476 陸と海の王国
9/4 1:15頃 マリオンが劇場で歌ったくだりを少し加筆修正しております。
話の大筋に変化はありません。
準備を整えて早めに転移魔法で帰るつもりではあるが、その間マリオン達は待機をしていてもらわなければならない。
その間、冒険者ギルドを使ってもいいということなので、月神殿の入口から広場に出たが……やはりタームウィルズが初めての面々は色々な場所が気になるようである。
「噂には聞いていたが……。これがタームウィルズの王城か」
「凄い……。こんな間近で見られるなんて」
ウェルテスの言葉に、ロヴィーサも聳える王城セオレムを見上げて目を丸くする。
セオレムは海から見ても目に付く場所だけに、人魚や半魚人達の間でも有名なのかも知れない。
「このまま観光案内、というわけにはいかんのが残念じゃな」
アウリアが目を閉じて小さくかぶりを振る。
「海王の事件が解決したら、それも良いかも知れませんね」
観光希望の面々をシリウス号に乗せて、などというのもできそうだ。封印解放の時期は遠慮してもらうほうが良さそうだが。
「あれが劇場?」
「ええ、姉さん。満月の日に働いている場所なの」
と、ユスティアがマリオンに劇場についての説明をしていた。姉妹は中々楽しげである。
「観劇は――開場まで待っている時間がないかも知れませんが、劇場の中を見せてもらうぐらいなら大丈夫かも知れませんね」
「……ふむ。ロビン達には引き続き護衛を頼んでも良いかのう」
俺の言葉を受けて、アウリアがフォレストバード達にそう言った。
劇場を見てもらうのは……ユスティアのタームウィルズでの暮らしを、セイレーン達に知らせて安心してもらうために、という意味合いがあったりする。エルドレーネ女王に伝えた話に嘘偽りがないことの証明でもあるわけだ。
「分かりました。じゃあ、少しみんなで中を見て回ったら冒険者ギルドに向かうということで」
「売店を見てみるのも良いかも知れませんねー」
ロビンが頷き、ルシアンが笑みを浮かべる。
さて。劇場見学をして貰っている間に、こちらは準備を進めなければならない。
「エリオット卿、準備のほうはどうなっていますか?」
と、エリオットに尋ねる。
「討魔騎士団も準備を進めております。間もなく物資を馬車で運んでくるでしょう。連絡では全員でなくても良いということで伺っていますが……?」
「そうですね。連日の訓練で体調も完璧というわけではないでしょうし……何より、水中戦の訓練は進めていないので。音響砲の砲手がいてくれれば大丈夫かなと」
「水中戦、ですか」
マールの加護があるので格闘戦は問題ないが、それでも水の中では若干勝手が違うところもある。
だから、シリウス号に随伴する役はウェルテス達に、ということになるだろう。
海王の眷属の体表を突き通せる武器さえあれば、連中も耐久力に物を言わせたゴリ押しなど不可能だ。そうなればウェルテスらも存分に力を発揮できる。音響砲の活用はともかく、水中戦は彼らの領分だしな。
「討魔騎士団の訓練は、あれもこれもと手を伸ばしていると中途半端にしかなりませんからね。船の護衛は彼らに任せましょう。それもバハルザードの時と同じです。彼らも都から離れてしまったのは不本意だったでしょうし」
「雪辱の機会を待っていた、ということですか」
俺の返答に、エリオットは思うところがあるのか得心いったように頷いていた。
気概の問題というか。海の都の奪還にしろ、元宰相の討伐にしろ、自分達の国のことを人任せにしているわけにはいかないだろうという部分はあるだろうし。
「ジークムント殿達も、作業に区切りがついたらすぐにいらっしゃると思う。結界や封印術の出番と聞いたから、それ系統の魔道具も用意したよ」
と、アルフレッド。
「ああ。都の浄化も必要になってくると見てるからな」
恐らく海王の封印が解けて、海の都の魔力環境は汚染されてしまっているはずだ。それを浄化――或いは中和し、再汚染を防ぎ……向こうにとって有利なフィールドを狭めたり打ち消していく必要がある。
仮に海王を封印せざるを得ないという状況になったとしても、結界術や封印術は有効に働くだろう。
というわけで……ユスティア達の他に、エリオットと討魔騎士団の一部人員と、ジークムント老、ヴァレンティナ、シャルロッテに同行してもらうという形になる。
アウリアも船内からモニターを見ながら精霊を使役することで、支援を行えるだろうとのこと。傷付いた味方を安全に収容したりだとか、色々と頼りになるのは間違いあるまい。
「タームウィルズには不思議な食べ物や飲み物があるのですね……」
と、劇場から戻ってきたロヴィーサが真剣な面持ちで呟いていた。どうやらアウリア達と共に炭酸飲料や綿菓子などを売店で買ってきたらしい。
「劇場はどうでしたか?」
マリオンに尋ねると、彼女は興奮した様子で身振り手振りを交えて答える。
「凄いですね。声がとても響くようになっていて、舞台も綺麗で……職員の方に魔道具の点検をしたいから、一曲歌ってみてはどうかと言われてしまって、その……」
と、マリオンは少し気恥ずかしくなったのか、トーンダウンした。
「みんなで一曲合わせてみたの。ユスティアの教えてくれた歌よ」
イルムヒルトが笑みを浮かべる。
なるほど。みんなで一曲歌ったと。
「でも楽しかったです。それに、その……ユスティアが辛い目に遭っていたわけではないと分かって、嬉しかった。助けて下さったのも、劇場を作ったのも……テオドール様だとお聞きしました」
マリオンはそう言って、ユスティアと共に深々と頭を下げてくる。
「ありがとうございました。きっと、テオドール様がいなかったら、ユスティアとは会えなかったと思います」
「いえ、劇場に関しては異界大使の仕事でもあります。ヴェルドガルや月神殿の方針あってのものかなと」
「月神殿の……」
俺が言うと、マリオンはクラウディアを見やる。
「私は別に……何もしていないけれど」
話題を振られたクラウディアは少し所在無さげに目を閉じている。
「いえ。ありがとうございます、クラウディア様」
マリオンにそう言われて、クラウディアは頬を赤らめていた。
冒険者ギルドのオフィスでそんな話をしていると、通信機にミルドレッドから連絡が入った。メルヴィン王は執務の合間を見てロヴィーサ達と面会の時間を作るということで、話をしていたのだが……広場に迎えの竜籠を送ったそうだ。
窓の外を見れば、公爵領へ持っていく物資が馬車に乗せられて広場へと運ばれてきている。物資の護衛をしているのは向こうに同行する討魔騎士団の面々である。
と、そこに王城からの迎えの竜籠もやってきたようだ。では……広場での準備は任せて、ロヴィーサ達と共に王城へ顔を出しに行くとしよう。
というわけで、竜籠に乗って王城セオレムへと向かう。クラウディアはイルムヒルト達と冒険者ギルドで待っているとのことである。
同行するロヴィーサ達は竜籠での移動も初めてで、行き先も王城ということもあり、些か緊張している面持ちだ。
「メルヴィン陛下は穏やかな方ですので、御安心下さい」
「は、はい」
緊張を解そうと声をかけたものの、効果は今1つのようである。まあ、仕方がないと言えばそうだが。
竜籠は王城目掛けて真っ直ぐに急行する。
練兵場前の広場に竜籠を降ろすと、すぐに使用人がやって来て迎賓館の一室へと案内された。少し間を置いてメルヴィン王が部屋にやって来る。
「おお、テオドール」
「はい。只今戻りました」
そう答えるとメルヴィン王は笑みを浮かべて頷いた。
とりあえず、海の国から来た3人をメルヴィン王に紹介してしまおう。
「水守りのロヴィーサ様。その護衛のウェルテス卿。それからユスティアの姉のマリオン様です」
「お、お初にお目に掛かります、メルヴィン陛下」
紹介を終えると、ロヴィーサが挨拶をする。続いてウェルテス、マリオンもメルヴィン王に名乗った。
「うむ。呼びだててしまって済まぬな。だが、あまり緊張する必要はないぞ」
そう言ってメルヴィン王は、緊張を解くかのように柔らかい笑みを浮かべた。
「此度の貴国の混乱については、余としても懸念に思う。一日も早い海の平穏が戻って来るよう、ヴェルドガルとしても力を尽くすことをここに約束する」
「は、はっ、ありがたきお言葉」
「貴国とは今まで正式な国交が無かったが……余としては海の国の平穏、そして今後、海の民と良好な関係を続けていけることを願っている」
「メルヴィン陛下とテオドール様の御恩とご助力、心から感謝致します」
ロヴィーサの返答にメルヴィン王は頷く。
「うむ。本来ならばヴェルドガル王国としてもそなたらを歓迎する祝宴でも開かねばならぬのであろうが……生憎その時間も惜しまれるような状況であるようだ。それは懸念が払拭された後に、ということになろう」
或いはドリスコル公爵が代わりに、ということにもなるだろうか。遊覧船で水路巡りをするというようなことを言っていたしな。
「それから……国交を結ぶのならば取り決めも必要であろうが、余としては現状の維持を基本に考えている。特に大きな変更を行うでもなく、互いにとって無理のない付き合いを続けていきたいものだ」
「重ね重ね……ありがとうございます。メルヴィン陛下の温かいお言葉、女王陛下に必ずやお伝えします」
ロヴィーサの言葉を受けて……メルヴィン王は、にやっと楽しげに笑うと言った。
「うむ。しかし、文化や人員の交流は寧ろ望むところ――とも伝えてもらえるかな? 陸と海の国では中々接点も持てぬが、それ故に無用な摩擦を生まず、良好な関係を維持できる環境ではあるだろうからな」
少しおどけたようなメルヴィン王の言葉に、ロヴィーサの緊張も和らいだようであった。
「はい。是非に」
メルヴィン王につられて、楽しそうにロヴィーサも相好を崩す。
ロヴィーサの笑みにメルヴィン王は満足げに頷いてから、表情を少し真剣なものに戻して言った。
「余はここより動けぬ。しかし、貴国に武運と、女神と精霊の加護があらんことを願っておるぞ。テオドールも……エルドレーネ女王の国の臣民を受け入れる用意はあるゆえ、無理はするでないぞ」
「はい」
メルヴィン王の目を見て頷く。そうだな。海王の力は未知数だし、色々な可能性を視野に入れながら動くとしよう。




