表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
607/2811

587 城の守護者

「地下階は最深部へ繋がっているわ。上階は私の居室や生活空間ね」

「それじゃあ……先に上階を見てから地下階を見せてもらうかな」

「分かったわ。それじゃあ、案内しながら行こうと思うからついて来て貰えるかしら」


 クラウディアは少し楽しそうに頷くと回廊を先に進んでいく。

 エンデウィルズの城は……言わばクラウディアにとって自宅ということになるのだろう。


 正面の回廊を進んだ先は広場になっていた。――広々とした階段の上に大きな扉がある。壮麗な装飾が施されているが、クラウディアが近付くと独りでに扉が開いた。


 まず控えの間があり、その先が謁見の間だ。このあたりの構造は他の城とそう違わないということか。来客は奥に向かわずとも城主に面会できるような作りになっている。


 謁見の間の左右には、妙に小さなサイズの騎士達が並んでいた。

 大きさは俺の腰ぐらい。3頭身で一見するとコミカルだが、それぞれがしっかりとした作りの槍を持っており、背中には鋼の翼のような装飾が付いている。有事の際は飛行して攻撃を行うということか。

 クラウディアの姿を認めると、一糸乱れぬ敬礼を行って見せた。ビーストナイトと違って中身は空のようではあるが、中々機敏に動くようだ。


「見た目は怖くないけど……結構強そう」


 と、それを見たシーラが言った。


「身体が小さいのも、空間を有効利用して数で攻めるためかな?」

「そうね。リトルソルジャーと言うの。その子達は見た目で威圧感は与えないようにしているだけで、きちんと城の兵士を務めるだけの能力があるわ。テオドールの推測通り、大勢で連携して攻めるのが上手いの」


 人間サイズなら四方から囲む程度だが、身体が小さくて飛べる分、もっと大挙して立体的に1人に当たることができるというわけだ。

 よく見るとそれぞれが腰に呼び笛を付けていたりと、個体で対処できないなら仲間を呼んだりすることも可能らしい。リトルソルジャーで対応できない相手なら、ビーストナイトや他の魔物が対応するという仕組みなのではないだろうか。


 立派な玉座の脇を通り、奥の壁に彫られた装飾の前にクラウディアが立つと、装飾として壁に刻まれていた騎士達の彫刻がクラウディアに一礼して脇に避ける。すると騎士の後ろに刻まれていた扉が奥に開いて……そこに通路が姿を現した。


「これは……面白いですね」

「でしょう」


 グレイス達がその光景に笑みを浮かべると、クラウディアも楽しそうに笑う。その先の回廊は、王城の奥に向かうためのものらしい。つまり城主の生活空間であるとかだな。

 ソードメイデン達が箒や雑巾で床や壁を掃除をしていたり、かと思えばリトルソルジャー達が隊列を組んで飛行しながら巡回していたりと……城内を守る魔物達の活動を見ているのは割合楽しい気もする。


 回廊から見える広場は練兵場ということなのか、先程見たビーストナイトの監督の下にリトルソルジャーが槍を振るっていたりと、訓練のようなことをしている。

 魔物達は防衛用の戦力ではあるのだろうが、あくまでも城勤め風に活動していて、クラウディアにできるだけ退屈や孤独を感じさせないような役割を果たしているようだ。


 それでも長い年月同じ物を見ていたら飽きてしまうのだろうけれど、来客があれば話も変わるのだろう。案内してくれるクラウディアも、何となく楽しそうに見える。


「外から見ると城は大きいけれど人が働いているわけではないから、休憩のための部屋だとか、普通ならあるはずの設備が無いの。実際の生活のために使用する場所は私1人分で足りてしまうものね」

「それじゃあ、そのあたりにある扉は?」

「兵士達が待ち伏せるのに使ったり、侵入者を迷わせたり閉じ込めたりという部屋が多いわ。城の一室らしく見せかけてはいるけれどね」

「確かに、クラウディア様から離れると危ないですね」


 アシュレイが言うと、マルレーンが神妙な面持ちで頷いた。


「みんなには自由に見せてあげたいところではあるのだけれどね。まあ、私と一緒なら罠の部屋も安全だから、見たいところがあったら言ってくれたら案内するわ」


 クラウディアが苦笑する。そうして回廊を進んでいくと、やがて広大な大広間に辿り着いた。

 四方八方に通路が続いているが……クラウディアは迷いなく大広間の中央に立つ。軽く爪先で床を叩くと、天井から周囲に光のカーテンが降りてくる。


「ここから上に向かうわ。警備が対応しやすいように、浮石での移動も少し時間がかかるようにできているのだけれど」


 直後に独特の浮遊感があった。ああ。これは王城セオレムにもあった、浮石のエレベーターか。少し作りが違うけれど、光のカーテンの中を上に向かっているようだ。


「上階は居住のための空間で、書庫と書斎。厨房、食堂、浴場や居間と寝室などがあるわ。ソードメイデンが色々と雑用をしてくれるの」

「書庫……というのは?」


 ローズマリーが少し期待するような様子を見せる。


「月の都から持ち込まれたものだけれど、内容としては大したものではないわ。私の時代の文字には……学術的な価値があるのかしら」

「要するに、魔術書の類じゃない、と」

「ええ。残念ながら」


 クラウディアは俺の言葉にそう言って笑った。エレベーターが上に到着するのはもう少し時間がかかるようだ。その途中で、クラウディアはふと真剣な表情になる。


「――月から地上に降りた船は、あちこちで生き延びていた地上の民や、凶暴化していない魔物達も救出していったわ。そうして地脈の集まるこの場所に根を降ろし、魔力嵐の影響を受けない地下深くにエンデウィルズを形成したの」


 つまりエンデウィルズは……月の船が最初期に作り出した区画ということになるか。

 月の船はクラウディアの身を守るための居城、人々の住居となるエンデウィルズ、食料や資源を供給する区画や、生成した魔物と戦闘訓練をして外に出るための力を付けるための区画を順々に作り出していったそうだ。それが境界迷宮の原型となる。


 迷宮内部で自給自足をしていくのは難しくないだろう。それでも人々は地上を夢見て、外に出ることを憧れた。その間にも月の船は魔力を集め、やがて魔力嵐をも収めていく。

 そんな、昔の話をクラウディアは聞かせてくれた。


「当時は凶暴化した魔物が今よりずっと多くて。それでも地上に出ることを希望する者が多かったわ。私はそれを聞いてあげたくて……そのために王城セオレムやタームウィルズの原型となるものを作る準備を進めていたわ。元々人々が地上に出られるように環境を構築するのを目標としていたから」


 そう言って、クラウディアは一旦言葉を区切って目を閉じる。


「セオレムの形成を始めた時にね。魔物の大規模な襲撃があったの。セオレムの形成と地上に出て作業していた人々の避難、そして魔物の撃退。私は一度に大きな力を使い過ぎて、居城の奥で強制的な眠りについてしまったわ。中枢に侵入されたのはその後のことよ。結局、魔物の襲撃は召喚魔法を用いたものだったことが後から分かってね。つまり……セオレム形成の時を、狙われたのね」


 月の船の力を手に入れようと画策した地上の民の裏切りと、その結果としてのラストガーディアンの暴走。システムの混乱による迷宮の拡大、訓練用の迷宮魔物達も自由に闊歩し、侵入者を排除するために動くようになっていく。

 そうして地上の民は外へ。保護された魔物達は迷宮の奥で生きていくことになった。


 ――浮石のエレベーター。光のカーテンにやがて終点がやってくる。クラウディアの居住区画だ。

 その先に進もうとして、クラウディアがふと足を止めた。


「……ああ。あの子が来るようね。目を覚ますのは、まだ先だと思っていたのだけれど――」


 誰が、と聞くよりも早く。俺達から少し離れた回廊に光の柱が立ち昇った。

 そうだな。既にここに来る前にクラウディアから話を聞いている。この城にはクラウディアの他に、1人だけ意思を持つ者がいる、と。

 光の柱の中から現れたその姿は――槍を携えた甲冑姿の女騎士であった。背中には白い鳥の翼が生えている。


「――ご無沙汰しております、姫様」


 感情を感じさせない、抑揚のない声が響いた。両の目は閉じられたままだ。


「ええ。久しぶりね、ヘルヴォルテ」


 ヘルヴォルテ。ヴァルキリーのヘルヴォルテ、と言うらしい。城内の魔物を統括する、クラウディア居城のガーディアンだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ