524 仔竜と外の世界
「砂漠って……どんなところ?」
「雨がほとんど降らなくて、水が少ない場所なんだ。砂浜がずっと陸地の奥まで続いていると思ってくれればいいかな。昼は暑くて、夜は寒くなる」
「水が少ない……」
イルムヒルトのリュートを聴きながら、色々とラスノーテに話をして聞かせる。俺の話の内容に合わせるように曲を変えてくれたりするので、案外臨場感があるというか。
音楽的な演出もあり、砂漠の話もラスノーテにとっては想像の外であったらしく、話に引き込まれている様子である。
水竜であれば、生活環境が違い過ぎるから、普通は訪れることのない場所だろうとは思うが。
「まあ、海の住人だと足を運ぶ事はないかも知れないけどね。過酷な場所なのは間違いないけれど、そこでも生き物はちゃんといるし、人間だって水源を拠点にして頑張ってる」
「すごいんだね」
そこで生きている人達はこんな格好をしていて駱駝に乗って移動するだとか、駱駝はこんな姿をしているだとか、どんな魔物が生息しているだとか……土魔法で模型を作って、実際に駱駝の模型を動かしてみたりと話をしていく。
ペルナスやインヴェルの心情を考えれば、あまり外の世界を魅力的に話し過ぎると、後で困らせてしまう、ということも考えられる。
なので、ある程度はそれぞれの土地の魅力も伝えつつ、注意しなければならない点も付け加えるなど……どちらかというと実用的というか、現実的な内容になってしまったことは否めない。
「ん。面白い」
と、シーラが頷く。うん。シーラとしてはこういう実用的な話は色々参考になるのかも知れない。
水竜夫婦も何も言わないから、方向性としては間違っていないのではないだろうかと思うが。というより、こちらもみんなやエルドレーネ女王達と共に感心したように聞いているから、割合好評ということだろうか。
砂漠の話の次はグランティオスの話が良いかも知れないな。この前見て来たばかりだし、住人達も実際そこにいるので、色々と話が聞けるかも知れない。
「水蜘蛛達は小さい時から海草を与えて育てるのだ。見た目は奇妙だが、案外慣れると可愛いものなのだぞ」
と、エルドレーネ女王と共にグランティオスの話を掘り下げる。
「水蜘蛛から糸を取るのは、中々に根気のいる作業でしてな。普段はマーメイドやセイレーンが世話をすることが多いのですが、水蜘蛛が糸を多く吐き出す時期には我等も手伝うのです」
ウェルテスが言う。ふむ。ウェルテス達が糸を巻き取っている姿は想像しにくいものがあるが。となると、グランティオスの民となったからには、いずれはエッケルス達もその作業に加わることになるのかも知れない。
話の内容としてはグランティオスの普段の暮らしだろうか。水蜘蛛の糸の生産は養蚕によく似ている気がする。
桑畑ではなく海草を養殖して育て、それを餌として与える。水蜘蛛はそれを食べて糸をせっせと産出するというわけだ。草食の蜘蛛というのも珍しいが……見た目が蜘蛛に似ているだけで生物学的には別種の生き物なのかも知れない。俺が知らないだけで雑食や草食性の蜘蛛もいるということも有り得るが。
蚕と似ているのは水蜘蛛も大人しくて鈍いので、野生では生きていけないという点だろうか。人魚達から大事にされているというのも一緒らしい。
水蜘蛛の姿はBFOでも目にしていないのだが、本の挿絵では見ている。なのでそれを参考にして模型を作り、細部についてはエルドレーネ女王に修正を加えてもらった。
ハエトリグモのように目が大きく、動きがゆっくりで大人しいというので、見慣れると可愛いというのも分かるような気がする。
そんな調子でグランティオスの話を終えたところで、水竜達との交流もお開きとなった。
お土産としてラスノーテが気に入った動物の模型などを残しておくか。地上の生き物を何種類かと言ったところだ。猫、犬、駱駝に水蜘蛛、それに土竜。
……うん。土竜は特殊な例ではあるが。
「ありがとう、嬉しい。大事にするね」
模型を渡すとラスノーテは目を細めた。
「楽しんで貰えたなら良かったけど」
「うん。楽しかった」
ラスノーテは素直に頷き、にこにこと笑みを浮かべるマルレーンと顔を見合わせて笑い合っている様子だ。
「我等も外に出ないから楽しめた。君は色々と考えながら話をしてくれていたようではあるしな」
「またいつでも遊びに来てください。グランティオスの皆さんも、テオドールさん達も歓迎しますよ」
そんなふうに水竜親子からお礼を言われる。
「そうですね。ではまた、遊びに来ます」
そう答えると親子は頷いた。みんなでお別れを言って、見送られて水の精霊殿を後にするのであった。
「今日はまた助けられてしまったな。いずれ、礼は必ずしよう」
そして――クラウディアの転移によって迷宮入口の石碑に戻ってから、エルドレーネ女王をギルドへと送っていく。その道すがら、エルドレーネ女王が穏やかに微笑みながら言った。
「いえ。水竜親子はクラウディアの大切な友人なので。グランティオスと関係がこじれてしまうというのも、見たくはありませんから」
「そうか……。うむ」
そう言って頷き、女王がクラウディア達にも礼を言う。
「あの子達もお客が沢山来て楽しそうだったわ。グランティオスの人達とも仲良くしていってくれるのではないかしらね」
クラウディアは目を閉じて、口元に笑みを浮かべた。
まあ、今回の面会に関しては水竜達側だけでなく、エッケルスやギムノスにも良い影響があったのではないかと思う。いざという時にエルドレーネ女王が何を考えてどう動くのかというのを、目の前で見れたわけだしな。部族を纏めるために戻るギムノスも、安心して自分の仕事に専念できるだろう。
エッケルス達は元々裏切りはしないのだろうが、それは性格上の話、立場上という部分に拠るものでもあった。
だが、部族のためにというところから更に一歩踏み込んだところで自分の仕事に邁進することができるのではないだろうか。
それにこの話はエッケルスやギムノスを通して他の者達――特に元親衛隊の面々にも伝わるはずだ。そうなればエッケルスの部族も全体が協力的になっていくだろうし、エッケルスの話から推測すると次世代は瘴気の影響が抜けるのも予想される。良い傾向ではないかと思う。
そうして月神殿を出てギルドに到着する。
「これはエルドレーネ女王陛下。テオドールさん達も」
受付嬢のヘザーが笑みを浮かべる。
「こんにちは、ヘザーさん」
「はい、こんにちは」
挨拶を交わすと、ヘザーが一礼して席を立つ。アウリアを呼んでくる、とのことだ。
「いや、実はギルド長殿と約束をしていてな。どこかに出かけるというわけではないが、部屋で茶を飲んだり、チェスを指したりしながら、色々話をしようということになっているのだ」
「そうなんですか?」
「うむ。なので、迷宮の訓練から戻ってくるまではギルドで過ごす予定ではあるかな」
なるほど。エルドレーネ女王も肩の荷が降りたところだしな。のんびりとギルドで羽を伸ばして貰えればいいのだが。アウリアと一緒ならまあ、そのあたり気軽に過ごせそうだし、安心でもあるかな。
程無くしてアウリアがやって来る。エルドレーネ女王に歓迎の挨拶をしてから、俺にも声をかけてきた。
「ふうむ。テオドールはこれからまた迷宮かの。一緒なら楽しかったのだがのう」
と、若干残念そうな様子だ。軽く苦笑してそれに答える。
「そうですね。ベリウスの戦闘訓練などがありますので」
「うむ……。そなたは迷宮に慣れているし、姫様達や討魔騎士団も一緒とは言え、怪我をしないように気を付けるのだぞ」
「ありがとうございます」
そうだな。慣れているからと油断していると思わぬ怪我をするということもあるし。
ステファニア姫とアドリアーナ姫も討魔騎士団と共に迷宮に降りているようだな。となると、コルリスやフラミアも一緒だろう。
また後でギルドに迎えに来るということで、エルドレーネ女王とアウリア、ヘザー達に見送られて迷宮入口へと取って返す。では……樹氷の森へ向かうとしよう。
「準備は良いですか?」
「はい。いつでも大丈夫です」
「同じく」
と、頷くウェルテスとエッケルス。
ちなみに訓練に参加しないギムノスはエルドレーネ女王の護衛として地上に残る。
討魔騎士団が訓練キャンプにしている樹氷の森については、レクチャーを既にしてある。冷気対策と赤転界石も持っているので単独行動をしなければ問題はあるまい。
ベリウスもやる気十分なようで、口の端をにやりと歪ませて尻尾を振っている。戦意は充分というところだな。ベリウスに関してはスペックの高さが予想されるので、やり過ぎないようにある程度注視しておく必要があるか。まあ、クラウディアの護衛役でもあるのでそこまで無茶はしないかなとは思うのだが。
共に入口の石碑から樹氷の森へと飛ぶ。
光が収まれば――相変わらずの光景が広がっていた。氷に覆われた地面と木々が織りなす、凍てついた白い森だ。
「これが迷宮の中とは……」
エッケルスは周囲を見回して唸っている。魔光水脈は、水中洞窟という雰囲気だったからな。ここに比べればかなり迷宮内部という雰囲気が強かったが、ここは迷宮内部に存在する森なのでエッケルスの反応も分かる。
かたやベリウスは落ち着いたものだ。
迷宮育ちだしな。テリトリーが違っても深層よりは浅い階層ではあるし。
「さて。まずは討魔騎士団と合流かしらね」
「そうだな。月齢が変わったから、野営地が少し奥まった場所になったらしい」
ローズマリーの言葉に頷く。そこに行くまでに魔物に遭遇する可能性もあるだろうが、ウェルテスとエッケルスは既に思考を戦闘用に切り替えているらしく、周囲を油断なく警戒していた。
「ある程度の怪我は治せますが、勝手が分かるまでは無理をしないようにして下さい」
「分かりました」
2人はアシュレイの言葉に頷く。
では、2人の陸上での実力と、ベリウスの能力を見つつ進んでいくとしよう。何か危険があったら俺達がフォローに回る形でバックアップするということで。




