4 冒険者ギルド
「すみません。これ、お幾らですかね?」
魔法杖を手に取って取り回しを確かめてから、店のカウンターに腰かけてパイプを燻らせていた白髪の老魔術師に尋ねてみる。
店内はスクロールや水晶球、トカゲの干物等々、雑多な物が所狭しと置かれており、いかにも魔術士の店といった風情だ。
街道を通り、シルンという地方都市に着いたところで、フォレストバードの面々とは一旦別行動という事になった。 彼らはギルドの支部に蟻の顎を売却に行くそうだ。その後、物資の買い付けやら何やらを経てから待ち合わせをし、タームウィルズへ向けて出発という形になる。
彼らは俺に事情を聞きたそうにはしていたものの、自重したらしい。グレイスの事もあまり突っ込んでこなかったので、これからも良好な関係でいられそうで何よりだ。
所謂「冒険者間のタブー」というのがあるんだろう。それぞれ事情があるから他人の過去を無闇に詮索をしたがる奴は嫌われるというわけだ。
俺が実家を嫌いで出ていくという話をしていたから、色々向こうで想像を広げてくれた結果だと思う。有能であるなら貴族の家が手放す理由が無いからだ。
或いは貴族の家の事情に首を突っ込むと面倒な事になるという経験則からかも知れないが。
どっちにしても聞かれた場合は、杖術や魔法はほとんど独学で覚えたと答えるしかない。
貴族の嗜みとして武術も習っていたが、あれは稽古にかこつけてバイロンやダリルに甚振られる場所でしかなかったから才能の有る無し以前の問題だ。グレイスには見せたくなかったから武術訓練の日は同行を断っていたぐらいである。
「ふむ? そいつは、お前さんには少し大きすぎやせんかね?」
持ってきた杖と俺を見比べると、店主の老魔術師は片眼鏡の位置を直して首を傾げた。
「杖術を併用するから別にいいんです。小さいと成長に合わせてまた買い替える事になりますし」
「ほう。杖術とな。その若さで将来を見据えて杖術を志しているというのは珍しいのう」
「文献や他の武術を参考にした独学ですけどね。剣や槍の延長で使えるところもあるので」
「うむ。その通りじゃが……独学と言う割には中々話せるのう、お主は。大抵の若い術士は火魔法など派手なものばかりに目が行きがちなものなんじゃがな」
杖術の話をしたらあからさまに機嫌が良くなった辺り、店主も行ける口らしい。
突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀――だっけ。これは日本の、ある杖術流派の割合有名な言葉だ。杖術の万能性や有用性、性質を端的に示したものである。
店内の品々を興味深そうに見て回っている、グレイスに少しだけ振り返る。彼女もあまり俺に事情を聞かないようにしているように感じる。
俺が人知れず努力した結晶だと思っているのか、それとも話すまで待つと決めてくれているのか。或いは使用人だから詮索しないというスタンスなのかも知れない。いずれにせよ「信頼されているから」というのは間違いないようだ。
せめてグレイスには……いずれちゃんと話せる時が来たらいいけどな。
自分でもどうしてこうなったか上手く説明できないから、今の段階ではまだ無理だとしても。
「しかし、そいつは初心者の練習用でな。あまり物が良くないぞ。杖術を使うならもっと適したものがあるが?」
「ああ、いえ。ボロボロになるまで使うつもりなので。ですから、これと同じぐらいの物を何本か頂けませんか?」
「ほほう。練習熱心なんじゃな」
というわけでもないが、敢えて誤解は解かなかった。
店頭に並んでいる杖の中で杖術に向いている物を、と見ていった場合、伯爵領で手に入れたものより品質が上だと思うが、全力に耐えられるかといったら割と怪しいところだ。
恐らくこれは店主の自作だと思うので壊れてしまうからと言っても気分を害してしまうだろう。ここは馬鹿正直に言わなくても良い場面だ。
魔法杖だって安くないから、タームウィルズに着くまでは繋ぎと考えている。三本の魔法杖を包んでもらって店を出た。
「グレイスは何か買う物ある?」
「いえ。必要な物資はフォレストバードの皆さんが買い揃えるそうですので」
「じゃあ一旦戻ろうか」
馬車を預かってもらっている厩舎まで戻ると、皆も用事が済んだのか戻ってきていた。んん? でも武器の手入れとか色々あるって言ってたから、それら諸々の用事を済ませてきたにしては早いような。
なんだか、知らない顔が増えている。中年の男と若い男が二人。それに若い女だ。三人の男達は軽装の鎧の上に揃いのサーコートを羽織っている。
「テオ君。こちら警備隊長のオスロ氏と――」
「はじめまして。ギルドの受付をしています。ベリーネです」
オスロは鷹揚に構え、ベリーネは自分から名乗って頭を下げた。
「初めまして。テオドール=ガートナーと言います。何の御用でしょうか?」
こうやって俺を待っていたというのは――俺に用事があるという事なんだろうけど。
手柄を譲ってもらうのは嫌だと言ったから、最初から六人で戦って倒したと言って構わないとは言ってあるが。
何だろうか。顎の売却でトラブルがあったとか?
「ふむ。君がもう一人の魔術師かね? 何だ。本当に子供ではないか」
「オスロ隊長。それは関係ないでしょう。ギルドと致しましては、近隣に大きな被害が出る前にキラーアントを撃退してくれた事に感謝を言っておきたくて。功績が大きい事から、特別な褒賞金を出そうという話になったのですが……」
「たまたま居合わせたそこの警備隊長さんが、それを狙った不正じゃないかってゴネてるってわけさ」
ベリーネの言葉を引き継ぐようにフォレストバードの戦士、フィッツが肩を竦めた。
「ゴネるだと? 何を無礼な。たかが六人であの数のキラーアントを仕留めただと?」
「オスロ殿の言う通りだ。我々を馬鹿にするのも大概にしたまえ」
「褒賞金は別に、こっちが言い出した事じゃないでしょ? 疑いをかけられるぐらいなら通常の売却額だけでいいって言ってるじゃない!」
「試みたかも知れないという、それだけで問題なのだ」
「蟻の死骸なら焼き払った残骸があるから見てくればいいじゃないか」
「今、部下に馬を走らせてやっている!」
「公平を期すためにギルドからも一人人員を送らせていただきましたよ」
最後にそんな風にベリーネさんが締めると、オスロは舌打ちした。
……うん。大体把握したけれど。
ベリーネさんは味方。そしてかなりできる人だな。
「そもそも……何で警備隊長がギルド内部の事に口出ししているんだ?」
と、俺は突込みを入れた。
冒険者制度は国策ではあるがその自治は冒険者達に任せられている部分が大きい。
ギルドは国からも民間からも依頼が自由に出せる場所なのだが、その成り立ちにはまず国の都合があった。
最初は……ずっと昔に戦争が終わって、あぶれた傭兵達をどうするかという問題が立ち上がった際、その後も魔物対策として使えばいいじゃないかという話になったわけだ。
ギルドが割合強い自治権を確立したのは……冒険者から身を立てて一代で王国を築いたという例があり、そこの王様が冒険者自身に自治を行わせる形でギルドを作ったからだ。
冒険者が優遇されるものだから、そちらばかりに有能な人材が集まり、彼の国は優秀な人材を易々と勧誘せしめた。結果その方法に周辺国家も追随せざるを得なくなり……今ではスタンダードな様式になっている。
国境を跨ってある程度共通したルールがあるのは、ギルドの支払う金額の目安、冒険者に対する扱いに一定の基準がないと、そちらにばかり優秀な冒険者が集中してしまうという事で、各国の間に協定が結ばれているからだ。
これらの歴史を経てギルドは自主独立の気風が強い場所となったのだが、自主独立しているから煙たがられているかというとそんな事は無い。ちゃんと国にも重宝がられている。
まず盗賊の数を二重の意味で減らせるという事で、治安が良くなる。そして優秀な人材の情報が集まるのでヘッドハントもできる。人柄も見られるので危険人物の情報だって集められる。
そして何より費用対効果の面で優れている。
回収される魔物の素材の数と金の出入りなどは国に精査されているから、国からの依頼による報酬金は、仕事をこなした分だけ支払えばいいわけだ。人件費だって一部のギルド職員だけで済む。
冒険者達がもし怪我をしたり死んだりしても、国は自主独立と協定を理由に面倒を見ないから安上がりに使える。
冒険者側は冒険者側で、国が冒険者の身分を保証してくれているから街から街への往来だって容易になるし、特に資格がいらないから仕事さえ選んでいればある程度安全に立ち回れる。食い扶持に困る事もないというわけだ。
と、諸々勘案した場合……たかが警備隊長が口出しするのはどう考えてもおかしな話、となる。
「私は、警備隊長ではなく一人の善意の市民として不正の芽を潰そうとしているだけだ!」
「と言ってますが、ベリーネさんはどうお考えで?」
「それはですね。ここの領主はあまり冒険者を好いていないのです。あの森の警備と管理もオスロ隊長の担当ですので」
「ああ……。魔物の駆除をサボってたと思われると」
「コレですね」
ベリーネさんは人の悪い笑みを浮かべて首を横に切る仕草を見せ、オスロは顔を真っ赤にした。