566 セオレムへの結集
造船所に船を入れる許可が貰えたので、さっそく船団の船員達に通達して回ることになった。
「空に浮かんでいる土竜が見えますか?」
「あ、ああ。見える」
グレイスの言葉に船員が戸惑ったような声を上げる。船員達はコルリスについて見たり聞いたりするのは初めてのようであるが。
「あちらに進んでいただければ造船所の入口側まで誘導します」
「わ、分かった。船長にはそうお伝えする」
とりあえず即席の目印として身体の大きなコルリスを空中に配置、そっちに誘導してから造船所側へ入港してもらおうというわけだ。
みんなで船から船を回ってそう通達すると、船団がコルリスを目指して移動していく。
「おお、コルリス。久しぶりだな!」
近くまで行ったところでファリード王が上空に声をかけると、コルリスが眼下の船団に向けて手を振って応じる。
「あれがカハール討伐の際にファリード陛下に同行したという……」
「ああ。見た目は愛嬌があるが、地面から飛び出してカハールの兵士を吹き飛ばしていたからな。相当なものだぞ」
「その上、空も飛べるとはな。頼もしいことだ」
コルリスを知っているバハルザードの将兵もいて、甲板からコルリスを見上げてそんなふうに会話を交わしたり、或いは笑みを浮かべて手を振ったりしていた。
「ここからは炎を辿って行けば入口に到着するよ」
と、セラフィナの声が響く。フラミアの炎が誘導灯のように空中に瞬き、造船所へと船団を誘導していく。
バハルザードの船を停泊させて、港側に既に入っていたシルヴァトリアの船も一部造船所側へと誘導。手狭になっていた港側の入港、出港がしやすいようにしておく。
「んー。結構効率的に進んだかな」
船団が全て停泊を完了してしまえば、後は荷を降ろすだけだ。造船所は広いのでどこかでもたつくということも無いはずだ。
船員にはシリウス号が気になる者も多いようだが、まずは自分の仕事をということで、すぐに気を取り直して作業に戻っている。
「王城へ運ぶ荷物は、兵士達の点検を受けてから彼らの指示に従ってくれればいいわ」
「分かりました」
ローズマリーが積荷についての通達をする。荷馬車もこっちに回してもらっているので、すぐに積荷の移動もできるだろう。ファリード王も船から降りてきて色々指示を飛ばしているようだ。
さてさて。入港と荷降ろしが一段落したら、俺達も王城へ向かわないといけないだろう。だが、今日の顔触れが顔触れなので少し準備をしてくる必要がある。
と、造船所に馬車がやってきた。王城からの使いと、エベルバート王が乗っているらしい。使いとエベルバート王が馬車から降りてくる。
使いは恭しく造船所にいたファリード王に一礼し、名を名乗ると用件を伝える。
「王城よりお迎えに上がりました」
「手間を取らせてしまったな」
「いえいえ。ファリード陛下を王城にお迎えできる大任、光栄に存じます」
そう言って使いは深々と一礼する。
「大使殿にも通達が御座います」
「ああ。船団の停泊も一段落しましたし、王城へ向かう必要があるかなと思っておりました」
「そのことでお話に参りました。訓練の後なので何かと準備もおありかと。メルヴィン陛下はゆるりと準備してきてからで構わないとの仰せです」
「分かりました。では、この場は兵士達の皆さんに任せても?」
「はい。シリウス号の警備なども含め、お任せ頂ければと思います」
シリウス号の警備か。まあ、甲板にアルファが姿を現しているし、元々警備の厚い場所で、船員達も身元のしっかりした者達だから心配はあるまい。
ともかく、一旦家に戻って身支度をしてから王城へ向かうというのがいいかな。
「メルヴィンとは久方ぶりに会うからな。積もる話もある。急ぐ必要はないぞ」
「余も賢君と名高いメルヴィン王とお会いできるのは楽しみでな」
と、エベルバート王とファリード王が相好を崩す。エベルバート王が一緒だからか、さりげなくファリード王も一人称が余になっていたりと、言葉遣いに気を遣っているようだな。
「私達も先に王城に行かせてもらうわね」
と、ステファニア姫。
「分かりました。それでは、後程」
そう言って頷く。2人の王と3人の姫は俺の言葉に頷くと、それぞれの護衛を連れて、馬車に乗り込み王城へと向かう。
というわけで……一旦みんなと共に家に戻り、身支度を整える。王城にはエルドレーネ女王も来ているからな。実に4ヶ国の国王が一堂に会するわけで……俺達も正装で登城というわけだ。
まあ、俺の身支度なんてすぐに終わるけれど。生活魔法で身体を綺麗にしたら、服を正装に着替えるだけである。
そうして一階の居間で待っていると、皆の準備も出来てきたらしい。
「や、やっぱり、こういう格好じゃないといけないのでしょうか……」
「似合いますよ、シオンさん」
と、ドレス姿を恥ずかしがるシオンと、微笑ましいものを見るように表情を綻ばせるグレイス達が居間にやって来る。
当然、グレイス達も揃ってドレス姿だ。髪を結ったり髪飾りを付けたりと、着飾っている。みんな普段とは髪型が違ったりして、新鮮と言うかなんというか。それぞれでドレスの色が違ったりして見た目にも華やかである。
「どうでしょうか?」
アシュレイが少しはにかんだように尋ねてくる。落ち着いた色合いのドレスだがアシュレイの場合は髪の色なども相まって結構人目を引く。アクセサリーも地味過ぎず派手すぎずと、センスの良さが窺える。
「うん。良く似合ってる」
答えると、アシュレイは少し頬を赤らめて頷く。
「あまりこういう格好で王城には行きたくないのだけれど……仕方がないわね」
変装用の指輪にドレス姿と、ローズマリーは若干不本意そうな様子ではある。
「変装用の指輪は帰ってから外すというのはどうかしら」
クラウディアが言うと、マルレーンがにこにこして頷く。
「……いえ、別に元の姿でないと着飾る意味がないというわけではないのよ」
そう言ってローズマリーはかぶりを振った。
「まあ……王城ではカドケウスを護衛に付けておくよ」
「なら、グレイスと一緒にいることにするわ」
こちらから軽く助け舟を出すと、ローズマリーが頷く。ふむ。2人が一緒なら護衛もしやすくなるか。
まあ、帰ったら変装用の指輪を外したところを見る、と言うことになるかも知れないが。
「ん。落ち着かない」
「そうねえ。私達はあまりこういうの着ないし」
と言うのは、シーラとイルムヒルトだ。2人も今日はドレス姿である。王城に出向くことも増えてきたし、2人も以前とは違って王城に対して忌避感もないので、こういう正装はあった方が良い、とドレスを作ってあったのだ。
似合っているとは思うのだが、2人はしっくり来ていないようである。シーラなどはドレスだと動きにくいと思ってしまうようで。一応、尻尾も出せる特注品であったりするのだが。
こういう衣装に関して言うなら、やはりローズマリーとマルレーン、クラウディアは着慣れているので板についているところがあるな。
「見て見て!」
同じく、ドレス姿のセラフィナが楽しそうに空を飛んできてくるくると回る。
「セラフィナのドレスも、似合ってるね」
「ありがとう!」
フォルセトとマルセスカ、シグリッタ。そしてヴァレンティナとシャルロッテ、ラスノーテも居間にやってくる。彼女達もドレス姿だ。
ラスノーテに関しても人間社会の良い勉強になるかなと、王城に同行する許可を貰っている。この場合は、やはりグレイスやローズマリーと一緒にいてもらうのが良いかな。
「ふうむ。こういう堅苦しい格好は慣れんのう」
と、ジークムント老。金糸の刺繍が入ったローブは流石の威厳といったところか。
そうして王城へ向かう準備をしていると、アルバートとオフィーリア、ビオラも家にやって来た。エリオットとカミラもだ。それぞれ正装である。
「アルは……工房からこっちに来たのかな?」
「うん。いつ変装を解く必要が出ても大丈夫なように、衣服も一通り工房に置いてあるからね」
と、アルバートは事もなげに答える。
まあ……アルバートにとっての拠点が王城ではなく工房であるというのは今更ではあるか。
ともあれ準備も整った。では、王城に向かうとしよう。




