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557 少年の胸中に

「カーター達は奥にいたほうが良いよ」


 謝罪をするにしても子供の前でというのはな。親としてはわざわざそういう場面を見せたいとは思わないだろうし、カーター達も見るのは辛いだろう。


「駄目、でしょうか。俺達も見届けないとって思って……」


 カーターがそう言うが、俺は首を横に振る。


「経緯の説明が必要ならそうするけど。親のしたことは子供に関係がないって言った以上はさ……直接聞くのも見届けるのも、当事者だけの間でのことだと俺は思うんだ。だから……あの日から何を思って過ごしてきたのかとか、カーター達からどうしても言いたいことや聞きたいことがあるのなら、それは親子として話をすれば良いんじゃないかな」


 見届けようという気持ちは、それはそれで分からなくもないけれど。わざわざ新しい傷を残すようなことはしたくない。

 俺の言葉にカーター達は暫く俯いていたが、やがて互いに顔を見合わせて頷いた。


「分かりました。俺達は奥にいます」


 カーター達はそういって奥の部屋へと入っていく。

 窓から空を見上げる。雪はますます強さを増して、深々と降ってくる様子であった。


 そうして雪の降ってくる空を見上げてあれこれと昔のことを思い出していたが……兵士が早馬を飛ばし、母さんの家の前へやって来た。取り止めのない思考も途切れる。

 父さんは戸口に出て、兵士の報告に耳を傾けていたが、やがてこちらに向き直り、口を開いた。


「街道を近くまで来ているそうだ。私が途中まで行って、先に状況の説明をしてくる」

「分かりました」

「僕は……」


 ダリルが一歩前に出るが、父さんは微笑みを浮かべた。


「お前は待っていなさい。これは私の仕事だからね」

「はい」


 父さんに言われてダリルは頷く。

 伝令役の兵士から報告を受けた父さんが、家を出ていく。


「学ぶのが……今の仕事なのかな」


 父さんの背を見送って、ダリルが言った。事態をややこしくしてしまったという思いがあるのかも知れない。


「父さんはまあ、そう言うかもね。俺は割と嬉しかったけど」

「んー……。ありがとう」


 ダリルは照れ臭そうに頬を掻いた。

 暫くすると……隣町へ続く街道から一団が道を逸れてやって来た。父さんや兵士達と共にやって来た馬車と、馬に跨った領民達が家の前に到着した。


 父さんは窓際にいた俺を見上げると、静かに頷いた。ここで話をする、ということか。


 馬に跨っている領民達は防寒用の外套を着込んでいるものの……確かに見覚えのある顔触れだった。馬車の扉を開いて現れたのは、隣町の領民――初老の人物だ。名前はハドリーという。

 元々は隣町の名士と言えば良いのか。色々なところに顔の利く人物で、母さんに怪我を治してもらったことがあると聞いている。


 もっとも……死睡の王の一件があってから引退したとは聞いていたけれど。

 身体も年相応に衰えているのか。他の領民に支えられながら馬車から降りていた。

 ……こうして彼らを改めて目にして思うのは、誰も彼も老けたし、やつれたように見えるということだろうか。それはカーター達の話で予想のついていたことだけれど。


 目を閉じれば、領民達が母さんの家にお礼だと言って農作物を持って来る記憶であるとか、領民に頭を撫でられたりだとか……幾つかの記憶が目蓋の裏に蘇ってくる。


 そう。そういう平和な頃も、確かにあったんだ。死睡の王の襲撃で、変わってしまったけれど。

 冬の街道を必死で逃げてくる人々。雪の中をやって来る、あの魔人の姿。戦いに赴く母さんの後ろ姿。光芒と爆発。

 戦いの結末は母さんが魔人と相打ちになって地上に落ちていく光景で終わった。


 寝台の上で苦しそうにしている母さん。家に駆けつけた領民達は……それを見て、死睡の王の襲撃からの生き残りの話を聞いていたのだろう。疫病や呪いが自分の身に降りかかることを恐れたのだ。

 自分達にできることは何もないと、俺の手を振り払って雪の降りしきる暗闇の中に去っていく領民達の背中を……俺達はただ見送るしかできなかった。


「――テオ」


 深呼吸をして目を開き、戸口に向かおうとしたところでグレイスに呼び止められた。振り返るとみんなが俺を見ていた。


「ん。大丈夫。行こう」

「はい」


 小さく笑って答えるとグレイスが静かに頷いた。

 戸口を出て、玄関まで続く階段を降りていく。領民達が俺が出て来たことに気付き、その視線がこちらに集まる。


「お……おお……」

「……テ、テオドール、様」


 ハドリーが俺に気付いて目を丸くし、一歩、二歩とよろけた足取りで前に出る。他の領民達もだ。こちらを見て身体を硬くする。

 そうしてハドリーは、半ば倒れ込むように雪の上に膝をつく。それに倣うように、領民達も雪の上に跪いた。

 彼らの前まで行くと、ハドリーが震える声で言ってくる。


「申し訳、ありませんでした……。今頃になって……申し開きの言葉もございません。どのような処罰をも、受け入れる覚悟でここに参りました」


 そう言って、彼らはただ謝罪の言葉を口にした。

 ……処罰、か。父さん達やカーター達には罰するつもりなどない、と言ったけれど。

 父さんからはそう言った情報は領民達に一切伝えなかったそうだ。

 領民達も罰を覚悟の上で、その場合はカーター達を頼むと父さんには言っていたらしい。そういった情報を父さんが俺に明かしてくれたのは、俺が彼らを罰するつもりがないと、父さんに言ったからなのだろう。


 復讐が怖いから謝る。俺が力を持ったから謝るというのは、ただ保身から来るものでしかない。気持ちを量るには覚悟を見せて貰わなければ意味がない。

 父さんはそれを見るために、彼らには余計な情報を与えなかった。


「聞きたいことがあります。何故、今になってなのです?」


 そう尋ねると、沈黙があった。やがて1人が口を開く。ロニーと言う人物だ。改めて見てみれば、カーターにも面影がある。


「私達はあの時……ただ自分達を守ろうとしました。けれどあの日から、誰にも何も……誇るものさえ残らなかった。そのことに、今更になって気付かされたのです」


 ああ……。気付かされたというのは、子供達との口論だろうか。

 自分達というのは、あの場にいなかった家族も含まれる言葉なのだろう。家族とは言わないのは、それが言い訳になってしまうと分かっているからか。

 彼らがあの日のことを引き摺っていたのは間違いあるまい。カーター達から聞いた普段の暮らしぶりや、今の彼らのやつれ方を見てもそうだ。


 魔人がいなくなっても日々の暮らしは続く。ただ暮らしていくことに没頭し、あの行いは家族を守るためだったからと自分に言い聞かせ、只管見ないように、忘れようとすることはできても……守ろうとした子供からそれが正しかったのかと問われてしまっては、あの日から引き摺ってきたものと、向き合わなければならなくなる。


「……貴方達にはっきり言っておきたいのは。貴方達を罰するために話を聞いたわけではないということです。母さんの仇はあの魔人であって、貴方達ではない。だからこうして跪かせたり、僕に謝ったりして欲しかったわけではないのです」


 だけれど、言いたい事は言わせてもらう。


「家族を守りたかったというのは、分かります。理解もします。ただ……母さんにだけは、あんな寂しい答えを返して欲しくはなかった。それだけが、僕がずっと言いたかったことなんです」


 ずっとずっと、彼らに対して思っていたことだ。

 許すとか許さないとかではなく。ただ聞いて、考えて欲しかった。

 ……こんなのは、子供じみた恨み言かも知れないな。だけれど、紛れもなく俺の抱えていた気持ちだ。

 振り返って、グレイスを見やる。グレイスは静かに目を伏せると、顔を上げて言った。


「私の言いたい事は……テオが仰っています。私はあの時、何も出来なかった自分を悔やみました。もう二度と後悔しないために私はここにいます。ですから大切な人を守りたいという貴方達の言葉を、信じます」


 立ち上がって後悔しないために生きるのなら。それが家族を守るためなら自分と同じだから信じると。グレイスの言葉はそういう意味なのだろう。


「私達は……取り返しのつかないことを……」


 あちこちから、嗚咽が漏れた。大きく息を吸って、それから言葉を続ける。


「もう、立ち上がって下さい。貴方達の気持ちは……母さんの墓前で直接伝えて欲しい。貴方達に望むことがあるとしたら、それが全てで、それはきっと無意味ではないと思うのです」


 精霊達に人の思いが届くように。グランティオスの慈母がずっと守り続けてきたように。

 言葉や思いは、きっと母さんに届くのではないかと……今ならそう思うのだ。

 何もできなかったこと。恐怖から逃げてしまったことを、母さんが許さないとは思えないし、責めもしないだろう。


 雪の降り続ける空を見上げる。

 俺の中にあった子供じみた恨み言は――テオドールとして言いたい事は、確かに伝えた。彼らの気持ちも確かに聞いた。

 彼らが罪悪感に苛まれていたことも分かった。あの時の行いに報いがあったとしたらそれで、もういい。


 彼らが……あの日から後悔を抱えたままなんていうのは、もう十分なんじゃないかと、そう思うのだ。

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