500 無人島への上陸
シリウス号に乗り込み、何度か往復する形でアイアノスとグランティオスへ非戦闘員を送り届ける。
こちらに避難してきた時と違い、帰りは問題が解決して不安も無くなっているからか、子供達は皆嬉しそうな様子であった。
「空から見るとすごいね」
「海、きれい……」
艦橋や船内等を見て回ったり、モニターにかじりついて空からの眺めを楽しむ余裕がある。コルリス達の待機部屋にも子供達は遊びに行っているようで。使い魔達は子供達の良い遊び相手のようである。
加えて炭酸水に綿菓子、かき氷であるとか、そのあたりも子供達に好評だ。
アシュレイやマルレーン、シオン達がモニターの操作の仕方を子供達に教えたり、クラウディアが綿菓子を作って手渡していたりと……中々賑やかな帰り道となった。
「ありがとう!」
「ええ」
クラウディアは綿菓子を渡した子供にお礼を言われて、静かに微笑む。クラウディアとしては……まあ、迷宮村の住人の保護者を続けてきたわけで、魔物の子供達との接し方に慣れている印象があるかな。綿菓子に喜ぶ子供達を見て目を細めたりしていた。
「ん……。そろそろ降下しても良さそうだ」
カドケウスの再現している海図と現在位置を確認。
場所はグランティオス上空。高度を下げて着水、そのまま海底へと降下すれば、周囲のモニターから見える光景も変わる。
海底のグランティオスが見えてくると、子供達の注目は下方を映し出すモニターに集まる。そうして、街の広場にシリウス号を停泊させる。
広場には迎えの人達が既に集まっていた。グレイスやローズマリーが子供達を誘導して艦橋から甲板へと連れて行く。
「順番に並んで、乗った時と同じように前の人と後ろの人がいるか確認して下さいね」
「焦って転ばないように気を付けなさいな」
といった感じで点呼を行い、人数を確認し子供達と非戦闘員を甲板に誘導していく。順番に船から降りてもらうと、あちこちで家族が再会する光景が見られた。
人化の術を解いた人魚の子が、嬉しそうに家族の元へと泳いでいく。飛び込むように抱き合うグランティオスの子供達を見て、エルドレーネ女王は静かに頷いていた。
「今ので、最後になります。念のため、艦内を確認してきましょう」
エリオットがその光景に微笑みを浮かべながら静かに言った。そうだな。では、手分けしてその作業も終わらせてしまおう。
「ありがとうございます。皆様のお陰で、グランティオスに帰って来れました」
「ありがとう! また後でね、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「ん。また後で」
と、シーラが子供達に向かって手を振る。
他の面々も甲板に出て、グランティオスの人達と手を振り合いながら。やがて頃合いを見計い、シリウス号が浮上していく。
一旦家に帰って状況が落ち着いたら、グランティオスやアイアノスから島へ遊びに来るそうだ。んー。かなり賑やかなことになりそうだが。
「……グランティオスか。良いところだったなぁ」
ドミニクが甲板の縁から下を覗き、段々と遠ざかっていくグランティオスを見ながら零すように言うと、ユスティアが静かに頷く。
「また一緒に遊びに来ましょうか。実は私、グランティオスみたいな都会にはあまり行ったことが無いの。普段はセイレーンのみんなのいる集落のほうにいたから」
「あー。それもいいけど。あたしはそっちにも遊びに行ってみたいな」
「そんなに大きなところじゃないのよ。海底にある洞窟みたいなところ」
「それはそれで面白そう」
ユスティアの集落か。まあ俺としては……ドミニクの故郷も今後に期待したいところではあるかな。
海上に出る。磁石で方向を合わせ、真っ直ぐに目的地へと進む。
このまま件の無人島に赴いてシリウス号を拠点にしながら滞在して魔法建築をしたり、のんびり過ごすという流れになるわけだ。
「そう言えば……島に設備を作った後、普段の維持管理をしたり警備を行う人員を探していると聞いたが」
「ええ。現地で人員を雇いたいという方向で話をしておりましたが。しかし……何も、陸の者に限定というわけではないのでしょう?」
エルドレーネ女王が言うと、その言葉に公爵が頷いて俺に尋ねてくる。
「そうですね。僕としてはグランティオスの方々でも歓迎です」
「ふうむ。陸との交流を気軽に持てる場所、という点では良いのかも知れんな」
「陸と海から人員を選出するというのはどうですかな。互いの友好を希望する者を募れば……」
「それは良いな。まあ、こちらからは少なくとも、人化の術を使えるのが最低条件にはなろうが」
そんな話をしながら無人島へ向かってシリウス号が進んでいく。
「見えて来た!」
そして、セラフィナが嬉しそうな声を上げた。青い海原の向こうに――やがて件の島が見えてくる。
案外大きな島という印象だ。少し高低差があり、グランティオスに面する方角――北側には低地が多く、真っ白な砂浜が広がっている。
東側は岩場になっていて入り江もあるので、東側の海底に色々作る予定だ。そうなると砂浜と入り江……両方から利便性の良い場所を見繕って設備を作るというのが良さそうだ。
後は……南側か西側か。水深の深い場所を改造して、普通の船も利用できる港を作る必要があるだろう。
島の中心部は無人島だけあって原生林が広がっている。ここも道を作ったりしないといけないな。
と、砂浜から少し奥側へと進んだ、開けた場所に建築用の資材が積んであるのが見えた。満潮でも水没しないような場所を選んで、資材置き場にしたのだろう。
資材の近くには商人風の身形の良い男と共に冒険者風の者達や作業員が控えている。こちらは資材引き渡しのために待機していたようだ。島の近くには船が停泊しているが、あれで資材を運んできたのだろう。
まずは、商人に挨拶をする必要があるか。資材の引き渡しまできちんと護衛をしてくれているあたり、仕事熱心な人物のようである。
シリウス号を砂浜の上に待機させて、商人への挨拶へと向かう。
「ご一緒しましょう」
と、デボニス大公と共に甲板へ向かった。
「これはデボニス大公」
「アンディ殿。物資の運搬ご苦労様でした」
商人は甲板に姿を現したデボニス大公を見ると恭しく挨拶をする。
デボニス大公は挨拶を受けて穏やかに頷いた。商人も冒険者も……シリウス号を見てもそこまで驚いたところがないのは、彼らがタームウィルズから来たからだろう。
「ありがとうございます。しかし……飛行船シリウス号ですか。いやはや、間近で見るのは初めてですが、やはり美しい船ですな。ということは、異界大使テオドール卿でいらっしゃいますか?」
「はい。初めまして。テオドール=ガートナーです」
と、こちらも挨拶をする。挨拶が終わると、アンディは巻物を取り出してきた。
「これが目録になります。間違いがないか確認して頂きたく存じます」
アンディから目録を受け取る。とりあえず確認作業をして引き渡しを完了しないとアンディ達も動くに動けないと思うので、みんなで手分けして早めに終わらせてしまうことにしよう。
「では、これからも御贔屓に」
目録と資材の照合を終えるとアンディは満足そうに頷いて、護衛の冒険者達や作業員と共に小舟に乗り込み、停泊している船へと戻っていくのであった。
改めて砂浜側から周囲を見てみれば……白い砂浜と青く澄んだ海とで、実に綺麗な場所だ。
甲板から顔を覗かせたコルリス達動物組も砂浜に降りてきて、周囲を興味深そうに見ている。
「お気に召しましたかな?」
「勿論です。これは色々やり甲斐がありそうですね」
公爵の言葉に笑みを返すと、公爵も満足そうに頷く。
「とりあえず、島の周囲を結界で覆ってしまっても良いかのう」
ジークムント老が尋ねてくる。各地の都市部等、拠点に展開されている対魔人用の結界だな。
「ああ。では、そちらの作業はお願いしても良いでしょうか? 凶暴化した魔物がいる可能性も無いわけではないので、使い魔を連れて行ったほうが良いかも知れません」
俺がそう言うと、ラヴィーネがジークムント老の隣にやって来た。
「よろしくね、ラヴィーネ」
シャルロッテは嬉しそうにラヴィーネを抱きしめている。ラヴィーネは小さく尻尾を振って応えた。
「では、少し行ってきます」
ヴァレンティナが言って、3人はラヴィーネと共に、島周辺に結界を展開するために空を飛んでいった。
さてさて。では俺は……どこから手を付けたものか。滞在する分にはシリウス号があるので困らないが、やることはそれなりに多い。
ある程度計画は考えてあるが、まずはカドケウスとバロールで島のあちこちを見て、海図では分からなかった細かな部分や島周辺の海中の様子などを見ていくというのが良さそうだ。
それによって細部に修正を加えつつ、屋敷を建てる場所であるとか、島のあちこちを行き来するための道の整備などから始めるとしよう。
タームウィルズからは海水を真水にする魔道具の他、それを使いやすくするための導水管なども持って来ている。それらの荷降ろしも必要だな。
では――島の改造を始めるとしよう。