529 四大の精霊王
「ほう。この少年が……」
「七賢者の末裔……」
「確かに……。この鍛えられた魔力を見ればマールの話にも納得もできるが」
と、精霊王達は俺を間近まで来て覗き込んで来る。
いや。そう珍獣か新種でも発見したように見られても困るが。精霊王達が俺を見ているせいか、周囲に集まっている精霊達までこちらに注目してくるので、若干落ち着かない。少なくとも敵意や悪意めいたものは感じないから、特に不快というわけではないが。
何と言うか……3人とも嬉しそうにも見えるというか。
「みんな、落ち着いて下さい。まずは自己紹介からでしょう」
マールが言うと、3人は顔を見合わせ頷いてから一歩後ろに下がった。
「ふむ。儂はプロフィオンじゃ。地の精霊王とは言われておるがな」
「あたしはルスキニアっていうの。一応風の精霊王だよ。よろしくね」
「ラケルドだ。火の精霊王と言われている。よろしく頼む」
ええと。地の精霊王プロフィオン、風の精霊王ルスキニア、火の精霊王ラケルドか。
それに水の精霊王マールで四大精霊王揃い踏みということになるのだろうが。
「初めまして、テオドール=ガートナーと申します」
マールからある程度のことは聞いているのだろうが、まずはこちらの面々の紹介からだな。七賢者の末裔云々というのなら、メルヴィン王と一緒にやって来たジークムント老達もそうだし。
というわけで……儀式場に作った滞在施設内にある貴賓室に場所を移し、全員の肩書きと名前を紹介し終える。
精霊王達は案の定、シルヴァトリアの面々を紹介されると俺の時のように……とまではいかないが、反応を見せていた。
社会的な肩書きにあまり頓着しないというのはテフラやマールと同じだろう。となるとそれぞれ見た目や口調は違うが、明るい性格も共通しているかも知れない。
火の精霊王であるラケルドは、封印が作られた当時の国王であるイグナシウスや、それに仕える騎士であるラザロとも他の精霊王達よりも接点が多いらしい。まあ、2人は火の精霊殿に間借りしているわけだからそれも当然ではあるか。
とは言っても、精霊王達は元々七賢者の使役していた精霊であるし、イグナシウス達も精神の摩耗や変質を避けるために封印が解ける時期以外は眠っているわけだから、そこまで交流が多かったわけでもない、ということだそうだが。
「色々話をしたいことはあるかと思いますが、まずは約束のお話からでしょうか」
マールが言うと、おずおずとドミニクが椅子から立ち上がる。
「え、えっと」
精霊王揃い踏みなのでドミニクは緊張しているようだ。そんなドミニクのところまで飛んで行き、手を取って屈託のない笑みを浮かべたのは、風の精霊王ルスキニアだった。
ルスキニアはかなり小柄な少女の姿をしているが、風に舞うように宙に浮かんでいるので、それでドミニクと同じぐらいの目線である。
ドミニクは精霊王のほうから接触されるとは思っていなかったらしく、少し目を丸くした。
「うん。マールちゃんから話は聞いたよ。あたしや風の精霊達ももう、探し始めているからね」
「あ、ありがとうございます……!」
「無論、儂らもな。我等はそれぞれに力の及ぶ領域も異なる。より広い範囲を捜索することができるじゃろ」
「本命はやはり、ルスキニアや風の精霊達からの報告となるのだろうが。ハーピーの集落は高地であるからな」
頭を下げるドミニクに、プロフィオンとラケルドは、それぞれ穏やかな笑みと、野性味のある笑みを浮かべる。
ふむ。性格としてはプロフィオンが落ち着いており、ルスキニアは溌剌としていて、ラケルドが豪快、といったところだろうか。
マールはおっとりとしている感じなので、それぞれに性格も違うというわけだ。
「しかし、闇雲に探すというのも効率が悪いのでな。まずはハーピーの集落を見つけ出し、場所を把握していく方向で考えておる」
「精霊の声を聞ける住人がいるなら良いのですが……。そうでない場合は実際に私達が顕現する必要がありますからね」
「声が届くのであればその場で確かめ、そうでない集落に関しては直接足を運ぶというわけだ。絶対に見つけてやるなどと軽々には言わぬが、我等もできることはするつもりでいる」
と、精霊王達はドミニクの集落を見つけ出す具体的な方法や手順を教えてくれた。
確かに探してもらう側としてはそう言った情報を教えてもらっていた方が安心できるところはあるか。
「ありがとう……」
その言葉を受けたドミニクは……自分の胸の辺りに手を当てて目を閉じて、再び精霊王達にお礼を言う。それからこちらに向き直り、俺にも礼を言ってきた。
「テオドール君も、ありがとう。ユスティアのこともそうだけど。みんながこうして傍にいてくれるっていうだけでも、すごく嬉しいし、心強いんだ」
「ん……。そうかも知れないな」
ドミニクの言葉に頷く。集落の捜索がどうなるにしても、という部分は省いての言葉だろう。結果がどうあれこうして動いてくれただけでも嬉しいし、寂しくはないと。そういう意味が込められているように思えた。
ドミニクはイルムヒルトやユスティアに肩を抱かれたりして微笑みあっていたりと、仲の良さそうな様子である。腕組みしたシーラがその光景にうんうんと頷いていたりするが。
ふむ。今回のドミニクの故郷探しについて言うなら俺は何もしていないし、何か手伝えることがあればいいのだが。
「ええと。あちこちにある集落の場所を探し出した時点で、こちらに情報をいただく事はできますか?」
「できると思う。精霊の声を聞ける住人を探したり、その場所に顕現する準備をしたりするのも少し時間がかかるし」
ルスキニアの言葉に頷く。なるほど。では……。
「集落の場所が割り出せれば、そこからドミニクの記憶にある山の稜線の形、日の出、日の入りの位置などから、場所を特定できるかも知れませんね」
「……ああ、そっか。確かにそうだね」
と、ルスキニアは少し思案してから、俺の言いたいことを理解したのか、にこっと笑う。
集落の場所と地形をドミニクの記憶に照らし合わせることで、各集落での精霊との交信や顕現を省略して場所の特定が可能になる……かも知れない、というわけだ。
マルレーンからランタンを借りて、空中に風景の幻影を投射する。
「例えばこれは、西部の港町ウィスネイア周辺の景色ではありますが……おおよその地形や証言からこう言ったものを作り出してドミニクに見てもらうと」
ドミニクの記憶を喚起するのなら、ある程度の精度が必要になってくるだろうから、当てもなく虱潰しにというわけにもいかないが……集落の座標さえ割り出せれば、そこから見える景色――稜線などの再現に関しても、個々に凝ったものが作れるようになるだろうとは思う。
「なるほど。では、近隣諸国まで含めた、山岳地帯に関する地形図が必要であろうな。そういった資料は王城に保管されておるぞ。後で持ってこさせよう」
メルヴィン王が静かに言った。
「ありがとうございます」
普通なら軍事的に価値のあるものだ。ヴェルドガルもずっと平和が続いているために、そう言った諜報活動をしていたとしても転ばぬ先の杖と言ったところで、現状では無用の長物ではあったのだろうが……確かに捜索には使えるだろう。
「ふむ。これは思ったよりも早く見つかりそうだな」
ラケルドは、にやっと笑って頷いた。
さて。ドミニクの故郷探しについては、方法なども含めて色々道筋が付いたところはあるな。
「それと……あたし達はテオドールに会いたかったんだ」
「ああ、そう仰っていましたね」
ルスキニアにそう答えると、プロフィオンが言った。
「単なる興味本位というわけではないぞ。今、そなたらが七賢者と呼んでおる者達は、儂らの友人でもあってのう」
「友の遺した封印の行く末を、預けるに足る力と心の持ち主だと……マールの話を聞いて思えばこそ、我等も一度顔を見ておきたかったのだ」
「私達は……あの頃に比べれば力が大きくなり過ぎました。最早、矢面に立つことは難しいのです。どうか、あの人達の意思を受け継いで欲しいと……私達はそう願っています」
そしてマールは、5色の宝石が嵌ったアミュレットのようなものを俺に渡してくる。赤、青、緑、黄。そして台座の中央に透明な宝石が嵌っている。凄まじい魔力を秘めているのを感じるが……。
「これは……?」
「迷宮の宝珠には及びませんが、精霊の力を固めたものだと思ってください。これを託せる相手を、私達は探していました」
「四大の精霊の力を集めれば、それはいかなる場所であれ、その命を守る加護となる……ということだな」
「これは七賢者の受け売りじゃが、虚無の海を渡ることもできるとか」
虚無の海というのは……宇宙空間のことだろうか? となると、月にだって行ける、とか? その必要があるかどうかは現時点では分からないが。
「効果はテオドールが守ろうとしている人にもあるからね」
「ふふっ。テフラやフローリアの力も、上乗せされていると思いますよ」
と、ルスキニアとマールが言う。その言葉にテフラが笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとうございます。お預かりします」
何にしても……心強いのは間違いないな。大切に活用させてもらおう。




