510 陸と海の行き先は
メルヴィン王とエルドレーネ女王は今後の話をあれこれと続ける。
今後の国交についての話なども含まれるが、基本的には以前ロヴィーサとマリオンが来た時に話した内容の再確認と言ったところだ。
「――では今後の国交については、今まで通りに交易を行いつつ、互いの国民を保護する、と」
「そのためには――互いに連絡を取り合える環境が重要になってくるか」
「うむ。となれば公爵と月光島の役割が大きくなるか。公式的には交易の品目が増え、交流が多くなる程度ではあるが……予測され得る問題を除けば、後の変化は自然の流れに任せるのが良いと余は見ておるよ」
「ふむ。確かに。妾としても民同士の普通の交流までは阻害したくない」
メルヴィン王の言葉に、エルドレーネ女王が頷く。
交易周りの環境は大きく変えない方針ということだそうだ。グランティオスがヴェルドガルに対して比較的好印象であったのも、元々は公爵領の穏健な方針があったからこそではあるしな。
水蜘蛛の糸の織物以外にも酒や塗料など、グランティオスならではの交易の品目が増えて相互に利益が出れば結びつきが更に強くなるから、将来的にも安定性が増す。となれば、互いの国民を積極的に保護していく理由にも繋がっていくわけだ。
陸と海の間では過去に連れ去り事件などがあったようだが……そう言ったことも更にやりにくくなっていくだろう。
「ふむ。一先ずの取り決めとしてはこんなところか」
2人の話が一段落したところで、メルヴィン王はこちらに視線を向ける。
「さて。後はベリオンドーラの調査に関しての話をせねばならぬか」
「ケルベロスの器を作ってから、というのが良さそうですね。器を得たケルベロスの力がどの程度のものになるかも確認しなければなりませんが」
そのあたりの事は迷宮で確認してくるとして。
「うむ。戦力の拡充というわけだな。工房側の準備はほぼできていると聞いている」
「そうですね。明日からは工房で作製に移ると思います」
「となると……グランティオスからの武官の派遣も急がねばなるまいな。早めに迷宮の入口に足を運んでおきたい」
と、エルドレーネ女王が言った。ああ。迷宮入口に行かなければ行き来できないからな。
「もしよろしければ、この後、迷宮入口まで案内しますが」
「それは助かるが……手間をかけるのは忍びないな」
「いえ。城の近くですから、手間というわけでは」
中央区から東区に抜けていけばいいので、俺にとっては王城からの帰り道のようなものだしな。
――というわけで……王城から馬車を出してもらい、それに乗っていくということになった。エルドレーネ女王はその後は馬車で王城へ戻ってもらい、俺はそのまま歩いて帰ればいいと思っていたが……そのままグランティオス一行で、俺の家に寄ってからエルドレーネ女王は城に戻るという話になった。
「では、明日はグランティオスへ?」
「一時的にな。その日の内に武官を連れて、すぐに戻って来るつもりではいる」
なるほど。
「でしたら明日のエルドレーネ陛下の送迎は私が」
と、ステファニア姫が自分の胸の辺りに手をやって笑みを浮かべる。
ふむ。エルドレーネ女王は迷宮入口に戻ってくるわけだし、コルリスが迷宮に向かうので、そのついでにというわけだな。
諸々の話や明日からの予定が決まったところで移動するということになった。
馬車の支度が整ったので、迎賓館から外に出る。
「では、お休みなさいませ」
そう言って、メルヴィン王やステファニア姫達に頭を下げる。
「うむ。そなたもな。ゆっくり旅の疲れを癒すのだぞ」
「はい」
「お休みなさい」
と、別れの挨拶を交わす。
俺が帰ることを嗅覚で察したのか、それともステファニア姫が知らせたのか。練兵場の端にある巣穴からコルリスとラムリヤが顔を出して、俺に向かって手を振る。まあ、ラムリヤは砂で作った手であったが。
こちらもコルリス達に軽く手を振って、エルドレーネ女王達と馬車に乗り込む。
「では、参りましょう」
「うむ」
馬車が動き出した。王城を出て、月神殿前の広場に向かって進んでいく。
エルドレーネ女王はタームウィルズの街並みが気になるようだ。馬車の小窓から、外の景色を眺めていた。
「中央区付近は、迷宮の一部でもあるようです」
「ほう。道理で王城に建築様式が似ているはずだ」
案内ついでにタームウィルズについてある程度のことを説明しておくか。西区などについては港があって、グランティオスの面々と関わりが深くなりそうな割には治安上の観点から多少の注意が必要だしな。
このへんは盗賊ギルドのイザベラに話を通しておくと、後々のことを考えても良いのかも知れない。後でシーラに聞いてみよう。
「そう言えば、テオドール様のお屋敷は月光島の館と同様、魔法建築で作ったと耳にしましたが」
東区に話が及ぶと、ロヴィーサが尋ねてくる。
「そうですね。あの洋館とは建築様式が違いますが」
「今から楽しみです」
マリオンが表情を綻ばせた。まあ、遊戯室もあるし防音室もあるからな。そのあたりの話を聞いているのかも知れない。
あれこれと説明をしていると馬車が停まる。月神殿前の広場だ。まずは――迷宮入口まで案内してしまおう。
エルドレーネ女王達を迷宮入口の石碑まで案内し、それから冒険者ギルドにも顔を出した。エルドレーネ女王曰く、ユスティアを保護してくれたことに改めて礼を言っておきたいとのことで。
「こんばんは、ヘザーさん」
「ああ、テオドールさん。こんばんは。そしてお帰りなさい。ロヴィーサさんもマリオンさんも……ご無事で何よりです」
受付嬢のヘザーは俺達を見ると笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
ロヴィーサ、マリオン共々一礼し、それからエルドレーネ女王を俺から紹介する。
「グランティオス王国の女王、エルドレーネ陛下であらせられます」
「こ、これは――知らぬこととは言え、ご無礼を」
職員達が立ち上がるが、エルドレーネ女王は小さく首を横に振った。
「いや、今日は妾のほうが礼を言いに来たのだ。そう改まられると困ってしまう」
と、エルドレーネ女王がやや冗談めかして言うと、幾分かギルド職員達の緊張も和らいだようだ。
職員の1人がギルドの奥へと消えていき、アウリアとオズワルド、それからユスティアとドミニクを呼んで来る。
「これは、エルドレーネ陛下」
アウリアが一礼する。エルドレーネ女王は静かに頷いて、それから言った。
「タームウィルズの冒険者ギルドの皆には、グランティオスの臣民を保護してくれたことに対する礼を、直接伝えておきたかったのだ。ユスティアの身を守ってくれたこと、深く感謝する」
「勿体ないお言葉です、陛下」
アウリアが答える。
「うむ。それと……だな。妾はこれからちょくちょく迷宮入口近辺に来ることも増えると思うので、何かと顔を合わせる機会もあろう。アウリア殿とは既に面識があるが、皆とも仲良くしていきたいと思っておるのだ。どうかよろしく頼むぞ」
そう言って、エルドレーネ女王はアウリアと顔を見合わせてから、にやっと笑みを向け合うのであった。
何となくだが……気さくさがアウリアに通じるところがあるからか、ギルド職員達の緊張というか、空気感が和らいだ印象がある。
というより……アウリアとエルドレーネ女王の、性格的な相性が良いのかも知れない。休暇中に意気投合したところもあるようで……。ヘザーやオズワルドの苦労が増えないと良いけれど。
まあ……ともあれ、この後はエルドレーネ女王達を家に連れて行って軽く案内といったところか。ロヴィーサ達は家に滞在する予定なので、歓迎の準備を整えているはずである。
迷宮村の住人にはセイレーンやマーメイドもいるので、それだけ理解がある。グランティオスの面々が気楽に過ごしてもらえれば何よりなのだが。
10月11日1:10頃、エルドレーネ女王は
一旦テオドール邸に寄ってから城に戻るということで修正しました。
話の大きな流れには変化はありません。




