494 深き海の墓所
残響が収まれば、周囲が静寂に包まれた。城の建材と海底が衝撃波で砂塵となって崩れ落ちていた。
破壊の痕は大きな穴となっている。城の床からドラゴンズロアーで斜めに穿たれた穴は――角度と方向を考えると海の亀裂側に向かって突き抜けているようだ。砂は亀裂の底に向かって押し出されて崩れ落ちていったのだろう。
迷うことなく穴の中へと身を躍らせる。水流操作と土魔法で立ち込める埃を除けながらトンネルを突き抜けると――そこはごつごつとした自然の岩場であった。
穴を突き抜けた亀裂の岸壁。その向かいに――ウォルドムの姿はあった。瓦礫の中に埋もれてはいるが……高位魔人というのは、第9階級魔法を受けて原型を留めているのだから凄まじいものがあるな。だが……半身が吹き飛ばされている。致命傷に間違いはない。
「く、くくッ。この亀裂に押し戻されて、息絶えることになろう……とは、皮肉なものだな。ベリスティオの……予備になるなどと思い、策を講じてきたが。それも、終わりか」
ウォルドムは追ってきた俺を見るなり、口元を歪ませて言った。
「盟主の手で覚醒した魔人……か」
俺の言葉に、ウォルドムは目を閉じて笑う。俺が盟主について、ある程度のことを知っているというのは、ウォルドムにとって別段不思議というわけでもないらしい。
ベリスティオの予備。つまり盟主の現在の肉体が滅んだときに、次のベリスティオの器になる可能性のある魔人の1人、ということだろう。
ガルディニスに対する反応といい、ウォルドムもまた古参の魔人ではあるのだろう。
海王を自称し、眷属を引き連れたウォルドムと、信徒を引き連れて魔人達のリーダーを目指したガルディニスと。それは……どこか似ているところがある。
盟主の器となることを嫌い、それを回避する手段を見出したか。覚醒までは盟主を利用し、そこからは自主独立を目指すというのは、理解できる話だが。
「元より――余は、あの女王に一度殺されたようなもの、かも知れんな。畏怖を食らうだけの長い眠りに……鬱屈していたこの身には、そなたや人魚共との戦いこそが、心躍る時間ではあったぞ」
そう言って、ウォルドムは牙を見せて笑う。そうして、口元の笑みを最後の瞬間まで残して――無数の光の泡になって亀裂の底に散った。
後には戦闘の痕跡と、静寂の海と暗い亀裂があるだけだ。渦巻いていた邪気もウォルドムが掻き集めて、俺との激突で使い切ってしまったのか、綺麗さっぱりと無くなっていた。
小さく息をついて、かぶりを振る。……ともあれ。目的は達成というところだ。
いくつか魔人について分かったこともある。参考になるかどうかはともかく、情報共有はしておくべきだろう。
まずはみんなと合流してから、戦闘が終わったことを外にも知らせねばなるまい。……ウォルドムの最後についてもエルドレーネ女王には詳しく知らせておくべきかも知れないな。どうも、奴自身の口から語った自分を封印した女王――慈母に関してはかなり高く評価していたような節があるし。
「テオドール様!」
霊廟へと戻るとみんなが集まって来る。アシュレイが駆け寄って来て、俺の怪我の具合を確認してくる。
「ん。勝ったよ。みんなの怪我は?」
「少しありましたが……一応もう、みんなの怪我は治っています」
アシュレイは心配そうな表情ではあるが、俺の怪我の程度はそこまででもない。
その代わり小さな傷は割と多い。終わってみればあちこち怪我をしているという有様だった。三又槍は間合いも攻撃範囲も広いので避けるのが中々に骨なのだ。
ウォルドムはシールドを普通に切り裂いてきたし、有効打を与えるために更に一歩前に出るような戦い方をしなければならなかったので、あちこち切られたり、渦に近付いたことによる裂傷も受けている。
後は――竜巻を受け止めた時の重圧で、両腕が少し痺れているが……まあ、これは循環錬気で治る類だろう。
それよりも……止血はしているが、海中ということもあって血の臭いが伝播してしまうだろう。そうなると、グレイスが血の匂いに酔ってしまう。
治療はシリウス号に向かってからのほうが良さそうだな。グレイスの呪具を発動させるにしてもそちらのほうが安心であるし、外の皆にも早めにウォルドムを倒したことを知らせてやりたい。
というわけで倒れている眷属達についても、息がある者はゴーレムで回収しながら封印を施して城の外へと向かうことにした。
「――おお! 凄まじい揺れがあったから、心配しておったのだ!」
「無事で良かった……。水の精霊達も怖がってしまっていたし」
俺達が城の外に出てシリウス号へと向かうと、すぐにエルドレーネ女王やマール、そして他のみんながこちらに向って泳いでくる。
「まあ何とか、勝ちました。こちらの損害も、比較的軽いものです」
「それだけあちこち怪我をしていながら、何を言うのか……」
「活動に支障が無い程度です。早めに治療を済ませてしまいましょう」
エルドレーネ女王は悲痛な表情を浮かべるが、苦笑してシリウス号の甲板に上がる。
まず、凝縮魔力による血止めを除ける前にグレイスの呪具を発動させる。
「ん、あ……」
グレイスは僅かに呻いてふらつくが、クラウディアがそれを支えた。
「ありがとうございます、クラウディア様」
「気にしないで。私は、あまり前に出られないからこういう場所では役に立ちたいわ」
そう言ってクラウディアが微笑む。
傷口が空気に触れると、戦闘が終わって落ち着いたこともあってか、ひりつくような痛みを伝えてくる。
「つ……」
「すぐに治療をします。できるだけ傷痕が残らないように処置しますので、少しだけ我慢してください」
「ん。ありがとう」
傷の種類や深さに応じて、アシュレイが丁寧に治癒魔法を用いてくれた。アシュレイの見立てでも肩の傷が一番深いと思ったのか、そこから治療を始めるようだ。
ぼんやりとした治癒魔法の光を受けると、痛みが和らいでいく。魔力のソナーで腕の痺れも感知したらしく、そこにも治癒魔法を用いてくれた。やがて治療も終わり、アシュレイが頷く。
「これで、大丈夫だと思います。まだ痛む場所はありますか?」
「いや。大丈夫かな」
「……ご無事で、良かったです」
そう言って、アシュレイが寄り添ってくる。
「アシュレイこそ」
それに応えるように彼女の肩を抱くようにして、髪を撫でる。少しぼうっとしたようなグレイスも抱き寄せて、抱擁し合う。
「グレイスは、大丈夫? 結構戦闘で無茶してなかった?」
「そう、ですね。少し……反動があります」
小さく笑ってグレイスが答える。そうだな。後でゆっくり循環錬気をしたりといった、時間を取らないといけない。
しばらく抱擁し合い、離れてからマルレーンとクラウディア、それに遠慮がちにしていたローズマリーも手を取って引き寄せる。温かい体温と鼓動を感じる。
「みんな無事で、良かったわ」
クラウディアの言葉にマルレーンが嬉しそうにこくこくと頷く。
「まあ……循環錬気は後でゆっくりと行わないとな」
「わたくしは……イグニスに乗って戦っていたから、それほどでもないのだけれど」
と、ローズマリーが答えるが……魔法戦は神経をすり減らすし、魔力消費が激しいと怠かったりするものなのだ。言葉以上にローズマリーも疲れていると思うので、循環錬気はしっかり行っておくとしよう。
「シーラは、大丈夫?」
「アシュレイが治癒魔法をかけてくれたから平気。それより、開眼した」
尋ねると、真珠剣の柄に軽く触れながらシーラが言う。シーラは割合上機嫌といったところだ。
うん……。そうだな。真珠剣を使った新しい技を陸地でも活用するにはまた魔道具が必要になるだろうと思うので、そのあたりも今の内から考えておくとしよう。
「イルムとセラフィナが音を集めてくれたから、色々やりやすかった。最後、周囲の魔力も集めて倒したんだ」
2人に言うと、笑みを返してくる。
「お役に立てたなら嬉しいわ」
「最後、凄い音の魔法だったもんね」
うむ。歌に乗せて術を更に強化したところはある。音響弾の魔法を選択したのも環境魔力の質を鑑みてだ。
「シオン達も、怪我が無くて良かった。親衛隊長は結構強敵だったみたいだけど大丈夫?」
フォルセトが甲板に戻って来て3人の肩を抱いたりと、無事を喜び合っている。声をかけると、シオンが振り返って頷く。
「何とか勝てました。マルセスカとシグリッタも無事だし……エッケルスも、助かったようです」
シオンが頷く。シオンは手加減無しの大技を放ったから気にしていたようだが……エッケルスは傷口を塞いだ上で、念のために封印を施して、甲板に転がしてあるが、まだ意識は戻らない様子だ。
「シオンの相手の人、強かったもんね」
「……ん。加減する余裕なかったみたいだし」
マルセスカとシグリッタが頷く。
まあ……城の中での戦闘に加わった面々は一先ず無事だ。そこに――ステファニア姫と共にコルリスも戻ってきた。甲板の縁に手をかけて、のっそりと座り込む。結界組も次々戻って来ているが、眷属達の残りはどうなっただろうか。
「他の連中の状況はどうなりましたか?」
と、エルドレーネ女王に今の状況を尋ねる。結界が解除されたということは、事態が終息しているということを意味してはいるわけだが。
「ウォルドムが倒れてから、次々投降してきているな。邪気が失われ……頑強さなどが無くなって、好戦的なところも鳴りを潜めているようだ。城門も内側から開かれたし、最早戦う力は残ってはいまい」
エルドレーネ女王が言う。……なるほど。まあ、魔人との契約のようなものがあったならば、ウォルドムが倒れればそのあたりの力を失ってしまうのも当然か。とりあえずは問題無さそうだ。……いや、1つ問題があったか。
「ええと、1点問題が。城の中も色々と破壊されてしまったところが」
「それはテオドール殿が気に病むことではない。例え謁見の間であれ霊廟であれ……敵の手に落としてしまったのは我等。この手に取り戻すことができただけでも望外であるし……再建をできるのもテオドール殿のお陰であろう」
エルドレーネ女王はそう言って柔らかく笑った。
ふむ。とは言え、城や街の再建で、手伝えるところは手伝っておくと言うのが良いのかも知れないな。大穴を空けたりしたのは俺だし。
何時も拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
お陰様で書籍版境界迷宮2巻の発売日を無事迎えることができました。
皆様に楽しんでいただけたら嬉しく思います。
気が付けばブックマークも密かに目標にしていた40000を超えていたりと
色々嬉しいことが重なっております。
これからもウェブ版の更新共々頑張っていく所存ですので
拙作にお付き合いいただけたら嬉しく思います。m(_ _)m




