506 波打ち際にて
「ふむ。私としては大使殿を歓待したいところではありましたが」
「島にはグランティオスの女王陛下や姫様方、ヘルフリート殿下もおいでだ。婚約者方もお待ちしておいでだろう。あまり我等がお引き留めするわけにもいくまいよ」
残念そうなフィリップの言葉にデボニス大公が苦笑する。
「むう。ではせめて、何か手土産になるようなものを手配させましょう」
「ありがとうございます。みんなも喜ぶと思います」
ここは厚意を素直に受け取っておくのがいいだろう。一礼するとフィリップが相好を崩す。
使用人達に声をかけて、あれこれと手土産を用意してくれた。各種チーズやらヨーグルトやら。食料が多いのは、俺達が島に遊びに行っているからだろう。みんなで大公領の特産品を楽しんで欲しいというわけだ。
「これは先日、領地の外れに牛の魔物が現れまして。その肉を燻製にしたものです」
「牛の魔物というと……バタリングオックスかしら?」
クラウディアが首を傾げる。
「ええ。冒険者達と協力し、誘き寄せて落とし穴に落として、騎士団が矢を射掛けて仕留めた、というわけですな」
「ああ。それは大捕物でしたね」
バタリングオックスは、巨大な角を持つ好戦的な牛の魔物だ。
特殊な攻撃をしてくるわけではないが、突進力が高く、図体が大きくて強固な角を持っているので、その名の通りに破城槌に例えられることもあるという……。まあ、騎士団にも声がかかる程度には大物であろう。
ともあれ、正面突破はせずに、首尾よく仕留めたというのは間違いないようだ。
「しかし、貴重な食材なのでは?」
「角や革はそうかも知れませんな。しかし肉は図体が図体だけに、量も多いのです。遠慮なさらずに持っていって下さい」
「なるほど。では、有り難く」
南部内陸部の特産品というのは喜んでくれそうな面々も多いし……みんなで有り難く食べさせてもらうとしよう。
「ところで大使殿。この馬車は如何なさるのですかな?」
と、デボニス大公がゴーレム馬に軽く触れながら尋ねてくる。
「ゴーレム馬は、即席なので魔力が切れたら動かなくなってしまいますね。残しておいても邪魔になると思いますので、あちらに戻る前に車体共々片付けてしまおうかと思っていたのですが……」
「ふむ。やや勿体ない気がしますな。馬など、躍動感があって良いと思うのですが」
んー……。公爵領でも戦闘跡を残しておいて欲しいと言われたが……記念品のような感じだろうか。何となく、大公にしては珍しい提案という気がしなくもないが、公爵の影響だろうか。
「では……崩れないように補強して、彫像として残しておく、というのはどうでしょうか」
「それは良いですな」
デボニス大公が笑みを浮かべる。となると、邪魔にならない場所に置いて、ゴーレムを彫像にしてから構造強化で残しておくのが良いだろう。
大公と相談して場所を決め、ゴーレム馬にポーズを付けさせてそのまま石化させる。置物としては目立つ部類かも知れない。大公はそれを見て満足そうに頷いた。
では、するべきことも終わったので、戻らせてもらうとするか。
「それでは、大使殿、お気をつけて」
「またいずれ、お会いしましょう」
「はい。またいずれ」
「では、また」
デボニス大公と、フィリップ、夫人にクラウディアと共に挨拶をして……手土産共々転移魔法でシリウス号の甲板へと飛ぶ。
「おかえりなさいませ、テオ、クラウディア様」
「うん。ただいま、グレイス」
帰って来たところで、グレイス達が出迎えてくれた。
「ただいま。こんなにお土産を頂いてしまったわ」
「チーズに燻製に……色々ありますね」
「お昼にみんなで食べようか」
「はい」
と、グレイスが微笑む。
では、貰って来た特産品も楽しみながら休暇を過ごさせてもらうことにしよう。
さて。まだ使っていない設備を使って使用感を確かめておきたいので、釣り場に行くということになった。このへんはシーラが心待ちにしていたというところもあるしな。
ともあれ、みんなで釣りをしながら食事をしたり歌を聴いたりして過ごすというのは、中々に楽しそうな時間ではある。
但し、釣り竿は何本か用意してきたものの、全員で釣りができる程というわけではない。なので釣り場近辺の砂浜でも遊んだりしながらというのが良さそうだ。
「良い釣り日和」
と、シーラは自前の釣り竿を担いでポイントを見定めているようだ。中々気合が入っている様子である。
「ふうむ。グランティオスでは槍や網で漁をしてしまうので、殆ど釣りというのは行われていないのだ」
釣り竿を持ったエルドレーネ女王が言った。
「ああ。海中で釣りというのは、確かに難しそうですね」
「うむ。だが、今日は楽しませてもらおう」
というわけで、それぞれ思い思いに過ごす。グランティオスの子供達も砂浜で潮干狩りと海水浴という感じだ。
「もし何かに刺されたり噛まれたりしたら、すぐに教えてくださいね。治療や解毒もできますので」
「うんっ」
アシュレイの言葉に子供達は頷いて波打ち際へと走っていく。
何やら引率しているような気分だが、元々子供達は生活の場が水の中だし、マールや水守り達もいるので、心配は少ないとは言える。
「うむ。では、見て回っておいてくれるかの」
アウリアも、水の精霊を使役して、周囲の警戒をしておいてくれるようだ。片眼鏡には、アウリアの指示を受けてこくこくと頷く水の精霊の姿が見えている。
俺も……滅多なことがないようにカドケウスとバロール達にも見てもらうことにするか。交代で周囲を巡回してもらうことにしよう。
というわけで、俺も釣りをしながら過ごすことにした。
突堤に腰かけて釣りを始めると、リンドブルムがやって来て近くに寝そべる。その身体に寄りかかるようにしてその背中を撫でたりしながら釣り糸を垂らす。しばらくすると、早速糸が引かれた。
竿を立てて釣り糸を引くと、しっかりと魚が引っかかっていた。ふむ。割とあっさり釣れた、という印象だが。
「場所も良いけど、魚がすれてないからかかりやすい」
と、言うのはシーラの見解である。シーラも既に釣果があったようで。
「確かにこのへんで釣りをするっていうのは、今まで無かっただろうしな」
「呪歌は必要ありませんか? 魚を誘き寄せたりもできますが」
と、竪琴を奏でていたマリオンが尋ねてくる。なるほど。セイレーン達ならば、漁をするにもそういう方法もあるか。
「ありがとうございます。では後でお願いできますか? 釣り場として、使い勝手だとか、どの程度釣れるのかとか、幾つか確かめておきたいというところがありまして」
「分かりました」
俺の返答にマリオンは笑みを浮かべた。
「あら。引いているようよ」
ローズマリーがマルレーンの釣り竿の様子を見て言う。マルレーンが頷いて釣り竿を引くと、見事に魚を釣り上げた。それを見せて笑みを浮かべるマルレーンに、ローズマリーは羽扇で口元を隠したままで静かに頷く。うむ。
釣り竿の動きに注意を向けつつも、潮干狩りをしている面々を見てみれば――あちらでは何やらコルリスが活躍している様子だ。
「ほんとだ、見つかった!」
人魚の子供が砂の中からマテガイを掘り出して嬉しそうな表情を浮かべる。
コルリスが地面の下の様子を察知できるからか、指先で砂浜に軽く触れて目印を付け、貝が潜んでいる場所などを的確に当てていたりするというわけだ。
それを子供達が掘って見つけ出したりといった具合に盛り上がっている。そのせいか子供達からの人気がますます高まっているようで。
潮干狩りの趣旨を教えているのはステファニア姫なのだろう。コルリスの近くで、子供達の様子を見て微笑むと、姫達3人で貝殻や珊瑚を集めたりして楽しんでいる様子である。
波打ち際で遊んでいる子供達も、アルファやラヴィーネ、フラミアが背中に乗せて泳いでいたりと、こちらはこちらで盛り上がっている。
「獲れたものはこちらに持って来てくれれば調理しますね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「はい。少し待っていて下さいね」
グレイスが笑みを浮かべて、貝を持ってきた子供達に応じている。
網焼きの香ばしい匂いがあたりに広がる。イルムヒルト達とセイレーン達の歌声や楽器の音色に、子供達の笑い声。暖かな日差しの下で穏やかな時間が過ぎていった。
西にやって来て色々あったが……。うん。ようやく休暇らしい感じになったかな。
エルドレーネ女王は石碑での転移を可能にするため、タームウィルズに一緒に向かうということになっている。帰ったらメルヴィン王との面会をセッティングしたり、ケルベロスの身体を作ったりであるとかまた色々と忙しくなるだろうし、今の内にのんびりと骨休めをしておきたいところだ。




