559 伯爵家の晩餐
みんなで過ごしていると、やがて馬に乗って伯爵家からの迎えがやって来た。晩餐の準備ができたのだろう。というわけで、みんなで父さんの用意してくれた馬車に分乗して伯爵家へと向かうことになる。
車輪では新しく積もった雪の上は移動しにくいが、まあ、そのあたりは織り込み済みだ。雪が積もるかどうか分からないから馬車で良いと父さんに連絡したのは俺なのだし。
水魔法を用いて車輪の代わりに、足回りを氷のソリに改造してやる。後は車体などにレビテーションを用いてやれば引いていく馬も移動しやすかろうというわけである。
「何と……」
迎えに来た兵士はその光景に目を丸くしていた。
「全員乗ったかな?」
「ん。こっちは問題無い」
御者役を買って出たシーラが手を挙げて応える。あたりが暗くなっているので、俺も御者役をやらせてもらおう。家の戸締りを確認し、先頭の馬車に乗ってガートナー伯爵領の直轄地へと移動を開始する。
少し後方から、背中に他の使い魔達を乗せたコルリスやベリウスが空を飛んで付いてくる。殿であり、車列の護衛というわけだ。
車体にレビテーションを使っているだけあって、何の苦もなく馬がソリを引いて進んでいく。車体前方に備え付けられたランタンだけでなく、魔法の明かりを周囲に飛ばして雪道を照らしながら街へと向かう。
「落ち着いて見ると、雪の森って綺麗だね」
「うん。魔法の明かりのお陰かも」
「樹氷の森は……色々大変だったけど」
シオン達は窓から顔を覗かせて、魔法の明かりに照らされた森を見て、割合興味深そうにしていた。ラスノーテもだ。窓から手を出して雪を受け止めたりしている。
シオン達やラスノーテは自然の雪も初めてだし、ソリで移動するというのも初めてだろうからな。
そうして街へと到着する。門番達はコルリス達に目を丸くしていたが、使い魔だと説明すると驚きながらも頷いていた。
「寒い中、お務めご苦労様です」
ステファニア姫の言葉に応じて、挨拶をするようにコルリスが手を挙げると、他の使い魔達もそれに倣った。
……門番達の表情が引き攣ったように見えるが、まあ、実害は無いのであまり気にしないでおこう。ミシェルなどは苦笑しているが。
とりあえず中に入る分には問題ないので、そのまま街中を通り、ガートナー伯爵家へとソリは進んでいった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
と、伯爵家の玄関ホールで父さん達と共に、使用人達が俺達を出迎えてくれる。
「足元が悪くて大変だったでしょう。さ、こちらへ」
使用人達の顔触れはキャスリンと先代ブロデリック侯爵の一件があって刷新されてしまっている。そこに昔なじみの顔は無かったが、屋敷の中を案内してくれる使用人達はすっかり伯爵家に馴染んでいるようにも見えた。
そのまま大食堂に通される。宴会などの折にはダンスホールとしても使える広間だが、華美には飾り付けたりはしていない。あちこちの燭台の明かりで照らされて、どちらかというと厳かではあるが、暖かそうな雰囲気に仕上がっている。父さんらしい席と言えばそうだな。
「これは……良い雰囲気ね」
「伯爵家の主催する宴は、貴族達の間でも評判がいいと聞いているわ」
と、それを見たクラウディアが感想を漏らすと、ローズマリーが答える。
ふむ。ローズマリーはこういった夜会に慣れているのだろうが、華美な飾りつけよりもこういう席のほうが好みなのだろうか。それとも、目的に沿っているところを高く評価しているのか。
「ミハエラ様の教えに合致している部分がありますね。ヘンリー様がミハエラ様から聞いたのか……或いは新しく雇われた方に、ミハエラ様の教えを受けた方がいるのかも知れません」
「確かに……。飾り立てれば良いというものでもないですからね。勉強になります」
グレイスが言うと、アシュレイが感心したように頷いた。
アシュレイはこういった催しをする側になる事もあるからか、他人事ではないので感心したように、あちこちに視線を送って頷いている。メルヴィン王達にも中々好評な様子である。
ともあれ、母さんの命日に墓参りに来たお客を迎える席なので、派手にする必要はないというわけだ。かと言って見栄えと品を損なわないようにという程度に飾り付けはされているが。
事前に打ち合わせておいた通り、出席者も身内だけで、家臣達を呼んだりもしていない。
全体的にこじんまりとした席ではあるが、用意した料理に関しては妥協はしていないように見える。
と、そこにハドリー達がやってきた。食堂に通されたハドリー達は俺達を見ると、深々と頭を下げて来る。彼らも夕食の席に招いてはどうかということでメルヴィン王が提案したのだ。親子の様子について、俺が気になっているだろうということだった。
貴族家の晩餐に招待されるというのは初めての者が多いのか、些か緊張している様子ではあるか。
そうして、みんなが席に着いたところで父さんが言った。
「本日は、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。故人を偲ぶ席故、華やかさはありませんが、その分穏やかな気持ちで夕食の一時を過ごせるようにと取り計らったつもりでおります。ゆっくりと寛いでいって頂ければ、当家の主として幸いに思います」
それから一礼すると、皆から拍手が起こった。前回同様、内々の席なので外から楽士は呼ばれていない。今回もイルムヒルトやマリオンが楽士役を買って出てくれそうな気はするけれど。
父さんが席に着いたところで、晩餐の時間となった。白パン、チーズとトマトのサラダ。鳥肉のローストに、キノコや野菜のたっぷりと入ったスープ。川魚の蒸し料理に、新鮮な果実に飴細工等々……海沿いのタームウィルズとは少し違う料理が並ぶ。
内陸部ならではの山や川の幸が多めである。俺やグレイス、アシュレイは馴染みのある料理ではあるが。
「ん。美味しい」
シーラは料理を口に運んで、目を閉じてじっくりと味わうと、そんなふうに感想を漏らしていた。耳と尻尾もしっかりと反応している。この日のために用意しただけのことはあるという印象だな。
食事が一段落すれば歓談の時間となる。イルムヒルトとマリオンがリュートと竪琴で、場の雰囲気に沿った静かな曲を奏で、澄んだ歌声を響かせる。
のんびりとした雰囲気の中で、挨拶回りが終わった父さん達のところへと近付く。伯爵邸で謹慎中という立場のキャスリンではあるが、今回の席には出席を許してもらったらしい。とはいえ、挨拶回りにしても父さんの隣から離れたりはしないように努めている様子であったが。
俺が近付くと、キャスリンは深々と頭を下げて来る。
「これは大使様」
「その後、如何お過ごしですか?」
尋ねると、キャスリンは静かに答える。
「屋敷に移ったので、前よりは寛いで過ごせることが多くなりました。本を読んだり、刺繍をしたり……時々馬車に乗って、川や草原へ出かけることもあります」
父さんとダリルと一緒に、近場まで出かけたりか。一応聞いていた通りではあるが、キャスリンは確かに、あれから落ち着いているようだ。
「今、こうしているのが少し不思議に感じます。この日、この席で……ここまで気持ちが落ち着いているというのは。昔だったら……不安だったのだろうと思いますが」
そう言って、キャスリンは遠いところを見るような目をした。
……そうだな。キャスリンの演技というのは目の前で色々見てきたが、それともまた違う印象だ。
先代ブロデリック侯爵絡みの裏での繋がりも綺麗に無くなって、父さん達との関係も上手くいっている、ということなのだろう。
「懸念が無いと、考えることも昔とは違ってくるのでしょうね。明日についてですが……わたくしは恐らく、ご一緒しないほうがいいでしょう。お母君には、申し訳なかったとお伝え下さい」
そう言って、キャスリンは再び一礼する。
それは……墓前を見舞えないというよりも、母さんに気を遣ってのものか。
確かに、必ずしも墓前を見舞うというのが故人への悼み方ではない、と思う。十分に考えた上での言葉なのだろう。
「分かりました。必ず伝えます」
こちらからも深く一礼を返す。キャスリンから母さんのことで、こういう言葉を聞くとは思っていなかった。
本当に色々と、前とは違っているんだな。
……懸念が無くなれば、か。
視線を巡らす。その先にいる領民達はと言えば、静かにイルムヒルトとマリオンの奏でる音色に耳を傾けている様子だ。
それは領民達や俺にも……当てはまる、のだろうか。分からない、けれど。
そうして、伯爵家の晩餐は緩やかに時間が流れていくのであった。




