51 風呂と水着と
――西区。港湾やスラムが存在する、タームウィルズでも比較的治安の悪い地域だ。シーラとイルムヒルトが口にしていた孤児院もここにある。
と言っても、孤児院はスラムや港湾からは割と離れているし、西区の中にあっても落ち着いた場所ではあるだろう。
「お二人は、その孤児院とどういう関わりを?」
馬車の御者席に座っているイルムヒルトに尋ねる。俺やアシュレイが身元の保証をするにしても理由というか名目が必要なのだ。この場合、身の周りで働いてもらったりするのが解りやすかろうという事で、こういう形に落ち着いた。
「昔お世話になってね。そのよしみで差し入れを持っていったりしていたら、子供達に懐かれてしまったの」
「それじゃギルドに閉じこもっていたというのは、割合苦痛だったんじゃないですか?」
「ええ。久しぶりに外に出られて、本当に嬉しいわ」
ありがとう、と彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
馬車は西区へと続く道を進んでいく。段々……馬車の揺れが激しくなってきているな。舗装が雑になってきた感じがするというか。
「やっぱり巡回が多い」
イルムヒルトの隣に座ったシーラが、肩越しに振り返りながら呟く。その視線の先には巡回の兵士達の姿があった。確かにここに来るまでに、何度か同じような巡回とすれ違ったからな。
「んー。そうねぇ。いつもは西区にはあまり来ないのにね」
……魔人事件の一件以後、ということになるか。
外部から来た不審者が潜伏に向くとしたら西区という発想なんだろうが、そもそもカーディフの屋敷に魔人がいた事を考えると、今更という気もする。
馬車はやがて大きな中庭のある、西区にあっても比較的しっかりした建物の中に入っていく。
「あ、イルムだ!」
厩舎に馬車を止めて中庭に戻ってくると、そんな子供の声が響いた。
「え、イルムお姉ちゃん!?」
すぐに他の子供達がその声を聞きつけて、建物の中から出て駆け寄ってくる。獣人族やエルフなどの他種族の姿も結構な数が見られるようだ。見た感じ、イルムヒルトは大分慕われているようだな。
子供達の様子をざっと見てみるが――不自然に痩せているとか、着ている物が粗末、とか、そういう事は無いようだ。
ここの孤児院は月神殿が主体になって運営しているらしい。西区に作ったのは、地価が安いのとは無関係ではないだろうが、それでも立地条件は絞っているようだ。
だから子供達の生活は質素ではあるかも知れないが、衣食住といった環境に関してはある程度の水準を保ってはいるようである。
「お兄ちゃん達、誰?」
と、他の子が首を傾げて尋ねてくる。
「えっと。イルムヒルトの友達、かな?」
「そうなんだ! よろしくね、お兄ちゃん!」
「ん」
手を差し伸べてきたので握手で応える。
「どうしたのです。みんなそんな集まって」
建物の中から月神殿の法衣を纏った初老の女性が出てきたが、人だかりの中心にイルムヒルトがいる事に気付いて表情を明るくした。
「まあ、イルムヒルト!」
「ご無沙汰してます、院長」
「美味しい!」
ウィスパーマッシュの料理を食べた子供が嬉しそうに明るい笑顔を見せる。
俺達が孤児院に付き添ってきたのは、ウィスパーマッシュが余り過ぎたからだ。乾燥させれば保存も利くが、毎回食卓にのぼるのもどうかと思ったので、ソテーやら素揚げやらスープを作って、孤児院の子供たちに振る舞う事にした。孤児院の職員達にも手伝ってもらって、立食パーティーである。
「グレイスは、どう? 落ち着いた?」
「――はい。お見苦しいところをお見せしました」
と、口元を押さえながら苦笑する。
「イルムヒルト、あなたはこれからどうするの?」
院長とイルムヒルトが話をしている。
イルムヒルトは昔からラミアである事を隠してきたそうだが、院長が既に知っていたのかどうかは2人の話からは解らない。
発覚してしまったからには孤児院の者達の耳にも入っているのだろうが、少なくとも院長の対応はイルムヒルトに対して当たりの厳しいものではなかった。
「んー。冒険者稼業を続けられたら、と思いますが、私の希望だけじゃダメみたいなんです」
問われたイルムヒルトは小首を傾げる。彼女自身の希望としては今までのように外で実力をつけてからではなく、普通に迷宮に潜りたいのだろう。
魔人と月光神殿の事もあるのでその希望通りにするのはやや難しい立場になってしまったが、俺やアシュレイが責任を持てばその話も変わってくる。
手に入る素材やレベリングのしやすさの関係から、宵闇の森での採集と狩猟をメインに据えていく予定なので、彼女がそれに付いてこられるだけの実力があれば、という感じか。そうでなければイルムヒルトには家事を手伝ってもらうか、ギルドで他の2人と治療班に専念してもらう方向になるのだろうが。
まずは一緒に迷宮に潜って、話はそれからだ。イルムヒルトには弓矢が必要だろうから、買物に行かなければならないだろう。
「テオドール様でしたかしら? シーラとイルムヒルトの事、どうか、よろしくお願いしますね」
と、院長に頭を下げられてしまった。
「分かりました」
話が纏まったところでイルムヒルトは一旦席を外すと、どこからかリュートを持ってきて膝の上に抱えて奏で始めた。
イルムヒルトはドミニクやユスティアに比べると一歩劣ると謙遜してはいたが……楽器を演奏する事そのものは好きなのだろう。目を閉じて、口元に笑みを浮かべ、ほっそりとした指先が弦を擽るように動くと、幽玄というか素朴というか。味のある音色が食堂に広がっていく。
今回は呪曲というわけでなく普通の演奏だ。さっきまで騒いでいた子供達も静かに聞き入っていた。
うーん。リュートに竪琴、ね。
彼女の武器に関して……少々面白い趣向を思いついた。迷宮に同行する時までに用意できるよう、早めに手配してみるか。
孤児院を出てから、諸々買物をして回って、家に帰ってきた。
イルムヒルトはまだギルドの預かりなので冒険者ギルドへ戻り、シーラは西区にある、自分の塒に帰っていった。
今後イルムヒルトの事が周知と根回しができれば、あの2人は一緒に住んだりする、のかな?
俺は俺で、風呂に入ってのんびりしている最中である。
「テオ、お背中お流ししましょうか?」
脱衣所の向こうから、そんなグレイスの声が掛けられる。
「んー……それじゃ、よろしく頼む」
何となく、今日はそんな事を言ってくるんじゃないかという気はしていた。衝動は主に食欲であったが、吸血鬼側に振れたのは間違いないのだし、その解消は必要だろう。
「それじゃあ、失礼します」
言って、グレイスが浴室に入ってくる。いつものメイド服姿ではない。海に行く時用に購入した水着を着ていた。
「あ、テオも水着だったのですね」
「うん。まあ。水に濡れても良い服だし、せっかくだから」
どうせ海に行くなら釣竿や水着が必要だろうと買ってきたのだ。
地球側の歴史で水着の登場がいつ頃の物なのか俺は知らないが、こっちの世界ではこれが結構普通に売っていたりする。
というのもマーメイドやセイレーンといった友好的な水棲の魔物と、ある程度交流があるからだ。要するに水着だなんて言ってはいるが……彼女達の普段着を流用したりして、人間に使いやすいようにしたものという事になるだろうか。
これらは水蜘蛛の糸を使って人魚達が編んだりする、らしい。BFOでは上のランクになると水魔法耐性が相当高い防御結界などを持つ物が出てきたりするが、今はそこまで望むべくもない。
かくいう俺も、今はトランクスタイプの水着を着用している。
……水に入る時用の服という事で、グレイスがしきりに感心していたからな。
衝動の解消ついでに水着を試してみたくてお風呂にやってきそうだな、と予期していたわけで。
グレイスの水着はツーピースの、腰にパレオを巻くタイプのものだ。
それほど露出の多い水着ではないが――胸の大きさはしっかり解るし、透けるような白い肌だとかくびれた腰回りはやっぱり目に毒である。
細い肩や小さな臍、それから脚線の滑らかさとか――ああいや……墓穴を掘るからあまり考えないようにしよう。前のように背中を向けて、無心で背中を洗い流してもらう事にする。
「せっかくですから、アシュレイ様も呼びましょう。これからは一緒にお風呂に入るのも良いですね。魔石の消耗も減って経済的です」
と、グレイスが嬉しそうに言った。いや、それは……どうなんだ。どうにも、墓穴を掘った気がしなくもないが……。
いや、待て。水着ぐらいで取り乱すな。落ち着け、俺。一緒にプールに行くようなものじゃないか。
「失礼します」
グレイスが呼び掛けると、アシュレイも水着に着替えてやってきた。
「この水着、可愛いくて好きです」
「テオが選んでくれた物ですからね。大事にしましょう」
「はいっ」
選んだと言うか……意見を求められただけだけど、な。
……ちなみにアシュレイの水着はワンピースで、胸と腰の辺りにフリルがついている大人しめなデザインである。
あんまり過激なものにしなくて、本当に良かったと思う。




