、新しく家を建てたりする時に力仕事をしてくれたりするらしい。迷宮村は基本的に平和だが、クラウディアと共に火事が起こった時に子供を助け出してくれたとか……。
「村に古くから関わっているだけに色々逸話もある、ということね。慕われるわけだわ」
と、ローズマリーが納得したように頷く。
「どうかしら?」
「はい。祭りの時の様子に、少し似ています」
クラウディアに尋ねられて、ヘルヴォルテはいつも通りの口調で答える。
「本当はね――これが村の住人達の普通の姿ではあるのよ」
「分かります。エンデウィルズに住人が住んでいた頃も、こうして賑やかな空気がありました」
「んー。ヘルヴォルテ様のことを覚えていないのは、少し残念かも知れないわ」
と、その様子を見ていたイルムヒルトが言う。
「私が起きている時はヘルヴォルテはもしもの時に備えて眠っていたりすることもあるから……イルムヒルトはまだ幼かったし、感情抑制の魔道具との相性も良くなかったものね。小さなころの記憶が曖昧になってしまうのは仕方がないわ」
「そう、かも知れませんね。でも、お父さんとお母さんの村を守ってくれて、ありがとうございます」
クラウディアの言葉にイルムヒルトは頷き、朗らかに笑ってヘルヴォルテに頭を下げていた。
「――私は、大したことはしておりません。姫様のお考えに従っているだけです」
ヘルヴォルテは淡々と受け答えをしているが、どことなくその対応も柔らかいように見える。カーバンクル達が懐いていることからも思うが、やはり根っこの部分では穏やかな気性なのだろう。
そうして中庭で迷宮村の住人やセシリアやフローリア、ハーベスタ、ラスノーテ達が挨拶を終えたところで……迷宮での訓練から戻ってきたステファニア姫達とシオン達に、アルフレッド達工房組の面々が連れ立って家にやって来た。早速みんなの集まっている中庭に通してもらう。
「ああ。テオドール君。まずこれを」
と、アルフレッドがハイダー用の制御術式を刻んだメダルを俺に渡してくる。俺の組み上げた術式をアルフレッドがメダルや魔石に刻む、というのはいつも通りだ。
ハイダーにしろシーカーにしろ、術式はもう構築されているので増産そのものは結構簡単なものだ。
「ん。じゃあ後でゴーレムに組み込んで定着させておくよ」
それを受け取ってアルフレッドに頷く。
では、みんなにもヘルヴォルテを紹介してしまうことにしよう。
「迷宮深層の――クラウディア直属のガーディアン、ヴァルキリーのヘルヴォルテ卿です」
「ヴァルキリーとはまた……。ケルベロスといい、迷宮深層は伝説級の者達ばかりじゃのう」
ジークムント老が目を丸くしてからかぶりを振った。
「クラウディアの居城の魔物を統括する立場なのですが、訓練に使っても構わないと言って下さいました。ステファニア殿下やシオン達にも紹介したいと考えていたのですが」
「そうでしたか。では、今後もお世話になるかと思います。どうか、よろしくお願いします。ヴェルドガル王国第一王女、ステファニア=ヴェルドガルです」
と、ステファニア姫がヘルヴォルテに丁寧に挨拶をする。
「ヴェルドガル王家の方でしたか。ヘルヴォルテと申します。姫様は、王家の治世に感謝しておいでですよ」
そうして、やって来た面々も順々にヘルヴォルテに自己紹介をしていた。
その流れで……コルリスが握手を求めるように手を前に出すと、ヘルヴォルテは一瞬首を傾げたが、結局コルリスの手を取って普通に自己紹介を返す。
「お初にお目に掛かります。ヘルヴォルテと申します」
「コルリスと言います。私の使い魔です」
「そうでしたか。中々の魔力を持っている、良い使い魔ですね」
と、楽しそうにコルリスを紹介するステファニア姫に、粛々と頷くヘルヴォルテであった。
そうして人が集まったところで、ヘルヴォルテの歓迎と、目を覚ましたことを祝しての意味を込めたささやかな宴の席が始まった。
迷宮村の住人が楽器を持ち出して演奏したりそれに合わせて踊ったりと、中々楽しそうな雰囲気だ。
ヘルヴォルテはその中心に座って、静かにそれを見ているという形である。表情は殆ど動かないが、住人達の催し自体はしっかり見ているし耳を傾けている様子なので、興味が無いというわけではないのだろう。
肩や頭にカーバンクルを乗せて、じっと催し物を見ている。セラフィナももう馴染んでいるようで、膝の上に抱えられたりしていた。
「大人しい方なのですね」
それを見たグレイスが微笑ましいものを見るように目を細める。
「戦いや城の防衛だとか……緊急の時以外は、何をしたら良いか分からないと言っていたわ」
「それでも、村の住人には慕われているようですね」
「ええ」
アシュレイの言葉に、クラウディアは微笑む。
「ん。テオドールの作った色々」
と、そこにシーラが炭酸飲料やら綿菓子やらをヘルヴォルテに運んできた。イルムヒルト共々、迷宮村を守っているヘルヴォルテに対してはシーラとしても好印象なのかも知れない。
「――気体を高密度で閉じ込めて果汁などで味付けした飲み物と、砂糖を熱して綿状にした菓子、でしょうか。他では見ない物ですが、テオドール様がお作りになったのであれば納得です。味は、良いと思います」
それらを口に運んでヘルヴォルテは冷静に分析した後で静かに頷いた。その反応に、クラウディアは柔らかい笑みを浮かべる。
うん。何となく、ヘルヴォルテのことも分かってきた気がする。初めて会った時は感情が表に出ないだとかガーディアンという肩書きもあって、もう少し機械的なのかとも思ったが。内面が分かってくると生真面目で素直、という印象だ。クラウディアが目を閉じて尋ねた。
「久しぶりに見た外の世界は、どうかしら?」
「タームウィルズは賑やかですね。姫様のお傍も、人々の笑顔が絶えません。きっと良い環境なのでしょう」
ヘルヴォルテは静かな口調で答える。その言葉にマルレーンがこくこくと頷いた。ヘルヴォルテはマルレーンに頷き返し、それから薄く浄眼を開いて俺を見てくる。
「是非私も、魔人達との決戦に協力させて下さい。迷宮の安寧と、姫様の周囲の環境を守ることに繋がるものと判断しました」
「勿論です。ヘルヴォルテ卿に協力してもらえると、色々心強いですから」
そう言って握手を求めると、ヘルヴォルテは俺の手を取って、静かに頷くのであった。




