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57 グレッグ派の裏事情

 騎士団と冒険者グループのいざこざはもう少し様子を見るとして。

 冒険者ギルドを後にし、迷宮に潜る為の装備やら戦利品やらを片付けて家でのんびりしていると、来客があった。


「初めまして。あたしはビオラと言います。こちら、テオドール=ガートナーさんのお屋敷でよろしいでしょうか?」


 と、明るい笑顔で挨拶してきたのはドワーフの女性だ。俺と同じぐらいの目線だが、立派な成人である。


「はい。テオドールは僕ですが」

「ええと。あたしはアルフレッド様の遣いで来ています。是非一度、工房を見に来てほしいと」

「あれ。もう工房ができたんですか?」

「まだ改装中なんですけどね。ポーションの調剤はもうできるようにしてありますよ」

「んー、それじゃあ、ちょっと行ってみますか」


 必要な原材料は集まっている。後は迷宮に潜らない日に調合用の機材を買い集めて、と思っていたのだが。アルフレッドが工房に用意してくれるという話になっていた。


「という訳で、出かけてくるけど。みんなはどうする?」


 家の中にいるみんなに聞いてみる。


「私はお夕飯の準備がありますので。ええと――それまでには帰っていらっしゃいますか?」


 小さく首を傾げてグレイスが尋ねてくる。

 いや、そんなの決まっているというか。グレイスの作る料理は美味いのだ。屋台の串焼きや貝焼きで済ませるなんて、無粋は言わない。


「ん。必ず戻ってくる」

「はい」


 俺の返答に、グレイスは嬉しそうに微笑んだ。


「アシュレイは?」

「ロゼッタ先生がいらっしゃるというので。それまでシーラさんとお庭で訓練するという約束になっています」

「迷宮に潜った後なのに、頑張るね……」

「テオドール様のお陰で、調子が良いのです」


 循環錬気の成果か、迷宮でのレベリングの影響か。アシュレイの体調は良好だ。自身が体力回復の魔法を使える事もあって、かなり精力的に勉強やら訓練やらをしている感じがある。

 訓練というのは実戦形式の組手だな。防具を付けて軽い木の棒に布を巻いた代物で打ち合うだけだが、相手はロゼッタやシーラだから、相当濃い内容になっているはずだ。

 グレイスは――力加減が難しすぎるので、そういう組手には参加できないのが少し寂しいみたいだけれど。


「最近、中々面白くて油断できない。こっちの動きの先を読んで、攻撃を合わせてくるようになった」


 涼を取る為に作った氷柱を立てた桶の側で涼みながらイルムヒルトのリュートに耳を傾けていたシーラが言う。シーラの動きにある程度付いていけるのなら、それは大したものだ。

 となると、シーラはアシュレイとの訓練があるので、このまま家で少し過ごしてからイルムヒルトと西区に帰るという風になるだろう。

 そういう事なら行ってこようか。騎士団と冒険者の話もアルフレッドには聞かせておいた方が良さそうだし。




「お待たせしました」


 馬車に必要な荷物を載せてビオラと共にアルフレッドの工房へ向かう。


「ビオラさんは、工房で何かなさるんですか?」

「あたしですか? 色々やりますよー。鍛冶仕事とか、縫製とか。親方の所から独り立ちしようとしてたところに、魔法技師の工房で働かないかってアルフレッド坊ちゃんから声を掛けてもらったんです」


 と、ビオラは腕まくりしてみせる。

 なるほど。魔法技師工房のお抱え鍛冶師という奴か。しかも金属も革も加工できるとなればかなり色々な事ができるだろう。アルバート王子は割と着々と準備を進めていたようだ。


「そうなると、同僚っていう感じですかね」

「ですねー! これからよろしくですよ!」


 俺の場合、調整にも携わるテストパイロットみたいな感じだけどな。


 アルフレッドの工房は東区だ。学舎からも俺の家からもすぐ近場にある。

 かなり大きな敷地の家だ。だがまだ改装中のようで、資材が庭に積んである状態である。

 アルフレッドは少女と2人で庭にいて、その少女に色々熱心に説明していた。馬車から降りた俺とビオラに気付くと相好を崩す。


「やあ、待ってたよ。ブライトウェルト工房にようこそ」

「どうも」

「こっちの女性は僕の友人の、フィーラ」

「はじめまして」


 アルフレッドは上機嫌で出迎え、隣の少女を紹介してくれた。フィーラと呼ばれた少女はスカートの裾を摘まんで挨拶をしてくる。……まあ、結論から言ってしまえば彼女はオフィーリアの変装だ。アルフレッドと揃いの変装用の指輪を身に着けている。

 それにしてもブライトウェルトの姓はここで出てくるわけか。


「いや、僕の方も私生活がちょっとゴタゴタしててね。最近忙しかったから工房の準備が進められなかったんだけど、ようやく目途が立ったから。まだ幾つかの設備は改装中だけど、鍛冶場や薬剤を調剤するための設備は用意してもらったんだ。ちょっと使ってみて感想を聞かせてくれないかな」


 王城は古文書の発掘と翻訳で大忙しだっただろうし、足踏みをさせられる羽目になってアルフレッドもストレスがあったのではないだろうか。

 アルフレッドに案内されて、屋敷の中の一室に通される。

 秤、乳鉢、ガラス瓶、ガラス管、竈に大鍋、陳列棚……必要な器具は大凡取り揃えてあるようだ。


「それじゃあ、早速使わせてもらいます。作業を見ていきます?」

「いいのかい? そういうのって秘密とかなんじゃ?」

「いいえ。製法を知っていても材料の供給を安定させなきゃいけませんし、製法も見様見真似をするにはやや難しい工程もありますので」


 ポーションの魔法的な加工部分はマジックサークルで行ってしまうので、詠唱を聞いて真似されるという心配がない。原材料調達にしたって迷宮攻略のついででポーションの素材を自力で調達できる所にあるし、販売ルートも冒険者ギルドに持ち込むだけで済む。売れなければ売れないで、自分で使えばいい。気楽なものだ。


 さて、ポーションであるが……。傷を癒すヒールポーション、魔力を回復させるマジックポーションを筆頭に、体力を回復させるフィジカルポーション、その他の魔法に似た効果を発揮させるレジスト系など、その種類は多岐に渡る。

 種類によっては加工に手間がかかる物もあるし、品質を上げようとするとそれなりの苦労も出てくるのだが、最大の問題はやはり調合のためのレシピと、必要となる素材集めになるだろう。


 その点、ポーションのレシピを俺は最初からある程度知っているし、宵闇の森で集められる薬草類だけでも何種類かのポーションを作れる。

 俺は生産職ではないが自分で調合できると現地調達などもできるので、レシピを暗記しておいたり最低限のスキルを習得しておくと色々便利なのだ。


 さて。数あるポーションのその中から、何を作っていくかとなるわけだが……とりわけ旨味があるのはマジックポーションだろうと思う。

 事前にリサーチしてあるのだが、あまり市場に出回っていない。レシピがどうこうではなく、調合できる人間にその工程を取れる人間が限られている事が原因かも知れない。


 採ってきた薬草や買ってきた素材を決められた配合比で乳鉢に放り込んで擦り潰していく。

 その際、調合用の術式を用いながら十分な量の魔力を素材に練り込んでいく必要がある。これができない場合、微小なクズ魔石を相当な量用意して、一緒にすり潰すという工程になるのだが……それをやると原材料費が嵩むから利益率が下がるわけである。

 従って、マジックポーションは需要と価格の割に、作る側にはあまり旨味が無いとなるわけだ。


「この若さでマジックサークルを使えるの……?」

「ああ、噂の魔人殺しだよ、彼は」

「えええっ」


 ビオラが目を丸くしている。

 そうこう言っている間に下準備ができた。後はこれを清浄な水に入れて竈で煮詰めてやれば見た目にも変化が出てくるので完成だ。

 今日は試運転という感じなので大鍋でやるほどの量でもない。小さな鍋を火にかけて待機する。その間吹きこぼれないよう見ておくだけで、特にすることも無いので、騎士団の話をアルフレッドにしておこうと思う。




「――なるほどね。軋轢が生まれちゃってるか」


 アルフレッドは困ったように頭を掻いた。


「トラブルを起こした冒険者の方にも問題がありましたけどね。グレッグ派のせいで、全体的に好意的に捉えられていない下地もありましたから。メルセディア卿は再発防止を打診してみると言っていましたが、グレッグ派を自由にさせていると、また何か問題が起きるんじゃないかと思います。その辺まで踏み込むのは、彼女には無理なように見えましたので」


 グレッグは腐っても副団長。メルセディアは多分、下の方だろう。


「それは確かにあるかもね。冒険者の方は抑えは利くのかな?」

「冒険者ギルドから何かしら通達を出せば、ある程度は自重してくれると思いますよ。騎士団への感情はさておき、騎士団との間に積極的にトラブルを抱えたい者はいないと思いますので」


 話を聞いてみればメルセディアは割と真っ当な人物だった。

 わざわざ冒険者ギルドに戻ってから話をしたのも、迷宮内部でトラブルを起こすよりは、人目に付くギルドの方が話が穏やかな所に落着しやすいと思っての事だろう。

 あのジャスパーという奴の面倒な所は、冒険者が反感を持っているのを利用して、自身の落ち度を勢いに任せて押し切ろうとした所だ。だから面子だなんだと、大騒ぎした挙句、風向きが不利と見るや撤退したんだろうと、俺は見ている。


「グレッグは、チェスター卿が離れてしまったから焦っているんだ」

「そんなにチェスター卿が重要だったんですか? いくら腕が立つと言っても、チェスター卿は一介の騎士でしょう?」

「この場合、チェスター卿の人間関係が重要だったんだね。チェスター卿はローズマリー殿下のお気に入りだから」

「……ええと、第2王女の」

「そう。そのローズマリー姫。チェスター卿を通して取り入っていたんだけど、その彼が迷宮に行ってしまったものだから。グレッグ単品に姫は用が無いようでね。最近門前払いみたいなんだよ。取り巻き貴族は基本的に風見鶏だしねえ」


 はぁ。そりゃ死活問題だな。既得権の問題でチェスターに俺を突かせたが、チェスター自身が離反してしまって屋台骨がぐらついてしまっているというわけか。


「それで、迷宮で功績を上げて、存在感を示しておきたいというところですか」

「まあ、ね。彼自身は偶像性には欠けるし、別の子飼いの若い騎士をまた英雄風味に仕立て上げようとか思ってるんじゃない?」


 アルフレッドは笑って言うが、不意に表情から笑みを消して、真剣な面持ちになって言う。


「……んー。君に今のうちに謝っておきたい」

「なんです?」

「僕も一応、アルバート殿下のお耳に入れてはみるけれど。ローズマリー殿下やグレッグとアルバート殿下は少々相性が悪くてね」

「ああ」


 つまり、ローズマリーとアルバート王子との関係は良くない、と。

 アルバート王子自身は王宮では影響力が薄いからな。自分自身に火の粉が飛んできているわけでもないし、俺のように王子自身の関係者の事でも無いから、直接的な対立をするのは厳しい所があるんだろう。


「今回は情報を共有しただけですよ。ギルドから冒険者側の方に注意が行くだけでも結構状況は変わってくるんじゃないですか?」


 話をしている間に良い頃合いになったようだ。鍋を火から退けると、薄紫色に発光する薬液が出来上がっていた。これを冷まして小瓶に分ければ市販のマジックポーションと遜色のない品物になるはずである。


「良いみたいですね。これとヒールポーションを増産して備蓄や販売しようかと思ってます」


 ヒールポーションは供給も需要も多いから後から参入して稼げるというわけではないが、溜め込んでおけば……いざと言う時に役に立つからな。

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