448 深層を目指して
さて。頃合いを見て地吹雪を収め、防寒具に付いた雪などを払ってもらってから想定される状況と対処法などを話していく。
「地吹雪に巻き込まれて、上空に出ても視界が確保できない場合――視界が確保できない状況で動いても遭難するだけです。対策としては消極的ですが、体温を奪われないようにしながら、天候が好転するのを待つというのが良いでしょう」
他、雪原では方位磁石を使うことなど、諸注意を告げていく。まあ……シリウス号に随伴する形で部隊を展開させる形ならばはぐれたりはしないとは思うが、何事も備えあればなんとやらだ。
他にも視界が悪くなっている状態で飛行をしていると天地の感覚を失いやすくなるなど、空中を舞台に戦うからこそ起こり得る話などをする。討魔騎士団の面々は真剣な表情で耳を傾けていた。
「では――予定通り模擬戦を開始する」
エリオットの声が樹氷の森に響き渡る。
設営と俺からの諸注意が終わってしまえば、後は拠点を中心に騎士団同士の戦闘訓練や魔物との実戦を行なっていく予定だ。
俺達は今回、フォルセトやシオン達を連れて樹氷の森を探索してくる予定である。討魔騎士団は拠点を中心に戦闘訓練。俺達探索班が戻ってきたら別の班が探索へ、という流れで動いていく。エリオットが号令を下すとそれぞれ準備を始めた。
「テオドールは最初に森の探索?」
「ええ。フォルセトさんやシオン達の空中戦装備の習熟具合を見てこようかと」
ステファニア姫に尋ねられて、そう答える。
旧坑道では空間を広く使えなかったしな。とはいえ、シオン達は迷いの森で立体的に動いていたのだし、こういった地形は寒冷地であることを除けば得意なのではないだろうか。空中戦装備に関しては元々相性が良いというか。
「気をつけてね。私達も、本陣で使い魔と装備の使い方を練習してみるわ」
ステファニア姫、アドリアーナ姫は本陣に居座り、陣地を突破されないように模擬戦を行うそうだ。騎士団のモチベーション的にも王族が控えているというのは良いのかも知れない。
「戻ったら、訓練のお手伝いをしましょうか?」
「それは助かるわね」
アドリアーナ姫が笑みを浮かべる。うむ。では――探索に出かけるとしよう。
「拠点にカドケウスを残していきますので、何かあったら教えてください」
「分かりました。お気を付けて」
静かに一礼するエリオットの横にカドケウスが控える。
「行ってきます、エリオット兄様」
「ああ。アシュレイ。気をつけてね」
「はい」
アシュレイとエリオットは静かに笑みを浮かべて言葉を交わす。
そうして、俺達はエリオットとステファニア姫、アドリアーナ姫と共に手を振るコルリス、フラミアという面々に見送られて樹氷の森へと出かけるのであった。
「マルセスカ! そっちにも行ったよ!」
「うんっ!」
シオンとマルセスカ、シグリッタは樹氷の間を縫うように反射を繰り返しながら、木立を抜けて正面から突っ込んで来る巨大鹿に突撃していく。
爛々と燃えるような赤い瞳と、雪のように真っ白い被毛。プリズムディアーという鹿の魔物だ。やはり寒冷地に現れる魔物の一種である。
最大の特徴は……角が透けていて、虹色の輝きを宿していることだろう。頭部から水晶のような質感の角が生えていると形容すれば分かりやすいか。見た目通りに強靭な硬度を持つ角で、体重の重さなどもあって突撃をまともに食らえば相当なダメージを負うはずだ。
凍った足場を物ともしない機動性も、脚力と蹄の強度が優れていることを意味している。角だけではなく、蹴りにも注意が必要だろう。
群れで突っ込んでくるプリズムディアー。その先頭にいた一際体躯の大きな個体は、シオン達と激突する前に、角と角の間に煌めく光を纏うと、そこから魔力の光弾を放ってきた。
事前の溜めでなんらかの攻撃が来ることを察知したシオンが転身すると、その空間を光弾が行き過ぎて後方の樹氷を穿つ。
一瞬遅れて、横合いからシグリッタのインクの鳥達が群れを成してシオンと鹿の間を通り過ぎると、タイミングを合わせたシオンが本体と影に分かれてそれぞれ別の方向から飛び出した。
鹿の注意を引くように、鳥の群れを突っ切って飛び出したシオン本体と、横っ跳びに氷の地面すれすれを突っ込んでいく影と――。
鹿がシオン本体の姿を追おうとした瞬間、地面からシオンの影が潜り込むように突っ込みながら斬撃を加える。そちらに気を取られた瞬間、斜め上から魔力の斬撃波が鹿の首を捉えていた。
マルセスカは――群れの中心に切り込んだところで、鹿の角と数合交え、左右から飛び上がった鹿に時間差で頭突きを見舞われようかというところだった。
一瞬横目で見て取ったマルセスカが転身。その手にする武器が――伸びた。マルセスカ自身が竜巻のような速度で回転。闘気の煌めきを残しながら刹那に無数の斬撃が放たれる。
完全にマルセスカとの間合いを見誤った鹿達がその場に崩れ落ちた。
マルセスカが扱うのは柄頭で2振りの剣を連結させたような特殊武器だが……そんな隠し玉があったわけだ。柄の部分が伸びて、連結剣というより両端に刃のついた長柄武器のような形状に変化しているが……何かしら魔法の金属で作られているようだな。
闘気と身体能力、反射神経は自前か。戦闘能力はかなり高いだろう。
「んー。毛皮をあんまり傷付けないようにしなくちゃ……」
と、本人は今の戦い方に少し納得がいっていない様子だが。
フォルセトは迂回して回り込んできた鹿の一団を相手していた。爪先でシールドの上に立ち、滑るように移動して鹿の一団と切り結ぶ。シオンやマルセスカほど大きく動かない――というより、その動きには無駄がない。
至近では雷撃を纏った錫杖を叩き付け、離れた相手には杖の先に宿した光弾を放ち、一時も留まることなく舞い踊るように動く。フォルセトのいた空間を鹿達の放った光が薙ぐが、そこにフォルセトはいない。回避と攻撃を兼ねた流麗な動き。そして、彼女が通り過ぎるとその背後でバタバタと鹿達が倒れた。
「怪我はありませんか? 治癒魔法を使うから、小さな傷でもきちんと言うように」
と、シオン達を振り返ってフォルセトが尋ねる。
「僕達は大丈夫です」
「それは良かった」
シオンの返答にフォルセトが穏やかな笑みを浮かべた。
「シグリッタ、今の連携中々良かったかも。ありがとう」
「後ろからシオンを光弾で狙っていたのもいたから……」
それで鳥の群れで射線を遮ったというわけだ。その後方の集団にはマルセスカが切り込んで援護射撃をさせない、と……中々の連携ぶりである。
「どうだったでしょうか?」
と、フォルセトは控えていた俺達に尋ねてくる。
「この階層で危なげがないというのは良いですね。フォルセトさんも治癒魔法を使えるようですし、空中戦装備も独自の動きに昇華していたようですが」
「アシュレイ様ほど強力な治癒魔法は使えないですけどね。空中戦については……まず地上と同じことができるようにと練習していました」
そう言ってフォルセトは苦笑する。その試みはかなり成功しているだろう。
3人の指揮や治癒によるフォローなどもできるということで、かなりバランスが良いように思えるな。
「この鹿は、何が剥ぎ取れる?」
と、シーラが尋ねてくる。
「角に毛皮、肉……。ほとんど丸ごと使えるかな。シグリッタの絵にも使いたいし、魔石は確保しよう」
プリズムディアーは知っている魔物だからな。剥ぎ取り箇所も分かるし、利用法も分かる。角に関しては武器にも加工できるし。
「……助かるわ」
カドケウスで見る限り討魔騎士団側も――かなり空中戦装備の習熟度が上がっているように思える。この分なら樹氷の森でも戦闘に不安はなさそうだな。
ウロボロスが強化されたこともあるが……この場の訓練はもう少し進めた段階でエリオットに任せて、俺達も更に迷宮の深層を目指していくべきかも知れない。
満月の迷宮から続く大回廊の更に奥――となると、そろそろ月光神殿への到達も見えてくるか。後でクラウディアに相談してみるとしよう。




