546 海底劇場
というわけで家にセイレーン達を迎えに行き、そこから手配してもらった馬車に乗って移動することになった。
「こんな大きな都で歌を歌えるなんて……」
「本当。素敵な街よね」
「テオドール様に感謝しないといけないわ」
と、移動中のセイレーン達はかなり嬉しそうにしている様子が窺える。陸上の街が珍しいというのもあるのだろう。
冒険者ギルド前の広場に到着すると、そこには既に討魔騎士団が集合して点呼をしているところだった。
メルヴィン王にジョサイア王子とヘルフリート王子、エルドレーネ女王、ステファニア姫達と、それに精霊王達と水竜親子、工房の面々も一緒だ。アルバートはオフィーリアと一緒に来ている。ジルボルト侯爵家令嬢のロミーナの姿もあった。
ロミーナは……テフラと一緒にエルマー達と笑顔で言葉を交わしていた。
まあ、エルマー、ドノヴァンやライオネル達が訓練から帰ってきたし、ロミーナも心配していたところはあるのだろう。
「こんばんは」
馬車から降りて行って挨拶をすると、向こうからも挨拶を返してくる。
「おお、テオドールか」
「今日は楽しませてもらうぞ」
メルヴィン王とエルドレーネ女王が答える。精霊王達も楽しそうにしていた。
「こんばんは、テオドール」
「儀式のほうはどうだったのかしら?」
VIPの面々に挨拶を交わしていると、アドリアーナ姫が尋ねてきた。
「ええ、上手くいきましたよ。ヒュプノラクーンがやってきました」
そう言ってミシェルの連れているオルトナをみんなに紹介する。
「え、ええと。オルトナ、と名付けました」
些か緊張した面持ちのミシェルが言うと、オルトナが後足で立ち上がって握手して回る。
「ほう。中々愛嬌のある魔物よな」
それを見たメルヴィン王が笑う。
「オルトナか。お初にお目にかかる」
「ふふ。なかなか可愛い子ね」
「よろしくね、オルトナ」
「初めまして。よろしくお願いしますね」
エルドレーネ女王と姫達3人も相好を崩し、それぞれ握手を交わす。
それからコルリスとも向かい合うが……僅かな間見つめ合った後、どちらからともなく互いに手を出して、しっかり大きな爪と小さな手とで握手をした。
フラミアも尻尾、ラムリヤも砂の腕でそれぞれオルトナの手と触れ合う。うん……。オルトナの挨拶回りは順調なようだ。
精霊王達やシャルロッテに頭や身体を撫でられたりと、早速可愛がられている様子ではある。
討魔騎士団の主だった面々も俺のところに挨拶に来た。
「今日はこのような催しに招待して頂き、嬉しく思います」
「いえ。楽しんで貰えたら僕としてもうれしいです」
と、討魔騎士団のエルマーや他の面々と挨拶を交わす。
「ははっ。コルリス達にまた新しい友達ができたみたいだな」
「良かったじゃないか、コルリス」
と、ライオネルとチェスターがコルリスの背中を軽く撫でながら笑う。
何と言うか……。討魔騎士団の面々がコルリスに打ち解けているというのは分かるが、そこに戦友に対する信頼みたいな空気感があるというか。
確かに……迷宮内での訓練中はコルリスの索敵能力は頼もしいものがあったのではないかとは思う。まあ、討魔騎士団の団員達に可愛がられているようではあるし、良いことではあるか。
同様にウェルテスとエッケルスもそれらの面々の中に加わってオルトナと握手を交わしていたりする。中々討魔騎士団の間でも打ち解けてきている印象ではあるか。
性格上信頼されやすいところはあるだろうしな。背中を預けるに足る実力もある。寄合所帯の討魔騎士団だから馴染みやすいところはあるのかも知れない。
「お久しぶりです、皆さん。今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ。私達も皆様の前で歌えるのを楽しみにしていたのです」
エリオットはセイレーンの族長達と挨拶を交わしていた。それが終わると、エリオットはカミラと共にこちらにやって来る。
「こんばんは、テオドール卿」
エリオットが俺に言うと、カミラも一礼する。
「こんばんは、エリオット卿。もう少しすれば公演が終わって、お客も出てくるので入場できるようになると思いますが……セイレーンの皆さんは、先に関係者用の出入り口から楽屋に入ってもらうという段取りになっています。というわけで、先に楽屋に案内してしまおうかと」
正確には公演が終わって劇場内の座席などを清掃し終わったら、というところか。その間は冒険者ギルドで待っていてもらう形だ。
「分かりました。では、私達は冒険者ギルドで待機しております」
というわけで、俺達はセイレーン達を連れて関係者用出入り口から劇場の中へ入り、エリオット達は冒険者ギルドへ移動することになった。
今回はあくまでも討魔騎士団の訓練完了の祝いということなので、主体となるのはエリオット達である。エルドレーネ女王やミシェルとラスノーテ、精霊王達など劇場にまだ足を運んでいない例外の面々も一緒に来ているが。
但し、冒険者ギルドの職員については討魔騎士団の迷宮訓練の折に色々バックアップなどもしてもらったりと世話になっているので、ギルド関係者も特別公演への招待がされているのだ。
俺も今日は舞台演出側に加わらせてもらう。
「では、こちらへ」
グレイスが笑みを浮かべて促すとセイレーンの族長達が頷き、後ろから付いてくる。そうして皆で連れ立って関係者用入口から劇場内に入っていく。
今日の通常公演はもう終わっているらしく、楽屋の扉をノックすると既にシーラやイルムヒルト達も戻って来ていたようだ。となると、後は座席側の清掃が終われば討魔騎士団も入場できるようになるだろう。
「公演はどうだった? 疲れてない?」
特別公演は確かにセイレーン達も歌うが、シーラ達も舞台に立つからな。
「ん。楽しかった」
「ふふ。まだまだ大丈夫よ」
シーラとイルムヒルトが言うと、ユスティアとドミニクも笑みを浮かべて頷く。
「あたし達は歌っていれば元気が出るものね」
「確かにそうね」
「それに、今日はテオドール様が演出に加わるし、気合が入ります」
シリルが笑みを浮かべると、セイレーン達も得心顔で頷き合っている。
んー。割と責任重大だな。まあ、やると言ったからには頑張らせてもらおう。
「あー。まあね。というわけで、よろしく頼む」
楽屋の扉がノックされ、従業員の女の子が顔を出した。
「お客様が全て出ていかれました。座席の清掃も終わっています」
「それなら……入場の案内ができるかな?」
イルムヒルト達が頷く。では……準備を進めていこう。
「冒険者ギルドでお待ちとお聞きしましたが……そちらに連絡をすればよいのですね?」
「うん。よろしく頼む」
「畏まりました」
と、一礼すると楽屋を出ていく。
「それでは、私達も客席に移動していますね。その、楽しみにしています」
アシュレイがはにかんだように言う。
「ふふ。テオドールが演出するとなればね」
「まあ……それは確かにあるわね」
クラウディアが笑みを浮かべ、ローズマリーが羽扇の向こうで言うと、マルレーンも屈託のない笑みを浮かべながらこくこくと頷いた。
「それじゃマルレーン、少しランタンを借りるよ」
と言うと、マルレーンはもう一度こくんと頷いて、ランタンをそっと手渡してくれる。
「テオドール、これ」
「ありがとう、シーラ」
シーラからも外套を借りる。これでランタンを扱う俺自身は透明になって、見えないように黒子役ができるというわけだ。
「それではテオ、また後で」
「後でね!」
「ん。また後でね」
客席側へ移動していくグレイスやセラフィナ達に手を振る。さてさて。では特別公演といこう。
「――こうして無事に訓練を終え、祝いの席を迎えられたことを嬉しく思います。メルヴィン陛下にも御臨席を賜れたことを、名誉に思うものであります」
エリオットが開演前に幕前に立って挨拶をする。
討魔騎士団への訓示と祝いへの感謝の言葉を述べると一礼し、拍手に見送られてカミラの隣の客席へと戻っていった。
そうして拍手が収まると――客席側の照明が落とされ舞台が静かになっていく。
今日の劇場の客席に関してはメルヴィン王と王族達、各王家の姫に、エルドレーネ女王、水守りの主だった者達がいたりと、かなり豪華な面子で、いつもと少し違うところはあるが……シーラやイルムヒルト達は慣れたもので、緊張している様子は見られなかった。
それはセイレーン達も同様だ。終始楽しみにしているようではあったかな。こと歌う、演奏するといったことに関しては、彼女達にとっては生きることと同義なのだろう。
後は、客席の脇のスペースにコルリスやベリウス達が座っているというのが、いつもと違う点ではあるか。まあ、動物組は必要な時には大人しくしていてくれるので問題はあるまい。
そうして特別公演は――イルムヒルト達が普段満月の日に行っているものと、同じ入り方で始まった。静かになった劇場にスポットライトでイルムヒルト達が照らし出される。
宙を舞い……澄んだ歌声と神秘的な音色を響かせながら舞台に降り立つ。そして、そこからが少し違う。
外套で透明になったままでランタンを用いる。俺のいる客席の頭上付近――劇場のほぼ真ん中から青い世界が広がっていく。
色取り取りの魚が劇場の舞台と客席を問わず泳ぎ出し、そして煌めく珊瑚があちこちから生えていく。壮麗な意匠の柱が客席の間にある通路から迫り出していく。
イメージするのはグランティオスやアイアノスの光景だ。あちこちから気泡が立ち昇り――陸にいるのに水中にいるような光景に様変わりする。
変化は舞台にも及ぶ。それはまるで海底神殿か海底宮殿かと言った有様だ。
その光景にエルドレーネ女王や、ロヴィーサを始めとした水守り達が目を丸くし、そして嬉しそうに笑みを浮かべた。ペルナスとインヴェル、ラスノーテも目を瞬かせている。
驚いているのはメルヴィン王達や討魔騎士団達も同じだ。幻術でしか有り得ない大きな変化である。客を驚かせることにはとりあえず成功したらしい。
それから――人化の術を解いて着飾ったセイレーン達が、非常口へ繋がる通路から客席側へと出てくる。
マリオンや族長を始め、全員がレビテーションの魔道具を用いて、ゆっくりと泳ぐように劇場を舞う。
舞台上のイルムヒルト達に歌声を合わせて、客席の前後左右で輪唱を行いながら立体的な歌声を響かせていく。立体音響というのも珍しいものではあるだろう。セイレーン達は日常的にそうやっているところはあるらしいが。そうして――特別公演は幕を開けたのであった。




