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55 魔法技師の工房

「ええと。東区のどこかに家を借りて、工房を構えようと思っているんだ。僕が魔法技師を目指しているというのは伝えられているとは思うけど――テオ君の手隙の時間で、協力してもらえると非常に助かる。勿論、君の腕に見合うだけの代価を支払おう」


 テーブルの向かいに座ったアルフレッドは真剣な面持ちでそんな風に言った。


「――つまり色んな魔法を回路の形に直す手伝いだとか、魔石に術式を記述する手伝いでしょうか? 後は、アイデアを出したりとか?」

「んー。当然ながら、君の秘術を開陳してくれと言っているわけではないよ。君は色んな魔法を使えるみたいだし、助言を貰えると非常に助かる。魔法を制御するための部分を君に監督してもらえると……制御が細やかにできそうというのはあるのかな」


 要約すると物作りしたいから手伝ってくれと。

 てっきり飛行術の制御法を細かく定めた魔道具作成とか言い出すのかと思ったが。それならそれで、パーティーメンバーも空中戦が可能になると思うので俺としても利がある話ではあるのだがな。


 魔法技師の仕事とは、道具の中に術式を模様や意匠という形で組み込み、上手く動作するように道具と回路を一体化させる作業に頭を捻りながら物品を製作していくというものである。


 一例を挙げるなら、我が家の風呂場も魔法技師の手によるものだ。燃料タンクとなる魔石をセットし、それにより魔力が通される事で、装飾に組み込まれているはずの術式が読み込まれ、最後に水に触れている発動体が湯を沸かす、というような仕組みになっているはずである。


 こんな感じで、通常、魔術師が魔法を発動させるための全工程を、道具側に全て代用させたものが魔法回路だ。

 そのために人間用から物品用に最適化した術式となるよう「翻訳」をして道具に刻印を彫り込んだり、模様を描いたりして、装飾の中に紛れ込ませたり、肥大化しないように簡略化したり、安全性を確保したりと、色々やるわけだ。


 俺のマジックサークルなどは、魔法を発動させるための魔法陣である。

 人間の魔法行使に特化した模様であると言い換える事ができる。魔法技師はそこを木材なら木材、金属なら金属用に翻訳、調整してデザインを含めて記述するという感じの理解でいい。

 中々専門的でありながら美的センスも求められ、ハードルの高い職だ。


「更に、君が迷宮に潜るにあたり、役に立つ道具を試作していきたいと思っている。実地の使用感も大事な事だからね。あ、君がアイデアをくれるというのは嬉しいな。君の発想ってなんだか飛行術もそうだけど他の人と違うからさ」

「一応褒め言葉として受け取っておきます。うーん。至れり尽くせりに聞こえますがね」


 ……魔道具も値が張るからなぁ。様々な魔法を色々な物品に刻んで道具の形に収斂させていくためのノウハウだとか……さすがにその辺の知識は持っていないし悠長に学ぶ気もないので、アルフレッドと共に製作から携わらせてくれるというのは、正直そこだけを見る限りでは、有り難い話ではある。


「いや……監督してもらったうえに無名の僕の魔道具を使ってもらうわけだし、修行と宣伝を兼ねてのものだから」


 俺が迷宮と魔法を身を立てる術として選んだように、アルバート王子は魔法技師として名を上げる事で、自分の足場を作ろうとしていると――俺は知っているけれど。

 だからアルフレッドの話を受けるのは悪くないと思う。迷宮で拾ってきた魔石、素材を活用する事もできるだろうし、アシュレイが授業を受けている日なども有意義に過ごせるだろうしな。


「わかりました。その話を受けましょう」

「本当かい!?」


 俺が言うと、アルフレッドの表情が明るくなった。俺の手を取ってぶんぶん振ってくる。


「工房にポーション調合用の機材などがありますかね? あったら使わせてもらえると助かります」

「当然用意すると思うよ! いや、良かった!」


 と、アルフレッドのテンションは中々に高い。交渉が首尾よくいったのでアルフレッドは上機嫌という感じだ。


「お話は纏まりましたか」

「ああ」


 グレイスに聞かれて頷く。

 アルフレッドはまた真剣な面持ちになって、口を開いた。


「それで、ここからの話はアルバート王子から伝えておいてほしいって聞かされた情報なんだけどさ」


 と、しれっとそんな事を言う。


「殿下から、ですか」

「うん。殿下から。迷宮で騎士達を見かけなかった?」

「ええ、見かけました」

「彼らは各区画にある、封印されている扉を探している、らしいよ。滅多な事は無いとは思うけど、もしも揉め事になったら僕に言ってくれれば、殿下に話を通しておくから。殿下は――ご自分では頼りないかも知れないけれど、できる事はすると仰っていたよ」


 要するに何かあったら力になるぞ、という事か。アルバート王子との繋がりはメリットもデメリットもあるだろうが。まあいいさ。


「チェスター卿については?」


 騎士団の中にチェスターがいた事を思い出して問うてみる。


「んー。迷宮攻略班に志願したらしいよ」

「志願?」

「そう。飛竜隊を離れて、修行をやり直したいんだってさ。彼が派閥から抜けてしまったから、グレッグ派の求心力が落ちて騎士団の中は結構混乱気味らしい」


 修行ねえ。明らかに俺に負けた事が影響を与えているとみられる。

 グレッグの派閥とかは……こっちに絡んでこない限り、別にどうでもいいが。


「ま、僕からの話はそんなところかな。具体的な話はまた今度詰めよう」

「わかりました」

「それじゃあ、今日のところは失礼するよ。最近割と暑くなってきたから、気を付けてね」

「そちらこそ」


 そう言うと、アルフレッドは相好を崩し、帰っていった。

 暑くなってきたから、か。


 ――そう。夏なのだ。この前、海水浴にも行ったが、タームウィルズには四季がある。

 我が家は戸口を開放していれば割と風通しも良い方だと思うのだが、暑いものは暑い。景久の記憶がある俺としてはエアコンや扇風機が恋しいところなのだが……まあ、無い物ねだりしても仕方が無い。……扇風機ぐらいなら魔石を動力にして割と簡単に作れそうな気がするけれど。現時点ではない物はないのだし。


 家にいる間は風呂が使えるのだから、それで我慢しよう。

 というわけで、風呂に水を溜めて沸かしたり薄めたりしながら、水風呂を準備してみた。


「あ。お風呂に入るのですか?」

「でしたら私達もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「いいけど、水風呂だよ?」


 と答えると2人は寧ろ嬉しそうに頷く。

 浴槽はかなり広いし3人で入ってもまだ余裕がある。今日こそプール代わりみたいなものであろうか。

 相変わらず2人の水着姿は魅力的だ。


 タームウィルズは水資源が豊富なので、沐浴が好きなら毎日でも可能という感じではある。だから元々水風呂にもそんなに抵抗はないらしいというか、水で体を清めるのが普通なのだ。

 熱い風呂に関しては俺が毎日入るので、2人とも湯を張った風呂が好きになってきたらしい。

 サボナツリーの樹液も手に入ったので、好きな香料を買ってきてブレンドする事もできるようになった。気分によって変えられるようになってきたから、尚の事というところはあるのだろう。


 とは言え、今日は特に何をするでもなく。水面に浮かんで天井を眺めたりと、なんとなくぼんやりしているだけでもリラックスできる。


「冷たくて気持ちが良いですね」

「本当。暖かいお風呂に入るのもさっぱりしますが」


 確かにこれはこれで、という感じだ。

 隣には2人が俺と同様に浮かんでいる。

 水に濡れて張り付いた髪。湿った桜色の唇と、白く透き通るような細い肩。脇腹に浮かぶ肋骨の起伏。


 そんな物を間近で見るのは中々に破壊力が高い。前みたいに抱き着かれてしまうと理性的な意味で色々厳しいので、自分から彼女達の手を握っていく。

 グレイスには衝動の軽減を。アシュレイには循環錬気を。


「ん……」

「ふ、う……」


 水面に漂いながら、2人は目を閉じて。

 それから気持ち良さそうに小さく鼻にかかった吐息を漏らす。……いや、なんだか、逆に扇情的になってしまった気がするが……。

 響くのは2人の吐息と、水音だけ。つないだ手と手が温かくて。静かに過ぎていく時間だった。

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