474 海上都市での再会
循環錬気でカドケウスにたっぷりと魔力を渡した上でエルドレーネ女王の護衛に付け、諸々の準備をしてくるまでの間、不測の事態に対処できるようにしておく。
カドケウスも通信機を持っているので、その気になれば女王への相談事が生じた場合でも効率よく話を進められるだろう。
「では――少し行ってきます。それほど時間はかからないかと思います」
現状の話をするのなら、偵察を出している段階ということは海王はまだ女王の居所を掴んでいないということだ。あの眷属は片眼鏡と循環錬気で見た限り、使い魔のような魔力的繋がりを持っていないようだし、奴から居所が漏れるということもあるまい。
例え逃げられたとしても海王の拠点に戻って軍備を整えて、戻って来るのにも時間がかかる。というわけで、マリオンを連れて一旦タームウィルズへ転移で戻り、その際必要な物を揃えたりしてからドリスコル公爵の領地に戻って来る予定だ。
「うむ。ロヴィーサ、ウェルテス。そなたらも気を付けてな」
「はい。行って参ります、陛下」
女王の使者としてロヴィーサとウェルテスも、マリオンと共にシリウス号に乗り込む形になる。元々人型であるウェルテスはともかくとして、ロヴィーサとマリオンも人化の術が使えるということで、陸上で活動しやすくするために服を着替え、靴を持って来ているのだ。
しっかりと点呼を取って大公家、公爵家の面々も含め、全員が揃っていることを確認。では、出発するとしよう。
広場に集まったアイアノスの住人達とお互い手を振り合って、ゆっくりと浮上する。少し高度を上げたところで姿を消し、そのまま海面へと出た。
「ドリスコル公爵の領地まで少々速度を上げて急行しますので、船の挙動が安定するまではしっかりと座席に着席して、帯を締めていて下さい」
「む……」
そう言うと、みんな神妙な顔つきで艦橋の座席に着席し、椅子についている帯を確認する。船室にいる使用人達からも、伝声管などから着席した旨の返事があった。では……出発だ。
船を回頭。海図と磁石を見ながら角度を目的地に合わせ、船を前進させていく。正面からの風を存分に受けられる速度になってきたところで、操船席から魔力を供給する。
――と、アルファが、楽しげに口の端を歪ませた。
「行きます」
伝声管で船全体に警告。正面から来る風を推進器が取り込み、火魔法が取り込んだ大量の空気を燃やして――文字通りの爆発的な速度で加速する。
加速時にかかるGが身体を椅子に押さえつけるような圧力を感じさせる。モニターから見える景色が、一気に高速で流れていく。
「こ、これは――」
「おおおっ……?」
大公と公爵が目を見開く。
「これ、楽しい」
シーラの声。
「火魔法で加速をするのも久々ね」
ローズマリーは羽扇で口元を隠しながら目を閉じ、小さく肩を震わせた。
ステファニア姫やアドリアーナ姫、それにシオン達とマール、オスカーやヴァネッサも外に見える風景の流れ方を楽しんでいるようだ。
まあ、エルハーム姫やレスリー、それにロヴィーサ達の表情は若干引き攣っているが。
何と言うか……船速が段々と出てきて、それほどでもないと思えたところでの火魔法による加速だからな。
「外から見る時とはまた印象が違いますよね」
「実験の時はこの状態で曲がったり急降下したりしていましたね」
感心するようなアシュレイの言葉に、グレイスが少し笑う。
「ま、今のうちに覚悟はしておくけれどね」
と、クラウディアが目を閉じて笑った。マルレーンは神妙な面持ちでこくこくと頷く。
「いや、あれは戦闘する場合の動きだから……」
使わずに済むのならそれに越したことはないというか。
ともあれ、船速は早めだが、安定飛行に入ったので伝声管に向かって通達しておこう。
「もう大丈夫です。主に加速中に力を受けるだけですので。ですが、甲板には決して出ないようにお願いします」
そう言うと1人2人と、座席の帯を解いて立ち上がる。周囲の様子を見ながらおっかなびっくりという顔触れもあったが。セラフィナなどは先程の加速が気に入ったのか、両手を広げて楽しそうに飛び回っていた。
イルムヒルトも早速リュートを取り出し、それに触発されたらしいマリオンも竪琴を取り出して即興で音を合わせたりしている様子である。
……さて。では、引き続き船体下部のモニターにはライフディテクションを用いて海王の眷属などを見逃さないようにしながら進んでいくとしよう。
準備を円滑に進めるために、通信機でタームウィルズとの連絡も取っておかなければなるまい。
「おお……。もう見えてきました」
公爵がどこか感動したような面持ちで、目を輝かせながら言った。まだ遠くに見える程度ではあるが、そろそろシリウス号の速度を落としていくとしよう。
移動時は海王の眷属を見かけることも無く、順調であった。
ドリスコル公爵領の本拠地となる島の――北東側に位置する港町。ヴェルドガル西部における交易の中心となる都市である。
アイアノスが海底都市ならば、ドリスコル公爵の本拠地は海上都市と言うべきか。
白い壁の家々は海岸沿いの港町であるウィスネイアと同様だが、都市内部まで水路が通っていて、街のあちこちに船で移動できるそうである。
そして……街の中心部に大きな城が見える。シンメトリーでオーソドックスな形だが明るい陽光を受けて洋上に浮かぶように輝いていた。白い建材で作られた公爵の居城は……何というか、尖塔なども細く尖っていて、スマートで壮麗な印象を受ける。
海洋の交易の中心部、顔となる場所だけに、あまり無骨にならないようにデザインされたという話だ。
そして……アイアノスあたりからこっち、本当に海が綺麗なのである。透明度が高く、海底まで透けていて、海面下にある珊瑚礁なども見て取れる。
「綺麗な街……。それに海も……陽の光で輝いているみたい」
「交易で訪れたことのある子は、みんな綺麗な街だと言っていましたが……本当に素敵ですね」
「確かに。素晴らしい街ですな」
マリオンがモニターから公爵の領地を見て呟くと、ロヴィーサとウェルテスも頷いた。
俺達がアイアノスを見て別世界だと感じるのと同じように、海の住人達も陸上の街を見て色々と思うところがあるらしい。
「遊覧船に乗って街中を巡ったりもできるのですが……。ま、それは後の楽しみとして取っておくとしましょうか。西側の港から入れますかな。城の水門まで直結している水路があるのです。城の近くにある――あれが月神殿になりますな」
ドリスコル公爵が空から色々と街の案内をしてくれる。では……誘導に従って進むとするか。城内直結の船着き場があるようなので、そこにシリウス号を停泊させてもらうとしよう。
西側から回り込み、そこから都市内部へと入っていく。
甲板に姿を現した公爵が手を挙げると、見張りの兵達が敬礼を以って迎えていた。城に直結する大きな水路を進んでいくと……巨大な水門が開かれてそのままシリウス号をドリスコル公爵の居城にある船着き場へと進めることができた。
ここに来るまでの水路は小さな脇道があったりしたので、あのへんから街中へと進むことができるのだろう。
船着き場は……すぐ近くが大きな広場となっていて、監視塔や兵士達の詰め所もある。このへん、流石に城に直結した船着き場という感じだ。
いくつかの帆船も停泊しているが、公爵の船かも知れないな。
「ん……。あの船……」
と、1つの船に目を留めたローズマリーが呟いた。
「どうかした?」
「……いえ。見覚えのある船だったものだから」
そう言ってローズマリーは目を閉じる。ふむ。あの船は……。ああ、そういうことか。
「これは大使殿。お久しぶりです。大使殿と、姉の元気そうな姿を見て安心しました」
「はい。殿下もお元気そうで何よりです。タームウィルズへ帰る途中だったのですか?」
船着き場に出迎えにやって来て挨拶をしてきた人物に、こちらも笑みを返す。
「ええ。そろそろ公爵がお帰りになるということで挨拶をしてからタームウィルズへ帰ろうと思っていたのですが……」
なるほど。俺達への挨拶を終えて、彼はそのまま下船の準備を進めていた大公と公爵一家のところへも挨拶に行った。
「デボニス大公、ドリスコル公爵、ご無沙汰しております」
「うむ。お久しぶりですな、殿下」
「オスカー。久しぶりだね」
「はい。殿下もお変わりなく」
と、言葉を交わしている。
「やっぱり――グロウフォニカからの船だったのね」
そんな光景を見て、ローズマリーは小さく肩を竦めるのであった。
俺達に挨拶をして、それから大公と公爵一家に挨拶をして回っているのは……グロウフォニカ王国に留学中であるヘルフリート王子であったのだ。
海路でタームウィルズに帰る予定だそうだが、その途中でドリスコル公爵の領地に寄港したということなのだろう。
船が出るまでドリスコル公爵の居城に滞在していたのだろうが、俺達がやってきたと知って、船着き場まで出迎えに来たというところか。
「……魔人との決戦が控えている時期を知っているのに、わざわざタームウィルズに戻って来る必要もないでしょうに」
と、ローズマリーは弟を見てそんなふうに零している。
ローズマリーはそんなふうに言っているが……ヘルフリート王子に言わせるなら、だからこそ王族として安全圏で見ているわけにはいかないということなのかも知れない。これはヘルフリート王子の性格上というか何というか。
前線に出ることは無いにしても、兵士達の士気が上がるのは確かだろうな。
それにしても、思わぬところで再会したという感じではある。……いや、公爵の帰還に合わせて滞在していたのであれば、別に不思議でもないのか。
ともあれ面倒事ではないので、予定変更の必要もあるまい。ヘルフリート王子の目的地はタームウィルズなのだし、望むのなら転移魔法で同行してもらってもいいだろう。




