561 シルン男爵領にて
母さんの墓参りが終わって更に一日を母さんの家で過ごし、ガートナー伯爵領から帰る予定の日がやって来た。
直接タームウィルズに戻るのではなく、まずシルン男爵領へ向かい、ミシェルを送っていったり先代シルン男爵のお墓参りもしてから帰ろうということになっているのだ。
先代シルン男爵のお墓は男爵家の敷地内にある。先祖代々の由緒ある墓所なのである。
ケンネルに今日そちらに向かうという旨を通信機で連絡し、みんなで帰り支度を進めていく。
「ん。戸締りは大丈夫」
「お風呂掃除も完了したわ」
と、シーラとイルムヒルトが上階から降りてくる。
朝食を済ませてから、戸締りや火の始末、それに使った部屋や風呂の片付け、掃除などを手分けして行っているのだ。防犯という観点から言うと、シーラが施錠などの確認をしてくれるのは色々と心強くはある。
まあ、何か異常があってもフローリアが言うところによると、自分が気付くので安心、ということではあるが。心情的にはしっかり掃除してから帰りたいところだ。
そうやってみんなで作業を進め、後は帰るだけという段になったところで、父さんとダリル、ハロルドとシンシア、そして領民の親子が家の前までやって来たのであった。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
と、玄関口から顔を出して、父さん達に挨拶をする。
「お借りした寝具はそのまま置いておいても良いのですか?」
伯爵家から運んできた寝具であるが、また使うこともあるだろうから返さなくても良いと言われている。とりあえず次に使う時のことを考えて、生活魔法で綺麗にしてからローズマリー製の防虫剤と共に押入れに入れてきたが……。
「そうだな。テオも顔が広くなっているようだし。次に来る時もやはり大人数でとなるだろうからな」
「確かに、そうかも知れません」
と、軽く笑う父さんに俺も苦笑を返した。父さんはそれから真剣な面持ちになって、俺の肩に触れる。
「メンフィス卿から色々とお聞きしている。お前やリサの魔法の腕は私の想像などの遥か上なのだろうが……くれぐれも、周囲の者共々、怪我をしたりしないように気を付けてくれ」
色々と、か。俺に頼らざるを得ない状況をメルヴィン王は憂いているから、謝罪に近い言葉を受けたのかも知れない。
公的な立場からすると父さんは独立している俺の動向には触れられないのだが……まあ、そういう話ではないしな。
単純に、父さんが心配をしてくれているというのは嬉しくはある。
「ありがとうございます。気を付けます。父さんも……病気や怪我などをしないように、お気をつけて」
「うむ」
「ダリルもね。色々、ありがとう」
そう言うと、ダリルは少し目を丸くしてから頬をかく。
「ありがとうって言うのは……こっちの台詞だけどさ。俺、頑張るからさ」
「ああ」
頷いてダリルと握手を交わした。どこかすっきりしたような笑みをダリルは浮かべている。
「皆さんも、これから寒くなるのでお気をつけて」
そう言ってハドリー達に声をかける。
「勿体ないお言葉です」
俺からそんなふうに言われて逆に恐縮してしまっているところはあるかも知れない。カーター達は俺に深々とお辞儀をしてくる。この反応からすると、一先ずの仲直りは出来たのかも知れない。
「ハロルドとシンシアも……また来るから。街の外で仕事をするんだから、気をつけてね」
護衛用にゴーレムを渡すというのは有りかも知れないな。2人の仕事の手伝いもできるし。
「はい。テオドール様。ヘンリー様も護衛を付けてくれたり、見回りを増やして下さっていますから。魔道具もありますし、色々と安心です」
「そっか」
父さんも色々2人のことを気遣ってくれているようではある。そのへんは安心だ。
「何時でもいらっしゃって下さい。お待ちしています」
シンシアは笑みを浮かべて一礼してきた。
それは何時来ても母さんの家の周りや墓所の周りを綺麗に手入れしておくという意味でもあるな。
「うん。ありがとう」
俺が別れの挨拶をして回る傍らで、みんなもそれぞれに、父さん達への別れの挨拶をし終えたようだ。
「戸締りや火の始末等は、確認を終えました」
「ありがとう」
グレイスの言葉に頷くと、クラウディアが言った。
「では……行きましょうか」
そうして……皆に見送られて、俺達は伯爵領を後にしたのであった。
転移魔法の光に包まれて、目を開けば――そこはシルン男爵家の地下にある石碑であった。
全員が揃っていることを確認してから地下室を出ると、ケンネルが待っていて、すぐに俺達を迎えてくれた。
「これは皆様。ようこそお出でくださいました」
そう言って一礼してくる。お忍びのメルヴィン王についてのことも連絡済みだ。
「ささ、どうぞこちらへ」
と、暖炉の火で暖められた大部屋に通してくれる。すぐに使用人達がお茶と砂糖菓子を出してくれた。
アシュレイとエリオット、それにカミラが一度に帰ってきたとあって、ケンネルや使用人達は見るからに上機嫌な様子だ。
「ただいま戻りました」
「出迎えありがとう、ケンネル」
「こんにちは、ケンネル様」
みんなが席について落ち着いたところでアシュレイとエリオット、カミラがそれぞれケンネルに再会の挨拶をする。
「はい、お帰りなさいませ」
と、ケンネルがアシュレイ達と言葉を交わした後で、俺もケンネルに再会の挨拶をする。
「おはようございます、ケンネルさん」
「おはようございます。テオドール様もお変わりなく」
ケンネルはミシェルの傍らにいるオルトナを見やると相好を崩した。
「これはまた。可愛らしい使い魔ですな」
「そうですね。中々頭も良いようですし、手先も器用ですのでミシェルさんの力になってくれるかなと」
「オルトナ。ケンネル様にご挨拶を」
ミシェルはオルトナの話になって少し頬を赤くして恐縮していた様子であるが、傍らのオルトナに向かって言った。オルトナは立ち上がり、握手を求めるようにケンネルに手を差し出す。
ケンネルはその光景に愉快そうに相好を崩すと、オルトナの手を取った。
「よろしくお願いしますぞ」
握手した手を軽く振ってから両者が離れる。
「それで、今日の予定ですが……墓所のお参りに同行させてもらえたらと」
「ありがとうございます。先代もきっと喜びましょう」
一先ずはケンネルから……というよりは、シルン男爵であるアシュレイからの歓待ということで、お茶を飲んで一息入れてからという形になるわけだ。
みんなでゆっくりとお茶と暖炉の熱で身体を内外から暖めていると、更にお客が通されてきた。カミラの父親であるドナートと、ミシェルの祖父のフリッツだ。
「これはお義父上」
「お父さん」
「ああ。2人とも。元気そうで何よりだ」
と、エリオットとカミラ、それにミシェルがそれぞれ立ち上がってドナートとフリッツを迎える。エリオットとミシェルの帰還に合わせてケンネルが連絡した形だ。
「ただいま戻りました、お爺ちゃん」
「おお、ミシェル。その様子だと、中々充実しておったようじゃな」
フリッツはミシェルとオルトナを見てにやりと笑う。
「ええ。使い魔の召喚まで手伝って頂いてしまって。この子はオルトナです」
「ほう。ヒュプノラクーンとは。気性も穏やかで使い魔としてはある面では理想的じゃな」
そう言ってフリッツは先程ケンネルがそうしたようにオルトナと握手を交わし、それから俺に一礼してくる。
「テオドール様には感謝しなければなりますまい」
「いえ。お役に立てたなら何よりです。それより、お店を空けさせてしまってすみません」
そう言うと、フリッツは愉快そうに笑う。
「なんのなんの。普段来る客と言えば、痛み止めの薬などを買いに来る者がほとんどでしてな。常連に薬を売る程度なら温室を見ながらでもできるものです。ついでに、客にノーブルリーフ達のことも宣伝しておきましたぞ。上手くすれば将来的に農民の強い味方になるかも知れない、と」
「それはまた。助かります」
後々ノーブルリーフ農法を広めたい側としては有り難い話である。フリッツは人の良さそうな笑みを俺に返した後でミシェルに向き直り、紙束を手渡す。
「これは、留守の間の計測記録じゃ。お主が普段やっておるのとなるべく同じになるように記録しておいたぞ」
「ありがとう、お爺ちゃん」
ミシェルはそれを大事そうに抱える。実験データはミシェルが再び引き継ぎ、気温の記録などもまとめたものと共に、後からこちらに渡してくれるのだろう。
エリオットとカミラも、ドナートと近況について色々と話をしているようだ。
「討魔騎士団の面々と、訓練をしております。寄合所帯ではありますが、皆協力的で士気も高いので、助けられておりますよ」
「それは団員達もエリオット殿を慕っているからこそだろう。カミラとはどうかな?」
「どうでしょうか。カミラにはいつも助けられていますが」
と、エリオットがカミラに視線を向けると、カミラは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ふふ。エリオットは仕事が終わればすぐに帰って来てくれますから。非番の日は一緒に散歩したり買物に出かけたり……」
「ふむ。仲が良さそうで何よりだな」
カミラの言葉にドナートは愚問だったかと呟き、苦笑する。
エリオットが家を空けている時は、ミハエラやセシリアと武芸の訓練をしたり料理を教えてもらったりしているという話題が出ていた。
ドナートは俺に向き直ると一礼してくる。
「タームウィルズでの生活ということで心配をしていたのですが……近所に頼れる方がいて下さるというのは有り難いものですな。改めてお礼を申します」
「いえ。僕のしていることと言うわけでもありませんので。ですが、ミハエラやセシリアにはドナートさんのお言葉を伝えておきます」
「それは助かります」
と、ドナートは相好を崩した。うん。シルン男爵領の面々も、元気そうで何よりだな。




