555 カーターの事情
「へ、ヘンリー様とお話をしていらっしゃいましたけど……」
「テオドール=ガートナーと言います。何かこちらを見ていらっしゃったので、用があるのかと思いまして」
カーターは確かに同年代から比べると大柄ではあるのだが、声はまだ子供のそれだ。口を開いてしまうと不審な点が目立つが、それらは指摘せずにカーターに話を合わせる。
俺の返答に、カーターは兜のバイザーを上げて顔を見せた。
「そ、その、いきなりで戸惑うかも知れないですけど、俺達テオドール様と会って話をしなきゃって思って……! だから……ええと……」
カーターは少し興奮したように捲し立てたが、最後のほうは尻すぼみになってしまう。
まあ……そうだろうな。行動には出て探してはいたが、いざ当人を目の前にしてしまうと色々話しにくいことであるのは間違いない。
「何やら事情がありそうですし、何ならもう少し落ち着ける場所で話を聞きますが」
「は、はい。お願いします」
そういってカーターは頷くのであった。
とりあえず……事情を聞いてから父さんに保護した旨は連絡しておかないとな。場合によっては他の子供をこちらに連れて来てもらうという形でもいいし。
「俺達は……その、親父やお袋達が、リサ様に昔助けてもらったことがあるんです」
門を出て、馬車で家まで移動する。カーターは馬車の座席で小さくなって、少しの間押し黙っていたが……やがて意を決したかのように口を開いた。
それを聞いたグレイスが僅かに目を見開く。
助けた、というのは病気や怪我の治療であるとか、魔物の襲撃から守ったというのもあるだろう。母さんにしてみるといつものことだからというのはあるが。
家出して捕まっていたのは5人だったな。魔人を倒した後で、冒険者達に家まで運んでもらい……その時に街から母さんの家まで一緒に付いて来たり、様子を見に来たりした領民達の子だと考えれば、そのぐらいの人数になる……だろうか。
「それで俺達、親父達が……リサ様を裏切るようなことをしたって、ある日知ってしまって。それをまだ謝ってもいないって言うから……親父達と喧嘩になったんです」
そう言ってカーターは悔しそうな表情をする。それが……ダリルが働きかけていた時の話というわけだ。
俺は父さんの家に行ってから領民との接点をあまり持たないようにしていたし、領民達も負い目があるからか俺達に対しては腫れ物に触るようだった。バイロン達との確執も関係していただろう。だから当然、カーター達とも接点は持っていなかったし。
母さんに対する対応も、子供に話したいと思うようなことではあるまい。そしてダリルから聞いて、衝撃を受けて行動に移した、と。
「……なるほど」
「親父達はお前達には関係ないからとしか言わなくて、これからどうするとか、そのことについてどう思ってるとか、全然教えてくれなくて。だったら俺達だけでもリサ様やテオドール様に会って……謝らなきゃって思って。それで……みんなで示し合わせて家出して……」
「それで、そんな格好を?」
「はい。家出した話が広まって、捕まりそうになっちゃって、どうにか俺だけ逃げて来たんです」
まあ……把握していた事情と照らし合わせれば、大凡の流れは分かったが。
関係がない、か。確かに、親の立場から言うのならそうなのだろう。
何分、相手である俺との立場が違い過ぎる。俺がその気になれば吹けば飛ぶというのが厳然たる事実だ。身に覚えがあるとは言え、子供に累が及ぶような事態は避けたいのだろう。
良くも悪くも……普通の連中。それは最初から分かっていることではある。
「……そうだな。それじゃカーター達には、ありがとうって言わないといけないのかな」
「え……?」
カーターは俺の言葉に目を丸くする。
「テオは……あの人達の子供である、あなた達にまで責任や咎があるとは考えていませんよ。それは、私だってそうです」
グレイスの言葉は、俺の気持ちを言い表してくれている。
頷いて、深呼吸をしてから俺も言葉を続ける。
「だから、お礼なんだ。それは母さんのした事に感謝してくれてるってことだから」
そして……母さんのことを悼んでくれているということだから。
カーターは俺の言葉を噛み締めるかのように目を閉じて、それから俺に深々と頭を下げて来た。
「1つ、聞かせてもらっても良いかな。喧嘩になったって言ってたけど……ご両親は普段、どうだったのかな?」
「魔人の事件の後は……変わってしまったと思います。あんまり笑ったりしてるところを見たことが無くて。コリンのところなんて、飲んだくれてることが増えて……。魔人の襲撃なんてあったからって思ってたけど……本当のことを知って、納得もしました」
……そう、か。まあ、向こうの背景も何となく分かった。
そんな話をしていると、馬車が母さんの家に到着した。カーターから聞くべき話は聞いたし、父さんに連絡を取っておこう。
母さんの家に通し、みんなにも話をする傍らで、カーターはこちらで保護していると、父さんに通信機で連絡を入れた。一応簡単にではあるが、カーターにどんな返答をしたか、なども伝えてある。
カーター捜索の人員なども動いているだろうし、そちらには見つかったことと保護していることを連絡しなければならない。
父さんからはすぐにそちらに向かうと連絡があった。んー。行ったり来たりと大変ではあるな。
気になるのは、カーター達の両親が今どうしているかだな。カーター達と喧嘩になって、その後、両親達が揃って何か行動をしているとなると……ダリルからの話や、カーター達との口論を受けて、彼らも行動を起こしたと考えられる。
「死睡の王に絡んだ話は、こんなことばかりね」
話を聞いたロゼッタが、溜息を吐いてかぶりを振った。メルヴィン王やジークムント老達も思うところがあるのか、目を閉じていた。
フォルセト達もだ。盟主がハルバロニスから出ていなければという思いはあるのかも知れない。
……そうだな。俺もグレイスも、力が及ばなかったことを後悔しているし、領民達もあの日から自分達のしたことを後悔している。
「テオドール様、グレイス様……」
アシュレイが心配そうに俺を見てくる。マルレーンもグレイスの手を取って、俺に視線を向けて来た。
「……ありがとう。アシュレイは、大丈夫?」
そう言って、アシュレイの肩を軽く抱いて髪を撫でた。
アシュレイだって、魔人の襲撃で両親を失っている。母さんへの憧れもあったのだし、他人事とは思えない話ではあるのだろう。
「わ、私は……大丈夫です。その、ありがとうございます」
と、アシュレイは少し腕の中で小さくなりながら答えた。
マルレーンがグレイスに小さく何かを呟き……グレイスは微笑んで、マルレーンを抱いて髪を撫でる。
「マルレーン様はお優しいですね」
そうしていると、クラウディアからそっと抱きしめられた。
「あなたは強いから、弱音を言わないけれど。……辛いことがあったら、何でも聞くわ。一応、こんな見た目でも長く生きているのだし」
「それを言うなら、わたくしも、ね。一応年上なのだし」
そう言って、ローズマリーもクラウディアと一緒に俺を抱きしめて来た。
「ありがとう。俺は……みんながいるから大丈夫」
そうして、グレイスやマルレーンも交えて抱き合う。
「元気を出してね、テオドールさま」
「ありがとう、マルレーン」
久しぶりに聞いたマルレーンの声に笑みを返して答える。
「私達にもできることがあったら、何でも言って欲しい」
「うん。私達も、テオドール君に助けてもらったものね」
シーラとイルムヒルトが言った。セラフィナもこくこくと頷いている。
しばらく抱き締められるような形だったが、やがて誰からともなくゆっくりと離れる。
「残る問題は、カーター達の両親がどこに行ったか、かしら」
「それは多分……隣の集落じゃないかな」
ローズマリーの疑問に答えると、俺に視線が集まる。
「ええと。つまり、ダリルからの話と、カーター達からの抗議に後押しされて、動いている可能性があるかなって見てる」
家出した子供の親達の足取りについて兵士達が掴み切れていなかった理由がそれだ。この時期に揃って街にいないというのは……まあ、偶然ではあるまい。
父さんの直轄の街ではなく、隣町にも母さんに助けられた人物がいるのだ。その人物のところにも足を運んで説得なりをしているというのなら、話は分かる。
馬車での父さんとの話からすると、領民達は父さんにも既に謝罪と相談に行った可能性はあるな。まあ、これから父さんがまたここにやって来るわけだし、そのあたりの話も聞いてみるとしよう。




