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54 アルフレッドとタルコット

 水上滑走を用いて宵闇の森を縫うように疾走する。

 けたたましい羽音を立てながらもこちらへと向かってくるのは、子犬ほどの大きさがある蜂の群れだ。

 ギガホーネット。非常に縄張り意識が強く、攻撃性の高い蜂の魔物である。テリトリーにこちらが入るとすぐさま攻撃しかけてくる。毒も強いので、かなり危険度が高い。


 ウロボロスに魔力を込めて、向かってくる蜂をすれ違いざまに叩き落としていく。向かう先は連中の巣。元から叩かないと限りがない。

 巣に向かって近付けば近付くほど蜂の密度が増していく。


「アクアウォール!」


 そこに後方からアシュレイの魔法による援護が飛んできた。

 俺の左右に水の壁が生まれ、蜂の接近できる方向に制限が設けられる。前から来るか後ろから来るか。竜杖を風車のように振り回し、寄ってくる蜂共を木っ端のように砕き散らしながら進む。

 アシュレイの生み出した水の壁はそのまま利用させてもらう。水流操作の魔法で自分の都合の良いように引っ張って空中に道を作り出す。

 水のレールに乗って、ジェットコースターのような軌道を描きながら。一瞬たりとも停滞する事なく、樹上の蜂の巣に向かって滑走した。


「フリーズジェイル!」


 まだ蜂共が這い出ようとしていたが……蜂の巣共々、丸ごと氷の監獄に閉じ込める。蜜と幼虫は結構な値段で売れるので、なるべく形を残したまま回収したかったのだ。

 巣を支えている木をウロボロスで薙ぎ払い、地上に向かって叩き落とす。そのまま大きく弧を描き、地上に向かって降りていく。既に巣から出撃した蜂はまだ残っているが、問題はない。


「ライトニングクラウド!」


 怒り狂ってこちらに向かってくる残党の蜂目掛けて雷雲を放って一網打尽にしていく。


「アシュレイ、良いタイミングだった」

「ありがとうございます!」


 と、アシュレイは笑みを返すと、ゴルフのスイングをするようにして、迫ってきたウィスパーマッシュを綺麗に打ち返している。……中々余裕が出てきたな。良い傾向だ。


「今っ」

「分かったわ!」


 シーラとイルムヒルトは――お互いの動きが分かっているのでペアを組んで戦っている。シーラがダガーで一撃を加えて、離脱した瞬間にイルムヒルトの矢が飛来して敵の動きを阻害したり、先にイルムヒルトが飛ばした矢を避ける方向からシーラが奇襲を仕掛けたり。


 グレイスは新しい魔物と対峙していた。

 対するはアングリーマッシュ。俺の背丈ほどもある、ずんぐりとした体形の巨大キノコの魔物だ。

 アングリーマッシュの方はウィスパーマッシュと違って前衛役だ。殴打や自重を活かした押し潰し攻撃など、体格と膂力に任せた攻撃が多く、腕力が強いので注意が必要だろう。ちなみに……味は舞茸に似ている。個体数は多くないが、不満を感じさせない食べ応えがある。

 アングリーマッシュの振り上げた腕の一撃は木を途中からへし折るほどだが、グレイスは易々とそれを避けていた。


「遅いです」


 腕力に優れる前衛役と言っても……ガーディアンを単身で抑えられるグレイスの敵ではない。弧を描くように投擲された斧に繋がれた鎖が、まずその足元に巻き付き自由を奪ったところで、大上段から本命の斧が叩き込まれた。


「……えっと。縦に裂けるキノコは食べられる……?」

「いや、それは迷信。食べられるかどうかとは、あんまり関係ない」


 アングリーマッシュの顛末を見ていたイルムヒルトの言葉を、シーラが否定した。こっちにもそんな迷信があるのか、と感心しつつも、シーラの言葉を引き継ぐ。


「今のはアングリーマッシュっていう奴で……まあ、食べられるよ。スカーレットマッシュも縦に裂けたと思うけど、そいつは猛毒なんで注意してね」


 そういう分かりやすい連中は良いんだけどな。キノコ系の魔物は種類を見分けるのが難しい奴もいるので、そういう階層に差し掛かってきたら注意しなければならない。




 蜂の巣にしろアングリーマッシュにしろ結構嵩張るので、どれを転送しようかと考えながら周囲からの採集に移ったら、石碑を見つけたので神殿に帰ってきた。


「怪我は?」

「大丈夫です」

「こちらも同じく」


 一応確認を取ってから、今日の戦利品のチェックなどをしていると、神殿の上階から武装した一団が石碑の広場に降りてきた。30人ほどの団体で、揃いの装備を身に着けている。

 セオリー通り6人1組に分かれて迷宮に入るつもりのようで、整列して点呼などしていた。


「あれは――騎士達、か」


 班ごとのリーダーは騎士が務め、騎士1人に対して4人の兵士、1人の治癒術士が付くという編成のようだ。

 準備が整った班から迷宮入口から奥へと、隊列を組んで進んでいく。

 その中に――チェスターの姿があった。一瞬俺達の方に視線を向けたが何を言うわけでもなく、表情も変えず、兵士達を率いて迷宮の中へと入っていった。


「騎士団が迷宮攻略を……?」


 と、アシュレイが首を傾げる。

 王城で何かしらの調べが付いたのかも知れない。騎士団を動かす名目と体裁が整ったというところか。

 チェスターがいたのはどういう風の吹き回しなんだか。飛竜騎士隊に迷宮の出番はないと思っていたんだがな。


 戦利品の売却に向かってみたが、ヘザーも迷宮に騎士団が立ち入るようになる、としか聞いていないらしい。ギルド上層部には話が通されているが、箝口令が敷かれているようだ。

 まあ……俺にお鉢が回ってくるような事があればメルヴィン王から何か打診があるだろうけれど。




「やあ、久しぶり、テオ君」

「あれ」


 家に帰ってくると馬車が停まっていて、アルバート王子――もとい、王子扮するアルフレッドが馬車から降りてきた。


「アルバート殿下から話は聞いていないかな? 僕が魔法技師志望で、良かったら君に協力をしてほしいって」

「ああ。それは聞いてますけど」

「うん。そういう事なんで、よろしくね」


 笑みを浮かべて握手を求めてきたので、応えておく。


「それから……君と、どうしても話をしたいと言っている人を今日は連れてきているんだ」

「誰でしょうか?」


 アルフレッドが馬車の扉を軽くノックすると、中から見知った顔が現れる。


「久しぶりだな」


 と、苦笑交じりに言ったのは、タルコットだった。前とは……雰囲気が少し違うな。


「ええ、お久しぶりです」

「前は迷惑をかけた。親父のやらかした事共々、済まなかったと伝えておきたくて、な」


 タルコットは目を閉じ、こちらに向かって頭を下げてくる。


「……分かりました」


 それでタルコットに礼を言われたり、謝られたりと言うような事をされるのは……少々落ち着かないが。


「……お前が俺の事で気にする必要はない。親父の事は親父の自業自得だ」


 それが表情に出ていたのか、タルコットからそんな事を言われた。その口ぶりは――俺が誘拐事件の発覚に絡んでいる事を、ある程度知っているわけか。

 官憲側と連携を取ろうとした時点では、俺もそこに顔を出していたからな。そこから王城側にも情報が伝わっていただろうし。


「そう、ですか」

「そうだ。お前に負けて、あるお方に諭されてな。これからは、色々と自分で考える事にしたんだよ。俺なりに、だけどな」


 目を細め、タルコットはどこか寂しそうに笑った。


「少なくとも、お前との一件が無ければ、俺もお袋もきっとここにはいられない」

「僕はそんな事、考えていませんでしたよ。僕は僕のために動いているんですから。それこそ感謝なんて必要ありません」


 だから、感謝されるのは尚更筋が違う。

 王子が絡んでいたから大丈夫だろうと思っていたけれど。だからこそ、そういう感謝はきっと、アルバート王子に向けられるべきだと思う。


「それを言うなら……俺だって、俺のためだ。別口から発覚していたら共々刑に処されるような事になるところだったからな」


 或いは――発覚しなくても長男のために使い潰される、か。モーリスがタルコットに制裁を加えた事を考えても、元々父親との間には確執があったのかも知れない。

 タルコットは「まあそういうわけだ」と、小さく頭をかいて、それからアルフレッドに言った。


「……俺からの話は終わりました」

「もういいのかい?」

「はっ。後の護衛ですが、アルフレッド様のご用件が済むまで、お邪魔にならないよう馬車の中で待たせていただこうかと」


 と、胸に手を当てて敬礼する。……アルフレッドに対する態度が貴人に対するそれだ。作法は身につけているが、腹芸というのはまだ上手くはできないようで。

 というより、言動が思考に正直な所は変わらない、か。少なくともアルバート王子を尊敬しているのは分かるが。仕える相手が変われば変わるもんだな……。

 アルフレッドは困ったような表情だったが、その辺の事を理解しているらしく、苦笑してから頷いた。


「分かった。ま、僕の用件は、そんな込み入った話でも重要な話でもないけどね。ちょっとそこで待っててくれ」

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