534 植物園への集結
「ああ、これは――凄い」
ミシェルを植物園へと案内すると、彼女はその温室を見るなり、そんな感動の声を漏らした。
大きな硝子、中を飛び交う花妖精達に鉢植えごと飛んでいるノーブルリーフ、植えられている南方の植物群。環境を維持するための魔道具……と、あちこち忙しなく視線を巡らしては感心したような声を漏らしたりしている。
「こ、この植物は……! そう、そうです。図鑑で見たことが!」
と、かなりエキサイトしている様子である。
「まあ、気持ちは分かるわね」
ローズマリーが目を閉じて頷く。
うん。何というか……学者肌故に色々テンションが上がってしまうのも已む無しというところか。とりあえずはまだ精霊王達も姿を見せていないので内部の見学は自由にしてもらおう。
……と思っていたが、ふと我に返ったという感じでミシェルはこちらを見て、顔を真っ赤にした。
「す、すみません。珍しいものばかりで我を忘れてしまいまして」
「いえ。気にしないで下さい。まだ顔触れも揃っていませんし、地下水田の前に内部を見て回っていただいても構いませんよ」
「そ、そうですか?」
ミシェルは戸惑いながらも頷くが、割合嬉しそうにも見えた。そこに花妖精達が飛んできて、ミシェルの周囲を飛び回る。
「みんな、ミシェルが気に入ったみたい」
と、セラフィナが笑みを浮かべて妖精達の通訳をする。
元々花妖精達は友好的ではあるが、気に入られるというのは、ミシェルの雰囲気的なものか、それとも魔力資質的なものか。或いは職業的なところから花妖精達に感知できる何かしらがあるのかも知れない。
「ふふ……よろしくお願いします」
ミシェルが破顔して頷くと、花妖精達は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、みんな来たのね」
と、そこに地下からフローリアとフォルセトが顔を覗かせた。まずは……そうだな。ミシェルをフォルセトに紹介する必要があるだろう。
「フォルセトと申します。地下水田の環境構築をしていますので、今後は何かとお話する機会もあるかと思います。よろしくお願いします」
「ミシェルと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
水田の環境構築をした魔術師ということで、ミシェルは驚きながらもフォルセトに挨拶と握手を返した。
「稲と水田ですか。今まで聞いたことが無い植物なので、それも見せて頂くのが楽しみです」
「南方の地下で育てていた植物ですから。私達の祖先は、流浪の果てに何とか今暮らしている南方の土地に辿り着いたのですが、そこでは魔法で環境整備をしないと稲は育てられませんでしたので……。ですから、外で育てられるようにするのは、本来の姿に戻るということかも知れませんね」
と、フォルセトはハルバロニスについての詳細は伏せつつ稲についての説明を行っていく。
「となると、稲自体は南に元々あった物ではなく、別の土地から齎されたもの、ということになりますか。興味深いお話です」
「そうですね、どのあたりだったかまでは流石に記録が残っていないのですが」
ふむ。ハルバロニスの民は月から追放された形だからな。
地上の何処から月に稲が齎されたか。追放された場所との位置関係がどうなっていたか等々は流石に把握し切れていないところがあるようだ。
まあ、稲というと東の方からではないかと俺は思ってしまうところはあるが。そんな話をしていると、そこに更に人がやって来る。
「こんにちは、テオドール」
「王城から案内してきたわ」
「ありがとうございます、殿下」
ステファニア姫とアドリアーナ姫、コルリス達から護衛を受けた精霊王達だ。マールは……まだ到着していないか。とりあえず紹介ラッシュになってしまうが、ミシェルと引き合わせる必要もあるだろう。
「王女殿下と精霊王様とは……。知らぬこととは言えご無礼を……。ミシェルと申します」
と、やって来た面々を紹介すると、ミシェルはやや魂が抜けかけたような表情を浮かべたがそんなふうに自己紹介を返したのであった。
「よろしくね、ミシェル!」
「は、はい」
風の精霊王ルスキニアが屈託のない笑みを浮かべてミシェルの手を取る。
うん。ルスキニアはフレンドリーだし、緊張を解すのには丁度良いかも知れない。それを皮切りに、代わる代わるミシェルと笑みを浮かべて握手をしていく。
その流れでコルリスが手を差し出すと、ミシェルもそのままコルリスの爪の先を握って応じていた。差し出されるコルリスの爪やフラミアの尻尾とも当たり前のように握手していたが……このあたりに疑問を感じていないのは、感覚が麻痺してしまったのか、混乱から立ち直っていないのか。
「ふうむ。精霊達が懐いておる。良い魔術師のようじゃな」
地の精霊王プロフィオンがミシェルを見てそんなふうに言った。確かに……。片眼鏡で見ると、ミシェルの足元に顕現していない土の精霊が集まって来ていたりと、懐かれているのが分かる。魔力の波長にしろ何にしろというところだろう。妖精達が懐く理由も分かるというものだ。
そうやってミシェルに集まっている面々を紹介していると、通信機に連絡が入った。マールからだ。さて、人化の術の話はどうなったのやら。
通信機で、マールとの少々のやり取りをして、儀式場で落ち合うということになったので、ミシェルには元々面識のあるシーラ達に植物園の中を案内してもらい、その間に俺達が儀式場へマールを迎えにいくということになった。
儀式場に到着はしたものの、まだマール達はやって来ていない。クラウディアが転移魔法で迎えに行っているのだ。
程無くしてクラウディア達が光の柱と共に、儀式場に現れる。
「ただいま、テオドール」
「うん、おかえり」
光の中から現れたクラウディアが笑みを浮かべる。
「こんにちは、テオドール」
「こ、こんにちは……」
現れたのは、クラウディアとマールだけではなかった。
他に3人引き連れており……その内の1人は小さな女の子で、母親らしき人物の足元に隠れるようにこちらを窺いながらも、挨拶してくる。普通の声ではなく、耳に直接響くような、不思議な感覚があった。薄い青色の髪と、雪のように白い肌。深い海を思わせる青い瞳……という容姿の親子連れである。3人とも一様に丈の長いローブを身に纏っていた。
「こんにちは、マール。それにラスノーテ、かな?」
マールに挨拶を返し、その少女にも声をかけると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ということは、ペルナスさんと、インヴェルさんですね」
グレイスが笑みを浮かべて言うと、2人は穏やかな笑みを浮かべて頷く。
普通の人との違いはほとんど無いが耳の先の形が少し違っていたり、髪の間から角が伸びていたりする。ラスノーテも……よく見ると髪の間から短いながらも角が少しだけ覗いていたりする。
……ふむ。角はそれほど目立たないが、装飾品に紛れさせれば分からなくすることができるかな?
「マールからの話に、我等も色々考えたが……確かに、何時までも外の世界を恐れているわけにもいかぬ。まずは、その機会を作ってくれた君には、礼を言わせて欲しい」
「本来ならば外の世界を共に巡っていてもおかしくはない頃合いですからね。これ以上は……私達の我侭なのでしょう。申し出を有り難く思います」
ペルナスとインヴェルは俺を見ながら静かに言った。人化したからか、2人の話す言葉は普通の人間のものと同じだ。
「いえ……。解決策が人化の術というのも、もしかしたらあまり嬉しくなかったかも知れませんが」
「そんなことはない。友と同じ姿をすることに、何を恥じる必要があろうものか」
「そうですね。人化の術というのは初めてですが、色々新鮮で楽しんでいますよ」
「それなら良かったですが。ラスノーテには危険な事がないように、少しずつ知識をつけていってもらえればと思います」
ラスノーテも嬉しそうにアシュレイやマルレーンと手を取り合ったりと、割合人化の術にも馴染んできている様子だ。人化の術を使っている時の年齢的には、マルレーンに近い感じだろうか。
見た目の年齢が近いこともあってか、打ち解けてきている様子であるな。
「そう……。そうだな。魔光水脈の魔物達ぐらいなら一部の大物を除いてラスノーテでも問題はないが、我等共々、外の世界の知識に疎くなってしまっているところがある。君がそう言ってくれるなら我等としても安心だ」
ふむ。分類するならドラゴンパピーか。子供とは言え、戦闘能力は普通の魔物より遥かに高いというのは間違いないようだ。
「これから、水田の様子を見に行くとか?」
「そうですね。ご一緒にどうでしょうか?」
「是非もない」
「勿論です」
尋ねると、水竜の夫婦は笑みを浮かべるのであった。




