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542 発酵実験の開始

「いやあ、今回も大量ですね」


 冒険者ギルドに素材を持ち込んで査定してもらう。ヘザーは持ち込まれた素材を見て、笑みを浮かべた。まあ、このへんはいつも通りということで、ヘザーも慣れたものというか、割合上機嫌に見える。


「割と大きな魔物の群れと遭遇しましたからね」

「まあ……普通は撤退する場面なのでしょうが。テオドールさん達が持ち込む素材は傷んでいる部分が少ないものが多いので、私達としても有り難いのです」


 んー。あまり個々の戦闘が長引いたりというのもないからだろうか。細かくダメージを与えたりしていると、毛皮などが必要以上に傷んでしまったりだとかもあるのかも知れない。

 ともあれ、今回は大きな魔石や貴重な素材などがあるわけではないので、実験に必要なカノンビーンズの豆砲弾と、肉やキノコなどの食料を必要な分だけこちらで引き取り、他の素材は売却するという形を取った。


 というわけで引き渡した素材の査定が終わるのをギルドの掲示板に張り出されている依頼書等を見ながら待っていると、討魔騎士団の面々が物資をギルドに運び込んできた。

 メルセディアが人員の指揮を取っているようだが、団員達の表情はリラックスしているようだ。窓の外にも他の人員が見える。畳んだ天幕等の荷物を運び出して馬車に積み込んでいるようだが……ふむ。


「これはテオドール様。それに皆様も」


 メルセディアが俺達に気付いて静かに一礼してくる。


「こんにちは、メルセディア卿。迷宮から引き揚げてきたというところでしょうか?」

「そうですね。野営の陣を畳んで、迷宮からの撤収が完了しました」

 メルセディアは笑みを浮かべる。ふむ。大きな問題もなく撤収完了か。


「となると、明日から休暇という形ですか」


 だから討魔騎士団の面々もリラックスというか、若干浮かれている様子なわけだ。樹氷の森での訓練は割合過酷だっただろうしな。


「はい。もう少し細かな仕事が残ってはいますが」


 メルセディアの場合は、ギルドへの素材売却がそれに当たるか。


「そうでしたか。無事に訓練完了ということで、何よりではありますね」

「ありがとうございます」


 そんなふうにメルセディアと言葉を交わしていると、エリオットやステファニア姫とアドリアーナ姫、それにコルリスとフラミア、討魔騎士団の主だった者達と共にウェルテスやエッケルスも窓の外の広場に姿を見せた。

 コルリスは鼻をひくつかせるとこちらを見やる。窓越しにコルリスと視線が合った。


 手を振って来たのでこちらも軽く手を振り返す。それからコルリスは隣にいるステファニア姫の袖を軽く爪の先で摘まむようにして、俺のことを主人に知らせていた。

 ステファニア姫もそれでこちらに気付いたらしい。窓越しに視線が合うと笑みを浮かべるのであった。





 みんなと共に、ギルドから広場に出て挨拶に向かう。アウリアも外にいる面々が面々なので挨拶に出てきていた。

 話を聞いてみると、撤収中の最後の最後のあたりになって魔物の小規模な一団が攻撃を仕掛けてきたらしく、それを石碑に近付けないようにエリオット他数名が殿を務めていたという話だ。

 まあ、こちらに連絡があったわけでもないし、話を聞いている限りでは襲撃といっても散発的なもので、対処可能な規模だったようではあるが。


「お怪我はありませんか? 必要でしたら治癒魔法を用いますが」


 アシュレイが言うと、エリオットは穏やかに目を細めた。


「ありがとう、アシュレイ。石碑の近くに陣取っていたし計画的に撤収したから、私も含め、大きな怪我をした者はいないよ」

「それは良かったです」


 エリオットはアシュレイに笑みを返すと、こちらに向き直る。


「ご無事で何よりです」

「ありがとうございます。これで陛下への顔も立つというものです」


 確かに。迷宮篭りの訓練と、損耗を抑えたスムーズな撤退ということで、討魔騎士団を預かる団長としては十分な成果と言えるだろう。


「そうですね。見たところまだ任務が残っていらっしゃるようですし、長話をしてしまうのも何ですが……訓練が無事に終わったということなら、そのお祝いもしたいところではありますね」

「それは……ありがとうございます。では、メルヴィン陛下への報告を済ませたら後程、そちらにご挨拶に伺います」

「分かりました。では、後程」


 そう答えると、エリオットは笑みを浮かべて頷き、討魔騎士団の面々に色々細かな指示を出したり、報告を受けたりといった仕事に戻る。


「あなた達も迷宮へ?」


 ステファニア姫が尋ねてくる。


「はい。幻霧渓谷へ発酵魔法の実験の材料を探しに行っていたのです」

「ああ。昨日工房で読んでいた魔術書の魔法ね」

「そうです。一応材料と必要な魔道具は揃っているのでこの後早速、作業を始めようと思っています」

「ふうむ。発酵か。というと、チーズやヨーグルトのような?」

「どうなるかは今のところは分かりませんが……ハルバロニスのカビを試してみようと」


 アウリアに答える。ステファニア姫達は感心したように頷いているが、さて。発酵食品開発ということになるが、3人は興味があるのだろうか。


「ええと。興味がおありでしたら見に来られますか?」

「それは面白そうだけれど。魔法の実験を見せてもらえるなんて、普通は滅多にない事なのだけれど良いのかしら?」


 アドリアーナ姫が少し目を丸くする。まあ、このへんの反応は魔術師は研究を秘匿するもの、という前提が頭にあるのかも知れない。


「いやあ。これは趣味のようなもので、術式も本に書かれているものですからね。目新しいと言えば使う素材ぐらいのものですから」


 それに、研究成果を盗んだりという顔触れでもないしな。言ってしまえば味噌作り醤油作りの様子を見に来るか、ぐらいのものだし、俺としても秘密の実験というわけではないのだ。俺の提案に、3人はそういうことならと嬉しそうに頷くのであった。




 ステファニア姫とアドリアーナ姫は一旦王城に向かい、迷宮から戻って来ていることをメルヴィン王に伝えてからこちらに来るそうだ。

 アウリアも……グランティオスに出かけている間に溜まっていた書類も片付いたそうで、現在では通常の業務に戻っているらしく、俺達と共に家に向かうことになった。


 豆を水につけたり発酵用の地下室を作ったりと言った下準備があるので……エリオットが訪ねてくるまでにそのへんの作業を進めていくとしよう。

 俺としては工程に魔法を用いた味噌や醤油と、なるべく魔法を用いずに自然の発酵に任せたものとの2種類を作って味を比べてみようなどと思っているのだが。さて、どうなることやら。


 味噌と醤油作りの工程については……一応頭の中にはある。

 当然、景久の記憶だ。小学校の時、味噌と醤油作りを体験してみようという課外授業をやったのだ。……まあ、本格的な職人の技術や知識とは言い難いが、手前味噌なんて言葉もあるわけだし、どうにかなるだろう。多分。

 一番の問題である麹カビについては入手できているわけだしな。

 というわけで家に帰ってから早速作業に掛かった。


「お手伝いできることはありますか?」


 グレイスが尋ねてくる。


「んー。そうだな。用意しておいた桶に水を張っておいてもらえるかな。俺はまずは新しく地下室を作って、そこに魔道具を設置したりしないといけないから」

「分かりました。では桶の準備が終わりましたら、今日取ってきた魔物の素材などを整理して保存しておきますね」

「ん。よろしく」


 というわけで、家の裏手に回り込んでそこからセラフィナと共に地下室を掘っていく。壁を固めて石化させ、土をゴーレムに変えて外に出して、手頃な大きさに拡張していく。

 導水管を敷設し、流しを作った上で、下水とも繋いで排水できる環境を整える。

 竈、換気用の空気穴等々、作業スペースと、さながら台所のような設備を整え、隣にも部屋を作っていく。こちらは貯蔵庫と、それから発酵作業を行うための部屋だ。

 貯蔵庫に収納スペースとなる棚を形成。発酵部屋を作り、空調の魔道具を設置する。魔道具の調整は……後でフォルセトと共にだな。


 このへんの地下室作りの作業も今まで色々作っているから慣れたものだ。最後に、用意しておいた木材と金属から扉や蝶番など各部屋の扉を形成し、設置していく。


「テオドール」


 と、戸口のところにローズマリーが顔を覗かせる。ラスノーテやフローリアも一緒のようだ。2人とも発酵魔法の実験に興味津々といった様子である。


「肉は貯蔵しておいたわ。桶の準備もできたけれど、進捗はどうかしら」

「ありがとう。もうこっちに運んでもらっていいよ」

「分かったわ」


 ローズマリーは頷くと、ラスノーテ達と共にみんなの所へ戻っていった。さて。ようやく準備完了といったところか。

 カノンビーンズの豆も大きさが大きさなので、細かくしてから水に浸したほうが良いのかも知れない。普通なら水に浸しておくだけで一日掛かってしまうところだが……水魔法と木魔法で浸透を早めることもできるわけだから、ふやかして煮て潰すところまでなら問題なく進められるのではないだろうか。

 まあ、そのあたり、予備も残しつつ比較実験しながら進めていくというのが良さそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] カノンビーンズをハーベス2号にジョブチェンジさせるのではなかったのか…
[良い点] またお祝いとか言い出した笑 ほんとにテオ坊は危機感がないですね。 無双物は主人公が強いのは当然ですが、やはり緊張感は持たせたほうが物語が引き締まると思います。 「それってあなたの感想で…
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