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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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452表 極炎と流星と

「さて……」

 ――ケルベロス。深層の番犬か。番人が弱いなどということは有り得ない。信頼が置けるからこそ要所を任せるのだ。ましてや深層の準ガーディアンとなれば。

 シールドで奴の攻撃を受け止めることは可能だ。とはいえ、その状態では俺も決定打を与えられない。シールド越しの魔力衝撃波は威力の減衰を起こすし、魔力衝撃波そのものも外皮を越えて内部にダメージを蓄積させられるが……タフネスやモチベーションを備えていれば、多少の被弾は食いしばりながら戦闘続行が可能だろう。俺とガルディニスが戦った時もそうだったように。

 その点――奴の肉体の頑強さは俺とは比べるべくもないだろう。単なる魔力衝撃波は直接叩き込んだとしても、牽制になれど決め手にならないと考えておくべきだ。きっちりと……近接戦闘で切り崩す必要がある。

 低い唸り声を上げるケルベロスの鞭のような尾が炎を纏う。身を屈め、突撃の構えを見せるケルベロス。その黒い毛皮の下で鋼のような筋肉が軋むような音を立てて隆起していく。闘気による自己強化だ。

 魔力を練りながら呼吸を合わせるようにこちらも突っ込む。
 肩口に牙を引っ掛けて、抉ろうとするかのような軌道で迫ってきた。すれ違いざまにウロボロスを叩き付ければ、魔力と闘気の干渉で火花が爆ぜて、互いの軌道がズレる。

 通り過ぎた瞬間2つの首が息を吸い込み、後方に向かって熱線を放射してきた。慣性を殺しながらネメアとカペラがシールドを蹴って、切り裂くような二条の灼熱を回避。空中を駆け上がって反転。
 空中で踏み止まってこちらに向き直ったケルベロスへと、バロールに乗っての突撃。二度、三度と交差しながら竜杖と爪牙による打撃、斬撃を応酬する。

 正面からぶつかり合うような軌道を取った。シールドを組み合わせて鋭角な錐を作り出し、串刺しにするように突撃に合わせてやると、寸前でケルベロスは反応してのけた。
 顔を横に背けたかと思えば横からシールドに齧りつき、それを支点に身体を回転させて、勢いをそのままに下から後ろ足で蹴り上げてくる。獣とは思えない動き。

 転身。闘気のこめられた爪が身体のすぐ側の空間を薙いでいった。
 身体のすぐそばに風圧を感じながらも、ウロボロスに込めた魔力を先端から解放。瞬間的に魔力を凝縮。刃状に展開して大剣を生み出し、ケルベロスの背を追うように振り上げれば、身体を捻って2つの首を思い切り仰け反らせ、咬合力でこちらの斬撃を止めてきた。
 空中で逆さまに踏みとどまったケルベロスが、そのままの態勢で中央の首から熱線を浴びせてくる。

 大剣を縮小させ、最小限の動きで回避しながら突っ込む。合わせるようにケルベロスの大顎が迫る。1つ、2つ、3つと続けざまにやり過ごし――俺のすぐ背後の空間で、大顎が牙を打ち鳴らすような音を立てた。

 背中側で斬撃を止める程の咬合力。それを実現させるほどの反応速度と関節の可動域。では、これならば――?

 ウロボロスの先端に膨れ上がった魔力がピラミッドを上下に組み合わせたような八面体に凝固。オリハルコンがこちらの意図を汲んで性質を変化させるために、こういった芸当が可能になったというわけだ。

 マンモスソルジャーを吹き飛ばした物と同じ――巨大メイスとしてその脇腹へと叩き込めば――そこに白熱する盾が生まれる。打撃に触れた瞬間、指向性を伴う爆風を放った。
 考えるより早く、反射的にシールドを展開して爆風を受け流す。叩き込んだメイスは弾かれ、ケルベロスは真っ直ぐ前に飛んでから距離を置いてこちらに向き直った。

 爆風で打撃の威力を相殺か。火魔法にも術者を中心に全方位に爆風を放つ攻防一体の術が存在するが……。原理を知ってか知らずかリアクティブアーマーも使うというわけだ。四足の獣の姿をしているが……死角は存在しないと考えていいだろう。

 だが、ケルベロスは忌々しげな表情と唸り声で突っ込んで来た。カウンター技が有効打にならなかったのが気に入らないというわけだ。

 大顎をかわし、バロールを操作して並走するようにケルベロスの動きについていく。
 接近戦。ウロボロスを掬い上げるような軌道で振り上げれば、打ち込もうとした顎の下に白熱する盾が生まれた。
 ぶつかる寸前にウロボロスをマジックシールドで強制的に停止させ、背中側から飛び出したネメアの爪で中央の頭に一撃食らわせる。お構いなしに右の首が旋回してきて頭突きを見舞ってくるが、小規模なシールドで受け止め、直接魔力衝撃波を叩き込んだ。

 貼り付かれることを嫌って飛び上がるように離脱するケルベロス。バロールに乗って追うように飛行。
 ウロボロスの先端から魔力を噴出させて、先程同様魔力のメイスを作り出す。打ち上げるように振り抜く――が、その軌道上にメイスの先端はない。竜杖を引き戻すように回転させて、同時に性質と軌道を変化させているからだ。
 メイスの先端に繋がる魔力が鞭のようにしなり、白熱の盾とは全くの逆方向から跳ね上がった。

 八面体がケルベロスの警戒していた後ろ側から直撃。衝撃にケルベロスの身体が揺らぐ。
 言うなれば、メイスからモーニングスターへの変形。思うがままに、手の中で魔力が性質と形状を変えていくのが分かる。手足のようだと言えばいいのか。或いは何かの生物のようだと言えばいいのか。

「ガアアッ!」

 咆哮。大きく息を吸いながら身体ごと回転させて熱線を放射するケルベロス。左右に飛んで熱線をすり抜けてウロボロスの打撃を叩き込む。虚から実へ。
 今度は止めずにウロボロスを叩き込めば、向こうは白熱の盾を使わず、闘気で身体を強化してそれを受け止めた。

 ある、と分かった手札に対処することはそう難しくはない。逆手を取って虚実を織り交ぜればカウンター技は使えず、確実な対処法を取らざるを得ない。つまりは――腹を括って、闘気をより一層漲らせて受け止めようというわけだ。

 案の定というか――ウロボロスを叩き込まれて尚、ケルベロスの動きと戦意に衰えはなかった。全方位に爆炎を撒き散らし、強引に距離を取ってこちらへ向き直ると、ますますその瞳に闘志を漲らせ、火力を増しながら空中を疾駆する。
 その姿を例えるならば、炎の流星だ。近くの植え込みを焼き焦がしながら慣性を無視するような鋭角の軌道を描く。

 突撃してくるケルベロスに合わせるように、こちらもマジックサークルを展開する。第6階級風魔法ヴォルテクスドライブ。
 風の防壁で熱を遮断しながら、ケルベロスの高速移動にこちらも付いていく。白々と輝く極炎と、青白く輝く魔力。二条の残光を残して幾度となく互いへ攻撃をぶつけ合ってはすれ違う。
 交差と激突。そんな中でもケルベロスの眼光は爛々と輝いている。奴の頭は3つ。仮に半端な攻撃を仕掛ければ、1つの頭を犠牲にしてでも杖の動きを止めて、然る後に捨て身の攻撃を仕掛けてくるだろう。

 ネメアやカペラであれ、バロールであれ――そういった一撃を防ぐためには手元に残しておかなければならない。

 だから、奴の動きについていくにも攻撃を繰り出すにも自前で行う必要がある。ヴォルテクスドライブを用いて空中で切り結ぶ。回避と防御と突撃と。全てが渾然一体となった、すれ違いざまの攻防。幾つもの火花を弾けさせる。

 ウロボロスの歓喜の唸り声と、ケルベロスの闘争心を剥き出しにした咆哮と。近付いては激突し、そして離れていく。幾度となく炸裂する衝撃。慣性を無視して馬鹿げた速度で景色が流れ、2つの光弾が絡み合ってはぶつかり合い、弾かれては離れじと、互いに向かって突撃を繰り返す。

 そのやり取りの中で、ケルベロスが大きく息を吸うのが見えた。炎の吐息――いや、今までのそれとは違う。その違和感に肌が粟立つのを感じた。知れず、口の端が歪む。ケルベロスは首をもたげたまま角度を調整――そう。あれは座標を見定めているのだ。そして――それは来た。

「オオオオオオオオオッ!」

 3つの咆哮が衝撃波となって一点で重なる。高速飛行をしながら身体を捻れば、すぐ隣りで空気が爆ぜるような衝撃が広がる。
 原理としては風魔法のレゾナンスマインと同じだ。咆哮を一点の座標に重ね合わせ、シールドや杖のような障害物を無視して共鳴で対象物を内部から破壊するというもの。奴の隠し玉がこれであるとするなら、確かに人間相手なら一撃必殺の代物だろう。

 続けざまに2度、3度。至近距離で衝撃波が爆ぜる。鋭角に軌道を変えて空間の爆裂から身をかわす。狙いはかなり正確だが――。

「遅いっ!」

 衝撃波を回避して一旦直上に上昇し――鋭角に挙動を変えて弾丸のような速度で突撃を行う。ケルベロスの頭の内一つを跳ね飛ばす。体勢を崩し、続けざまに2度、3度。背中と胴体へ、ウロボロスによる打撃を叩き込む。

 奴は――こちらを衝撃波で捕捉しようとした。その分トップスピードよりも遅くなったのだ。速度に差が付けば、一度の攻撃で更にそれは広がっていく。
 そしてヴォルテクスドライブの突撃速度を乗せたその打撃は、闘気による強化すらも貫いてケルベロスの身体に確実なダメージを残している。

 己の悪手を悟ったか、ケルベロスは牙を剥き出してこちらを睨みつけると――動きを止めて、打撃を真っ向から受け止めてきた。
 闘気の集中による防御。ケルベロスの身体を重い衝撃が貫く感触。それでも止まらない。こちらを身体ごと受け止めて包み込むように。
 密着の間合いから放たれようとする咆哮共鳴弾。しかし――。その間合いは俺の間合いでもある。ウロボロスに蓄積させた魔力を肉体側に戻し――全身の動きを連動させて掌底と共に叩き込む。

 螺旋衝撃波――。咆哮を放とうとしたその寸前、一点に束ねられた魔力が内部で炸裂。余剰のエネルギーでケルベロスの身体が捻れながら吹っ飛ばされる。

 体格に遥かに勝っているのに密着からの一撃で吹き飛ばされる。理解できないといった、ケルベロスの表情。しかし、ケルベロスの赤く燃える瞳はまだ諦めてはいない。全く――大した闘争心だ。だがだからこそ、諸共に打ち砕けるだけの魔法が必要だ。

「散れ――!」

 体内で練り上げた魔力を解放。巨大なマジックサークルを展開させる。その光景にケルベロスが目を見開き――そして確かに、にやりと口の端を歪ませた。
 そこに浮かぶ感情は称賛か、それとも耐え切ってみせるという闘争心か。或いはその両方かも知れない。

 水風雷、多重複合第9階級魔法――ストームコンフリクト。魔法陣から冷気を帯びた細い竜巻が生まれて、中空を舞うケルベロスの身体を捉え、巻き上げる。
 錐のような竜巻の先端に火花が散る。細かな氷の粒が竜巻の渦の中でこすれ合い、静電気を発生させて、それを組み込まれた雷撃の術式が後押しすることで、威力と規模を増幅させているのだ。あっという間に肥大化する真っ白い風の渦に呑まれて、ケルベロスの姿が見えなくなった。

 竜巻が圧力を増して、周囲の植え込みを薙ぎ倒しながら巻き込む。中心部から生まれた紫電を纏う竜巻から、いくつもの閃光が落ちてあたりを焼き焦がし、轟音が響き渡った。

 唸るような暴風の音と、稲光と落雷の音。膨れ上がる竜巻が迷宮の結界をも軋ませる。
 暴風が最後に弾けるように広がると、ばらばらになった木屑と、それから錐揉み状態で高々と舞い上がったケルベロスが地面に落ちてくる。
 どう、と巨体が地面に激突して転がった。そして――ケルベロスはそれきり、立ち上がっては来なかった。
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