455 水の精霊王
水の精霊王は少しクラウディアを見やると一礼する。
「お初にお目にかかります、女神シュアス。水の精霊王と言われております、マールと申します」
水の精霊王……というよりは精霊女王という感じだが。まあ、4人いるわけだからな。クラウディアのことを分かっていることといい、少なくとも排除に出てきたというわけではなさそうだ。
精霊王の求めに応じるように広場へと歩みを進める。
「ええ。初めまして。女神シュアスという呼び名はあまり好きではないから、クラウディアと呼んでもらえるかしら?」
「はい、クラウディア様」
マールは頷くと言った。
「精霊達が騒いだので、様子を見に来たのです。今の時期は、私が監視をすることになっていますので」
……ふむ。とすると……精霊王達の持ち回りで月光神殿の周囲を監視する、ということか。この場所に顕現したということは、契約魔法などで結び付けて精霊王達の飛び地としているのだろう。
精霊王自らが防御に当たるというのは確かに強固な守りではある。
だが……景久の知るBFOでは、それでも月光神殿の封印が破られている。
精霊達の監視を誤魔化す手段があるか、或いは実力で突破したのか……それとも、精霊達の動きを無効化したか?
リネットからすると転移魔法や召喚魔法の類も向こうの手札にはあるのだろうが……それだけでは無さそうだな。
或いは……封印を再度施す際には精霊王達が動けない、ということも有り得る。
精霊王達にはしっかりと役割がある以上、戦力として頼り過ぎるのは考え物だ。そもそも、高位精霊はあまり派手に動くとあちこちに影響が出てしまう。
例えば、テフラが戦闘に参加できないのもそれが理由だ。連動して火山噴火なんて事態が本当に有り得るし。
「それで、私を見かけたから声をかけたということかしら」
「はい。クラウディア様のお連れの方々は――」
「そうね。紹介するわ。まずは――婚約者のテオドールからかしら」
クラウディアから言われて、マールは目を丸くした。
「クラウディア様の……。なるほど。人の子とは思えない程の魔力を秘めているようですね」
「テオドール=ガートナーと申します。僕自身はあまり意識したことはないのですが、月の民の血は引いているようですね。母はシルヴァトリア……いえ、ベリオンドーラから続く、封印の巫女でしたから」
「ああ――。あの人達の子孫なのですね。それなら納得できます。精霊や妖精達にも好かれている様子ですし」
と、俺を見て懐かしそうに、そしてどこか寂しそうに目を細める。
「やはり七賢者をご存じなのですね」
「ええ。共に戦いました。戦ったと言っても……昔も今も、私達のような高位精霊はあまり大きく動くわけにはいかないのですが……。この場所なら力を振るっても他の精霊王達が外への影響を小さくしてくれますから」
なるほど……。だからこそ精霊王が直接警備を行えるというわけだ。
「グレイスと申します。その……ダンピーラで、テオの婚約者です」
「はい」
俺に引き続き、他のパーティーメンバーもそれぞれマールに自己紹介をしていく。少しはにかんだようなグレイスの言葉に、マールは笑みを浮かべて頷く。
「アシュレイ=ロディアス=シルンと申します。シルン男爵家の当主であり、テオドール様の婚約者です」
アシュレイが挨拶をするとマールが少し感心したような表情になった。
「貴女は……とても強い水の魔力を持っているのですね」
「あ、ありがとうございます」
アシュレイは少し戸惑っている様子だ。俺の婚約者という肩書きが続いても動じないあたり貫禄を感じさせるが……そのあたりは精霊だからこそ、そういうものだと受け入れるものなのかも知れない。寧ろアシュレイの魔力資質のほうが気になるようで。
そんな調子で全員の自己紹介が終わったところで、先ほどの推測について尋ねてみる。
「1つ、質問があるのですが。仮に月光神殿の封印を再度施す際、同時にこの場所の守りにつくということはできますか?」
「それは……少し難しいかも知れません。長い年月を守り続ける強力な封印だからこそ、私達もそのために集中しなければなりません。ですが、この封印の先には七賢者の作った魔法生物が侵入者を待ち受けているはずです」
なるほど。やはり、封印の際には精霊王達は動けないようだが、月光神殿内部にも警備は置いてあるようで。
「そのような話をなさる上に、この顔触れとは。何やら良くない話がありそうですね」
「そうですね。今回は殊更月光神殿に用があったというわけではないのですが……。色々話をするべきことも多いので、まずは地上までご同道願えませんか?」
「ええ。分かりました」
マールが神妙な面持ちで頷く。では……冒険者ギルドで今回の戦利品を捌いてから儀式場あたりで話をさせてもらうか。
通信機を使って各所に連絡と報告をしなければならない。ギルドでの用事を済ませてから儀式場へ向かえば、それで頃合いも丁度良くなるだろう。
「……そう、ですか。魔人達がまた徒党を組んで暗躍していると」
「はい。最古参の魔人から、新しく生まれた魔人の世代まで顔を連ねているようですね。低級の魔人達や、彼らの配下として魔物が多数いる可能性も高いと思います」
冒険者ギルドでの用事を済ませ――それから儀式場へと向かう。その道すがら、馬車でマールに現在の状況を説明していく。
「それほどの高位の魔人がいるとなると、守りが万全とは言い切れないのでしょうね。魔人達に盟主の肉体を取り戻すのは難しいかと思っていたのですが……」
「と仰いますと?」
「月光神殿には霊樹と呼ばれる植物が植えられているのです。邪気や瘴気を吸い上げ、浄化して自らの糧とする……。盟主の器は、その巨木の根元に埋められているはず」
霊樹……霊樹ね。瘴気を吸い上げる植物とは……。
「封印の巫女が儀式を経て……四方を守護する巫女となるっていう話もあったな。あれとも関係しているような気がする」
「……瘴珠の封印に使える、ということかしら?」
ローズマリーが羽扇の向こうで思案するような様子を見せている。
「そう。それなら一石二鳥だ」
例えば巫女と契約して何らかの魔法で守っている土地に霊樹を植えて、そこに瘴珠を封印し……発する瘴気を霊樹に食わせるだとか。
「迷宮と同じような設備がベリオンドーラにあるとするなら……迷宮の壁や床と同じように、破壊しても無限に再生する霊樹を作るということも不可能ではないと思うわ」
と、クラウディアが言った。
……術式である以上、その状態を解除する手順のようなものも存在するはずだが……その穴を埋める方法として契約魔法の類を利用する……だとか? これで封印の巫女が四方を守護するという言葉の意味も通るような気がする。
何種類ものセキュリティを重ねて封印を強固なものにする、というわけだ。器だけでも駄目だし、魂だけでも駄目。拠点を落とした程度では封印解除はできない。魔人達はどうやって盟主の封印がなされているのか、その仕組みを理解し、解除の方法を探るところから始めねばならなかっただろう。
だがその推測が事実だとしても、現実として瘴珠がタームウィルズに持ち込まれている以上、封印されていた場所に植えられていた霊樹は、既に魔人達の手で破壊されてしまっている公算が高い。
宝珠側の封印は問題ないとしても、瘴珠への封印を再度施さなければならないということを考えると、月光神殿にある霊樹を増やして育ててやる必要があるかも知れないな。フローリアとハーベスタの協力で、どうにかならないだろうか。
……盟主に止めを刺せればそのへん後腐れないんだがな。
などと、色々思案していると俺達を乗せた馬車が儀式場に辿り着いたのであった。
いつも拙作をお読み下さりありがとうございます。
書籍版2巻の発売日に関しての続報が入りましたので
活動報告にて告知しております。
ウェブ版の更新共々頑張っていきたいと思いますので
これからもよろしくお付き合い頂ければ幸いです。<(_ _)>




