552 面影と思い出
家の周りには前にも雪かきした後がある。一ヶ所に纏められて高く積まれていた。んー。ハロルドとシンシアの兄妹がやってくれたのかな。この分なら母さんの墓所も綺麗にしてあるだろう。
「これがテオドール殿の実家、か。月光島で似たような家を建てていたが……」
エルドレーネ女王やラスノーテも家の中を見渡し、玄関から外に出て外観を見たりと、興味津々と言った様子だ。
「そうですね。母の作った家を参考にしている部分はあります」
「ほうほう」
「この木は、私の本体でもあるの」
と、フローリアが楽しそうに言う。うむ。フローリアの領地であり、本体だからな。片眼鏡で見るとフローリアの魔力もかなり充実しているのが見て取れた。
「木の高位精霊が宿る家……。なんて素敵なんでしょうか……」
ミシェルの呟きに、ステファニア姫とアドリアーナ姫が同意するように頷く。エルハーム姫はステファニア姫達の反応にくすくすと小さく笑っていた。
「ええと。まずは居間だけ軽く空気を入れ替えてしまいますので、それが終わったらのんびりしていて下さい」
「うむ」
さてさて。では、言葉通りに早めに済ませてしまおう。
窓を開けて、家の中に光と新鮮な空気を取り入れてから、マジックサークルをいくつか展開する。
小さなつむじ風を幾つか作り出し、奥から窓に向かって埃を掃き出していく。
出入りする時は掃除をしているので、大して汚れてもいないし散らかってもいない。前に来たときのままだ。文字通りに空気の入れ替え程度の掃除なので、それほど手間がかかるわけでもなかった。
その傍らで、通信機を使って父さんにも到着した旨の連絡を入れた。
メルヴィン王とエルドレーネ女王、ステファニア姫達と、顔触れとしてはそうそうたるものなのだが……何分お忍びで、しかも転移魔法で訪れているということもあって、大きな歓待はしなくて良いというのが、王族達の一致した見解ではある。
その点と共に父さんには通信機で伝えたが……すぐに向かうとの返信があった。
メルヴィン王まで来ているとなれば、父さんとしては歓迎しないわけにはいかないだろうし、何より礼を失するわけにもいかない。実際、家臣は集めずとも私的な晩餐会の用意は進めているそうである。後で父さんの屋敷にも足を運ぶことになるだろうか。
さて、と。冬の冷たい外気を家の中に入れたことで空気が引き締まった気がする。窓を閉め、今度は居間の空気を風魔法や火魔法、水魔法で調整してやることで、居心地のいい温度と湿度を作り出す。これで客も寛ぐことができるだろう。
「そなたの場合、掃除1つ取っても見物であるな」
メルヴィン王が感心したように頷く。
「居間だけは先に終わらせてしまおうかと思いまして」
普段ならみんなで手分けしてのんびりとというところなのだが、お客に気を遣わせるというのも何なので。ステファニア姫もそうだが、メルヴィン王やエルドレーネ女王も手伝うなどと言い出しかねないからな。
「では、他の部屋の掃除は私が」
グレイスが、胸のあたりに手をやって笑みを浮かべる。母さんの家の掃除をしたい、という気持ちは分からなくもない。
「んー。それじゃ、みんなのお茶の用意は俺がしておくよ」
「分かりました。では、グレイス様と手分けをしてお掃除してきますね」
「お茶菓子はこれに入っているわ」
ローズマリーが魔法の鞄の中からバスケットを取り出した。中には砂糖菓子や焼き菓子が入っている。普段使っていないだけに食料品や菓子の類は持ち込むしかないからな。このへんは用意してきてある。
「ありがとう。それじゃ、準備して待ってる」
「ん。それじゃ行ってくる」
アシュレイとマルレーン、ローズマリーにクラウディア、それにシーラ達も立ち上がって家の中の掃除に向かった。
セラフィナが楽しそうに箒やはたき、ちりとりを浮遊させてグレイス達に続く。まあ……こちらもそれほど時間はかかるまい。
とりあえずはお茶の準備をしてしまおう。こっちが少し落ち着いてからお墓の様子も見てくるとして。
と、色々頭の中で段取りをまとめながら厨房にお湯を沸かしに向かうと、ロゼッタも立ち上がった。
「ゆっくりしてもらって良いですよ」
「リサの家は前にも来たことがあるから、手伝えると思うのだけれど」
んー……。そういうことなら少し手伝ってもらうか。
「分かりました。では、お願いします」
「ええ」
連れ立って厨房へ向かう。俺が湯を用意している間に、ロゼッタは食器棚から茶器を出して、それを水魔法で手際良く洗っていく。
「父さんもこちらに来るということなのですが」
「なら、ヘンリーの分も用意すればいいのね」
「はい」
そんな話をしながらお茶の準備をしていく。
そうして――ふと気付くと、ロゼッタがこちらをどこか遠い目で見ていた。俺の視線に気付くと、苦笑して言った。
「リサの家であなたを見ていると、色々と思い出してしまうわね。面影が似ているから」
「それは……。大丈夫、ですか?」
そうやって、思い出してしまうという気持ちは分かる。
俺の言葉に、ロゼッタは軽く肩を竦めて見せる。
「心配されるほどやわではないつもりよ。まあ……寂しさ半分懐かしさ半分、というところかしら。前に遊びに来た時は……貴方が生まれて少ししてからだったわ。心配してタームウィルズから出て来たけど、リサは相変わらず呑気にしててねえ」
「何となく分かります」
俺が笑うと、ロゼッタも小さく笑った。
「お茶が冷める前に持っていきましょうか」
と、ロゼッタはしんみりした空気を変えるように笑みを浮かべて言うのであった。
「ご無沙汰しています、父さん。それにダリルも」
それからややあって、父さんとダリル、ハロルドとシンシアがやって来た。
「久しぶりだな、テオ」
「お久しぶりです、テオドール様」
「ふむ。少し背が伸びたのではないかな」
「かも知れません」
と、まずは父さん達2人と言葉を交わす。人目が多いし挨拶に来たからと言うのもあって、ダリルの挨拶は形式に則ったものではあったが、俺の記憶にあるそれよりも大分板についてきているように思う。
大丈夫、と判断しなければ連れては来ないか。前にジョサイア王子達にも挨拶回りをしていたしな。
キャスリンは一応、謹慎中ではある。前と違って離れに蟄居させているというわけではなく、本宅側に戻してはいるそうだが。
「2人とも、久しぶり」
「ご無沙汰しております、テオドール様」
「お待ちしておりました」
ハロルドとシンシアにも挨拶をすると、2人とも丁寧に一礼してきた。
「家の前の雪かきもしてくれたのかな?」
「はい。そろそろ皆様がいらっしゃる頃かと思いまして」
「ん、ありがとう」
「頂いたレビテーションの魔道具があるから、雪かきも楽でした」
と、兄妹は笑みを浮かべる。うん。仕事熱心で有り難いことである。
「こんにちは、2人とも」
「ああ、フローリア様」
「こんにちは」
フローリアがやって来て、2人と割と親しげに話をしている。
ふむ。フローリアはテフラと同じようにこっちとタームウィルズを行ったり来たり、2点間なら顕現も自由だからな。その分2人との接点が多かったり、仕事ぶりを見ていたりするのかも知れない。
父さんはと言えば――早速ダリルを連れて挨拶に回っていた。メルヴィン王の変装した姿も覚えていたらしく、丁寧に挨拶をして、ダリルには王家の親戚筋の貴族だと紹介していた。
父さんについては……外面的にはあまり焦っているようには見えなかったので、ロゼッタは若干つまらない、という反応を示していたが。
挨拶回りが一段落したところで、父さんとダリル、ハロルドとシンシアも円卓回りに腰を落ち着けた。
晩餐の話であるとか、伯爵家のほうに誰が宿泊するのかなどの話をしておこうと、父さんのところに向かう。
……と、少し父さんの魔力が揺らいでいるのが片眼鏡で見えた。
「失礼。少々良いですか?」
「ん、どうかしたかな?」
「いえ。少々お疲れのようですので」
体調不良を隠しているなら他の人に聞かれると困ることもあるだろう。声のトーンを落として、父さんの腕に触れる形で循環錬気を行う。
魔力の流れそのものは異常無し。病気や怪我等は無いようだ。一先ずその点は安心できたが。
んー……。となると執務による一時的な疲労か。迷宮から出て来た冒険者が似たような魔力の揺らぎ方をしていることが多いから間違いないだろう。循環錬気で体力を補強しておけば問題はあるまい。
「……どうでしょうか?」
「ん……。これは驚いたな。身体が軽くなった気がする。少々、別件で立て込んでいて疲れが溜まっていたのだが……」
父さんはそう言って目を丸くしていたが、やがて俺を見て穏やかに笑う。
「ありがとう、テオ」
「いえ、お役に立てれば幸いです」
そして、そんなふうに言葉を交わした。
それにしても、別件……ねえ。父さんとしては領内のことを俺に相談するのは筋が違うと思っているから話さないだろうし、父さんが話さないならダリルやハロルド達に聞くのも不義理をさせてしまうようで悪いから、聞かないほうが良いだろうな。
少しばかりカドケウスに動いてもらって、街の様子を見てくる……かな。俺としては、大きな問題ではないことが確認できればそれで良いのだから。
 




