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543 異界大使の味噌作り

 母屋から材料と調理器具、秤等を持って来て、魔法の照明が照らす地下室にみんなで集まり、味噌と醤油作りを進めていく。


「何やら面白そうな実験ですね」


 それを見たエリオットが笑みを浮かべる。地下室が出来上がった頃合いでカミラと共に家にやって来たのだが、発酵食品を作る実験をしている、と言うと2人とも興味がありそうだったので、地下室に来て貰ったのだ。討魔騎士団の打ち上げの話などは夕食の席で、ということになっている。


「魔法の実験……なんですよね?」


 ロヴィーサとマリオン、それに精霊王達といった面々は俺が地下室で実験するということで、どんな内容になるのかと、気になっているようだ。

 いや、興味がありそうなのはみんな同じか。魔法の実験の手伝いということでミシェルやラスノーテは若干緊張しているようではあるし、マルレーンも神妙な表情で……んー、マルレーンは緊張というよりは手伝いを頑張ろうと、気合が入っているという感じだろうか。


「お酒を仕込むのと同じですよ。魔法を使わない工程は、普通の調理と似たようなものですから」


 そう言うと、一部の面々から緊張感が薄れた。

 うむ。のんびりと作業できれば良いのだ。発酵促進の魔法以外は、調理の延長のような作業内容でしかないからな。まず、具体的な手順を説明しておいたほうが、みんなも動きやすいし安心して作業できるだろう。


「とりあえず現時点で考えている発酵のための手順を説明しますと……まずは豆を綺麗に洗ってから水でふやかし、それを柔らかく煮て潰してから、麹カビを米で繁殖させたものと、適度な量の塩とを混ぜ合わせて寝かせる、という流れになります」


 これが味噌の作り方だ。醤油作りはまた作業内容が違うのでその時に説明しよう。


「となると……粘り気の無いジャムのような感じになるでしょうか?」


 グレイスが出来上がりを想像したのか首を傾げながら言う。

 完成品の予想としては、中々良い線だな。まあ……大豆とは違うのでそうなるとは限らないというところが「実験」ではあるのだが。

 とは言え、カノンビーンズの豆は、大きさなどを除けば風味などが大豆に似ているからな。そこに期待している部分はある。


「俺の予想でもそうなる……かな? 用途としてはスープを作ったり、味付けや風味付けだとか、それこそジャムみたいに使ったりもできるんじゃないかって期待してる」

「なるほど、調味料なのね」

「うん。他にももう一種類考えてるけど、まずはそっちの作業を進めていこう」


 納得したようなクラウディアの言葉に頷くと、アウリアが笑みを浮かべる。


「それは……上手くいった場合が楽しみじゃのう」

「まあ、どうなるかはまだ分かりませんが。それではフォルセトさん、お願いします」

「はい」


 フォルセトに言うと、彼女は心得ているとばかりに明るい表情で頷いて、作業用の机の上に母屋から持ってきた硝子瓶を置く。中には暗めの黄緑色をした粉末が入っていた。


「これは、麹カビを繁殖させて乾燥させたものです。種麹ですね」


 フォルセトの言葉に、みんなの視線が机の上に集まる。


「これを蒸した米に塗して繁殖させてから、潰した豆に混ぜていく形になる」

「それで、繁殖させたのがこれだよ」


 と、今度はマルセスカが木の器を机の上に置いて蓋を取った。

 うん。何やらテレビの料理番組を彷彿とさせる光景と手回しではあるが……。器の中には、麹カビに覆われて変色した米――つまり米麹が入っていた。


「ん。何か、甘いような……不思議な匂いがする」


 その匂いを嗅いだシーラが言う。


「米には甘味があるし、発酵してるからね」


 これはフォルセトが後で甘酒作りに使おうとハルバロニスから種麹を用意してきて仕込んでいたものである。

 カノンビーンズの豆で味噌作りを思い立って、米麹を作りたいとフォルセトに相談してみたところ、仕込んでおいたものがあるからということで、提供してもらえることになったのだ。


「それにしても……すみません。いきなり言って使わせていただけるなんて」

「いえ。テオドール様の実験も面白そうですからね」

「甘酒も用意してありますので、実験が終わったら後で飲みましょう」


 と、フォルセトとシオンが笑みを浮かべた。


「で……これがまだ蒸してないお米……」


 シグリッタが米の入った器を机に置く。米麹を仕込むということで、昨晩から水につけておいてもらったものである。

 こちらはこれから蒸して、実際に米麹の仕込みを行うのだが……魔法で麹カビの繁殖を促そうというわけだ。

 というわけで、みんなで手分けして作業を行っていくとしよう。まずは……手指を洗ってからだな。




 作業内容も特別変わったことはないので、みんな和気藹々といった様子だ。カノンビーンズの豆砲弾をみんなで水洗いしていく。


「このぐらいで良いのかしら」

「大体の汚れが落ちれば……ですね。ええと、はい。これで大丈夫だと思います」

「まあ、元々それほど汚れてはいないものね」

「それじゃあ残りも綺麗にしてしまいますね」


 ステファニア姫が首を傾げながら尋ねて来たので、桶の中を覗き込んでからそう答えると、アドリアーナ姫、エルハーム姫共々笑みを浮かべた。

 3人も是非手伝いたいということで……お姫様ながら普通に作業に混ざっている感じである。


 水洗いして綺麗になったところで、しばらく水に浸けてふやかしてやる必要があるのだが、大きさが大きさだけに時間がかかるところもあるだろう。

 そこでまず桶を分けて、魔法を用いてふやかしていくものと、自然に任せるものを用意する。


 そして……洗い終わって水に浸っている豆目掛けて水魔法を用いて、水を浸透させていくと……水分を吸って体積が増し、丸っこい豆が楕円に近い形になった。

 循環錬気で、水がしっかりと内側まで浸透しているかを見ていく。……うん。どうやら良さそうだ。


「良し……。で、十分にふやけた豆を煮ていくわけだ」

「これを大鍋に掛ければ良いのね」


 ローズマリーが桶ごとレビテーションで浮かせて竈の上に設置された大鍋に向かって傾ける。


「茹でている時に気を付けることはありますか?」


 アシュレイが大きなヘラを使って鍋の中に豆を転がしながら尋ねて来た。


「アクが出たら、取り除く感じかな」

「それなら私にもできそう」

「それじゃあ、頼んでも良いですか?」

「うんっ」


 と、セラフィナが嬉しそうにアシュレイに答え、2人で顔を見合わせて微笑み合う。うむ。中々微笑ましい光景である。

 竈に火を入れてやれば後はアクを取りながら茹で上がるのを待つだけだ。並行して米を蒸して、米麹の仕込みに入るとしよう。




 豆が茹で上がるより先に、米が蒸し上がった。

 これをまずは発酵部屋の机に移し、広げてから種麹を塗し、混ぜていくというわけだ。この時蒸した米があまり熱すぎると麹カビが死んでしまうそうで。温度を見ながらの作業となる。米を少し冷やして、触れる程度の温度にしたら準備完了である。

 みんなの興味深そうな視線の中で、種麹を振りかけ、混ぜ返してはまた振りかけと丁寧に作業を進めていく。


 空調の魔道具で室温も調整。

 フォルセトによれば人肌よりやや下ぐらいの温度を麹カビは好むということなので30度を少しだけ下回る程度が望ましいのだろう。


「こうやって、混ぜたら後は基本的に、冷えないように包んで、時間を置いて寝かせておきます。1日ぐらい経つと熱が出てくるので、その時に混ぜ合わせたりするわけですね」

「熱……。私が見ていたほうが良いのかしら?」


 フォルセトがそう言うと、イルムヒルトが首を傾げた。


「いや、まあ時間を目安に見ていれば大丈夫じゃないかな。勿論、何か気付いた時には言ってもらえれば助かるけどね」

「分かったわ」


 イルムヒルトが相好を崩した。

 半分を寝かせて、もう半分には発酵促進の魔法を用いていく。


「では……早速ではありますが、魔法を試してみます」


 発酵促進の術式は水魔法と木魔法の複合術式だ。活動を活発化させたい菌の好む環境を整えてやってから術を用いる。この時、活性化させたいカビを明確にイメージするのが重要らしい……が。さて。どうなるやら。

 イメージというと、あの黄色い、扇を広げたような姿の麹カビでいいのだろうか。

 麹を塗した米に向かって手を翳し、いくつかのマジックサークルを展開する。と……ぼんやりとした光が米を包んだ。手を除けても魔法を掛けられた米にはそのまま光が持続する。


「……身体強化の付加魔法にも近い印象ですね」


 と、フォルセトがそれを見ながら言う。


「木魔法や水魔法の系統で、対象が人間ではないですが、術式としては近い系統だと思いますよ」


 この光はしばらく持続するので、魔法が切れたら掛け直す、ということらしい。

 ふむ……。だが、流石にすぐさま劇的な変化は起こらない、か。試しに循環錬気で探ってみると……米の表面にざわざわとした感覚があった。術式で種麹が目を覚ました、といったところだろうか? 循環錬気で見たところでは活動促進はされているのだろうから……後は温度の変化を見つつ、自然に寝かせた場合と同様、混ぜ合わせたりしていけば良いだろう。


 んー……。そうだな。温度変化と魔法切れはカドケウスやバロールに見てもらいながら、味噌作りの工程を進めていくとしよう。




 そうして豆の茹で上がりを待つこと暫し。ようやくいい具合に茹で上がったので、今度はそちらを潰す工程に移る。


「これを潰していけば良いのですね」

「あー。茹で上がったばかりだし、火傷に気をつけてね」

「ええと。先程茹で上がりを見てみたのですが、精霊の加護のせいか、お湯に触れても大丈夫だったりするのですが」


 グレイスが言うと、マルレーンもこくこくと頷く。

 ふむ。それはまた。精霊王やテフラ達の加護がしっかり及んでいるというわけだ。プロフィオンやラケルド達がにやりとした笑みを浮かべる。


「いや、助かります」

「儂等の加護が役に立っているようで何よりじゃな」

「うむ、全くだ」


 精霊の加護で守られながらの味噌作りとはまた、何とも贅沢な加護の使い方という気がするが……まあ、助かるのは間違いない。

 というわけで、みんなで作業台の上で体重をかけて豆を潰していく。

 手で体重をかけて潰したり、木蓋を用いて潰したりと、みんなで一斉に進めていけば作業もすぐに終わるだろう。


「ふむ、こういうのはどうかのう?」


 アウリアは一度レビテーションで浮いてから木蓋で押さえつけ、魔法を解除して体重をかけて潰したりと、色々工夫しているようだ。総じて、みんな楽しそうに作業している印象である。


 この工程が終われば既に出来上がっている麹と塩を混ぜ合わせ、桶に詰めて、落とし布、中蓋、重しを乗せてやればとりあえず味噌の仕込みは完了である。

 後は定期的に発酵促進の魔法を用いる桶と、魔法を用いずに自然に任せる桶を作り、出来上がりの味の違い等を見ていく……というわけだ。

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[良い点] お料理教室笑
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