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486 女王の進軍

「みんな、怪我は?」

「大丈夫です」

「ん。平気」


 後衛の様子を見ていたアシュレイが明るい笑みを見せ、シーラも軽く肩を回しながら答えた。


「私も大丈夫です」


 と、グレイスが微笑む。マルレーンの様子を見ていたローズマリーもこちらを見て頷いた。イルムヒルト、セラフィナ、ピエトロも大丈夫。ふむ。みんなにも怪我はなし、と。

 海水が残っていたとは言え、こちらに有利なフィールドと条件なのだから、陸上では完封といったところか。


 早速グレイスとイグニス、デュラハンやピエトロの分身達が手分けをして、そこらに転がっている海王の眷属達を船着き場に並べ始めている。

 意識がある者もいるようだが、戦意は喪失している様子である。そもそも、戦える状態にしておくほど甘くはないが。


「行け」


 魔力を充填したバロールを上空に打ち上げる。みんなの怪我がないことを確認したら、次は周囲の状況の再確認だ。別動隊がいないかどうかはしっかり確認しておかなければいけない。

 斥候である鮫男が戻ってこなかったから、次は部隊が来た。異常を察知して偵察隊が海の都からここに来るまでの時間を目安に、こちらも向こうに攻め入る形になる。つまり、ここからはある程度スピード勝負になってくるところがあるか。


 まずは通信機で各所に連絡を行いつつハイブラ達を梱包し、みんなとの合流が必要になるだろう。そのまま連中には次の行動をさせずに海の都に攻め入る。


 周囲の安全を確認できたら水門を解凍しておかなくてはならないだろう。あー……。後は船着き場の床や壁の修復もだな。

 ともあれ、後背を突かれては本末転倒である。非戦闘員は陸地……つまり公爵領に避難してもらう予定でアイアノスでも諸々の準備を進めている。ロヴィーサが襲われた海域に水の精霊による監視の目を残しつつ、作戦開始といこう。




「もう、大丈夫とお聞きしましたが」


 こちらの連絡を受けて公爵が船着き場に戻って来る。


「はい。連中は梱包しましたから」


 怪我の程度がそこそこ重い奴もいたが、ある程度の回復魔法を用いたり、死なない程度の最低限の手当をしてからギプス代わりに土魔法で固めて同時に能力も封印してある。

 封印術に際してはタームウィルズからの物資が届いているので、きっちりと呪具として機能する腕輪なりを装着させることができるようになっている。


「まあ……連中は牢に入れておきましょう。処遇については後々ですかな」


 公爵はその旨を兵士達に通達する。梱包されているので荷車に積んで運べる状態だ。兵士達が眷属達を船着き場から搬出していく。


「そうですね。海王が倒れた後でなら、場合によっては身柄の解放なども認められるかも知れませんし」


 そのあたりは連中次第といったところだな。エルドレーネ女王への恭順とグランティオスの法の順守であるとかは最低条件になるだろう。呪具には契約魔法も組み込めるから色々と条件付けもできるし。

 それに……グランティオスに伝わる昔話を詳しく聞いてみると、どうも海王の存在が連中を強化しているという部分がありそうなので、海王が倒れた場合は今ほどの力を発揮できなくなる可能性も高い。


「テオドール様、水門周辺の解凍が終わりました」


 アシュレイが言う。氷から水への状態変化も水魔法でできるからな。作業に集中できるならそれほど手間でもない。


「ん。それじゃあ壊したところを直しておくかな」

「ふうむ。些か勿体ない気もしますな」


 と、公爵が言った。


「勿体ない、と言いますと?」

「いや、戦いの痕跡が全く綺麗になってしまうというのもと思ったのですが……。まあ、戯言でしたな」


 ふむ……。公爵らしい感じはするな。では、修復に際してはちょっとした継ぎ目を残しておくか。手間はあまり変わらないし、構造的に弱くなるということもあるまい。




 戦いの痕跡を船着き場の床や外壁などに多少残しつつも、構造物の強度は確保といった方向で修復すると、公爵は思いの外喜んでくれた。

 まあ、公爵のテンションが上がる分には特に悪いことも何も無いので、それはそれで良いとして……その他の作業を進めていく。


 非戦闘員や、その保護者などは公爵の本拠地に避難していてもらう。シリウス号に乗せて何往復かすれば輸送完了だ。

 前もって名簿も作ってあるし、半魚人の兵士達も何名か同行している。

 そして――俺達もシリウス号に乗り込み、アイアノスへと戻った。それから物資の積み込みと確認であるとか細々とした作業に追われて、今に至る、というわけだ。


「物資の積み込みと点検は終わったぞ」

「こちらも人員の乗り込みと点呼は完了しました」


 ジークムント老とエリオットが艦橋に来て報告してくる。水守りやセイレーン達を乗せて、このままアイアノスの騎士や兵士達と共に、海の都へ向かって進軍することになるだろう。


「ありがとうございます」


 と、2人に礼を言う。こちらの作業が一段落したところで、デボニス大公が話しかけてきた。


「テオドール殿、申し訳ない。よろしくお願いしますぞ」


 公爵領が割合ごたついているので、デボニス大公は最終的にシリウス号に乗船する、ということで落ち着いた。

 大公と公爵が揃って女王に協力するというのは公爵領近辺の海路の安定にも繋がって来るので印象が良くなるという部分もある。


「いえ。気が付いたことがあれば指摘していただけたら嬉しく思います」

「分かりました。お力になれるよう努力しましょう」


 デボニス大公は静かに頷く。


「デボニス大公とドリスコル公爵は僕が護衛致します」


 ヘルフリート王子が胸に手を当てて一礼する。


「よろしくお願いします。こちらも艦橋まで敵を通すつもりはありませんが」

「ふうむ。何とも頼もしいことですな」


 大公はそう言って相好を崩した。まあ、信頼には応えないといけないな。


「テオドール殿。こちらも準備は整ったぞ。できればテオドール殿にも甲板に姿を見せて頂きたいのだが、どうだろうか」


 艦橋にエルドレーネ女王がやって来る。


「分かりました」


 頷いてエルドレーネ女王に同行する。

 甲板に出ると……そこにはグランティオスの将兵達が整列していた。

 アイアノスの街並みの上に、部隊ごとに整然と並んでエルドレーネ女王を見上げている。

 エルドレーネ女王が姿を見せると将兵達から歓声が上がった。女王が両手を広げてそれに応えると、ますます声が大きくなる。

 その声を落ち着けるように、エルドレーネ女王は手を降ろす。その動きに応じて将兵達も静かになっていった。頃合いを見計らって、エルドレーネ女王が堂々と声を響かせる。


「同胞よ! 勇敢なる戦士達よ! 誇り高き海の槍達よ! 今日まで、よく耐え忍んでくれた!」

「おおおおっ!」


 将兵達が槍を高々と掲げて声を上げる。


「敵はウォルドムとその眷属達! 不遜にも海王を僭称する不逞の輩よ! 過去の亡霊なれど、伝承にある通りならばその力は決して侮れるものではなかろう! しかし我等はこれに従うわけにはいかぬ! この豊かな海を残してくれた慈母と、我等を慈しみ、育んでくれた父祖達への恩、そして海の民の誇りに賭けて、国難に立ち向かわなければならぬからだ! 子や孫の明日の笑顔のために、この手に平穏を取り戻さねばならぬからだ!」


 黄金色に輝く錫杖を掲げ、エルドレーネ女王はグランティオスの方向を指し示す。


「都を追われ、アイアノスで雌伏して来たのは、今日のこの時のため! 妾達は今より、再び都と海の平穏をこの手に取り戻すために、グランティオスへと攻め上る! 恐れることはない! 我等は我等だけに非ず! 高潔なる志を胸に秘めた地上の勇士達が我等と共にある! 我等はこの温かき友誼にも応えねばなるまい! 誇り高き志は、敵の鱗を貫く槍となり、必ずや我等の手に勝利を齎すであろうッ!」

「おおおおおおっ!」


 アイアノス中に、轟くような声が響き渡る。将兵達が槍を何度も頭上に掲げながら声を張り上げた。


「エルドレーネ女王陛下に勝利を!」

「勝利を!」

「グランティオスに栄光あれ!」

「栄光あれ!」


 エルドレーネ女王は歓声をその身に受けながら鷹揚に頷く。そして、頃合いを見て船へと戻る。俺もそれに付いていく形で甲板を後にした。


「済まなんだな。魔術師であるそなたがいてくれれば将兵達の士気も上がるであろうし」


 船の中に戻ったところでエルドレーネ女王が言った。


「いえ。お役に立てたなら何よりです」


 そう答えると、エルドレーネ女王は目を細めて頷いた。

 ともあれ……いよいよグランティオスへの進軍だ。このままシリウス号に随伴する将兵達の速度に合わせて北上する。途中で野営などは行うが、ウォルドム達が次の動きを見せる前に、こちらからグランティオス近郊まで攻め上る形を取れるだろう。

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