573 長老達との再会
「おお、テオドール殿! よくいらっしゃいました!」
「あのザディアスの船がこうなりましたか。うむうむ。美しい船ですな」
シリウス号から降りて顔を合わすと、学連の長老達がやってきて、手を握られたり抱きしめられたりと髪を撫でられたりと、いつになく熱烈な歓迎を受けた。シリウス号も中々の人気だ。
「お、お久しぶりです」
こちらとしてはそんなふうに答えるしかない。
「これこれ。テオドールが困っておるぞ」
ジークムント老が苦笑する。
「いえ。不快というわけではありませんよ」
と、そんなふうに答えると長老達も嬉しそうな表情を見せた。まあ何というか……家族的な繋がりだから不快ではないというか。
七家の人達は記憶喪失中の共同生活で、寧ろ絆が強まったところがあるらしい。距離感も貴族的な付き合いというよりは、もっと庶民的と言えば良いのか、アットホームな空気感があるので。
こう、歓迎を受けているところを、みんなに微笑ましいものを見るような感じで見守られているのが若干気恥ずかしくはあるのだが。
「ジークムント殿。お帰りなさいませ」
「ヴァレンティナもシャルロッテも元気そうで何よりだ」
「うむ。そなたらも元気そうじゃな」
「ただいま戻りました」
ジークムント老達も長老達に挨拶を返す。
「シャルロッテ、タームウィルズでの生活はどうかな?」
「はい。先生に封印術を学んで、ジークムントお爺様、ヴァレンティナ様と研究をしたりと充実しています。実に良い環境です」
「おお。それは何よりだ」
シャルロッテは父親であるエミールと笑顔で言葉を交わし合う。
エミール=オルグラン。七家の当主で長老の1人だ。今は長老というより、優しい父親という印象であるが。
シャルロッテの言う良い環境という言葉の中には、動物達が周囲に多いというのもあるのだろう。
エベルバート王とアドリアーナ姫、ステファニア姫やエルハーム姫も、側近達から挨拶を受けたりと、広場はなかなかに賑やかなことになっている。
長老達との再会が一段落したら、続いてエベルバート王の側近達にも挨拶をする。
そうして一通り、再会の挨拶が終わったところでエベルバート王が言った。
「さて、積もる話もあるだろうが、まずはゆるりと寛げる場所に案内するとしよう。今日の宿に関しては……テオドール達は賢者の学連の方が落ち着けるのではないかな?」
「ご配慮ありがとうございます」
と、一礼するとエベルバート王が頷く。
そうだな。学連の塔に泊めてもらうとしよう。どちらにせよ、王城でも歓待の準備があるから、王城へ足を運ぶことになるのだろうが。
「では、シリウス号の警備に担当の人員を残し、交代で休憩に入るように」
「はっ!」
エリオットが討魔騎士団に指示を飛ばす。エベルバート王が広場に人員を配置してくれるということなので、警備の人数は最小限で大丈夫なようだ。いずれにせよ交代で休憩に入るので、そのサイクルは急に変えないほうが討魔騎士団の面々としても楽ではあるのだろうが。
と、そこで甲板に、使い魔達や飛竜、地竜達も顔を覗かせる。
「ああ。あの者達も王城に連れてきても構わんぞ。王都まで来てずっと船の中というのも窮屈であろうしな」
「勿論、学連にも出入りは自由じゃぞ」
エベルバート王とジークムント老が言うと、動物達は嬉しそうに船から降りてきた。
ステファニア姫の指示なのかどうかは分からないが、コルリスがエベルバート王とジークムント老にぺこりと頭を下げると、他の面々もそれに倣う。2人はそれを見て小さく肩を震わせた。
リンドブルムも広場に降り立つと翼を広げたり首を伸ばしたりと、軽く身体を解している。
「アルファは、どうする? 護衛は結構いるけど」
甲板に座っていたアルファに声をかけると、小さく頷いて広場に飛び降りてくる。ラヴィーネ、ベリウスと並んでみんなの護衛に回る、というような印象だ。
さてさて。大人数で賑やかなことになっているが、まずは王城に移動するとしよう。
王城に向かうと、中庭に面した広々とした貴賓室に通された。
魔法による寒さ対策もしてあるようで、王城内部から中庭に至るまで暖かい空気に包まれている。動物組も中庭で身体を伸ばして寛いでいる様子だ。
「――南方のバハルザードや、西方の人魚の国にも行ったりしてな。色々あったのじゃが」
と、ジークムント老が長老達に色々と話をして聞かせる。
晩餐の用意ができるまで貴賓室で歓談、ということで、学連の長老達と話をしているのだ。積もる話ということで、ベリオンドーラについての話をする前に、こちらの状況、分かったことなど色々話しておかなければならない。
「私としてはベリルモールばかりか、ケルベロスまで普通に連れていることに驚いておりますが」
「ベリルモールは東の廃坑で出会ったのです。ケルベロスは……迷宮からですね」
「ほほう……」
「テオドール達が、ベリウスの身体を作った」
シーラが言うと、談笑していた長老達の表情と動作が固まる。
「何と……。普通の生き物とは違うとは思っておりましたが」
「……ケルベロスのような強力な幻獣、普通は文献の中でしかお目にかかれませんからな」
「ベリウス」
クラウディアがベリウスの名を呼ぶと、開いた窓から顔を突っ込んでくる。長老達がその頭を撫でたりして、興味深そうに覗き込んでいた。
「テオドール殿は相変わらず……どころではなく、前にも増してといったところですな。その……何やら杖の見た目が変わっていらっしゃるのは……」
「ええと……バハルザード王国のファリード陛下より下賜された、オリハルコンを用いて加工しました」
正直に答えると、僅かな間があった。そしてその後で長老達は揃って目を見開き、驚きの声を上げるのであった。
「オリハルコンか。確かに、バハルザードには正体不明の金属を加工できる鍛冶師を求めて冶金技術が発展したという話もあったが……」
「空から降ってきたということは……月から齎されたものということですかな。長い時を経てテオドール殿の手に渡るというのは運命めいたものを感じますが」
「加工できたのは……クラウディア様が正体を知っていたからこそという気もします」
ビオラが言うと、エルハーム姫が静かに頷く。確かに。性質を知らなければビオラやエルハーム姫でも加工するのは難しかっただろうしな。
「月の民の遺産という話になると、ヴァルロスについての話もしなければなりません」
フォルセトが真剣な面持ちで言った。
フォルセトがハルバロニスの話であるとかヴァルロスの話を語って聞かせると長老達は静かに聞き入っていた。ハルバロニスの民を、責める者はいない。フォルセトに言っても仕方がないことであるから。
「――月の民の遺産、ですか。やはりベリオンドーラにもあると考えるべきなのでしょうな」
フォルセトの話を聞き終わった長老の1人が小さくかぶりを振る。
「ザディアスが王城から持ち出した鍵に絡んでのもの……ですね。こちらでも仮説や推論は色々立てたのですが」
例えば、迷宮と似たような機能。魔物の生成装置であるとか。
これもまだ仮説に過ぎないが。
「鍵の間、というものがあることは分かってもその中身までは……。文献がベリオンドーラを放棄する時に破棄されていましてな。肝心な部分が分からない」
長老が眉根を寄せるが、クラウディアは首を横に振った。
「ベリオンドーラから七賢者の子孫が撤退した時には、その後落ち延びてシルヴァトリア建国など思いもよらないという状態だったでしょうし」
「そうね。その時はその選択が最善ではあったのでしょう。わたくしでもそうするわ」
ローズマリーが思案しながら言う。
確かに。魔人達に情報を与えないよう重要な文献、書類などは焼いてしまったのだろうが、その後から今に至るまで盟主の封印は守られてきたわけだから、その時の判断としては正しかったのだろう。それについて悔やんでも仕方がない。ベリオンドーラ落城からの状況の悪化は防いだわけだし。
そもそも、魔人達はベリオンドーラを落としたところで満足している節がある。連中の目的は最初からベリオンドーラだったわけだ。
「しかし、私達はヴァルロスという人物の性格について情報を得たわけですから……。それはかなり大事な情報ではないかと」
グレイスが言う。敵将の考え方や性格から傾向と対策を練る、というのは重要だ。ヴァルロスに関しては、苛烈な印象を受ける。
目的のために手段を選ばない……というよりは、目的達成のために様々なものを犠牲にすることも厭わないといったほうが正しい。執念か信念か。厄介な手合いだ。
情報を色々と共有しあったところで、こちらのベリオンドーラ調査の作戦なども話をしていく。
「――というわけで、このシーカーと名付けたゴーレムを潜入させることを考えています」
アシュレイが言って、マルレーンが抱えているシーカーを長老達にも見せる。
「土や石を纏ったり、風景や音を遠くに伝えることができるというわけです」
と、ステファニア姫が笑みを浮かべた。
「なるほど……。では、立てた作戦に競合せず、作戦の補強ができるような魔道具、宝物などを見繕ってお渡しすれば良いわけですな」
長老達はそう言って顔を見合わせ、にやりと笑った。文献漁りの傍らで、色々俺達の役に立ちそうな魔道具や術式なども見繕っていたらしい。
ギリギリで作戦に加えて全体が破綻するということはあり得る。だから、競合しないもの、補強できるようなもの、ということなのだろう。
となると補助的な役割を果たすようなものになるのだろうが、ここは頼りにさせてもらうとしよう。




