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522 水竜と異界大使の語らい

「ん……。そうだ」

「何か?」

「いえ。水竜と魔人の間に因縁があるのですが……ウォルドム達が直接水竜に関わっている可能性もあるかなと」


 ウォルドム個人を考えるとあまり人質を取るような性格では無いような気もするが……可能性はゼロではないだろう。

 エッケルスやギムノスがあまりそういった手を好む性格ではないから失念していたというか。水竜絡みの話が出てもエッケルス達は特に反応していなかったし、水竜と話した時も海王であるとか眷属の話も出ていなかったが……そのあたりは実際どうなのか確認しておく必要があるだろう。


「なるほど……。それは確かに、先に考えておかねばならんことではあるな」


 このへんの事情をクラウディアは知っているのだろうか。視線を向けると静かに目を閉じる。


「直接の仇は既にペルナスとインヴェルが倒しているという話ではあるわね」


 水竜夫婦――ペルナスとインヴェルは盟主についてある程度の情報を知っていた。ウォルドムは盟主が封じられた後になってから海王として活動を開始したので、年代はどうなのだろうか。

 このあたりは、エッケルスに聞けば分かるが――。

 ……いや、そうじゃないな。

 直接の関わりがなかったにしても、魔人の配下であったことを水竜がどう思うかだろう。

 魔人全部が敵、協力者も許せないとまで言われたら、俺としてもそれを否定はできないし。


 だが、そもそもエッケルスについてだって、その背景を詳しく知っているわけではない。どこまでを敵と見做し、そのどこまでを許さないのか。そのあたりは当事者でなければ何とも言えないところではある。


 少なくとも味方である水竜の夫婦――ペルナスとインヴェルには話を伏せておくという選択肢はない……と、俺は思う。

 グランティオスと友好関係を築く以上は、隠さず現状を話した上で水竜の気持ちを確認するべきだろうし、エッケルスも責任の一端があるのなら、そのことは受け止めていかなければならない。それは通さなければならない筋だ。

 差し当たっては――まずエッケルスとギムノスに話を聞いてみるべきだろう。




「そう……でしたか」


 エッケルスとギムノスは水竜の事情を聞くと静かに頷いた。場所は冒険者ギルドの一室だ。部屋を借り、落ち着ける場所で話を聞いてみることにした。


「まずその話ですが……私は眷属達の中では古参の部類ではありますが、聞いたことがありません」

「同じく……親衛隊は直属の兵。全体の動きを知り得る立場にありますが……」


 と、2人は言う。しかしエッケルスは首を横に振った。


「しかし、だからと言ってそれで済むと考えるのは虫の良い話でしょう。これから先も我が部族が受け止め、考えていかなければならないことです」


 それは……確かにな。今後もエッケルスと彼らの部族に付いて回る話だろう。


「慈母の時代に地上で何があったか、年代を知っておきたいところではあるわね」


 ローズマリーが言うと、エルドレーネ女王は少し思案してから答える。


「それならば……シルヴァトリアが建国した頃であったはずだ。慈母の逸話の中にシルヴァトリアとの交易の話も出てくる」


 グランティオスからだと……シルヴァトリアの南方との交易もできる位置ではあるか。水竜は盟主を倒して封印が築かれようという頃に傷付いていたのを保護されたということになる。


 ベリオンドーラは建国してから魔法王国として名を広め、そして滅ぼされた。その後逃げのびた者達がシルヴァトリアを建国し、ウォルドムが海王として活動し出したのはその頃、ということになるか。

 かなり年代に差が開いているな。直接の仇は倒していて、年代も違うが、そもそも魔人に年代はあまり関係ないとも言える。

 ウォルドムとオーベルクの顔は覚えているので、そのあたりは水竜に対しての確認も容易ではあるが。


 では、確認するべきことはもう1つ――。


「そもそも、ウォルドムとはどこで出会ったのです?」

「かつての主君は……そう。様々な魔物を併呑し、恭順をするならば術により力を与える、海王の眷属として迎えると言われたそうです。そうしない場合、海王に対する不敬により、魔に堕ちるだろう、と。その頃は、私はまだほんの若輩ではありましたので、後で聞いたことですが」


 なるほど。ウォルドムが魔物を力で従えていったということか。

 ウォルドム一派もかなり多種族だったしな。このへん、グランティオスの統治方法をウォルドムなりに踏襲しているように思える。水の浄化をして魔に堕ちることのない環境を与えるか、それとも眷属として術を用いて力を与えるのかだ。となると……。


「……親衛隊はエッケルス卿やギムノス卿と同世代かその上ばかりで、その下の世代は気性の荒い者が多かったのでは?」


 推論を口にすると、エッケルスは少し思案するように顎に手をやってから初めて気づいたというように不思議そうに頷いた。


「そう、かも知れません」


 なるほど。これで眷属達の性格の違いにも納得がいった。

 魔物が環境魔力次第で魔に堕ちるということは、間近で魔人に接することになるような一族の子供など、片っ端からそうなっていてもおかしくは無い。特に、新しく生まれてくる世代には影響が大きいだろう。

 それを防ぐためにも術を用いての眷属化が必要なのだろうが、物心がついているかどうかの境目で、眷属化の術式の結果にも違いが出るというのは有り得る。例えば、気性が荒くなったり、精神に変化が出たりだとか。


 魔に堕ちた魔物をコントロールする手段があったとしても、そうでない者達のほうが命令をしやすかったりするのは間違いないはずだ。

 ウォルドムが親衛隊を作って訓練させていたことからも、優秀で忠実な配下を欲しがっていたことが窺える。技を伝授したりまでしていたようだしな。


 ともかく、魔人に率いられたといっても、力で恭順を求められて統率を受けたこと、魔に堕ちないために眷属化が必要だったことを考えれば、俺個人の見解としてはエッケルス達に責任を問うのは難しいような気もする。だが、そこを判断するのは俺ではあるまい。あくまでペルナスとインヴェルの2人だ。


 竜は色々と物差しというか尺度が違う生き物だ。どう答えるかは分からないところがあるが……そう言ったことの橋渡しも俺の仕事ではあるのだろうし、方針も今の話で決まってきた部分はある。

 エルドレーネ女王とエッケルスについてはまず、水の精霊殿の外で待機してもらい、それからグランティオスについての現状を話してみて、向こうの意向に合わせるというのが良いのではないだろうか。


「……話は分かりました。水竜夫婦には、僕から話をしますので、精霊殿の外でお待ちいただけますか?」

「しかしそれは――」


 俺の言葉に、エルドレーネ女王とエッケルス達は何かを言おうとしたが、その前に首を振る。


「危険性がある場所に賓客をお連れしたとなれば、僕の立つ瀬がありません」

「それは……むう」


 まあ、俺の立場上からの話などというのは方便ではある。こうでも言わないと、エルドレーネ女王やエッケルス達は不誠実ではないかと考えてしまうタイプだろうしな。待っていてもらうにも、俺の立場をダシにしたほうが説得しやすい。


「私は、テオドールと一緒に行くわ。あの2人は、友人だから」


 クラウディアは迷いなく言う。友人、か。そうだな。


「グレイス達は、待たせている間、陛下の護衛に回ってもらっても良いかな?」

「分かりました。お気をつけて」


 グレイスは俺の目を見て静かに頷くのであった。




 エルドレーネ女王と連れ立って、石碑の前に立ち――そして水の精霊殿の前まで飛んだ。


 光に包まれ――その一瞬後に、周囲の空気が変わる。水の精霊殿の前の広場は、相変わらずであった。俺とアルヴェリンデの戦闘の痕跡も修復されて、何も残っていない。ただ静かに水の流れる音が響き、精霊殿へと通じる門が口を開けている。


「すまぬな、また妾のことで面倒を」

「いえ、僕の立場をご理解いただけて嬉しく思います。心苦しいかとは思いますが、お待ち下さい」


 エルドレーネ女王はヴェルドガルにとって賓客も賓客である以上、水竜の意向を確認しないまま引き合わせるというわけにもいくまい。


「それじゃあ――話をしてくる」

「お気をつけて、テオ」

「クラウディア様も、お気をつけて」

「行ってくるわ」


 門をくぐり通路を抜けて――そして水の精霊殿の区画内部へと立ち入る。


 精霊殿の美しさも相変わらずだ。光り輝く水晶が突き出した壁と天井。そして透明度が恐ろしく高い、生命の満ち溢れた地底湖。吸い込まれそうな光景だ。


 その深みが、揺らぐ。珊瑚と海草を背中に生やした水竜の夫婦が浮上してきて――水面に顔を出し、俺達と向き合った。


「久しいな、クラウディア、そしてテオドール」

「よく来てくれましたね、お2人とも」


 夫のペルナスと、妻のインヴェル。俺の名前も憶えていてくれたらしい。子供がもう1人いたはずだが……と思っていると、近くの湖面に顔を出して、ぺこりとお辞儀をしてきた。


「元気そうでなによりだわ」

「お久しぶりです」


 と、こちらも挨拶をする。


「前よりも更に魔力の輝きが増していますね」

「ありがとうございます」

「今日ここに足を運んだということは……我等にまた何か用かな? 鱗が必要ならばまた持ってくるが」

「いえ。そういうわけではありません。今日は話をしたいことがあって足を運んだのです」

「ふむ?」


 と首を傾げるペルナス。


「私達は、西の海に行ってきたのだけれど。そこで人魚達に率いられたグランティオスの民と海王を名乗り魔物を率いていた魔人一派と出会ったの」

「グランティオスとは友好的な関係となり、反対に魔人達とは戦闘になりました。魔人は2人。いずれも覚醒を経た魔人で、ウォルドムとオーベルクと名乗っていました。知っている相手でしょうか?」


 魔人達の立体模型を作ると、ペルナスとインヴェルは、それをまじまじと覗き込んで来る。


「……いや、知らぬな」

「初めて見る顔です。海洋に特化した魔人、ですか」


 ……2人は、知らないか。だが、まだ話は終わっていない。


「ウォルドム一派との戦闘の折、眷属と化した連中に投降を呼びかけ、それに応じた者をグランティオスは受け入れました」

「グランティオスはヴェルドガルと友好を結び、今後タームウィルズの近海に姿を現すことが予想されるわ。エルドレーネ女王は2人に挨拶をしたいと」

「そして現状……ウォルドムの眷属達はグランティオスの部族の1つとして恭順しております。もしお二方が、この眷属達を御不快に思うのであるならと、こうして僕達が話をしに来たのです」

「ああ。そういうことか」


 ペルナスは得心したと言ったように頷いた。

 それから眷属達の中から、エッケルスやギムノスという武官がグランティオスから派遣されていること、そこに至った経緯なども話していく。

 2人は俺達の話に耳を傾け、時折頷いていたが、話を終えるとやがて静かに口を開いた。


「そう……。精霊殿の外から海の気配の強い者達の匂いは感じています。彼女達でしょうか?」

「はい。精霊殿の外に待たせています。僕の立場上慎重にならざるを得なかったので、それを理由に説得し、待機してもらっています。エッケルスとギムノスは、この話をした上で、お2人の意向に従うと」


 ……これを聞いてペルナスとインヴェルは、どう思うのか。

 しばし沈黙して向かい合っていたが、やがてペルナスが口を開いた。その口から出てきたのは、俺の予想とは異なる言葉だった。


「姫がお優しい方というのは知っていたが。君も……優しいのだな」


 そう言って――ペルナスは穏やかに笑ったらしかった。ん。どうして俺の話になるのやら。


「そして、それでは苦労しているでしょうに。私達にまでそう言った話まで包み隠さずに話し、互いに便宜を図るというのは……。ですが、その思慮は好ましく思いますよ」

「いえ……。僕のことは別に」

「良いのだ。我等とその眷属達では、端から戦いにもなるまい。テオドールの立場であれば慎重になるのは分かるし、その判断を理解もしよう。我等とて、人間の考え方が分かるとは言えぬからな」

「それは……ありがとうございます」


 自分達が竜で、そして俺が人間だからか。まあ確かに、望んでも対等にとはいかないところはあるだろうな。相手が怖がったりしてしまうところはあるだろうし。


「その者達は、嬉々として魔人に従っていたのですか?」

「一部は……そうかも知れないわね」


 そうだな。力に酔っていたようなところはある。


「ただ、エッケルス個人について言うのなら、違うと思います。基本的には一族単位で物事を考える人物かと」

「そうですか」


 2人は顔を見合わせ、それから頷く。


「我等にとって、魔人は敵。だがそれに従っていた魔物まで仇とは言わぬ。直接的な繋がりがないのであれば、責は問うのは間違いであろう。ましてや、今の状況がそれであるなら、尚のことだ」

「そうですね。グランティオスの民が近海に現れる旨も承知しました。彼らを敵とは思いません」


 ……そうか。まあ割と安心したところはあるかな。後は女王とエッケルスが直接挨拶に来ても問題無いか、2人の意向を確認して、といったところか。


「しかし……テオドールは、許せとも何とも言わぬのだな」


 と、若干不思議そうにペルナスが尋ねてくる。


「それは……僕自身、魔人を仇だと思っているからです」


 どこまでを敵だとみなすか。それについてあれこれと言われたくはない。だから事情は聞いたままを伝えたし、判断については2人に委ねている。

 魔人に従っていた別種族の兵士か……。俺なら敵対するのならそれは遠慮なく叩き潰すのだろうが……今の時点ではグランティオスに恭順の意を示しているわけだし、戦う覚悟も決めている。それを責めはしない。言葉通りに信念を貫けるのなら、それを見ていたいとさえ思う。


 ああ……。そうだ。自分のしたことから目を背けて逃げて回っている、あの領民連中との違いはそこにあるのか。なら、あの連中が真っ向から向き合ってくれるのなら、俺はそれを許す……のだろうか? それは分からないけれど、少なくともエッケルスの考え方と行動について言うなら、好ましいとは思っている。


「……そうか。君は、我等と同じ立場ではあったのだな」


 思考が少し別の方向に逸れていた俺を見て、水竜達は何を思ったのか。そんなふうに言ってきた。

 同じ。俺は母さんを。2人は子供をという意味か。確かに、水竜夫婦とは、似たところがあるのかも知れない。

 気が付くと、クラウディアが心配そうに俺の表情を覗き込んでいて……水竜の子供も岸辺までやってきて、どこか心配そうに俺に鼻先を寄せてくる。


「ん……。ありがとう。俺は大丈夫」

「……そう。テオドールは強いけど、無理をしては駄目よ」


 水竜の子供の鼻先を軽く撫でて答えると、クラウディアは静かに言って、水竜の子供は青い瞳を閉じて頬を軽く寄せてくるのであった。

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