515 互いの矜持にかけて
ベリウスは工房の中庭で空中を疾駆したり宙返りしたりと、自分の性能を軽く確かめているようだったが、やがてある程度のところで満足したのか、部屋に戻って来て床に寝そべり、シャルロッテにブラッシングされながらイルムヒルトの奏でる音色に耳と尻尾をぴくぴくと動かしながら寛いでいる様子であった。
「良い毛並みですね」
と、シャルロッテは上機嫌な様子だ。
「イルムヒルトのリュートも好きなのかな?」
「だと良いけれど」
セラフィナが首を傾げ、イルムヒルトが笑みを浮かべる。
うん。魔石の間、あまり動き回れなかった分、飛んだり走ったりと中々楽しそうにも見えたが、こうやって音楽を聴いている時も満更でもなさそうというか。やはり音楽好きということなのだろうか。
それに何やら、味覚も欲しがっていたからな。ケルベロスは甘い物が好きという逸話も聞いたが、そのあたりどうなのやら。身体を作ったのは俺だが、趣味嗜好はベリウスのものだからな。
工房の台所に行って、買い置きの砂糖菓子を持って来て3つの頭に1つずつ与えてみると、ベリウスは迷うことなく口の中に放り込んでいた。尻尾を振っているから喜んでいる様子だが。
「結局、味覚も作ったのよね」
「ベリウスが希望したからね」
ローズマリーはその光景に若干怪訝そうな表情をしているが。
「一応、闇魔法を組み込んであって、食べたものから直接魔力を吸収できるから、無駄にならない」
「闇魔法……。魔石抽出や魔力吸収の応用かしら」
「うん。そのあたり」
舌も筋肉の塊だったりするので、そのへんも再現されていたりするからな。
「味覚を作るというのも、不思議ですね。最初に考えた人はどうしてそうしようと思ったのでしょうか?」
アシュレイが首を傾げる。うん。その疑問ももっともだが。このあたりは術式を開発した魔術師の名前も分かっている。
「本によると、人嫌いな魔術師が自分の研究に没頭しながら食生活も豊かにしたかったから、だそうだよ。魔法生物に料理をさせたけど、塩加減を何度も間違えるから、味見できるようにしたとか……」
「なるほど。必要に駆られてだったのですね」
「魔法生物の料理人……。割合面白い気がするわね」
グレイスは納得したように頷き、クラウディアは感心したように目を閉じる。まあ、若干横着な気もするが、必要は発明の母ということだろうか。
ベリウスがどこか物足りなさそうな雰囲気だったので、マルレーンやシオン達が砂糖菓子を食べさせたりして……それを眺めたりとまったり過ごしていると、ステファニア姫達とエリオットに護衛されたエルドレーネ女王達がやって来たのであった。
エルドレーネ女王達はエリオットが早めに戻って来たので、迷宮商会がまだ営業時間中に立ち寄ってから工房に来たらしい。
挨拶を兼ねて店内を覗いてグランティオスへのお土産を買ってきたとのことで。それ以外の細々とした話は、工房に来てからゆっくりするということなのだろう。
まずはベリウスの身体が完成したので紹介しておく。
「ケルベロスの、ベリウスと言います。一応、魔法生物に分類されるかと思いますが、意思に関しては本人のものですね」
「何と……。むう。よろしく頼むぞ」
エルドレーネ女王が挨拶をするとベリウスは首を縦に動かして口元に笑みを浮かべた。
「改めて、よろしくね、ベリウス」
と、ステファニア姫。コルリスも挨拶するようにベリウスに掌を見せる。ベリウスは律儀に来客みんなに頭を下げるようにして挨拶をしていた。
「……いやはや。毛艶といい表情といい、作ったようには見えぬのだがな」
骨格に筋肉組織、その上に毛皮ということで、普通の生物と同じ構造をしてはいるからな。
「表情に関しては本人の性格と言いますか。どうやら音楽が好きなようですよ」
「そうなんですか?」
反応したのはマリオンだ。
「はい。歌で喜んでくれるかも知れません」
「それは良いですね。イルムヒルトさんと一緒に、後で歌と演奏を聴いてもらえたら嬉しいです」
そんな話をしながらエルドレーネ女王達を工房の応接室に案内する。
エルドレーネ女王とエリオット、それからウェルテスとエッケルス、元親衛隊の副官、ギムノスという面々だ。
各々のティーカップにお茶が注がれたところで、話し合いの時間となった。
「まずは――魔法審問に関しては問題が無かったと、メルヴィン陛下からお言葉を頂きました」
エリオットが静かに言うと、エッケルスとギムノスは立ち上がり、静かに頭を下げてくる。
魔法審問の質問内容については、こちらも通信機で連絡を貰っている。グランティオスの一員としてその発展のために働くことや、グランティオスの女王への忠誠、敗戦後の処遇への考え方、そして魔人相手に戦う覚悟や理由など、基本的なところは問題ないし、偽りもないということになる。
「こうして話をする機会を頂けたことに深く感謝します。部族の未来のため、そして命を助けていただいた女王陛下とテオドール卿の恩情に報いるために、どうか戦いの場にお供させて頂きたく存じます」
そう言って、エッケルスは深々と頭を下げた。動機や理由については、既にエルドレーネ女王から聞いているし、言葉の潔白さも魔法審問を自ら受けたことで証明はしているだろう。その言葉に頷き、答える。
「正直なところを話すのなら、元親衛隊の方々についてはそれほど心配はしていないのです。修練をしっかり積んで、組織立った動きができるというのは、規律正しく行動ができる証明でもありますから。エッケルス卿が、前線に立つことで今後のグランティオスと部族のために働きたいという理由も分かります。ただ……」
実力も高く、基礎的な部分がしっかりしているということで、戦力として見るなら間違いない人材ではあろう。
ただ、降将ということで軋轢も予想される。そこは疎かにはできない。一旦言葉を切ってウェルテスを見やる。
「僕達よりもグランティオスの方々との連携がどうなるかですね。ウェルテス卿のお考えを聞かせていただきたく思います」
そう尋ねると、ウェルテスは静かに目を閉じて一礼する。それから口を開いた。
「私達は一族共々、グランティオスと女王陛下に忠誠を誓った身です。ですから、陛下が決定なさったことならば従います。ですが、そこから離れて私の考えをということならば……そうですね。やはり思うところはあります。魔法審問では偽りがなかったということですが、その時はそう思っていたとしても、揺らぐこともありましょう」
そう、だろうな。確かに。
ウェルテスは自分の手を見て、拳を握る。
「しかし、その時々の気持ちだけでなく、間断なく言葉通りに行動を行い続け、口にした言葉に偽りがなかったことを証明し続けることができるならば……それは信念と呼べるものであり、背中を預けるに値する戦士であると思っております。私は、お二人が誇り高き戦士であることを願っています」
……なるほどな。
エッケルスとギムノスの戦士としての矜持に問い掛ける言葉であると同時に、ああやって口にしたことでウェルテス自身にも跳ね返ってくる言葉にもなる。
つまりは……互いに行動で戦士として信頼関係を築いていくしかないという意味でもあり、それはエッケルスが討魔騎士団に加わることそのものには反対しないということでもある。半魚人達は誇り高い戦士の一族とは聞いていたが……確かにそうなのだろう。
その言葉を聞いたエッケルスとギムノスはウェルテスに深々と頭を下げた。
「……ウェルテス卿のお考えは分かりました。僕は、今のウェルテス卿の話を聞いた上でならば、エッケルス卿が討魔騎士団に加わることに賛成します」
「そうですね。問題が今日の話だけで全て解決するとまでは思いません。ですが、討魔騎士団とて様々な勢力からの寄り合い所帯ですから。私とて、大使殿に剣を向けたこともあります。であるなら、今の話は他人事ではありません。討魔騎士団内部の問題として、共に考えていきたいと思っています」
エリオットも団長としての意見を口にした。
「……決まりよな。ではエッケルスもグランティオスから派遣する武官の1人として加えるものとする。ギムノスはエッケルス不在の間、部族を纏めるように」
「はっ! 有り難きお言葉!」
エッケルスとギムノスは、女王に跪いて答えた。
さて……。カドケウスが他の部屋で控えていたが、どうやらミリアムも迷宮商会の職人達と共に工房にやってきたようだ。
エッケルス達の話も纏まったので、グランティオスの特産品の取り扱いや、新しく作った魔道具やチェス盤の話なども、これで心置きなくできるだろう。




