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551 メルヴィン王の事情

「ん……。雪が降ってきたようね」


 ローズマリーの言葉に顔を上げて窓の外を見やる。旅支度を整えている間に、いつの間にか窓の外にはちらほらと白い雪が舞い始めていた。

 あー……。降ってきたか。


「今年は雪が少ないなと思っていたのですが」


 グレイスがやや残念そうに言った。


「まあ、天候に関しては仕方がないね。シルヴァトリアに行く時は晴れてくれたらいいんだけどな」


 冬があまり好きではないのは事実だが、毎年のことでもあるし。そのことでみんなに気を遣わせてしまうのもどうかと思うので、軽く笑ってそんなふうに答えると、みんなも微笑んで頷いた。

 そのままややのんびりとしたペースで実家帰りの準備を進める。


「ええと。寝具は特に必要ないのよね?」

「まあ、人は増えたけど。父さんが用意して、運んでくれるってさ」


 クラウディアの質問に答える。

 あれこれと荷物を纏めていると、部屋の扉をノックする音が響いた。声を返すと、セシリアが顔を出し、こちらに向かって一礼してから言う。


「ロゼッタ様と、エリオット様、カミラ様がお見えです」

「分かった。すぐに行くよ。応接室に通しておいて」

「畏まりました」

「テオドール様、私もご一緒します」

「うん」


 アシュレイの言葉に頷く。ロゼッタとエリオットということでアシュレイも挨拶したいらしい。

 今回の帰省にはジークムント老達、フォルセト達にロゼッタ、エリオットとカミラ。ミシェルにラスノーテ。更にメルヴィン王達とグランティオスの面々が同行……と、前にも増しての大所帯になっている。

 んー。父さんのところに誰か宿泊する必要も出てくるだろうか。後で相談してみよう。


 さて。荷物と言っても主に着替えぐらいのものなので、適当なところで区切りを付けて応接室へ向かうとしよう。


「おはようございます」


 応接室の扉をノックして入室し、アシュレイと共にロゼッタ、エリオット、カミラに挨拶をした。それぞれ旅行鞄を持って来ている。準備は万全のようだ。


「ええ、おはよう」

「おはようございます」

「もう少々お待ち下さい。今回はメルヴィン陛下もお忍びでいらっしゃいますので」


 と言うと、3人とも目を丸くした。


「それは……リサも驚くかも知れないわね」

「どちらかと言うと、父さんが驚きそうですが」


 苦笑するロゼッタに答える。母さんの場合だと……何となく普通に応対しそうな気がするというか。


「あー。かも知れないわ。ヘンリーはまあ……驚くでしょうねえ」


 そう言って、ロゼッタは人の悪い笑みを浮かべた。……何と言うか、父さんに対しては母さんや俺のことがあってか、当たりの厳しいところがあるのだ。

 それでも父さんに対しての態度としては、前よりも柔らかなものになっているような気もする。俺がタームウィルズに来てから父さんとの接点も増えて、わだかまりも解けてきている、と言うことだろうか。




「待たせたな」


 それからしばらくして、メルヴィン王達が護衛と共に家に姿を見せた。

 前に変装用の指輪を身に着けて来た時とは、また違う姿だ。指輪に刻まれた術式の調整で姿も変わるということだが……。とは言え、全体の印象としてはメルヴィン王の雰囲気が残っている。

 エルドレーネ女王も服装を変えてきている。ステファニア姫達もだ。王城で用意しただけに仕立ては上等だが、とりあえず女王や姫という感じではないな。


「その姿の時は何とお呼びすれば良いでしょうか?」


 と、メルヴィン王に尋ねてみる。


「ふむ。メンフィスと呼んでくれれば良いぞ。あまり仰々しいと変装の意味もないがな」

「メンフィス卿ですね。承知しました」


 苦笑して答えるとメルヴィン王は、にかっと笑った。こういうところはメルヴィン王らしくはあるか。それから、グレイスがその姿を見て首を傾げる。


「ずっと前に……ヘンリー様のお屋敷でお見かけしたことがあったような気がするのですが」


 何気なくグレイスが口にしたその言葉に――メルヴィン王は少し目を見開いた。


「良い……記憶力をしておるな。確かに一度、この姿で伯爵領に足を運んでおるよ。国内の移動をする時はこれ、タームウィルズにいる場合はこれ、と決まりがあってな」

「もしかして、母の葬儀に……?」


 何となく察してしまってそう尋ねると、メルヴィン王は観念したかのように目を閉じた。


「葬儀には間に合わなんだ。本来ならば国王として赴くべきであったのかも知れぬが、そうなると、伯爵領も落ち着かなかろうと思ってな。そもそも何もできなかったのに、今更、というのもある」


 そう言ってかぶりを振る。

 そう、か。思えば最初に会った時にはグレイスのことも把握していた様子だったけれど。それは前に伯爵領を訪れて知っていたから、か。

 ともかく、メルヴィン王として弔辞に赴いた場合、当然国王として色々と発言しなくてはならなくなる。そこで母さんの功績を称えるというのも、伯爵家の事情を余程把握していないと難しいところだ。それで英雄だ何だと祀り上げられてしまうと伯爵家に色々な貴族も接近してくるだろうし、まして俺は庶子だったからな。


 英雄の子などと言われて注目されれば後々お家騒動の種に成りかねない。それはメルヴィン王も父さんも望むところではないはずだ。当時の俺はふさぎ込んでいたからそれどころではなかったが、そんなふうに周囲が騒がしくなるのは嫌だっただろうなとは思う。


 色々と考えて、気を遣ってのことだったのだろう。それこそメルヴィン王としては、後になって俺に言うのもどうかという話だろうし。あの頃、弔辞に行っていたにしても……そこに他意があると思われたくはないだろう。

 母さんは母さんで、俺は俺だからな。まして、その時には顔を合わせていないし時間も経っている。信用できるかどうかなどを判断する前に魔人絡みの事件が起こったとなっては、余計にそういったことを伝えるのも憚られてしまう、か。


「色々と……腑に落ちるところはありました。昔から気を遣って頂いていたのも」


 そう言って頭を下げると、メルヴィン王はまた目を閉じた。


「礼を言われるようなことではないが、な」

「それでも、です」


 俺に気を遣ってというよりは貴族家に絡んだ部分が大きい、とは言っても。その上で筋を通しているのだから。

 根幹の部分に騒がしくしないためにそっとしておこうという気遣いがあるのだし、それは俺としても有り難い話だ。だからメルヴィン王の事情がどうであれ、礼を言うべきなのだと思う。


 ともあれ、出発のための顔触れは揃ったし準備も概ね完了している。大人数で家に向かうことにはなるが、石碑を使った転移だから負担はないだろう。

 クラウディアを見て頷くと、彼女も目を閉じて頷き返してきた。


「それじゃあ……中庭から飛びましょうか。荷物を忘れないようにしっかり持ってね」


 というわけで、みんなで薄く雪が被っている中庭へと向かった。

 ジョサイア王子はメルヴィン王が不在の間、留守を預かるために見送りである。同様にセシリアとミハエラも留守を預かり、迷宮村のみんなと待つという形である。


「テオドール卿」


 見送りに同行してきたジョサイア王子が花束を差し出してくる。


「私は留守を守らねばならないから一緒には行けないが……せめてこれをお母上の墓前に」

「ありがとうございます」

「うん。父上や妹達のことも、よろしく頼む」


 そう言って、ジョサイア王子は穏やかに目を細める。


「それじゃあ、行って来るわね」


 とステファニア姫が笑みを返す。ローズマリーはジョサイア王子の言葉に羽扇で顔を隠して小さく肩を竦め、マルレーンはにこにこと屈託のない笑みを返した。


「では――行くわ。見送りはマジックサークルの外まで下がって」


 クラウディアの足元からマジックサークルが広がる。


「お気をつけて、旦那様」


 見送りのジョサイア王子やセシリア達使用人が、クラウディアの言葉に従う。クラウディアはそれを見届けてから転移魔法を発動させた。

 周囲が光に包まれ、そして――それが収まると、俺達は母さんの家の地下に作った石碑の前に移動していた。


 さて……。まずは軽く家の中の掃除からだろうか。別に散らかっているわけではないだろうけれど。

 皆で上の階へと向かい、荷物を置きながら窓を開く――と。案の定というか、こちらでも雪が降っているらしく、外の景色は真っ白だった。


「んー。後で雪を片付けてこないといけないかな」


 ハロルドとシンシアの、墓守の兄妹は、普段から母さんの墓所を綺麗にしてくれているからそれほど手は掛からないとは思うが。

 いずれにせよ命日は明日なので……それに早朝に雪を片付ける必要も出てくるかな。

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