508 精霊王の約束
――そして、タームウィルズへと帰る日がやって来た。
公爵達の迎えにも船が島へとやって来たので、シリウス号も南へと移す。港にグランティオスの面々も集まり、見送りに来てくれた。
「これあげる。みんなで作ったの」
子供達がやってきて俺達1人1人に珊瑚や貝殻で作った飾りを手渡してくる。なるほど。水蜘蛛の糸を通してブレスレットやネックレスを作ったのだろう。
「ありがとうございます」
それを受け取って、グレイスが微笑みを浮かべた。ローズマリーは素っ気ない仕草で受け取るが、無造作にネックレスを身に付ける。それを見た子供達は顔を見合わせて嬉しそうな表情を浮かべた。
セラフィナも……サイズを合わせたネックレスを貰えたようで嬉しそうにしていた。みんなもそれぞれに飾りを身に付けて子供達と笑みを向け合う。
やはり……子供達は別れが名残惜しいようだ。グレイスやクラウディア、ローズマリーの周りに集まったり、アシュレイやマルレーン、それにユスティア達やシオン達と手を取り合ったりと、別れの挨拶をしている。
「おとうさんを助けてくれて、ありがとう」
と、半魚人の子供に、アシュレイは深々とお辞儀をされる。将兵達もアシュレイに敬礼をして、命を救われたお礼を言っているようだ。
「皆さんが助かって良かったです」
アシュレイは、その言葉に少しはにかんだように笑った。
「また来てくれる?」
「――はい。勿論です」
「ほんと?」
「ええ。約束するわ」
子供達に、グレイスやクラウディアがそんなふうに答えている。心配しているようだし……俺からもはっきりと言っておこう。
「そうだな。また遊びに来るよ」
そう言うと、子供達は顔を見合わせて嬉しそうな表情を浮かべた。まあ、ユスティアの里帰りもあるし、古城絡みのこともあるしな。チェスの今後の隆盛も気になる。
夏に海水浴に来るというのも良いだろう。
「ん。必ずまた来る」
と、シーラが拳を握りしめて真剣な面持ちで頷いて、子供達やイルムヒルトがシーラの様子に肩を震わせた。ああ、うん。シーラが気に入っているという理由もあるか。
今度は……港町の領主であるウィスネイア伯爵も島に誘ってみるのも良いだろう。
子供達はそれから、ステファニア姫達やヘルフリート王子にも飾りを渡してお礼とお別れを言ったり、コルリスやリンドブルム、ラヴィーネ達にも抱き着いたりして別れを惜しんでいた。
そんな子供達を見て水守りとセイレーンの族長達が穏やかに笑みを浮かべ、それから恭しく挨拶をしてくる。
「ありがとうございます、テオドール様。グランティオスを救って頂いた御恩、決して忘れません」
「そればかりか、こんな素晴らしい場所まで。陸との友好の礎となれるように、私達も頑張ります」
と、ロヴィーサとマリオン。2人はタームウィルズに同行する。水守り達とセイレーンの中では2人と関わりが深かったからな。全員を代表して、という感じである。
「うむ。この島が互いの民にとっての友好の架け橋となるのなら、妾達は尚の事、この清浄なる海を守って行かねばならぬ」
「タームウィルズに向かっている間のグランティオスの守護は我等にお任せを。子供達も責任を持って都へ送り届けます」
「勿論、我等も協力は惜しみませんぞ」
エルドレーネ女王の言葉を受けてウェルテスとドリスコル公爵が言うと、グランティオスの面々が真剣な面持ちで頷く。
「そう言えば少し話は変わるが……。この島に名前はあるのかな?」
エルドレーネ女王が、ふと思い出したかのように公爵に尋ねる。
「いえ。名前の無い島ではありましたが……そうですな。大使殿に名前を付けて頂くというのはどうでしょうか?」
「ふむ。妾に異存はない」
そう言ってエルドレーネ女王が意見を求めるように見回す。反対意見は……特に出なかった。
んー。どうしたものか。
「……月光島、というのはどうでしょう?」
あまり捻りはないが……灯台があったり、港にも飛行船も通常の船舶も誘導できるように誘導灯の魔道具が設置してあるので、実際夜になるとあちこち光るから、というわけだ。月女神シュアスが旅の安全に加護がある、というところからも来ている。
「海の旅人の守りになるというわけか……うむ」
「ふむ。良いですな」
女王と公爵が静かに頷いた。異論は、特に出ないようなので月光島で決定のようだ。
島の名付けが終わったところで、公爵家の面々とも言葉を交わす。
「いやはや。休暇のはずが、随分と大事になってしまいましたが」
「そうですね。海の国の人と話ができればとは考えていたところはあるのですが……想像以上と言いますか」
そう言ってドリスコル公爵と苦笑し合う。
「私としては……終わってみれば喜ばしいことばかりでしたから。大使殿にヴェルドガルの西部が気に入っていただけたら嬉しいのですが」
「勿論、気に入っていますよ」
「それは良かった」
と、公爵は明るい笑みを浮かべる。
「テオドール様、お元気で」
「またお会いできる日を楽しみにしています」
「こちらこそ」
オスカーとヴァネッサ、それからレスリー達とも挨拶を交わす。
「古城の奥を調べに行く時は、お手伝いします。連絡を下さい」
そう言うと、レスリーは公爵達を見てから深々と頭を下げる。
「ご迷惑をおかけします。お恥ずかしい話ではありますが」
「私達からも、どうかお願いいたします」
「勿論です。そういった危険性のある遺物への対処も、異界大使の仕事でもありますから」
レスリーにとっては自分の不始末ではあるのだろう。責任感も強いから、可能なら自分で解決したいとは思う部分はあるのかも知れない。
しかし、1人で悩んでいたから夢魔グラズヘイムに付け入る隙を与えてしまったという経緯がある。公爵達も家族の事であるからと、レスリーを心配しているし、それをレスリーもよく分かっているから、俺と協力して事に当たると約束をした。
俺としても異界大使の仕事でもあるし……夢魔の一件には関わりを持っただけに、後始末についても気になるところではあるしな。レスリー達の手に余るような物があるのなら、それはこっちで引き受ければいい。
まあ……それもタームウィルズの状況が落ち着き、レスリーの体調が本調子になってから、というわけだ。
そうして別れにたっぷりと時間を使って、俺達はシリウス号に乗り込んだ。エルドレーネ女王とロヴィーサにマリオン。他数名の護衛という面々もタームウィルズへ同行する。メルヴィン王との面会の他、迷宮商会との話、それに今後、交流の機会を増やしていくために迷宮入口の石碑などを訪れておく必要があるというわけだ。
公爵領の人々と、人魚達と半魚人に見送られ、手を振られて。ゆっくりとシリウス号は浮上していく。
段々と遠ざかっていく島と、そこにいる、手を振る人々。光を受けて輝く青い海原。やがて島も小さくなっていく。それでも、みんな甲板から島をじっと見ていた。
「私としては……今回の旅に、同行することができて良かったと思います」
マールが目を細め――呟くように言った。それから俺に向き直り、真っ直ぐ見てくる。
「私達は――共に戦った七賢者から、月光神殿の封印を頼まれました。ですから貴方と行動を共にすることで、貴方という人の考え方や強さ、これまでに何をしてきて、これから何をしていくのかを、この目で見ておきたかったのです」
ああ。マールからして見れば、古い戦友との約束だろうしな。
その約束に関わってくる相手となれば、しっかり見て判断したいと思うのは当然だろう。
「貴方と共にグランティオスの平穏のために戦えたことを誇りに思います。貴方と交わした約束は、必ずお守りします」
そう言って、マールは静かに頭を下げた。
「そう……ですね。僕としても、七賢者の作った平穏を守れるように協力していきたいと思っていますよ」
俺の答えにマールは穏やかに目を細めた。
「あ、あの」
と、声をかけて来る者がいた。ドミニクだ。
「約束のお話は、あたしも聞きました。どうか、よろしくお願いします」
そう言ってドミニクがマールに頭を下げる。シーラとイルムヒルト、ユスティア、シリルが、ドミニクの後ろにやって来て、同じようにマールにお辞儀した。
「――はい。私も……みんなに伝えるだけじゃなくて、色々頑張って探してみますね」
マールはそんな彼女達を見て、嬉しそうに微笑む。
やがて、島は水平線の向こうに隠れて完全に見えなくなる。甲板から艦橋に場所を移して――シリウス号は次第にその速度を速めていくのであった。




