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523 水竜と人魚の女王と

「どうやらラスノーテも君のことが気になるようだ」


 ペルナスが言う。小さな水竜はラスノーテと言うらしい。

 しばらくそうしていたがラスノーテがそっと離れていく。数拍の間を置いてからペルナスとインヴェルを見上げて尋ねた。


「では……エルドレーネ女王陛下とエッケルス達を紹介しても良いでしょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 インヴェルが目を閉じてこくんと首を縦に振った。

 その言葉を受けて、水の精霊殿の前までみんなを迎えに行く。精霊殿まで続く細い道を抜けて、みんなのいる魔光水脈の広場へと向かう。


「ただいま」

「おかえりなさい、2人とも」

「ええ。ありがとう」


 と、クラウディアに礼を言われて、グレイスが穏やかに頷く。


「お話はどうなりましたか?」

「うん。水竜の親子は前に会った時と変わらずだね。みんなとも会って話をするって」


 少し心配そうなアシュレイに問われてそう答えると、彼女は微笑みを浮かべて頷いた。

 前と変わらずと聞いて、仲間達の表情にも安堵の色が混ざる。みんなは水竜と面識があるしな。

 と言っても……エルドレーネ女王とエッケルス達の表情には依然緊張感があったが。

 だが、それで良いのだと思う。面会のための仲介役として道筋をつけはしたが、その後はエルドレーネ女王達の言葉で語るべきことなのだから。今の時点では、あまり多くを語るべきではあるまい。


「準備は良いですか?」


 そう尋ねると、エルドレーネ女王は大きく深呼吸を1つしてから、答える。


「妾はな。そなたらは?」

「はっ。何時でも問題ありません」

「よし。では参ろうか」


 みんなと共に道を取って返し、水の精霊殿へと戻る。

 エルドレーネ女王達が精霊殿に来るのは初めてのことではあったが、その光景に見惚れていられたのは一瞬だけのこと。すぐに水竜親子に気付いて、エルドレーネ女王達は深くお辞儀をする。

 エルドレーネ女王は内心はともかく、動揺は表に出さないようにしているのかも知れない。或いは――女王としての責務がそうさせるのか。


「お初にお目に掛かります。グランティオスの民を束ねております、エルドレーネと申します。テオドール殿に引き合わせを頼んでしまったことのご無礼をお許しください」

「我はペルナスという。テオドールとしても、ヴェルドガル王家に配慮した結果であろう。その点については気にする必要はない」

「ありがとうございます」

「インヴェルと言います。この子は娘のラスノーテです」


 エルドレーネ女王が名を名乗り、ペルナスとインヴェルが答える。エルドレーネ女王が、同行した武官達を紹介する。


「武官のウェルテス。それからエッケルスとギムノスです」


 武官達もそれぞれに紹介されると、一礼して名を名乗り――それからエッケルスとギムノスはその場に片膝をついて腰を折る。


「エッケルスとギムノス。そう……。あなた達ですね」

「はい。拝謁をお許しいただけたことを感謝しております」


 そのままの体勢でエッケルスは答える。


「さて。どうしたものか。我等の意向に従うとは聞いているが……。そうだな。まずは今の考えなどを聞かせてもらえるだろうか?」

「元より……私は慈悲により永らえた身です。魔人の下で槍を振るっていたことに間違いはなく、親衛隊長という立場からも、責任のある身だと理解しております。罰を与えられたとしても、それは然るべき報いなのかも知れません。しかし……」

「しかし?」

「今は、グランティオスに仕える身です。ですから、この身がグランティオスの信頼に傷をつけてしまうのならば、その信頼を取り戻さねばなりません」

「……なるほどな」


 そんなエッケルスの返答に、ペルナスは目を閉じる。確かに……エッケルスは眷属達としての立場で見るなら敗軍の将であり、現状の元眷属達の中では一番上の立場ではある。

 上役が戦死してしまっているからというところはあるが、あの将軍の口振りなどからすると方針にまで口出しできる立場だったようには思えない。

 そして今は、グランティオスに仕える者として、か。女王の慈悲に感謝しているというのは間違いないのだろう。


 と、そこでエルドレーネ女王が一歩前に出た。


「彼らを受け入れたのは、妾の判断です。そしてグランティオスの民に妾にはできうる限りの庇護を与える義務があります。ですから……その責は妾こそが問われるべきではありましょう」

「へ、陛下……」


 エッケルスとギムノスは、エルドレーネ女王の言葉に目を丸くした。ウェルテスと、ペルナス、インヴェルもこれには驚いたようだ。

 だが……ペルナスは首を横に振った。


「いや……。罰だとか責を問うだとか、そういう話をしたいのではないのだ。確かに我等は魔人に因縁がある。しかし、ウォルドムやオーベルクを知らぬのであれば、その罰を求めるのは我等の役割ではなかろう」

「そうですね。ましてや、あなた達は今や、別の道を歩き出そうとしている。そこに横槍を入れるような真似をしたくありません。私達はただ……大切な友人の隣に魔人に仕えていた者がいると聞いて心配しただけなのです。ですから、その者を直接見て、考えを聞いておきたかった」


 インヴェルがエルドレーネ女王と、後ろに控えるエッケルス達を見て言った。


「そしてその覚悟、しかと見せてもらった。今の言葉が守られることを願っている」

「顔を上げて立ち上がって下さい。私達はグランティオスの民を歓迎しますよ」


 そしてペルナスとインヴェルは目を細める。印象からすると、柔らかく笑ったようであった。




 ――というわけで、水竜親子とエルドレーネ女王達の面会については、落ち着くべきところに落ち着いたという感じだろうか。


 エルドレーネ女王は人化の術を解いて人魚としての本来の姿を見せると、岸辺に座ってグランティオスの様子や慈母の話であるとか、俺達との出会いからウォルドムとの戦いに至るまでの話など、色々なことをペルナス達に聞かせていた。


「外ではそんなことがあったか……。我等は迷宮に篭っているから、世事に疎くなっていかんな」

「マールにも会いたいですね。私達は休眠していたので、久しぶりというのとは少し感覚が違いますが」


 2人は興味深そうにエルドレーネ女王の話に耳を傾けていた。ふむ。やはり、マールとも知り合いだったりするわけだ。宝珠の封印に関わる者同士だしな。


「次にお会いした時に、マールには話をしておきます」

「それは助かります」


 俺の言葉にインヴェルが楽しそうな声色で頷く。


「私も、マールに会いたいな」


 と、少し舌足らずな印象の声が響く。普通の声ではなく、ペルナスやインヴェルと同じように、周囲に響くような声だ。恐らくはラスノーテのものだろう。

 ラスノーテに視線を向けると、少し気恥ずかしそうに言う。


「人と喋る魔法……まだ覚えたばかりであまり上手くないの。変じゃない?」

「そんなことはないよ」


 そう答えると、ラスノーテは嬉しそうに目を細めた。

 ラスノーテは人見知りをする性格なのか、人が増えておっかなびっくりといった様子でインヴェルの陰に隠れたりしていたが、段々と慣れて来た様子ではあるか。


 しかし、なるほど。魔法を用いて話をしたりしていたわけだ。ラスノーテは人見知りする性格と、魔法を覚えたばかりという背景もあって、今まで喋らずにいたのかも知れない。


「我等が普通に君達に合わせて人語を話すのは、些か疲れるのでな。身体が大きい分、声の大きさも調整しなければならぬし」

「ラスノーテはまだ小さいからその必要はありませんが、普通に話すにも、どちらにしても練習しなければなりませんからね」


 と、水竜夫婦が言う。

 身体の構造が人語を操るのには適していない、と。意思疎通は魔法を用いて行えるのだから、そちらを最初から覚えたほうが良いということなのだろう。


「ラスノーテは、外にも興味があるようでな。我等は迷宮を出てもあまり遠くまでは行かぬが、ラスノーテはいずれ独り立ちする時が来るであろう。色々と話を聞かせてやってくれると我等も助かる」

「そういうことでしたら、喜んで」


 ヴェルドガル国内のことやシルヴァトリアにバハルザードなど、割とバリエーション豊かに旅もしているしな。話すネタには事欠かない。


 この後の予定もあるが、俺としてはもう少しここで交流しておきたいところでもある。グランティオスと、水竜の信頼関係の構築という大事な時間でもあるし。


「この子はマルレーンよ。私はローズマリー。マリーと呼んでくれると嬉しいわ」

「ラスノーテ……っていうの」

「ん。シーラっていう」

「セラフィナだよ」


 マルレーンがラスノーテにスカートの裾を摘まんで挨拶したり、言葉を話さないマルレーンに代わってローズマリーがマルレーンの名前を紹介したりと、互いに自己紹介をしている。


 そして……ラスノーテに対して互いの自己紹介が済んだところで、イルムヒルトがリュートを奏で出すと、ラスノーテは少し驚いたように目を瞬かせるのであった。

 ふむ。グランティオスと水竜の友好関係を築く場ということでリュートを持ってきたが……ラスノーテの反応を見ると、どうやら正解だったようだな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり娘であったか。 最低でも同行、状況次第でノミネート。 この作品なら有り得るか。 [一言] 天然タラシになりつつあるね。 もうなってるか。
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