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451 深層の番犬

「ケルベロスは準ガーディアン格だったはずよ。つまり、この区画の防衛の要でしょうね」


 クラウディアが言う。

 準ガーディアン。確かに、大物だが……。クラウディアによれば……深層のガーディアン、準ガーディアン級はラストガーディアンの指揮下にあり、クラウディアにも配置などの予想が付かないそうだ。


「ガーディアンは?」

「……今は、大丈夫と思うわ。テオドールに負けると、支配率が私側に傾いてしまうようだから、ラストガーディアンが警戒している可能性もあるわね」


 ……なるほど。戦力を奪われるのを警戒しているわけか。


 その上でここに配置された準ガーディアン。つまりはここに常駐している、正真正銘の番犬ということだ。恐らく、ワーウルフ原種と比較しても見劣りするものではあるまい。ならば当然、奴は俺が相手をするという話になる。


 ケルベロスを見据えながらウロボロスに魔力を増幅させていくと、奴も俺のことに気付いたらしかった。嬉しそうに喉を鳴らしながら前足で地面を引っ掻いている。その全身に闘気の煌めきが見える。相当な身体能力を秘めているらしいな。


 だが、邪魔な連中がいる。ゲタゲタと笑いながら大きな剪定バサミを両手で鳴らし、飛来してくるパンプキンヘッド達だ。


 小手調べとばかりにイルムヒルトが二度、三度と光の矢を射掛けるが、カボチャ達は射線を予測して素早く回避行動を取りながらも、こちらに迫ってくる。

 数が出てくる魔物であの動き。見た目は愛嬌もあるが、戦闘員として見た場合、油断していいものでもないな。流石は深層といったところだ。だが、こちらとしてもこの区画の魔物の力量を見る目的があっての行動だったりする。


「これなら――!」


 イルムヒルトはすぐに別の矢を番えると、そのまま撃ち放った。

 矢は鏑矢――。セラフィナの力で音響を増幅させたそれがカボチャの一団の間を突っ切ると、魔力の制御が乱されてカボチャの動きも揺らぐ。

 そこに容赦なく光の雨が降り注いだ。続けざまのイルムヒルトの速射だ。何匹かはカボチャの額ど真ん中に矢を受けて地に落ち、別の何匹かは飛行を乱されても手にしたハサミで矢を受け止める。


 対応が上手い個体もいるな。やはり、一筋縄ではいかないということか。しかし、隊列が乱されたところにシーラ、そして最後列から飛び出したグレイスが切り込んでいく。

 ハサミで矢を凌いだ者をすれ違いざまに切り捨てながら、2人が目指すはアンフィスバエナだ。


 ど真ん中を突っ切る2人にカボチャが四方八方から火球を吐き出す。しかしそれはマルレーンの操るソーサーが盾となることで届かせない。

 一瞬遅れて、先行する2人を射線に巻き込まない角度からラヴィーネの氷弾と、エクレールの雷撃が打ち込まれた。続いて俺自身も切り込んでいく。目標はケルベロス。カボチャをウロボロスで数匹まとめて弾き散らしながら突っ込んでいくと、奴も赤く煌めく瞳を俺に向けながら、地面を蹴って左右に飛びながら迫ってきた。


 アシュレイ、マルレーン、クラウディア、ローズマリーは防御陣地を構築して後衛へ。デュラハン、イグニス、そしてピエトロが後衛の防御に。

 ピエトロの分身がいる分、更に後衛の防御は厚くなっている。安心して前に出られるというものだ。


 ケルベロスとはまだ遠い間合い。ケルベロスの三つの首が大きく息を吸うような仕草を見せた。


「――来るか」


 緩やかに弧を描きながら、味方を射線に巻き込まない角度へ回避行動を取る。次の瞬間、三つの口から火炎と呼ぶのも生易しい業火が放たれた。

 地面を薙ぎ払い、庭園の植え込みを切り払うような、赤々とした巨大な熱線が――それぞれ角度を変えながら3方向から挟み込むように俺へと迫ってくる。緩やかに動いていた挙動を鋭角に跳ね返るような動きに変えて回避。そのまま突っ切る。ケルベロスもまた、回避されたことを素早く察知するや否や、空中を駆けてくる。距離を置いた射撃では捉えきれないと踏んだのだろう。


 ワーウルフ原種もそうだったが――奴も空を飛べるか。ならば相手にとって不足はない。左右の2つの首から溜めを必要としない火球をばら撒きながら、中央の首が俺を見据えて突っ込んできた。




 アンフィスバエナは巨体で地面を揺るがし、踏み鳴らしながらグレイスとシーラ目掛けて突進してきた。魔獣の上半分――女の両手にマジックサークルが浮かぶ。

 シーラは一瞬グレイスに視線を送り、女のほうへと向かった。グレイスは下半分の魔獣を迎え撃つ形だ。


 そして――迫ってくるシーラ目掛けて女の魔法が放たれようとするその瞬間――唸りをあげて飛来したグレイスの斧が女の眼前を突っ切っていく。

 目を見開き、すんでのところで上体を逸らすように女はそれを避ける。一投目。間に隠れるように二投目。魔法を放とうとするタイミングの把握は完璧だ。遅れてシーラ目掛けて放とうとしていた魔法が発動し、見当違いの方向を氷の散弾が薙ぎ払う。そこにシーラが飛び込んでいった。


「シャアアッ!」


 蛇の威嚇のような呼気。爬虫類のような目。

 真珠剣の一撃を、女は長く伸びた爪に闘気を纏わせて受けた。離れては魔法。寄られたら近接戦にも対応できるか。案外隙が無い。


「――やる」


 互いの闘気の煌めきを残しながらシーラとアンフィスバエナは斬撃を応酬する。


 一方――咆哮を上げる下半分の魔獣は、竜の首をもたげて突進の勢いそのままにグレイスを噛み砕こうとするような動きを見せた。両の斧を投げたグレイスはまだ武器を引き戻していない。迫る竜の首。閉じられる大顎。牙と牙がぶつかる音。

 グレイスはそれを――斜めに飛んで避けていた。それを追う竜の首。グレイスはすぐさま空中で反転すると、逆さのままでシールドを踏みしめると――。


「これ以上は――進ませません」


 迫ってきた竜の頭に合わせるように。全身で飛び込んでいって闘気を纏った拳を叩き込む。竜の首が揺らぐ程の衝撃。

 後衛まで突進しようかという勢いだったアンフィスバエナの動きが止まり――痛覚が連動しているのか上半分の女の表情までもが一瞬歪む。


 しかし竜は流石のタフネスですぐに立ち直ると、グレイスを憎々しげに見やって火炎のブレスを放った。グレイスは転身しながら飛ぶ。その時には既に両の手に斧が引き戻されていた。


 グレイスは全身に紫電を散らすほどの闘気を纏いながら、無防備に見えるアンフィスバエナの胴体を見据えた。だが――その背に幾つものマジックサークルが浮かぶ。そこから氷の弾丸がグレイス目掛けて一斉に放たれた。打ち上げられる無数の氷の弾丸をグレイスは左右に飛んで回避。闘気を纏って迫ってくる竜の首に、すれ違いざまに斧を叩き込んでいく。


 先程思い切り殴られたのが堪えたのだろう。竜の首は僅かに軌道をずらし――互いにすれ違った。鱗はそれなりに強靭なのだろうが、グレイスの斧の一撃を浅く受けて飛び散る。しかしすぐに鱗が生え変わるように再生していく。


 グレイスも追撃はできない。氷の弾丸が執拗にグレイスのいる場所を撃ち抜こうとするからだ。回避しながら首を巡らして迫ってくる竜の首に応戦。


 竜は炎。女は氷。

 アンフィスバエナはそれぞれで相反する属性を扱うようだが、女はシーラとの近接戦闘を続けていてグレイスを見てはいない。照準を定めているのは竜の首で、実際の魔法行使は女、ということか。

 だが、一撃で均衡を崩しかねないグレイスを胴体に近寄らせるわけにはいかない。牽制し続けなければならない。


 胴体の防御や竜の攻撃のフォローに魔法を用いる分、シーラとの近接戦闘には魔法を使いにくくなるらしい。女は憎々しげに表情を歪めるが、シーラに対しての魔法を行使する様子がなかった。




「あれは私が――!」


 アシュレイが言って、迫ってくるパンプキンヘッド達の炎の弾幕を猛烈な吹雪で一掃する。応射とばかりに魔力糸、氷弾、雷撃、音響弾に光の矢が撃ちこまれ、互いの弾幕など関係ないとばかりにイグニスが切り込んでいく。カボチャを鉤爪で切り裂き、戦鎚を叩き込む。それでもカボチャはイグニスに応戦する。ハサミに闘気を込めてイグニスに突っ込んでいき、笑いながらアシュレイ達に火球を撃ち込むなど……かなり戦意が旺盛ではあるが、十字砲火に重量級の突撃を受ければ流石に動きが乱れてはいる。


 だがそこに――植え込みの中をすり抜けるように新手の魔物が1体現れた。


「グリムリーパー!」


 注意を促すクラウディアの声。現れたのは襤褸切れを纏う光る眼の骸骨という――死神のような姿をした大鎌を持った魔物だ。精霊や妖精の類に近いが、性質は善良とは呼べない。分類するなら邪霊か邪精霊か。アンデッドではないので、やはり魔物と一括りにしてしまって良いかも知れない。


 実体があるのかないのか微妙な魔物で、浮遊しながら移動し、障害物をすり抜けて行動ができる。近接戦でもそれは同様で、通常の攻撃は通用しないし、大鎌も相手の武器や鎧を無視して生身のみを切り裂くことができる。

 しかしデュラハンが切り込むと、グリムリーパーは迫ってくる大剣を大鎌の柄で受け止めていた。精霊であるデュラハンならば干渉ができるということか。嘶きを上げる馬と並走しながらデュラハンとグリムリーパーが剣戟の音を響かせる。




 身体を錐揉み回転させながら――ケルベロスの吐き散らす火球をぎりぎりの距離で回避しつつ、ネメアとカペラの膂力を用いて最短距離を最速で突き進む。

 馬鹿げた相対速度。中央の首が高速で迫ってくる。開いた大顎には赤い火花が散っていた。咬合に闘気を込めてくるか。仮に生身に当たれば骨ごとごっそり抉り取るような一撃だろう。だが――!


「食らえッ!」


 突っ込む勢いのままに魔力を増幅し、正面から迎え撃った。牙に叩き付ければ循環魔力と闘気が干渉し、爆発するように火花が炸裂。

 ケルベロスの中央の頭が弾かれる。左右の頭はこれだけの重量差があって、まさかパワーで押し負けるとは思っていなかったのか目を見開く。


 だがケルベロスは怯みはしなかった。牙を剥き出しにすると、一本の杖では捌けない角度で左右の首が牙を剥いて噛み砕こうと迫ってくる。

 転身。すぐ頭上の空間で牙が打ち鳴らす音が響き、暴風が行き過ぎた。前足の爪で薙ぎながらもう1つの頭で矢継ぎ早に攻撃を繰り返してくる。二度、三度と空中で回転するように回避しながら、至近ですれ違った刹那、サッカーボールを蹴り込むようにバロールを放つ。


 顎を上へと打ち上げるような軌道。バロールを受けてケルベロスの頭が揺らぐが――。咆哮を上げながら、一旦すれ違うように駆け抜けてすぐさま転身。仕切り直しと言わんばかりに突っ込んできた。巨体からは考えられない動きの軽さ。そして全身に闘気を漲らせているが故の強靭さ。

 突撃のその過程で――黒光りする毛並みに炎が宿る。交差や接近だけでも炎熱によるダメージを与えるという狙いだろう。


 幾層もの風のフィールドで熱を遮断。テフラの祝福も相まって完全に熱気を遮断する。その場に踏みとどまってケルベロスを迎え撃つ。

 巨大シールドを展開してケルベロスの体当たりを受け止める。重量のある衝撃。だが、シールド自体も強化されている。打ち破られるようなことはない。


 突進を止められたのもお構いなしに、空中を引っ掻くようにしてケルベロスは無理やり巨体を押し込んでこようとする。が――それは悪手だ。掌底でシールド越しに魔力衝撃波を叩き込んでやる。衝撃を叩き込まれたケルベロスは弾かれるようにその体を回転させながら後ろに飛んだ。


 随分とまあ……大した強靭さと敏捷性を持っているな。樹氷の森の魔物とは比べ物にならない水準だ。

 距離を取って対峙。着地したケルベロスが俺に向けてくる戦意には、些かの衰えもない。


 だがパワーで押し負けている気はしない。そのうえで――幾ら戦意が高かろうとこの反応だ。こうして切り結んだうえで、俺を倒せると思えるだけの隠し玉がまだ向こうの手札にある、と判断するべきだな。

 確かに……ウロボロスは強化されているが俺自身の耐久度が飛躍的に向上したわけではない。まともに当たれば大ダメージは免れえないのは確かだ。


 しかし、そんなものはいつものこと。相手にとって不足はない。これだけのタフネスを持つ魔物。きっちりと叩き潰すのなら、やはり大魔法を叩き込まねばならないだろう。


 バロールを手元に戻し、魔力を充填。ウロボロスも更に魔力を増幅し、研ぎ澄ませていく。光翼が展開し、青白いスパーク光が飛び散る。

 それを見て――ケルベロスは寧ろ楽しげに口の端を歪ませた。上等だ。俺も笑う。あちらこちらで戦闘が始まっている。互いの敵も見定まった。俺も――こいつとの戦いに集中させてもらうとしよう。

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