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569 北方へ向けて

「実に良い湯であった」

「うむ。堪能させて貰った」


 エベルバート王とファリード王、エルドレーネ女王は、温泉から上がると休憩所にやって来て、腰を落ち着けて満足げな表情を浮かべた。

 あれから――俺達は将兵達の顔を見て回った後で、頃合いを見て賓客達と劇場や植物園に向かったりと、タームウィルズ観光をした。


 その後は予定通りにというか、火精温泉の湯に浸かって身体を温めて出てきたところ、というわけである。

 4ヶ国の国王が顔を連ねているということもあり、俺達も今日は遊泳所で遊ぶよりも休憩所で過ごすことにした。メルヴィン王達の護衛を兼ねてというところだ。


「気に入ってもらえたようで、何よりだ」


 メルヴィン王が言うと、3人は頷く。


「劇場もな。歌声に関してもだが、演出と相まって実に素晴らしかった。バハルザードまで噂が聞こえてきた理由も分かるというものだ」

「だが、ここでは普段から歌が聴ける、というわけではないのだろう?」

「そうですね。そのつもりであればここにも舞台を作っているところだったのですが」


 エベルバート王は俺の返答に頷くと、休憩所の一角で楽士の代わりに澄んだ歌声を響かせているマリオンやイルムヒルト達に視線を送り、微笑ましいものを見るように目を細めた。


「であれば、あの者達は歌うこと自体が好きなのだろうな」

「だと思います」


 マリオンに関しては劇場での公演の内容に触発されたのだろう。風呂から上がった後は、休憩所でイルムヒルト達と演奏したり、歌を歌ったりして過ごしている。

 まあ……姉妹と異種族間での歌の交流はいつも楽しそうではあるな。彼女達の歌声に関しても耳にしていて落ち着くので、温まった身体にも心地良く感じる。

 そうして王達は和やかな雰囲気の中で、あれこれと旧知の友人のように言葉を交わす。国を預かる王同士ということで、分かり合える部分があるのだろうが、いずれにせよ国王同士がこうやって談笑するというのは同盟関係の強化に繋がるところがあるので良いことなのだろうとは思う。


「――エベルバート王は、明日には北方に戻ってしまうという話だったか」

「もっとシルヴァトリア王国の話を聞きたいところではあったのだがな」


 話題はそれぞれの国で最近起きたことであるとか過去に起こったこと等々、多岐に渡ったが、明日からの予定について話題が移り変わると、ファリード王とエルドレーネ女王が残念そうに言って、エベルバート王も苦笑して応じた。


「こうしてタームウィルズまでやって来て、沢山の者の知己を得ておきながらすぐ後にするというのは……いかにも勿体ない気もするがな。まあ、いずれシルヴァトリアにも遊びに来ると良い。その時は歓迎しよう」

「それは楽しみだ。ヴェルドガル王国よりも雪が多いのでは難儀しそうだから、夏が良さそうだがな」


 そんなふうに王達は談笑していたが、ふとエルドレーネ女王が言った。


「だが、それもいくつかの山谷を越えてからではあるか」

「そうだな、催しの時は将兵達の士気を上げるためにああ言ったが……そなた達に関して言うなら、寧ろ無茶をし過ぎないように気を付けて欲しいものだ。無事に戻ってくるのだぞ」


 メルヴィン王が俺を見て言う。エベルバート王もファリード王も真剣な面持ちで俺達を見てくる。


「ありがとうございます」


 一礼すると、ファリード王が表情を崩す。


「またバハルザードにも遊びに来るといい。問題が解決すればもっと気楽に転移魔法も使えるようになるのだろう?」


 ファリード王はそう言って、拳を軽く前に出してにやっと笑った。


「そうですね。その時は是非」


 合わせるように俺も拳を前に出して頷くと、エルドレーネ女王も眩しいものをみるように目を細める。


「グランティオスにもな。そなた達ならいつでも歓迎するぞ」


 そうしてエルドレーネ女王やエベルバート王も、ファリード王に倣うように拳を出してくる。その拳に合わせたり握手を交わしたり。

 そうして出発の前の夜はゆっくりと過ぎていくのであった。




 ――明けて次の日。


「ああ。今日は本当に良く晴れていますね」


 玄関を出たところでグレイスが空を見上げて嬉しそうに言った。


「旅立ちには良い日和よね」


 クラウディアが目を閉じ、口元に笑みを浮かべて頷く。冬なので肌寒くはあるのだろうが雲一つない快晴で、気持ちの良い天気だ。


 討魔騎士団も昨晩の酒盛りには参加していたが、翌日に酒を残さないようにと早めに切り上げたらしい。それでもゆっくり休んで準備ができるようにと、出発の時間は余裕のあるものだ。

 ベリオンドーラの調査に向かうのはまず俺達と討魔騎士団。それから各国の王の名代である姫達3人。そして工房組がバックアップとして同行する形となる。他にも人員がいないでもないのだが。

 エリオットとアルフレッドも既に準備万端といった様子で、家の前に馬車でやって来ていた。


「お気を付けて、旦那様」


 セシリアとミハエラ、迷宮村の住人達やラスノーテ。……総出で玄関に見送りに来てくれる。


「ああ。行ってくる。何か問題が起きたら、通信機で頼ってくれて構わないからね」

「ありがとうございます。緊急ではなくとも、定時に連絡を入れることにします。発酵食品についてはお任せください」


 うむ。タームウィルズの状況も把握できるし、こちらとしても安心できるというか。味噌醤油に関しては促進魔法を使ったりしているので毎日観察したいところではあるが、現状は順調だし、気を付けるべき点はメモで残している。問題はあるまい。


「気をつけてね」

「怪我をしないようにな」

「うん。父さん、母さん。行ってくるね」


 イルムヒルトが両親と抱擁を交わす。

 俺達の出発の日ということで……船着き場には見送りには来れないからと、迷宮商会の店主ミリアム、盗賊ギルドの幹部であるイザベラや、先代ギルド長の娘ドロシー、それに孤児院の職員や子供らが朝から挨拶に来てくれているのだ。


「ん。それじゃあ行ってくる」

「気をつけてね、シーラ」

「まあ、あんたらなら調査ぐらい余裕さね」


 シーラがドロシー達と言葉を交わす。エリオットとカミラも旅立ちの前に抱擁を交わし合っていた。それからイザベラは俺を見やると言った。


「何か情報があったら、セシリア嬢に伝えれば良いんだね?」

「そうですね。それでこちらにも伝わります」

「ふむ。お安い御用さ」


 イザベラはにやりと自信ありげな笑みを浮かべる。盗賊ギルドの情報網は頼りになるな。


「いってらっしゃい、テオドール」

「ああ。植物園のみんなにもよろしく」

「ええ」


 フローリアとも言葉を交わす。

 そうして――それぞれの門出の挨拶が終わるのを見計らって馬車に乗り込み、みんなに見送られながら造船所へ向かったのであった。




 造船所に到着すると……ここにも見送りということで人が集まっていた。

 まず各国の王族の面々に、騎士団の主だった者達。それからロゼッタに、オフィーリア、ジルボルト侯爵家令嬢のロミーナ。更に冒険者ギルドからアウリアとオズワルド、受付嬢のヘザーと、ユスティア、ドミニク。それに彼女達の護衛としてフォレストバード達も一緒に来ていた。

 色んな顔触れが見送りに来てくれているが……心配してくれているということで、有り難いし、心強くもある。


「先生、行ってきます」

「怪我をしないようにね。あなたは近接戦闘もかなりの水準になっているけれど、治癒術師は前に出て戦うことが仕事ではないわ。歯がゆい思いをすることもあるでしょうけれど、冷静に立ち回るのよ」

「はい」


 アシュレイはロゼッタの言葉に真剣な面持ちで頷いていた。師弟で言葉を交わし、学舎の友人達とも言葉を交わす。


「今回は同行できなくて残念じゃのう」

「俺達冒険者ギルドも、色々役割があってな。タームウィルズに集まっている冒険者達にも封印解放の日には色々と協力してもらうことになる」


 と、アウリアとオズワルドが俺に言った。


「冒険者達は、正規軍にはない経験と技能を持っている方が多いですからね。頼りにしています」

「ああ。俺達も頑張るからさ」

「テオ君なら楽勝ですよ」


 俺の言葉にフォレストバード達も笑って拳を握ったりして答える。

 神殿から巫女頭のペネロープもやって来ていた。マルレーンの髪を撫でたりしていたようだが、俺への挨拶回りが一段落したのを見て近付いてくる。


「今回の旅は、よろしくお願いいたします」

「もしかして……ペネロープ様が神殿からの人員なのでしょうか?」

「はい。最も強力な祝福が使える者となると、私ということになりますから。他の者達も納得してくれました。シリウス号の中からということですし、足手纏いにはならないように致します」


 と、ペネロープは明るい笑みを向けてくる。


「――分かりました。僕達も怪我1つさせないように尽力します」

「頼りにしております」


 ベリオンドーラの調査ということで、魔人対策は必須だ。祝福を使える人員がマルレーンだけだと、討魔騎士団のフォローに回れない状況も生じるのではという話が先日持ち上がり……その穴埋めのために月神殿に協力を求めている、という話は聞いていたが。

 どうやらペネロープが同行するということで話が纏まったらしい。


 ともあれ、ここにエベルバート王を加えて、シリウス号に乗り込む人員は揃い踏みというところだ。

 見送りの面々と言葉を交わしてから、シリウス号に食料や物資を積み込んだり、人員の点呼をしたりしていると、作業が一段落したところで、メルヴィン王達が近付いてきた。


「旅立ちには良い日であるな」

「はい、陛下。行って参ります」

「うむ。必ずや無事に帰って来るのだぞ」


 メルヴィン王の言葉に、真っ直ぐ目を見て頷く。


「姉上達やアル、マルレーン……みんなの事、よろしく頼みます」


 と、ヘルフリート王子が俺に向かって言うが、近くにいたローズマリーは羽扇の向こうで肩を竦めた。


「わたくしに関して言うなら、心配されるほど柔ではないけれどね」

「まあ……マリーはああ言っていますが。ヘルフリート殿下のお言葉とお気持ちは分かりました」


 そう答えるとヘルフリート王子が苦笑しながらも頷く。そんな様子を見て、ステファニア姫がくすくすと肩を震わせた。


「昨晩も言ったが、くれぐれも気を付けてな」


 エルドレーネ女王はそう言って俺の肩を浅く抱くようにして、背中を掌で軽くぽんぽんと叩いてくる。


「はい。行ってきます」

「あまり大したことができなくて申し訳なく思っているが……君達全員の無事を祈っている。君達の楽しそうな姿や精力的に動いているところを見ていると、私自身も王太子として頑張らないとと、そう思えるのでね」


 ジョサイア王子がはにかんだように笑って握手を求めてきた。


「ありがとうございます。母への花束も、改めてお礼を言わせて下さい」


 その差し出された手に握手で応じる。ジョサイア王子は大公家や公爵家の橋渡しであるとか色々裏方で頑張ってくれているからな。その原動力の助けになっていたというのは、逆に意外というか何というか。

 そうして俺達はみんなと出発前に門出の挨拶を交わし――シリウス号に乗り込んだ。人員の点呼に物資の点検、諸々出発前の準備を終えて……いよいよ出発だ。


「――よし。行こうか」

「はい、テオ。お供します」


 俺の言葉にグレイスが答え、その言葉に応じるようにみんなが頷く。シリウス号が船体を緩やかに台座から上げていくと、外壁の上で待機していたらしい楽士隊が勇ましくラッパを吹き鳴らし、見送りに来ていた騎士達がそれに合わせるように敬礼の姿勢を取った。

 手を振る者、声を上げる者。敬礼の姿勢を取る者。見送りの仕方は様々ではあるが。こちらも甲板から敬礼したり手を振ったりして皆に応える。


「テオドール、あれ!」


 高度が少し上がってきたところで、セラフィナが遠くを指差す。視線の先を追えば――タームウィルズの住人達が家々から顔を出し、こちらに向かって手を振っていた。


「これは――気合が入るな」


 自然、口元が綻ぶ。体内魔力の昂ぶりに応えるように、ウロボロスが楽しそうに喉を鳴らした。


「アルファ。このままタームウィルズの上空を一周してから行こう」


 甲板に鎮座していたアルファにそう言うと、アルファが口元に牙を覗かせて頷く。そうして、俺達はゆっくりとタームウィルズの上空を巡り――街のみんなに手を振って北方に向かって出発したのであった。

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