477 アイアノスへの帰還
メルヴィン王との話を終えてから、再び竜籠に乗って月神殿前の広場に戻ってくる。
物資については……転移魔法で移動する時に人目に付かないようにと冒険者ギルドの奥に運び込まれているはずだ。
というわけでギルドのオフィスへと向かうと、ジークムント老とヴァレンティナ、それにシャルロッテ、それからフォルセトの4人も顔を出していた。
フォルセトもジークムント老と共に工房で研究に加わっているのだが……海王絡みでシオン達も戦う可能性が出て来たので、一緒に戦いに赴く、ということだろう。
「あ、先生」
シャルロッテは冒険者ギルドの壁に貼られた依頼書を見て時間を潰していたようだが、こちらに気付いて笑みを浮かべる。
「おお、テオドールか。海の国の混乱とは……また厄介なことになったのう」
「そうですね。とはいえ……連中も封印が解けて間もないようなので、対応するのなら今の時期が良さそうです」
ジークムント老に答える。
「私もご一緒させて下さい。シルヴァトリアの結界術との統合ももう少しという感じですので……ぎりぎりまで粘れば作戦に間に合うかも知れません」
フォルセトが言う。……なるほど。
元は同じ、月から来た技術体系だしな。だが、フォルセトが一緒というのは、他にも意味がある。
「ありがとうございます。シオン達も心強いかと」
フォルセトは言葉に出さなかったがシオン達が心配なのだろう。俺がそう答えるとフォルセトは目を細めた。
それから……ロヴィーサ達とは初対面なので、まずは互いを紹介してしまうことにした。
ジークムント老達はシルヴァトリアの賢者の学連から来ていること、ジークムント老は祖父であること。ヴァレンティナ、シャルロッテは母方の親戚筋に当たること。フォルセトは南方の出身で、シオン達の保護者に当たる人物であること等々……。
それからロヴィーサ、ウェルテス、マリオンの、海の国から来た3人をジークムント老に紹介する。
「ジークムント=ウィルクラウドと申します。よろしくお願いしますぞ」
「水守りのロヴィーサです。こちらこそ、よろしくお願い致します」
柔和な雰囲気で笑うジークムント老に、ロヴィーサも穏やかに笑みを返し、握手を交わした。
ヴァレンティナ達とウェルテス達もそれぞれ握手を交わす。
「準備は整っているのですか?」
「うむ。向こうに持っていく物資は、先程全て奥の会議室に運び込まれた。後は向こうへ転移するだけじゃな」
なるほど。となると、クラウディア達も奥の部屋だろうか。まずはそちらへ向かうとしよう。
みんなで連れ立ってギルドの奥の部屋へと通してもらうと、そこにはみんなが物資の確認をしながら待っているところだった。
廊下に机などが出されていることから、準備を急ピッチで進めたのだろう。転移した後の片付けはギルドの面々に任せることになってしまうが……。
「お手数おかけします」
「いえいえ」
奥の部屋へと案内してくれたヘザーはそう言って小さく肩を震わせた。
「お帰りなさい、テオドール」
戻ってきた俺を見て、クラウディアが微笑む。
「ああ。ただいま。こっちの用事は終わったよ」
「こちらもいつでも出発できるようよ」
「物資の確認、人員の点呼、共に完了しました」
「ありがとうございます」
と、エリオットに礼を言う。そのやり取りを見た、ウェルテスは感心したように唸った。
「これでまたあの空飛ぶ船でアイアノスへ向かうというのだから、何とも手際の良い……。迅速であることは用兵の極意と言えるな」
兵は拙速を何とやら、という奴だな。万全ではないにしろ迅速に動いて早めに事態を収束させた方が後々の展開が良い。対応が早くできるのは通信機で状況を伝えてやり取りしているからではあるが。
対魔人を想定して色々訓練を進めているので、そういった準備も迅速に行う態勢が整っていたりするし。
ともあれ準備はできているようだし……見送りなり伝言なりを済ませたら転移魔法でドリスコル公爵領へ飛ぶとしよう。
転移魔法の光が収まれば――そこはドリスコル公爵領の、月神殿の中庭であった。
視線を巡らせれば、そこにはみんなが待っていた。通信機でこちらに飛ぶことも連絡済みだからな。物資をシリウス号に積み込んだり、色々とやることもあるし。
マルレーンはこちらの姿を見るなり、屈託のない笑みを浮かべてこちらに駆けてくる。
「ただいま」
そう答えるとマルレーンはこくこくと頷き、それを見たグレイスとアシュレイが微笑ましい物を見るように表情を綻ばせる。ローズマリーは表情を隠していたが。
「お帰りなさい、テオ」
「こちらは留守中、特に大きな問題は起こりませんでした」
「一応、デボニス大公にもお願いして影武者を立てる用意だけはしておいたわ」
「ん。ありがとう」
ふむ。一気に人数が増えたな。それぞれ顔見知りの面々が再会の挨拶をしあう。
「フォルセト様!」
と、シオン達がフォルセトの姿を認めて嬉しそうに駆け寄る。そんなシオン達の反応にフォルセトも相好を崩した。
ヘルフリート王子など、初対面の相手も多い人物もいるので……そのままお互い初顔合わせの者は自己紹介をしあう場となったようだ。
「シーラも、留守中ありがとう」
「ん。お安い御用。ユスティアと……ドミニクやシリルも一緒?」
「みんな、ユスティアの故郷が危ないから、力になりたいって」
「そっか。なら、私も頑張る」
「私も!」
イルムヒルトの言葉に、シーラはいつも通りの口調ながらも、どこか決意を感じさせる表情で頷き、セラフィナも元気よく手を挙げた。
さて……。ドリスコル公爵の領地まで飛んでカドケウスとの距離が近くなったので五感リンクも回復したようだ。
猫の姿を模したカドケウスの爪で軽く床を叩いて合図を送り、俺が戻ってきたことを知らせると……エルドレーネ女王はその早さに少し驚いたようだが、表情を真剣なものに戻して視線を目の前にある地図に向けていた。
エルドレーネ女王が見ていたのは海底の地形図だろう。海の都を攻略するにあたり、作戦を立てる上で必要な情報というわけだ。
「ふむ。まずは物資の積み込みからでしょうな。馬車は用意してありますゆえ」
と、挨拶回りが終わって戻ってきたドリスコル公爵が言う。
「そうですね。手早く済ませてしまいましょう」
神殿にあまり大挙して押しかけていっても迷惑だろうし。
「ですな。神殿の者には話を通して快諾を貰っておりますが、この後作戦会議を行うことを考えるとやはり行動は早いに越したことはないでしょう」
月神殿にはどちらにせよ魔人絡みの事件が起きた場合祈りを、ということで通達しなければならないからな。その辺の手回しの良さは有り難い話だ。
では……みんなで手分けして物資を馬車に積み込んでしまうとしよう。公爵の言う通り、この後エルドレーネ女王との作戦会議も控えているわけだし。
物資を積み込み、シリウス号に乗ってアイアノスへと急行する。またも高速移動となってしまったが……まあ、それは仕方があるまい。積み込みやら移動やら。なるべく急いだつもりではあるが、到着した時にはすっかり暗くなってしまっていた。
暗視の魔法で海底の地形を見渡しつつ、カドケウスとのリンクでアイアノスの座標を感知しながら降下する。
「おお……」
「綺麗ですね」
アイアノスの結界内部にシリウス号が入ると、海底都市の光景に艦橋にいる面々から感嘆の声が上がった。
夜のアイアノスは……街のあちらこちらで珊瑚がぼんやりと光っていて、上方から見ると何とも言えない、幻想的な美しさだ。
大通りに沿うように光が並んでいるので広場目指して降下するのも容易だった。
エルドレーネ女王はと言えば、既に広場に迎えに来ていた。カドケウスからの合図でアイアノス上空に到着したことを知らせてあるのだ。
慎重に高度を下げて、タラップを降ろせる高さに停泊する。
「到着しました」
そういうとシリウス号の中がにわかに慌ただしくなる。
船を降りる準備を始める者、荷物を降ろすために船倉へ向かう者、船の台所で料理を作るために動く者……様々だ。
マールの加護があると言っても水の中では落ち着かないということなのか、シリウス号に寝泊まりするという面々も多い。その分警備も厚くなっているのでシリウス号に関しては心配いらないだろう。
アイアノスの住民達との交流も続けていきたいところだ。船の周囲から離れなければコルリスらも外に出ていても大丈夫かな。
後は……酸素が不足しないよう、定期的に船内の空気の浄化をしてやる必要があるか。まあ、このあたりは様子を見ながらということで。
エルハーム姫は鍛冶設備に篭って槍の穂先を作るそうだ。やはり酸素を消費するので、エルハーム姫には魔力補充したバロールを付けておいて、そこからの魔法行使によって設備周辺の空気を常時浄化し続けるというのが良さそうである。
まあ……体力回復のポーションや魔道具も用意してきたが、エルハーム姫にはあまり根を詰め過ぎないようにして欲しいところだ。
「早いな。流石というか何というか」
甲板に姿を見せると、腕の中にカドケウスを抱えるエルドレーネ女王が明るい表情で言った。
「ただいま戻りました」
そう答えて、頭を下げる。
主だった者はこのまま宮殿へ向かい、作戦会議へと移行するわけだ。海王の眷属の情報や海の都の周囲の地形、女王達の元々立てていた作戦などを踏まえ、色々と想定を重ねて構想を練らなければならない。
作戦、か。基本的には船の泡の中で待機して近付いてくる敵の迎撃に回ってもらうという面々も多いのだが、水中戦の訓練なりレクチャーなりも作戦を開始するまでに行っておいたほうが良いだろうな。作戦会議が一段落したら並行してそちらも進めていくとしよう。




