535 地下水田にて
水竜親子を伴って植物園に戻る。
3人とも植物園の光景が珍しいらしく、特に花妖精達の歓迎と、浮遊して移動するノーブルリーフの鉢植えに目を丸くしていた。
「外の世界は賑やかなものだな」
「ふふ、そうですねぇ」
と、仲睦まじげな様子のペルナスとインヴェルであるが、中々呑気な発言ではある。
「ん、おかえり」
「おかえりなさい、テオドール君」
「んー。ただいま」
植物園の見学をしていたミシェルが、シーラやイルムヒルト達と一緒に戻って来たところで、改めてマールと水竜親子、クラウディアに護衛として同行していたベリウスという面々を、ミシェルにそれぞれ紹介するという流れになる。
「水の精霊王マールと、僕の友人であるペルナスとインヴェル、ラスノーテです。それから……ベリウスは強面ですが、人の言葉も分かりますし、普段は大人しいので心配はいりません」
「は、はい」
ベリウスを見て目を丸くしたミシェルではあったが、当のベリウスは大人しく鎮座して尻尾を振っている。今回は威圧感を与えないようにということなのか、ミシェルに向かって笑い掛けたりはしないように気をつけてはいるようだ。
「さて、ええと……」
水竜親子については何と紹介したものか。ミシェルの人格的なところに問題はないが、水竜親子からしてみると初対面の人間ということになるし。2人を見ると、静かに頷く。
「彼女もこの場にいるということは、信用の置ける人物なのだろう?」
「はい」
ペルナスの問いに頷く。研究の几帳面さであるとか、シルン男爵領内での周辺住民からの評判、ノーブルリーフや精霊の懐き方などから判断すると、信用できる人物だと言える。
「でしたら、私達のことも話して構いません」
「分かりました。では……」
水竜親子に頷いて、ミシェルに向き直り、改めて紹介する。
「3人は人化の術を使っていますが、水竜の親子です」
「せ、精霊王様に、水竜さんですか。ミ、ミシェルと申します」
ミシェルは緊張した面持ちではあったが、先程から紹介されている面子が面子なので感覚が麻痺してしまっているところがあるようで。
「よろしくお願いしますね」
マールが手を差し出すと、ミシェルも握手に応じる。それを見た水竜の親子もそれぞれミシェルと握手をしていた。竜から人間の姿になるのは初めてということもあり、ラスノーテだけではなくペルナス達も含めて若干ぎこちなくはあったけれど、中々新鮮な感覚ではあるらしい。ペルナスは自分の手を握ったり開いたりしている。
さて。では、みんな揃ったところで地下水田へ向かうことにしよう。
稲苗の成長度合いは10センチほど。フォルセトによると丁度植え頃といったところらしい。
「これが、稲の苗ですか」
やはりミシェルは稲や水田が珍しいらしい。魔法の光が降り注ぐ水田の構造などをあちこち見て回り、それから稲の苗を収めた底の浅い箱をしげしげと観察していた。
「そうです。この種籾から発芽させ、育苗したものになります」
今日はミシェルにも色々説明をする必要があるので、種籾も持って来ている。
種籾を光に翳すように観察してから、ミシェルが言う。
「麦に似ているのですね」
「近縁種ではあると思います。麦もそうですが、面積当たりの収穫量が多い作物ですね」
「なるほど……」
と、ミシェルは真剣な表情で頷いている。
それから水田全体の様子を再度確認したところで、フォルセトの指導に従い作業をしていく。
まずは田んぼを均す作業がある。平らに均して、それから水を入れることでゴミなどを取り除く、ということらしい。まあ、地下水田なのでゴミはあまり出ないだろうが、手順としてということなのでそれに倣う。
土魔法で田んぼの泥を盛り返して平らに均していく。
「こんなところでしょうか?」
「はい。大丈夫だと思います」
フォルセトが田んぼに触れて頷いたところで、水門を猫の姿をしたカドケウスが尻尾を使って開く。水を入れて、頃合いを見て止める。
さてさて。ここからようやく田植えに移っていくわけだ。
「では、試してみましょうか」
ゴーレムでやってしまってもいいが、折角なので最初は手作業でもやってみよう。裸足になって上着を脱ぎ、袖を捲る。苗箱をレビテーションで浮かせてそこから苗を取って、縦のラインに沿って、一定間隔で田んぼに植えていく。
「間隔としてはこのぐらいでしょうか」
「そうです。丁度いい感じです」
フォルセトはそれを見て笑みを浮かべると、衣服の裾を縛って短く纏めると隣のラインに苗を植えていく。
「なるほど。では、お手伝いします」
アシュレイやミシェルもその作業風景を見て頷くと、袖と裾を短く纏めて、フォルセトと並んで田植えを始める。そうして、みんなもそれに加わった。
ステファニア姫達と精霊の面々、水竜親子、花妖精達も協力して苗を植えたりと、中々賑やかな作業になった。ピエトロも分身しているが、みんなで作業というところに重きを置いているからか、その数は控え目だ。
コルリスとベリウスは巨体なので水田に入るのは遠慮したようだが、田んぼの端っこの方なら立ち入らずに植えることもできる。コルリスは隅っこで器用に爪の先を用いて苗を植えたりしていた。ベリウスも同様に、尻尾を使って器用に苗を植えている。
「こういうのは、子供の時に一度体験させてもらった時以来だわ」
「私もだわ。普段は周りに止められてしまうもの」
ステファニア姫達も楽しそうな様子である。ふむ。メルヴィン王やエベルバート王は農作業の体験をさせたことがあるわけか。
「わたくし達の食卓に上るパンがどうやって作られているのか、その苦労は一度知っておくべき、という方針なのよね」
と、ローズマリーが2人の会話についての補足説明をすると、マルレーンもにこにことして頷く。
「なるほどね」
父さんもダリルに領民の暮らしを理解させる一環として同じようなことをしていたが、メルヴィン王達もそれと同じことをしているわけだ。
「ふうむ。人間達の営みというのはこういうものか」
「貴重な体験ですね」
その話を聞いたペルナスとインヴェルは思うところがあるらしい。ラスノーテも苗を光に翳すように掲げて、目を輝かせていた。
みんなで手分けして和やかな雰囲気の中で田植えをしていく。花妖精達も手伝ってくれたこともあって、それほど時間もかからずに全ての苗を植え終わった。
それから泥に塗れた手足と被毛などを用水路の水で洗い落とし、土魔法、水魔法で隅々まで綺麗にする。
「これは助かりますな」
と、魔法で手足の被毛についた泥をしっかり落とすと、ピエトロが笑みを浮かべた。
「まあ、手入れも大変だろうし」
手洗いなども一段落したところで、改めて水田を見やる。
「綺麗ですね。麦に似ているということは、収穫時期になると一面金色という感じになるのでしょうか」
「はい。もっと成長すると緑も綺麗に映えますし、収穫時期は仰る通り、風情がありますよ」
ミシェルが言うと、フォルセトが笑みを浮かべる。
魔法の光を浴びて、水田の上に稲の苗が規則正しく並んでいる様というのは、確かに綺麗ではあるか。自分達の作業の結果でもあるので一仕事やり終えたという感じもあるし。
「ここからはどうするのですか?」
と、グレイスが尋ねる。
「植えた稲が何かの原因で倒れたりしていないかだとか、食害する虫を避けたり他の植物が混ざっていないか、病気になっていないかという点に気を遣う必要があります。地下でも迷い込んで来る場合もありますから」
ハルバロニスだと、そのあたりの問題は通常より少なくはあるのだろうが、ゼロではないらしい。だとするなら、地下水田でも気を付けていくべき点ではあるだろう。
「それから……気温と水温の管理も重要ですね。ある程度育てば手もかからなくなるのですが、しばらくは注意深く見る必要があります。通常なら4ヶ月程で収穫できるでしょうか」
「そのあたりはハーベスタやみんなも頑張るって。私もこの子達が心配だから、きちんと見に来るわ」
フローリアが笑みを浮かべて言うと、ノーブルリーフ達と花妖精達が頷く。
……うん。かなり万全の態勢ではあるか。ノーブルリーフ達の協力を考えれば予定より早く収穫可能になるだろうとは思う。
フォルセトはフローリア達の言葉に頷くと、ミシェルに言った。
「そのあたりの手順や注意点は纏めて資料としてお渡ししますね」
「ありがとうございます。どうやら、本当なら結構気を遣わなければならない作物のようですね。外で育てるとなると、雨や風の影響もありますし……虫や病気も、よりいっそう気を付けなければならない点ではありますね」
「そうですね。地下水田は気温も水温も管理されていますが……。そのあたりはノーブルリーフの力で補えれば理想的かなとは考えていますが」
「ですね。一緒に置いておくと、かなり力強く成長するようですから」
と、あれこれとフォルセトとミシェルが言葉を交わす。
さて。田植えも一先ず無事完了した。ハルバロニスから持ってきた米もあるので、この後は家に帰って夕食時に試食会という流れになるか。




