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467 人魚達の事情

 まずは鮫男をライトバインドで拘束する。ふむ。こいつは陸上に持っていっても大丈夫なのだろうか? 人魚の少女の怪我も気になるし、とりあえず2人に聞いてみることにしよう。


「少し良いでしょうか?」


 と、話しかけるもウェルテスと人魚は完全にのびている鮫男を見て、呆然とした面持ちであった。


「ええと……」


 もう一度声を掛けると、2人は我に返ったようで少しかぶりを振ってからウェルテスが言う。


「……いや、かたじけない。助力に心から感謝します」

「ありがとうございます。私はロヴィーサ。彼はウェルテスです」


 人魚の少女はロヴィーサと言うらしい。2人からの礼と自己紹介を受け、こちらも自己紹介を返す。


「ヴェルドガル王国の異界大使テオドール=ガートナーと申します。彼女は水の精霊王マールです」

「精霊、王……?」


 精霊王と聞いて2人は再び目を丸くした。マールはそんな2人に、緊張をほぐすような笑みを向ける。少しの間を置いて、止まっていた2人の思考が再起動する。


「少し……納得しました。精霊王のご加護を受ける程の方とは」

「しかし、加護を受けているとは言え、あれ程圧倒的とは……。陸の者が海中で奴を倒してしまうとは想像すらしていなかった」


 2人の言葉にマールは少し思案するような様子を見せる。


「私の見立てでは……加護がなくても、それ程苦労せずに勝てそうに見えましたが」


 ……それは七賢者と共に戦ったという経験の上での話だろうか。


「いえ。とても戦いやすかったです」

「ふふっ」


 そう答えるとマールは嬉しそうに笑う。……まあ、確かに魔光水脈でやったように水の泡に入って戦えば水の抵抗に関しては無視できるが、マールの加護を受けていると何かの攻撃を受けた折に泡の修復や維持などが必要ない分、非常にやりやすいところがある。

 少し慣れればシールドで足場を確保することで、殆ど陸上と変わらないように戦えるのではないだろうか。

 さて。ウェルテスとロヴィーサも平静を取り戻してきたようなので話を本題に戻そう。


「船に行けばロヴィーサさんの肩の怪我も治療できると思います。実は……最近この近海で人魚達が目撃されているというので、話をお聞きしたいと思っていたのです」

「それは……助かります。先程言った通り、我等にはあまり陸の者と深く関わってはならないという決まりもあるのですが……」


 と言いながらもウェルテスは先程より迷っているようにも見える。

 ふむ。何か彼らが面倒事に巻き込まれているのは間違いあるまい。

 海の住人があまり陸上の者を頼りにしない、というのは分かるような気がする。

 事情を話したところで海中での争いに、人間達の大半は無力だからだ。逆に人魚や半魚人達とて、陸上に上がれば力を十全に発揮できない。


 お互いの領分がはっきり分かれていて住み分けできているだけに、争いになる理由が薄い部分はある。

 だからこの鮫男の主にしたところで、積極的に陸地を敵に回す意思は……少なくとも今のところはないのだろう。陸上で騒ぎにならないのはそのあたりが理由だと思う。


「僕の立場は先程言いました。友好的な他種族が危機にあるのなら助力して良好な関係を築くのが仕事のようなところがありますし……船には公爵もいらっしゃるので何か力になれるかと思いますが」

「ウェルテス。私達では……彼らを止められないのではないでしょうか。伝承が正しければ、彼らはいずれ陸上に災いを齎すことも考えられます」


 ロヴィーサの言葉に、ウェルテスは少し思案していたようだが、やがて頷く。


「……だとするなら、女王にお会いしていただくのが筋かと」


 人魚の女王か。もしかすると近海に避難してきている可能性もあるな。


「この鮫男にも起きてから話を聞きたいので、土魔法で固めて連れて行きたいのですが……陸上に引き上げても大丈夫でしょうか?」


 そう言うと、2人は目を瞬かせる。


「……問題はないと思いますが。伝承が確かなら、陸上にも攻撃を仕掛けたことのある連中です。そうでなくても我等の武器を悉く弾き返すほどに頑丈ではありますし」


 確かに……闘気で強化している上に外皮も肉体も強靭だ。

 俺の攻撃の性質上、そういう類の防御力は丸っきり無視できる上に鮫男の技術が稚拙なのでやりやすい相手だったが、闘気対闘気などでまともにぶつかり合うと面倒な相手かも知れない。


「もしも土魔法で固めて窒息しそうなら、そのままでも私がどうにかするから大丈夫ですよ?」


 と、マールが首を傾げる。ふむ。それもそうか。では、頼りにさせてもらうとしよう。

 まずはロヴィーサの治療だな。鮫男を手早く梱包してシリウス号に案内してしまうとしよう。




 アシュレイの掌にぼんやりとした光が灯り、傷口が塞がっていく。少しだけ痛みに顔をしかめていたロヴィーサの表情もそれに合わせるように安らいでいった。


「痛みはありませんか?」

「あ、ありがとうございます。すごい治癒魔法ですね。もう傷口が塞がってしまいました」


 ロヴィーサの返した嬉しそうな表情に、アシュレイも笑みを浮かべる。


「重ね重ね感謝する。精霊王の加護を受けた魔術師にヴェルドガルの公爵……。更には空を飛ぶ船に、これほどの魔獣達とは……。最早我の理解が及ぶところではないな……」


 ウェルテスは艦橋を見回して瞑目する。

 梱包した鮫男共々2人をシリウス号に案内し、傷の治療を行いつつお互いの紹介と先程の顛末についての話を済ませたところだ。

 さて。


「話せる範囲で構わないのですが、事情をお伺いしても?」

「そう、ですね。何から話せばいいのか」


 ロヴィーサは少し困ったような表情を浮かべ、言葉を纏めていたようだが、やがて静かに語り始めた。


「私達は海の――そう、海の都の住人です。海の都は代々、女王の治世により平穏な暮らしをしておりました。ですがある日、女王は都の者達に、この都から逃げるようにと指示を出されました。私達はそうしてこの海まで逃げてきたのです」

「それは……何故です?」

「都の下にある、封印が解けかかっていたからです。海の都には言い伝えがあるのです。遥か昔――野心に駆られて海王を僭称する者が現れたと。彼らは軍勢を成し、海で暴れ回りました。あまつさえ、地上にまで侵攻を試みようとしたと言います。ですが……海底の深い裂け目に当時の女王によって誘い出され……女王の一身を賭した結界を以って、その場に閉じ込められました。かくして海王の乱は収められ、そして女王を悼む墓碑が建てられ……その裂け目に蓋をするように都が作られていったのです」


 ……海底の裂け目ね。それは例えば、海溝のようなものだろうか。当時の女王は追い詰められた振りをして自爆覚悟で一網打尽にした、というわけだ。


「しかし、彼らの子孫は海溝で生きていたと?」

「いいえ。連中は子孫ではないようです。封印が解けかかっていることが分かり、緊急に調査が行われました。報告によると彼らは海王の力で自らの肉体を石のように変えることで、長い封印を乗り切ったようなのです」


 なるほど……。海の都に住む者達には直接的に恨む理由があるということか。


「長い年月で朽ち果てた者も多く、決して石像の数は多くなかったそうですが……。それだけに生き残った者達は強靭で凶悪でした。調査に訪れた者を襲い、既に犠牲も出ているのです」

「……鮫男はその海王を自称している者の部下、ということですね」

「恐らくは。長年に渡って恨みを蓄積した分、強くなっているのではと言われています」


 ロヴィーサが目を閉じ、ウェルテスが言葉を引き継ぐように続ける。


「封印が解ければ、長年に渡って蓄積された邪気が都中に放出される可能性が指摘されました。我らとしても都を放棄するのは苦渋の決断ではあったのですが……幼い者達やこれから生まれてくる者達に取り返しのつかない悪影響が及ぶとなれば、選択の余地がない。我等はこの近くの海まで避難しあちこちの海に散らばる者達に、戦力の結集を求めていたのです」


 魔物は――幼少期の魔力環境によって凶暴化することがある。海の住人達はそれを知っていたわけだ。

 思えば、盟主の封印にしてもシルヴァトリアでは王の儀式を通して定期的にガス抜きをしているわけだしな。

 海の都の場合、人魚の女王の施した封印で、終わったと思っていたからその工程もなかったというわけだ。


 そして、封印が解ける前に都から離脱し、戦力を結集させ迎撃の態勢を整えていたと。人魚や半魚人達の目撃情報が増えていたのは、その過程でのものだろう。

 では、あの鮫男は偵察というところか。主のところに連れて行くと言っていたが……例えばロヴィーサを捕まえて女王の居所を聞き出そうとしたのかも知れない。

 海王を僭称する者と、その残党か。規模が大きくならないうちに対処するというのが良さそうだが……さて。

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