47 ガーディアン
「さて、と。今度は上手くいくかな」
魔力を杖に通し、雄叫びを上げて向かってくる魔物達を迎え撃つ。
オークの打ち下ろしてくるハンマーをウロボロスで受ける。軽い衝撃と、その軽さに見合わない、何かが破裂するような大きな音が響き渡った。オークが叩き付けてきたハンマーが砕け散る音だ。
ハンマーの柄を取り落とし、痺れた手を見やって呆然としているオークに躍り掛かる。青白く輝く竜杖ウロボロスを握って打撃を繰り出せば――打たれたオークが身体ごと吹き飛び、他のオーク達と一緒くたになって転がっていった。
「うーん。加減が難しいな」
魔法杖の良し悪しというのは、魔力を術式に変換した時のロスをどれだけ少なくしてくれるか、術式の展開速度をどれだけ早くできるかなど、術者の魔法行使をどの程度補強してくれるかで決まってくるところがある。
俺の場合は近接戦闘にも使っているので、更に長さや重量、耐久性などを勘案しなければいけないのだが。
ウロボロスはどうかと言えば――そのどれもが高い水準で纏まっている。いきなり全力全開というわけにはいかないが、杖が壊れるような気配も、今のところは無い。
今度は充分に加減しながら残りのオークに向かって杖を振るう。弾き飛ばし、切り裂き、巻き込んで天井近くまで吹き飛ばす。――術式を介さずとも、ある程度こちらの意を汲んで魔力の性質や形状を変化させてくれるらしい。
襲ってきたオーク達を残らず平らげると、杖にあしらわれている竜の像が満足そうに口に咥えた尾の先端を左右に振る。
試しに喉の辺りを撫でてやると……気持ち良さそうに目を細めている。
……ガーゴイルのような魔法生物を杖に組み込んだ、というところか。実戦投入してみたらこんな特性が明らかになったわけで。
竜杖ウロボロスは循環を前提とした魔法杖。杖と一体化した魔法生物が、魔力循環の補助と増幅を行ってくれるらしい。
「その新しい杖、すごいですね」
「……前とは違う意味で加減しないといけないけどね」
驚いているアシュレイに答えて杖を見やる。ウロボロスは心なしか誇らしげな表情をしている。竜というより犬っぽい気がしないでもない。
問題は、やっぱり強力過ぎる事か。俺が加減を間違えると戦利品が目減りすると言うか何と言うか。
竜杖は確かに俺の魔力に耐えて、結果を出してくれている。いや、出し過ぎている、と言うべきだろう。魔法にしろ打撃にしろ、ちょっと加減を間違えると剥ぎ取り部分さえ残らないという有様だ。
大は小を兼ねるとは言うものの、扱いに慣れるまでは少々苦労しそうだ。……良い魔力制御の訓練だと思う事にするか。
「今日はこのまま、俺が前に出てもいいかな? 早いうちに慣れておきたいし」
「解りました。後ろから来る敵はお任せください」
と、グレイス。先頭に俺、次にシーラとアシュレイが続き、グレイスが殿を務める形で迷宮を進んでいく。
とは言え、今いるこの場所は地下19階。迷宮の難易度は地下20階の分岐後からぐっと上がってくるという事情もあって、この辺の階層を探索している冒険者グループは結構多い。
ボリュームゾーンという事はリソースを食い合いするという事で、魔物も宝箱も実入りがあまり良くないのだが、人が多い分安全ではあると言えるのかも知れない。魔物と戦って劣勢になったとしても加勢が望めるしな。
「曲がり角の先から人間の集団。5人」
「了解」
シーラが俺に注意を促してくる。俺は余計な警戒をさせないように杖を地面に立てて、向こうからやってくる冒険者グループの到来を待つ。
「お……っと」
向こうからやってきた冒険者達が驚いて目を丸くした。
「どうも」
「ああ。あんたらは……噂の魔人殺しか。精が出るな」
「はい。御武運を」
「あんたらこそな」
冒険者グループは曖昧な愛想笑いを浮かべると、洞窟の奥へと消えていった。
たまに他の冒険者グループとも洞窟エリア内で行き合うが、特にトラブルはない。というか、俺達よりも彼らの方が緊張しているようだ。どうも――すっかり顔が売れてしまったらしい。多少怖がられる程度でトラブルを避けて通れるなら、別にそれで良いけどな。
さて。さっきの冒険者グループは右手の壁に手を付けて歩いていたので……こちらは逆側の壁伝いに歩いていけば階段が見つかる可能性も高いだろう。
予想通りというか、程無くして階段が見つかる。地下20階に降りると、そこは巨大なドーム状のフロアになっていた。全体が石で造られた階層で、印象としては境界都市の中央部に近い。
「あの建物は何ですか?」
「祠だね。あの建物の中に分岐点と石碑がある……らしい」
ドームの逆端に、大きな柱の立ち並ぶ、神殿めいた作りの建物がある。入口の部分には篝火が焚かれているようだ。何組かの冒険者グループが松明を片手に祠目指して歩いているのが見えた。
祠の中には地下20階の石碑と他の区画に通じる門がある。そしてここの階層は分岐点までは固定だ。つまり――分岐後は更に1階分降りるまでは石碑が無いという事を意味する。
祠の中に入ると幾つかの冒険者グループが屯していた。何やら深刻そうな表情をしている。
その中に、何故か受付嬢のヘザーがいた。
「あっ! テオドールさん!」
ヘザーは俺を見るなり、慌てた様子で近寄ってくる。その手には赤転界石が握られていた。
「……どうしたんです? こんな所まで」
「それが、分岐点の先にガーディアンが出たそうなんです」
「こんな浅い階層で……ですか?」
ヘザーは深刻そうな表情で頷く。
ガーディアン。迷宮地下20階、分岐点以降ならどこでも現れる可能性がある強力な魔物だ。そこまで出現頻度が多いわけではないが……地下20階以降の探索はこのガーディアンの出現を計算に入れておかなければならない。
よりによってこの辺りの階層に現れたとなると――対抗手段を持っている冒険者グループは普通いないだろう。地下20階以降は階層そのものも多様化して難易度が上がるのは確かだが……。
「赤転界石でガーディアンから逃げ帰ってきた冒険者グループがいるのですが……彼らの言うところによると、他の冒険者グループを同じ区画で見たという事なんです。上では彼らの救助に向かえる実力を持った方に召集を掛けているところです。私はここに注意を呼び掛けに――それから、テオドールさん達が洞窟辺りにいたから、現れる事も期待していました」
「つまり――救助依頼ですか」
「そうなります。相手はソードボアで、出現場所は宵闇の森。無理強いはできませんが、討伐と救助に向かっていただけたら高額の報酬をお約束します」
ヘザーから提示された額は依頼を受けて向かうだけで1500キリグ。成功報酬は更に別途計算。
場所は宵闇の森、と来ている。どっちにしても討伐しなきゃ進めないわけだ。
他の――実力のある冒険者グループは援軍には来ていないようだ。町中にいるからか、迷宮内のどこかに潜っているのか。理由は解らないが、捕捉できていれば、この場に連れてきているはずである。
つまりガーディアンに対抗し得るのは、今この場では俺達だけのようだ。どちらにしても取り残された冒険者グループ達に脱出手段の用意が無ければ、しっかりとした討伐隊が結成される頃には、その生存は厳しいと見るべきだろう。
「いいですよ。行きます」
受けるか否かについては、あまり考える必要もない。俺は鍛えるため、稼ぐために迷宮に来ているのだし。ただ、問題は――。
「グレイス達は――」
「一緒に行かせてください。テオが私よりずっと強いのは、もう解りました。けれど、テオの戦いの場に私が居られないのは嫌です」
当然のようにグレイスは自分の胸に手を当てて言う。
となるとアシュレイとシーラも、だろうか。
「怪我人の処置は――早い方が良いと思います。テオドール様が足手まといと仰るのでしたら致し方ありませんが」
アシュレイは俺を真っ直ぐ見ながら言ってくる。自分も連れていってほしいと思ってはいるようだ。
「私は行く。不意打ちはさせないし、要救助者も見逃さない」
シーラは迷わず言う。
説得のために話し込んでいる時間はない。2人の言う事は確かに、間違ってはいないんだ。アシュレイとシーラが居てくれると、戦力面以外で助かる部分は多いし。アシュレイ自身が強くなりたいと思っている事。シーラが冒険者ギルド側への心証を良くしておきたい事。気持ちも汲んでやりたい。
相手はガーディアン、ソードボア。場所は宵闇の森、か。
倒せれば美味しい相手。だがアシュレイとシーラが直接相手をするには少々荷が重い魔物だ。こちらには赤転界石があり、カドケウスの事も加味して考えれば――さて。
「……解った。俺が前に出て守るのは大前提だけど、その代わりシーラは、こっちの指示があったら確実に赤転界石で皆を逃がす事。指示を待たず、シーラが危険を感じた場合も……最低でもアシュレイと2人で確実に脱出してほしい。それを約束できるなら連れていく」
「必ず。約束する」
「ありがとうございますテオドール様!」
宵闇の森ではぐれる心配はない。2人の身はカドケウスに守らせるからだ。
「解った。じゃあ、宵闇の森の注意点については、道々説明する」
「はい。お願いします」
「ではヘザーさん。行ってきますので、引き続き皆の誘導をお願いします」
「お気を付けて!」
真剣な面持ちのヘザーとその場にいる冒険者達に見送られ、俺達は宵闇の森へと通じる門へと向かい――迷う事なくその中に身を躍らせた。




