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579 魔人追撃

 俺を見据えたヴァルロスの、その右手から黒い瘴気剣が伸びる。

 他の魔人の作る瘴気剣は――もっと硬質化させて実体として固めるのに対し、ヴァルロスのそれは、さながら巨大なガスバーナーのように噴き出している。


 無造作に立っているが、隙はない。自然体。どんな角度からの攻撃にも対応できるような構えだ。こちらは――魔力を循環させて高めていく。ウロボロスが――低く警戒するように唸る。


「ヴァルロス! あなたはハルバロニスとナハルビアで、あんなに沢山の人の命を奪っておきながら、まだ血を流し足りないというのですか!?」


 フォルセトがヴァルロスに感情をぶつけた。

 ヴァルロスがハルバロニスを出ていく時。そして結界を管理していたナハルビアの王城に向かった時。いずれも多数の死傷者を出している。

 かつての仲間であった者達を踏み越えて、ヴァルロスはそれでも進んでいったのだ。

 そんなヴァルロスは、冷たい目でフォルセトを一瞥する。そして言った。


「散っていった命が無駄になるとするのなら、それは俺が立ち止まった時だ。止めたいのならば言葉ではなく、力尽くでこの心臓ごと止めてみせるがいい」

「な――」


 苛烈な言葉。その裏側にある決定的な断絶。絶句するフォルセトを振り返らず、ヴァルロスは俺に向き直る。

 その瞬間に真正面から突っ込んだ。隙は無い。無いのならば切り結ぶ中で作るまで。

 打ち掛かる俺の一撃に、応じるようにヴァルロスが瘴気剣で受ける。


 ヴァルロスがウロボロスの一撃を受け止めた瞬間、身体が流れた。フォルセトの使う体術と、同系統の技。こちらの攻撃を受け流すようにして体勢を崩し、そこに切り込むという狙いなのだろう。


 後方から胴体を両断するように迫ってくる刃。

 シールドを蹴って側転しながら回避し、反撃への反撃を繰り出す。身体のすぐ下を猛烈な勢いで瘴気の刃が薙いでいく。こちらが繰り出した竜杖の一撃も奴の翼によって受け止められていた。


 ヴァルロスに向かって雷撃を撃ち込みながら、離脱するように飛ぶ。その雷撃すらも黒翼で受け止めている。体勢を入れ替えると同時に奴が真っ向から突っ込んでくる。上段。黒い放電を纏いながら切り込んで来るそれを、こちらも正面からは受けずにウロボロスで斜めに逸らすように受け止める。


 ぞん、と。


 大して力を入れているとも思えない一撃が、俺の背後にあったベリオンドーラの外壁を、易々と切り裂いていた。


 他の魔人達に比しても異常な殺傷能力。膂力かそれとも奴の能力の一端か。いずれにしてもマジックシールドではまともに受けようとするべきではないだろう。止まらない。矢継ぎ早に繰り出される、致死確実の斬撃を、ウロボロスに魔力を込めて切り結ぶ。

 瘴気剣と黒翼による、流れるような連続攻撃。捌く。払う。打ち込んで受け流され、打ち込まれては受け流して。


「グレイス!」

「はいっ!」

「相手は1人だけど予定通りだ! 殿は俺がやる! シリウス号を任せた!」

「分かりました!」


 目まぐるしい攻防。黒い一閃。青白い光を放つウロボロスの軌跡。その中でグレイスに向かって叫ぶ。

 回転する天地の中に、甲板の上にいるグレイスや他のみんなと、一瞬だけ視線が合ったような気がした。

 

 ――予定通り。幾つか状況を想定した中にある通りだ。シリウス号は撤退。殿は俺が。

 ヴァルロスは加勢はいらないと言った。だが、仮にヴァルロスとこのまま戦闘を継続したとして、こちらが有利になったとしたら、あのザラディという魔人は必ず戦力を投入してくるだろう。ヴァルロスへの忠誠の高さ故に。


 それに対抗できるかどうかはともかくとして、ナハルビアの王城を消し飛ばしたヴァルロスの能力を考えれば、シリウス号の近くで戦うのは望ましくない。シリウス号の防御力の限界を、この男で試したいとは思わない。

 シリウス号は人員を回収。総員が艦内に入ったところで高速で逃げ出す構えだ。グレイスに頼んだのはそのため。船の外装を叩いて推進力に変化させるためである。

 逃げる方角は北だ。相手に逃げる方角を読ませず、極寒のために長時間の追跡もできないという寸法。


 浮上して逃げようという構えを見せるシリウス号に、ヴァルロスは俺と切り結びながら手を伸ばした。が――それはさせない。奴の眼前で空間が爆ぜる。

 レゾナンスマイン。ヴァルロスは後ろに飛んだので当たってはいないが、それで十分だ。前に踏み込めば当たるが、下がれば当たらない。そういうタイミングで放っている。


 奴は阻まれたことを意にも介さず、表情1つ変えずにシリウス号へ向かって飛んだ。

 風魔法とネメアとカペラの膂力を合わせ、追い縋って切り結ぶ。切り込まれる斬撃をウロボロスで受け止める。突き抜けるような重い衝撃があった。足りない膂力はウロボロスをシールドで支えてやることで補う。

 2度、3度。斬撃と打撃を応酬し、竜杖の先端にマジックサークルを展開させる。


「ソリッドハンマー!」


 ヴァルロスの進行方向を塞ぐように大岩を叩き付ける。こちらに向かって引き戻すような軌道。相対速度で威力が倍化されているはずのそれは、黒い一閃によって両断されていた。

 黒い瘴気の翼を身に纏うようにして切り裂いた大岩の中に飛び込み、そのまま翼を広げて切り裂いた岩を吹き飛ばす。足止めにさえならない。一瞬たりとも止まらずにヴァルロスはそれを突破した。


 その時には、ヴァルロスの背後から俺の操るグラインドダストが迫っていた。硬質の砂の渦。剣でも盾でも、或いは武術でも防御不可能な魔法。


 それを、背後に向き直って振り返ったヴァルロスは――掌の先に作り出した暗黒の球体で受けた。握り潰すようにヴァルロスが手を閉じれば、広がった暗黒球も収縮する。

 グラインドダストの砂粒は、球体の収縮に合わせるように飲み込まれ、そして握り潰され、術そのものが消失してしまった。

 止めるでも、散らすでもない。これ、だ。ナハルビアの王城を抉り飛ばした技――!


 ヴァルロスはこちらに身体を向けたままで4枚の翼を広げ、シリウス号に向かって飛行していた。それを追うように空中をネメアとカペラの膂力で疾駆して追いかけ、高速で流れていく景色の中を切り結ぶ形。白銀の世界に瘴気と魔力が干渉する際の火花がいくつも瞬く。


 受け流すではなく、真っ向からヴァルロスが瘴気剣で打撃を受け止める。そのまま後方へ弾き飛ばすように瘴気剣で払い、そして間合いが開いたところへ――。


「散れ」


 薙ぎ払うように。空いている左腕を振るえば、暗黒の小さな球体が幾つもこちらの行く手にばら撒かれた。


 背筋を這うような戦慄。勘に従って、ジグザグに飛ぶ。

 爆発するように黒い球体が一斉に膨れ上がり、ヴァルロスの手の動きに連動するように再び収縮して消失する。巻き込まれれば抉り取られるのだろう。


 一旦大きく弧を描いて離脱しながら加速。鋭角に折れ曲がるような軌道を描いてヴァルロスに肉薄する。勢いを乗せたウロボロスの一撃を、ヴァルロスは瘴気剣で受け止める。

 押し込む。そのまま身体ごと叩き付ける様に押し込み、剣の間合いの内側へ。


 すぐさま拳と拳、蹴撃が交錯する。瘴気を纏ったそれに、間違っても直接触れるべきではない。ゼヴィオンともガルディニスとも違う瘴気特性だが、祝福を受けていても危険な類だろう。

 ぶつかり合う瞬間、その場所をシールドで覆い、瘴気を防御しながら打撃を応酬する。

 シールドは瘴気と相殺するように火花を散らし、そして互いに込められた力を使い果たして消えていく。


 首を刎ねるような軌道で放たれた手刀を、腕に展開したシールドで後方へ受け流す。流れる身体。脇腹が――空いた。

 そこに向かって掌底を繰り出す。しかし、それは誘いだ。叩き込もうとした奴の脇腹の辺りに瘴気が蟠る。攻撃のための防御。


 承知の上だ。掌の先にシールドを作り出し、そのまま魔力衝撃波を叩き込む。

 衝撃波が通った手応えはあった。

 互いに弾かれるように後方に飛んで、雪原の上を滑りながら、そこでようやく足を止める。

 まだまだ……底を見せていない印象だな。小手調べといったところか。


 ヴァルロスの追走を止めさせたのを合図にするように、シリウス号の推進器が火を噴いた。姿も音も消しながら加速していく。

 しかしヴァルロスは既にシリウス号の姿を追ってはいなかった。俺を静かに見据えてくる。


「今のは、ガルディニスの――。そうか。貴様だな?」


 答えない。代わりにウロボロスを構える。が、ヴァルロスは俺を見やり、眉根を寄せると言った。


「貴様――我等に付く気はないか?」

「……何?」


 ヴァルロスと僅かな間、睨み合う。


「魔人が……人間と共存できるとでも?」

「いらぬ人間など、どこにでもいるだろう。罪人を我らの食料とすればいいだけの話。そして俺には、自らの言葉に偽りなく行動する責務がある」


 そう言って――ヴァルロスは瘴気剣を消して、こちらに向かって手を伸ばす。


「我等と共に来い。その力ならば同胞達も認めるだろう。それにそうすれば、これから我等が成そうとすることに払われる犠牲も少なくなるはず」


 大きく、息を吸う。俺を魔人殺しと知って。寸前まで殺し合っておいて……。その上で誘うのか。本当に、目的のためなら手段に頓着しない男だ。

 ああ。それとも指輪のせいで、俺が魔人に対して抱いている感情が伝わっていないからか?


 論外だ。俺の魔人への個人的感情を捨て置いたとして。そしてこいつの言っていることに偽りが無かったとしても。

 こいつが思い描いているその世界を実現するには、数多くの血が流れる。

 最低限の犠牲にしたとしても……今ある体制は確実に破壊されるだろう。メルヴィン王や父さんや……俺の知る人達も、そこには含まれてしまう。


 だから。何のために戦ってきて、そしてどうしてここにいるのか。そこをはき違えたら、俺は畜生以下だ。

 魔人との共存が不可能だとも言わない。だが――。


 思考はそこで中断させられた。俺が寸前までいた場所に、瘴気弾が突き刺さったのだ。側転して少し離れた空を見やる。


「……加勢は必要ないと、言ったはずだが?」


 ヴァルロスが肩越しに振り返って、駆けつけてきた魔人を睨みつける。


「何を仰るのです。貴方は我等の長ではありませんか。仮にこれが罠であるなら、迂闊ですぞ。ここは我等にお任せを」


 やって来たのは――何やら腕が鳥の翼に変形した魔人であった。1人ではない。2人、3人。いずれも飛行に特化したような姿を持つ魔人達だ。

 多くはないが、黒い城にいた魔物の飛行部隊まで連れてきている。ベリオンドーラも一枚岩ではないのか。それとも通達が間に合わなかったか。或いは、ヴァルロスに心酔して暴走している口かも知れない。


「行け!」

「シャアアッ!」


 奇声を上げながら爪を振りかざし、魔物の中の一匹がこちらに向かって突っ込んでくる。

 遅い。ウロボロスを回転させる動きに巻き込み、頭から地面に叩き付けていた。と、同時に魔力衝撃波と共に蹴り飛ばせば、雪原の表面をがりがりと削って滑っていった。


 そして、俺自身は蹴り飛ばした反動で空中に飛び立っていた。

 隠蔽術でこちらからはシリウス号の位置は補足できないが、カドケウスが俺の位置を察知してくれるだろう。

 他の魔人達は殺気立っているが、肝心のヴァルロスは動かなかった。

 雪の上を滑っていった魔物に、つまらない物を見るような視線を向けてから、赤い瞳で俺を見据える。


「興が殺がれたな、魔人殺し。貴様とは恐らく、また会うことになるだろう。答えは、その時に聞く。先程の言葉が偽りでないことの証に、ここでは貴様は追わん」

 

 ああ、そうかよ。だが、俺の答えは決まっている。偽りが無いというのなら、それこそ俺もここで答えておく必要がある。


「――俺とお前じゃ、相容れない」


 否定の言葉を叩きつけて。それでも奴は動かなかった。

 横目でヴァルロスの動きを注視しながら、ネメアとカペラの膂力を合わせ、俺は北に向かって全速力で飛んだのであった。

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