526 迷宮奥での合流
「お怪我は?」
「我等は問題ありません。しかし聞いていた通り、迷宮の魔物は恐れを知りませんな」
「うむ。普通であれば途中で退くところではあるのでしょうが」
魔物の集団を片付けたところでウェルテスとエッケルスに声をかけると、2人はそんな感想を漏らす。んー。そのあたりは確かにな。
事前情報として知らせておいたから2人もそれを前提に戦っていたようだが。
「では、剥ぎ取りを進めてしまいましょう」
「はい」
2人は頷く。今回討魔騎士団と合流するまでに2人が仕留めた魔物の素材に関しては2人の物ということで話をしてある。売却して自由に使ってもらえばいいだろう。みんなで手分けして剥ぎ取りを行う傍らで、俺はベリウスのところへ向かう。
ベリウスは魔物を殲滅してみんなが剥ぎ取りを開始すると、周囲の警戒に移ったらしい。道に大人しく座りながらあちらこちらに視線を巡らしている。
ベリウスに関しては怪我などの心配がないぐらいに樹氷の森に出現する魔物を圧倒していたが……一応念のためということで手傷の有無を調べたり、筋肉組織や骨格に異常が出ていないか、内部に収納されている魔石などへの影響であるとか、現在の魔力の消耗の具合を見て、どの程度の活動時間があるのかを見ておかなければならない。
「ベリウス、ちょっと良いかな?」
と、声をかけるとベリウスは首を縦に振る。その背中に触れて循環錬気を用い、身体各所に異常がないか、今の戦闘でどの程度の魔力を消費したかを調べていく。
「どうかしらね?」
クラウディアが尋ねてくる。
ベリウスはにやりと口の端を歪ませて見せる。
「怪我はしてないし、筋肉と骨格にも異常はない……かな。魔力の消費も、これでまだ抑えられてるみたいだ」
「十分な戦果ではないかしらね」
ローズマリーが感心したように言った。戦闘が終わってから循環錬気で調べるまでの間にも魔力回復させているようだから……回復のペースから差し引いて考えても、深層でクラウディアや、後衛の護衛役を担うのなら十分な能力と言えよう。特に、不可視にして遊撃させるということを考えれば魔力が枯渇するという状況はかなり考えにくくなる。
迷宮の魔物はベリウスがいてもお構いなしに攻めてくるだろうが、あの火炎放射の火力や機動力を見せつけた上で不可視にしておけば、ベリウスの位置を探知できない者は迂闊に前に出ることすら難しくなるだろうしな。
とりあえず、ベリウスの戦闘能力や探知能力に関しては充分なものだと確認できた。では、剥ぎ取りを終わらせて、討魔騎士団との合流を目指して動いていくとしよう。
剥ぎ取りが終わったところで更に迷宮を奥へと進んでいく。
先程と同じようにベリウスが斥候、その後ろにウェルテスとエッケルスという形だ。ウェルテス達の体力に関しても魔法で回復させているので継戦に問題はない。
と……前を歩いていたベリウスが足を止め、首を巡らして木立の向こうを見やる。一瞬、また魔物の襲撃かとウェルテス達も身構えたが、少し様子が違った。
木立を挟んで向こう側――少し離れた場所で、大きな湯柱が立ち昇ったのだ。
間欠泉か。岩ミミズの仕業だろうが……そうなると討魔騎士団と交戦している可能性もある。
「討魔騎士団かも知れない。多分、戦闘中」
シーラが木立の向こうを見ながら言った。
「木立を抜けて助太刀に向かうか。あっちの状況が分からないし」
「承知しました」
そう言うと、ベリウスと、ウェルテス達も頷く。助太刀に割って入るならば行動は迅速に行うべきだ。
道を逸れて凍り付いた森の中を突っ切っていく。
すると――そこには大きな間欠泉と、その中心部から身体をもたげている岩ミミズがいた。周辺に魔物の集団。それと交戦する討魔騎士団達。
特筆すべきは岩ミミズの大きさだろう。前に樹氷の森に来た時に見たものよりかなり大きい。それが、身体を鞭のようにくねらせて、空中で結晶の鎧を纏ったコルリスと交差しながら切り結んでいる。
「はああっ!」
そして――エリオットとマンモスソルジャーが戦っている。裂帛の気合と共に、氷の鎧を纏ったエリオットが空中を走って突っ込めば、それをマンモスソルジャーが手にした蛮刀で迎え撃つ。
胴薙ぎにされた氷の鎧が砕け散るが――それはエリオットが先行させた氷の鎧だけで、中身がない。
砕け散った鎧――その後ろから巨大な氷槍が飛び出した。馬上槍というのも生易しい、破城槌のような槍を構えたエリオットが全身ごと飛び込んでマンモスソルジャーの身体を串刺しにする。そして身振りを交えながら討魔騎士団を鼓舞する。
「そのまま進め! 突撃用シールドを張って、熱湯を防ぎながら敵を間欠泉側へ押し込め!」
「はっ!」
エリオットの号令一下、討魔騎士団は前面に突撃用のマジックシールドを展開したまま、2段に重なるような隊列を組んで、それを乱さずに猛烈な勢いでスノーゴーレムを間欠泉へと押し込んでいく。
スクラムを組むような形でスノーゴーレム達に殺到し、一気に熱湯の中へとスノーゴーレムを叩き込んでいく。熱湯の中に放り込まれた雪だるま達は大慌てでもがいているが、間欠泉から逃れるのは討魔騎士団達が阻止している。すぐにドロドロに溶けて形を失っていった。それが岩ミミズの撒き散らす熱湯を弱める結果にも繋がるわけだ。
結晶の鎧を纏って岩ミミズと戦うコルリスへの支援でもあり、相手の数を減らすことにも繋がっている。
コルリスが巨大ミミズに結晶を纏った爪で斬撃を繰り出していく。結晶の鎧を纏っているコルリスなら熱湯攻撃の効果も薄いからという人選ではあろう。
熱湯では効果が薄いと見たか、人の頭ほどのある岩を間欠泉の中から飛ばしてコルリスに攻撃を加えるも、それを右に左にと器用に爪をシールドに引っ掛けてターンをしたり、軽快に飛び回って回避する。そしてコルリスの姿が2つに分かれた。
ミミズの注意が逸れたその一瞬に――そのまま勢いに乗せてコルリスがすれ違いざまに爪を一閃した。
ミミズの身体が半ばから断ち切られて崩れ落ちる。もう1人のコルリスが形を失い、炎となって中空に消える。あれは……フラミアの作った幻影か。
うーん。駆けつけてはみたものの、戦闘はほとんど決しているような有様ではあるな。残党にみんなで突っ込んでいって掃討を始めているが……。
ふむ。となれば、一応バロールとカドケウスに伏兵がいないか周囲を警戒させておくのが、ここでの俺の役割か。
「これは、テオドール卿」
戦闘が終わるとエリオットが一礼してくる。
「途中からですが、見事な手並みでした」
「ありがとうございます」
エリオットはそう言って笑みを浮かべて一礼した。
「野営地の近くに迷宮の魔物が陣を作っていたようなのです。あの巨大ミミズによる熱湯の援護射撃を行いながら本陣に攻撃を加えるつもりだったのでしょう」
……なるほど。迷宮魔物が集まっている相手に対抗するために策を練ってきたと。確かにあの大ミミズが木立の上に身体をもたげれば、熱湯を浴びせることもできるか。
初見殺しのトラップとして機能しなくなれば、大型化して迎撃や砲台に変化、というわけだ。まあ……今は倒されて、温泉のほとりに腰かけたコルリスに、おやつ代わりとでも言うように齧られてしまっているが。
「こんにちは、テオドール」
「これはステファニア殿下、アドリアーナ殿下」
と、ステファニア姫達もシオン達と共に姿を現す。こちらはプリズムディアーと戦っていたらしい。木立の向こうに鹿が転がっているのが見える。
魔物の残骸等から見るに、集まっていた敵団はかなりの規模だったように見えるが……熱湯の援護射撃有りという状況の中でそれを危なげなく下すあたり、討魔騎士団もかなりの戦力に仕上がって来ている感じではあるな。
「ともあれ……ウェルテス卿とエッケルス卿と同行してここまで来ました。魔物の一団と戦闘をしましたが、2人とも十分な実力かと」
「しかし、我等はまだ魔道具に習熟しておりません」
「ここでの訓練に加わり、きっちりと空中戦を行えるようになりたいと考えております」
2人の言葉に、エリオットは満足そうに頷く。
「それは心強い。では、剥ぎ取りを終えたら一旦野営地に戻り、初対面の者達にも、お2人とベリウスを紹介するところから始めましょうか」




