449 2人の支配者
樹氷の森はスノーゴーレムを作りたい放題の環境である。
というわけで、フォルセト達との探索から戻ってから、まずは俺も討魔騎士団の訓練をゴーレムで手伝うことにした。新しい魔道具関係の装備も増えているしな。
「それじゃ、リンドブルム。行こうか」
リンドブルムの背に跨って声をかけると肩越しに振り返り、返事をするように喉を鳴らす。
リンドブルムは比較的歳が若い。少し身体が大きくなったので装具や魔道具の調整に手間取ってしまい、迷宮に降りてくるのが遅れてしまったが……探索が終わって戻ってきたところでアルフレッドから連絡があったので迎えに行って連れてきた次第である。
敵目標は――空中に浮かぶのはスノーゴーレムの一団。俺の作ったものなので樹氷の森に出てくる連中とは形状や性能が違う。地上を飛び立つなりこちらに向かって雪玉による弾幕が放たれた。
ゴーレムの動きは自動制御とランダムなパターンを組み合わせたものだ。俺にも予測できないが、連携してくる時も来ない時もあるというもので……まあ、難易度は下がっているが実戦に即した内容ではあるか。
「相手の放つ弾丸をしっかりと見極め、それに対応した動きができるというのが理想です」
と、ある程度の解説を交えながら瘴気弾の回避方法を説明していく。
3方向に拡散して放たれる弾丸を、間を縫うように必要最小限の動きで避ける。弾速を変えて同時着弾するような偏差射撃は、点ではなく線や面の攻撃に見立てることで大きく回避。
光の魔石が嵌った魔道具で、ミラージュボディを別方向に飛ばしつつ相手の射撃を攪乱。前方に三角錐状に組み合わせた突撃用マジックシールドを魔道具で展開して薄い弾幕を突破。これは祝福の併用を前提としたものだ。飛竜と騎士の身体を保護すると同時に、空気抵抗を低減。機動力と攻撃性能を高めている。
形状と傾斜、突撃の勢いで、弾丸を弾くので、シールドの本来の強度以上に正面からの攻撃には滅法強い。
肉薄してすれ違いざまの攻撃をスノーゴーレムに見舞う。突撃用シールドで跳ね飛ばすと同時にマジックシールドが解除され、続くウロボロスの攻撃でスノーゴーレムが粉砕された。
突撃用シールドは飛竜が展開しているものなので騎士の負担は減るが、展開と解除に際しては息は合わせなければならないだろう。そのあたりも要訓練だ。
代わりに翼や背中、腹部などには騎士がシールドを展開することで、飛竜側の魔力負担、死角や弱点を減らすことができる。
レビテーションによって勢いを緩和すると同時にリンドブルムが宙返り。後ろ足に展開したシールドを蹴って、鋭角に跳ね返るような動きで空中での軌道を変化させる。合わせるようにウロボロスでスノーゴーレムを薙ぎ払った。
間髪を容れずリンドブルムの腹部に装着された魔道具から氷の弾丸が放たれ、少し離れた場所にいた別のスノーゴーレムを撃ち抜く。
転身するリンドブルムの尾の一撃と合わせるように、高さを変えて同じ軌道でウロボロスを振り抜けば、上下段の防御しにくい一撃がスノーゴーレムを吹き飛ばす。最後の尾の一撃――リンドブルムも闘気を纏わせていたな。いい具合だ。
循環錬気に組み込んでいるので、リンドブルムはこちらの意図をよく理解してくれる。循環錬気でいくつかの合図を決めておけば更に高度な連携も可能だろう。
「と――こういう具合ですね」
地上に戻ってくると、目を丸くした騎士達が拍手をしてくる。
「やはり、傍から見ていると凄い機動ですね。飛竜がシールドを蹴って動きを変えるというのは――」
と、エリオットが真剣な表情で頷いていた。
かく言うエリオットもサフィールと共に同じような機動を行うことはできるようになっているのだが、自分で行うのと外から見るのとでは感想は違ってくるということなのだろう。
「あれも息を合わせる必要があるので要練習というところですね。緊急回避にも使えますし、接近した際の奇襲にも使えるので利用価値は高いと思います。分身や突撃用シールドなど新しい魔道具も増えますが、上手く息を合わせられるように訓練を行なってください」
討魔騎士団も空中機動に習熟してきているので、訓練のレベルを上げていく。ここに分離連携などを組み込んでいけばいいだろう。
では――スノーゴーレムを量産し、それぞれの班で弾幕回避と突撃の訓練を始めるとしよう。
「魔道具の組み合わせを見た感じで感想を言いますと――お2人とも、シールドの魔道具で安定性の補助を行い、エアブラストの魔道具で速度を補うというのが良いかも知れませんね」
「速度か。確かに私達は矢面に立つ役割ではないものね」
「面と向かっては戦わない方針だから機動力は尚更大事だわ」
と、呼吸を整えながら2人は頷く。
討魔騎士団の訓練に並行し、ステファニア姫、アドリアーナ姫に対して空中機動のアドバイスを行なっていく。
地面や壁を覆うように風のクッションを作っているので、動きに多少の無茶も利く。そのせいで2人は思う存分空中を飛び回ることができる。
2人とも元々魔術師ということもあり、レビテーションの扱いに慣れていて精度も十分なので、それ以外の部分を魔道具で補うというのが良さそうだ。
エアブラストの魔道具は2人に使いやすい形で調整してやれば、かなりの速度が出せるのではないだろうか。瘴気弾等に関しても距離があれば回避しやすくなるし、威力も減衰する。
「そろそろお昼も近いですし、少し休憩しましょうか。汗で身体を冷やさないように注意してください」
「分かったわ。着替えてきましょうか、ステフ」
「そうね」
頃合いを見てそう言うと、2人は地上に降りて本陣の中へと向かった。
討魔騎士団の探索班もカドケウスで見る限り順調なようだ。魔物との戦闘も堅実で危なげがない。昼時ということで、そろそろ拠点に戻ってくるだろう。
拠点周辺には先程から食欲をそそる良い匂いが漂っている。先程倒した鹿肉を用いて討魔騎士団がスープを作っているのだ。
料理に関してはグレイスが作りたそうにしていたが、あくまで討魔騎士団の訓練ということで……料理も討魔騎士団の面々に任せるということになった。
だが、昼食になるまではもう少し時間がある。待つ間にクラウディアに話をしてしまうとしよう。
「ところでクラウディア。満月の迷宮の……大回廊の先についてなんだけど」
「ええ。ウロボロスの強化もできたし、頃合いかも知れないわね」
声をかけると、クラウディアがこちらを見て頷いた。
「大回廊の最後にある扉の先を更に進めば、やがて月光神殿に辿り着くわ。盟主の器に攻撃を加えられない以上は、私達の目的地はそれより奥、ということになるわね」
「じゃあ……まずは月光神殿への到着を目標にするか」
「そうね。一応神殿より奥の――封印された区画の話をすると……私の居城が存在しているわ。そこから深奥へ続く道と、迷宮村に分岐しているの」
「迷宮村は……やはり、随分深層なのですね」
ローズマリーが納得したように頷く。
迷宮村の奥には行ってほしくないとクラウディアに言われたこともあるが、確かに迷宮の核心部分に非常に近い場所ではある。当然、危険度も高いから、そのあたりも加味しての言葉ではあるのだろうが。
迷宮村は本来、栽培やら実験やらを行う区画だったようだし、クラウディアの生活の場から離れていないというのは納得ではあるか。
「クラウディア様の居城……」
イルムヒルトが興味ありそうな様子で呟くと、クラウディアは小さく苦笑する。
「本来は……私の生活の場なのだけれどね。1人でいる城なんて、味気のないものよ」
そう言うとマルレーンやイルムヒルトを始め、みんなから心配そうな表情を向けられたが、彼女は穏やかに笑うと首を横に振った。
「結局……迷宮村にいるから使っていない場所、ということね。あの城は私や深奥の防御が目的だから、やはり守備は厚いわ。私の守護をする者は命令を聞くけれど……深奥を守る者達は私の命令を無視して侵入者に攻撃を仕掛ける。私の領域でもあるけれど、ラストガーディアンの支配も強く及んでいるわね」
なるほどな……。厄介そうな区画ではあるが……クラウディアの解放も見えてきたとも言える。攻略に際しては気合を入れて臨むとしよう。




