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478 深海の作戦会議

 エルドレーネ女王に通されたのは、円卓が置かれた広間であった。

 特筆すべきは扉を潜ってからの回廊とこの広間に至るまで、水が引いていることだろう。ヴェルドガルからの加勢を宮殿で迎えるにあたり、歓迎の意を示して魔法で水を引かせた、ということかも知れない。


 家具の類は、総じて石造り。まあ、木製の椅子や机というのは海中なので置けないだろう。円卓や椅子の表面はやはり建材同様の塗料が塗られているので、普段は広間も水の中にあるのかも知れない。

 作戦会議をするには打ってつけの場所と言える。各々が席に着くと、エルドレーネ女王が口を開いた。


「海の国……グランティオスを治めるエルドレーネという。まずは、地上より加勢に来てくれた勇士達の高潔なる志と信義、そして地上との絆に深く感謝の意を示したく思う」


 そう言って人化の術を用いたエルドレーネ女王が、立ち上がって一礼する。それは地上の作法に沿ったものだった。


「作戦会議を始める前に――ささやかながらではあるが、歓迎と友誼を祝して宴の席を用意している。我等の普段口にしている食材はともかく、調理法に関してはそのままでは地上の方々には些か合わぬであろうからな。そこは安心して頂きたい」


 ふむ。海中で作れる料理というと……刺身などだろうか。香ばしい匂いも漂ってくるので煮たり焼いたりもできるように水を引かせて地上の料理を作って待っていたというわけだ。


 早速、女官達が広間に料理を運んでくる。やはり海産物尽くしという感じだ。煮魚に焼き魚、貝に海老、蛸、烏賊。食材として馴染みのあるものが多い。


「シリウス号に残った者達にも後で料理を振る舞いたいのだが」

「交代でこちらに来てもらいましょうか」

「では、そのように船まで使いを出しておくとしよう」


 エルドレーネ女王は俺の言葉に、笑みを浮かべて頷いてそう答えた。

 ではまず、作戦会議の前に晩餐の席だな。




 地上の料理ということで、味付けなども良く研究されている印象があった。素材ごとの特色を活かすのが上手いのは流石海の国ならではという気がする。

 エルドレーネ女王の先程の所作といい、この料理といい……地上からの客を迎えた場合のノウハウがありそうな気がする。かつては地上と、もっと積極的に交流していた時期があったりしたのかも知れない。

 ともあれ、出された料理に関しては、俺は堪能させてもらった。みんなの表情も、見回してみれば良い反応なのではないだろうか。


 晩餐の席が一段落ついて、料理を乗せていた皿が下げられると次第に緩んでいた空気が引き締まって来る。


「では……そろそろ作戦会議に移っても構わぬだろうか」


 頃合いを見計らったエルドレーネ女王が皆を見回して言う。異論は出ない。今度は海底地図が広間に運ばれてきた。先程エルドレーネ女王が居室で見ていたものと同じだな。

 ロヴィーサを始めとした水守り、マリオン達セイレーンの代表、それにウェルテス達半魚人の武官も加わって、作戦会議が始まる。

 地図……といっても、石で作られた立体的な模型である。色付きの塗料が塗られて、海岸線も分かりやすくなっているようだ。円卓の中央にいくつかの地図が組み合わされて置かれ、アイアノス周辺から割と遠方までの広域の海底の様子が見て取れるようになった。


「このあたりの島々や海岸線には見覚えがありますな」

「ふむ。確かに公爵の領地ですな」


 ドリスコル公爵が地図の一角に見知った地形を見出して言うと、デボニス大公が頷く。

 俺達にとっては陸地を基準に見たほうが位置関係が分かりやすいか。


「左様。ここが妾達が今いる、アイアノスになる」


 海底に広がる山脈の谷間を指差し、エルドレーネ女王が言った。


「アイアノスは比較的歴史の新しい場所なのです」


 と、ロヴィーサ。エルドレーネ女王が頷く。


「うむ。海王が暴れた当時には存在すらしておらなんだ。故に、連中から身を隠すには都合が良い」


 なるほど。そういう理由で選ばれたのか。まあ、収容できる人数、利便性、それに地の利など、他にも加味した部分はあるのだろう。


「そして――海の都グランティオスがここになります」


 ウェルテスが指差す。

 アイアノスからは北東に当たる場所だ。国名でもある海の都――グランティオス。

 海王を海の裂け目に封印したという言葉から察してはいたが……やはり深い海溝のある場所であった。

 ここで重要になってくるのはグランティオスとアイアノスの位置関係だろうか。

 アイアノスとグランティオスを挟んで海底には平地が広がっていて、エルドレーネ女王達が兵を展開しやすい場所を選んでいるのが窺える。

 やはりグランティオスを放棄するのは汚染に身を晒さないための一時的なもので、きっちりと奪還を考えていたということなのだろう。


「儂としては……このあたりが気になるのう」


 と、アウリアが指差したのは、平地の脇にある、起伏に富んだ地形だった。


「……確かに、海王が南西部から現れる敵に対して伏兵を配置するとしたら、潜みやすいのはそのあたりかしらね」


 ローズマリーが地形を見ながら眉根を寄せ、大公や公爵も頷く。

 アウリアは……冒険者ギルドの長をしているだけに、大規模な魔物の討伐なども経験があるからこその発言だろう。


「妾達も、この近辺が問題になると見ている。南西から海の都を攻めるにあたり、通過した敵軍の後背を突くにはこの付近に兵を潜ませるのが定石であろうからな」

「かと言って、他の方角から攻め入るのはもっと戦いにくくなる場所が多いように見えますな」

「上を泳いで行けるとは言え、隘路や奇襲に適した地形が多く、伏兵を潰そうにも多勢を活かしにくいと……ふむ。流石は海の都といったところでしょうか」


 大公と公爵がグランティオス周辺の地形を見ながら険しい顔をする。


「敵が潜んでいて挟撃を受ける可能性を無視しては、上を通過していくわけにも行かないといったところでしょうか。グランティオスからも迎撃が出るでしょうし」

「うむ。潜んでいるであろう敵兵を無視するわけにはいかぬな。かと言って、海底を攻めるのは地形により人数が頼みにできぬ故に難しいと考えている」


 俺の言葉に、エルドレーネ女王が頷く。

 海中での用兵は若干勝手も違う部分もあるのだろうが、地形を無視できないのは同じか。


「では……こちらに迂回しては?」

「その付近は地形だけ見るなら良さそうに見えますが、海の森――長い海草が密生しているのです」


 ああ。それは伏兵を置くには都合が良い。

 となるとやはり……アイアノスから攻め入るのが上策ということになるわけか。

 海王の眷属である鮫男が帰ってこないことを考えると、海王もこちらの方面に偵察を出す前に、アウリアが指摘した場所に伏兵を展開してから動くだろう。


「……では、いっそこの方向から攻め入って、伏兵を叩き潰しながら進むというのは?」


 俺が示したのは平原を少し回り込み、伏兵達の潜む地帯をまともに進むルートだ。視線が集まったので補足説明を続ける。


「シリウス号を中心にして、光魔法で姿を隠して上方から進軍。海底をライフディテクションで探れば――」

「潜んでいる連中を各個撃破しながら、平原に展開しているであろう敵兵の横合いを突くことができる、と言うわけか」

「はい」


 大公の言葉に頷く。


「ほう……。面白いな。向こうから気付かれずに相手の位置を感知できるのなら、伏兵はただ兵を分散させただけに過ぎぬというわけだ」

「これからアイアノス方面にやってくるであろう偵察隊や、潜ませている伏兵の規模から、相手の全体の規模も大凡の見当がついてくるかと」


 と、エリオット。エリオットは元々シルヴァトリアの魔法騎士団所属だからな。そういった試算は得意分野だろう。


「うむ。現時点では敵兵は補充されぬから、試算から大きく外れるということもあるまいが」

「ええと……。シリウス号の存在は向こうの計算にはないでしょうし……上手くすれば平原に展開する敵兵の正面と横合いから、同時攻撃を仕掛けられるという状況も作れるのでは?」


 ヘルフリート王子が言った。その言葉にローズマリーは少しだけヘルフリートに視線を向けるが、何も言わずに静かに目を閉じる。作戦としては間違っていないということだろう。


「ならば我等が隊を組み、正面から連携して進軍するというのはどうでしょうか。2方向からの攻撃は、確かに効果も増すでしょう」


 武官の1人が言うと、彼らは賛同するように頷いた。

 そうだな。伏兵が最大の効力を発揮するのは正面から来た敵が通過し、平地に展開する連中と戦闘が始まってからということになるだろうし。伏兵を潰したタイミングで正面から兵を進めれば逆に奇襲を仕掛けるチャンスになる。

 奇襲成功のためには伏兵側の伝令を潰すか、伝令を逃しても問題ないほどの進軍速度を叩き出す必要があるが、仮に奇襲が失敗しても敵本隊は2方向からの攻撃への対応を迫られることになる。

 海王の眷属達を退かせることができれば……後は海の都の攻略ということになるわけだ。


「良いかも知れんな。基本的にはその作戦で考えていくとしよう。他に考慮しておくべきことはあるかな」

「武器の問題はある程度解決するのではとお聞きしましたが……海王の眷属と我等1人1人の間には身体能力の差……力量差があります。武官として認めるのは口惜しいことですが、冷静に考えるのなら、それも加味せねばなりますまい」


 兵力差を通常のそれに当てはめて有利不利を考えてはいけない、ということだな。

 では、眷属に対して何人ぐらいいれば五分以上になるのか。あの鮫男の力量を参考にすれば、エルドレーネ女王の兵の平均的な腕前を見て、おおよその戦力比は試算できるかも知れない。


 まあ、こちらの想定する正攻法だけでなく、敵の持つ性質から想定され得る奇策であるとか、海上や陸地への影響があるのかだとか……色々な可能性を考えながら作戦会議を進めていくとしよう。

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